第七話 流浪の孔明、そしてアウフグース部へ
五月。
放課後。
部室。
珍しく静かだった。
モルックの音もない。
プロテインの匂いも薄い。
孔明が、一人で進路希望調査票を見ていた。
孔明
第一希望。
空欄。
第二希望。
空欄。
将来やりたいこと。
空欄。
孔明はため息をついた。
「……何したいんだろ」
周囲は少しずつ決まり始めている。
呂布は実家の工務店を継ぐらしい。
渡辺美由は美容系。
周律はなんかもう人生設計できてそう。
劉備も実家なんか家業やってるっぽい。
でも。
自分だけ何もない。
その時。
ガラッ。
石嶺先輩が入ってきた。
石嶺先輩
「あれ、孔明くんどしたの?」
孔明は少し迷ってから言った。
「進路です」
「やりたいことなくて……」
石嶺先輩は意外にも真顔になった。
椅子に座る。
そして。
「なるべく収入多い業種がいいよ」
「急に現実」
「マジで」
石嶺先輩はカフェラテを飲みながら続ける。
「やりたいことって、結局あとから変わるし」
「まず生活安定したほうがいい」
「あと人間関係いい会社」
「睡眠時間大事」
妙にリアルだった。
孔明。
「なんか……生々しいですね」
「大学生になるとわかる」
その夜。
孔明のスマホが震えた。
石嶺先輩。
メッセージ。
しかも。
文末に❤️。
孔明。
停止。
開く。
そこには。
⸻
業種別平均年収ランキング❤️
大学別就職先データ❤️
福利厚生強い企業一覧❤️
⸻
さらに、
「ここ離職率低いよ❤️」
「ここ激務らしい❤️」
「ここはやめとけ❤️」
めちゃくちゃ現実的だった。
孔明は混乱した。
深夜一時。
ベッド。
スマホの光。
❤️マーク。
就職データ。
年収。
夜。
孤独。
湿った感情。
どこへも行けないという思いが重くのしかかり、僕は考えるのも億劫になった。
一つ一つの現象はわかっているのに、それがどうつながっているか、それを考えると急に心が水を吸った綿みたいに重くなり、どこへも行けなくなるのだ。
夜、孤独、ハートマーク、、、そして進路。
おっと、
危うく村上春樹になりかけた。
「やばい……」
「世界が少し湿度を持って見える……」
翌日。
孔明は曹操に相談した。(また部室にいるんかい!)
曹操
大学帰りの曹操は缶コーヒーを飲みながら聞く。
「で、お前は何がしたい?」
「それがわからないんですよ」
曹操。
「じゃあ何を幸せと思う?」
孔明。
止まる。
答えられない。
曹操は少し笑った。
「まず選べ」
「自ずと道は開ける」
「選んだあと悩め」
風が吹く。
なんか妙に格好良かった。
孔明。
「……深い」
劉備と石嶺先輩のことを言っているのか、僕にとって幸せとは何か、何かを捨て、何かを守ることを言っているのか?
余計混乱する。
関羽にも相談しようかと思った。
だが。
「……まあ、聞かなくていいか」
と判断した。
正しかった。
そして帰り道。
夕焼け。
河川敷。
孔明は最後に劉備へ聞いた。
劉備
「部長って、将来やりたいことあります?」
劉備。
沈黙。
歩きながら考える。
そして。
「わからない」
夕日。
風。
少し寂しい横顔。
しかしそのあと。
劉備は少しだけ笑った。
はにかむような顔。
「でも」
「孔明にだけ言うね」
孔明が見る。
劉備は照れながら言った。
「私」
「サウナの熱波師になりたい」
沈黙。
孔明。
「……え?」
劉備。
真っ赤。
「実は部屋でこっそり練習してる」
「タオル回すやつ」
夕日に照らされたその顔は。
孔明には、
世界で一番可愛く見えた。
その夜。
孔明は眠れなかった。
翌日。
部室。
ホワイトボード。
孔明は無言でペンを走らせる。
⸻
「アウフグース」
⸻
全員。
「え?」
関羽が聞く。
「どうした」
孔明。
静かに振り返る。
「アウフグースとは、サウナストーブで熱したサウナストーンにアロマ水などをかけて蒸気を発生させ、その熱気をタオルやうちわであおいで利用者に送る、発汗と爽快感を高めるサウナの入浴プログラムです」
「新しい時代を作ります」
劉備は目を輝かす。
その他一同は嫌な予感。
翌日。
関羽の家から。
灯油ストーブ3台搬入(石崎工務店の備品)。
幼児用プール搬入(関羽の弟用)。
扇風機(石崎工務店の備品)。
バケツ。
アロマオイル。
謎の白樺の枝。
部室。
完全に終わる。
呂布。
「始まったな……」
周律。
「何が?」
孔明はホワイトボードへ書き加えた。
⸻
ダイエット部
↓
モルック部
↓
アウフグース研究会
⸻
劉備。
目を輝かせる。
関羽。
「戦だな」
「もう何の部活かわからないんですよ」




