第五話 埋伏の毒 毒は薬に
次の日も、生徒会からの差し入れが届いた。
次の日も。
その次の日も。
もう完全に逆兵糧攻めだった。暇だなおい、生徒会!
「本日は抹茶ティラミスです♪」
小柄なショートボブの女子生徒――石嶺先輩が、嬉しそうに箱を机へ置く。
ふわっと甘い匂いが部室に広がる。
関羽先輩の腹が即座に鳴った。
「くっ……魏の策略……!」
「いや普通に食(蜀)の誘惑に弱いだけだろ」
周瑜先輩が呆れる。
でも正直、僕もきつかった。
石嶺先輩は調理部所属らしく、毎回やたらクオリティが高いのだ。
シュークリーム。
ガトーショコラ。
チーズケーキ。
パンナコッタ。
しかも全部店レベル。
「これ、生地にメレンゲ混ぜてるんですか?」
「おっ、わかる?」
「なんとなくですけど」
「嬉しいなぁ」
石嶺先輩が笑う。
女の子と話すのって、それだけで楽しいなって思った。
いや、いかんいかん!
この人は敵陣営だ!
……多分。
石嶺先輩は数日前、曹操会長から「味見してくれる人たちを紹介する」と言われてダイエット部へ来たらしい。
絶対わざとだろ。
でも本人は悪い人じゃなかった。
というかかなりいい人だった。
ほんわかしてるし。
あと近くで見ると睫毛長い。
「軍師、顔赤いぞ」
「うるさい関羽先輩」
「恋か……」
「違います」
劉備部長が腕を組む。
「なるほど。これが曹操の狙いか」
「どんな?」
「色仕掛けだ」
「違うと思います」
石嶺先輩が困っていた。
しかし問題は深刻だった。
こう毎日毎日スイーツを大量摂取していたら、バナナダイエットの効果も焼け石に水だ。
部員たちの体重も微妙に増えていた。
特に関羽先輩。
「なんで増えてるんですか」
「ティラミスが美味くて……」
「知ってます」
僕は悩んだ。
甘い物を完全禁止にすれば、絶対続かない。
でもこのままでは負ける。
その時。
ふと思いついた。
「あの、石嶺先輩」
「ん?」
「お願いあるんだけど……」
石嶺先輩は首を傾げる。
その動きがなんか小動物っぽい。
「低カロリーシュガーとか、低カロリー食材を使ったおやつって作れない?」
一瞬、部室が静まった。
関羽先輩が目を見開く。
劉備部長が「おお……」と呟く。
周瑜先輩だけがニヤニヤしていた。
石嶺先輩は少し考えて、
「……面白そう」
と答えた。
その瞬間。
なんというか。
戦況が変わった気がした。
翌日。
調理室。
僕はなぜかエプロン姿だった。
「なんで僕ここにいるんですか」
「助手」
石嶺先輩が即答する。
「えぇ……」
放課後の調理室は、夕日でオレンジ色になっていた。
ステンレス台。
泡立て器。
甘い匂い。
なんか青春っぽい。
いや待て。
僕の高校生活、数日前まで脳内帝国しかなかったよな?
石嶺先輩は材料を並べていた。
おからパウダー。
ラカント。
オートミール。
無脂肪ヨーグルト。
知らない単語が多い。
「最近ね、こういうの流行ってるんだよ」
「へぇ……」
「美味しくないと意味ないから」
石嶺先輩は真剣だった。
「我慢だけのダイエットって続かないし」
その言葉に、少しドキッとした。
軍師っぽいこと言ってる。
「……石嶺先輩って、なんで調理部なんですか?」
なんとなく聞いてみた。
先輩は少しだけ手を止めた。
「うーん」
そして笑う。
「昔、太ってたからかな」
意外だった。
全然そんな風に見えない。
「食べるの好きだったんだけど、太るの嫌で」
泡立て器を回しながら続ける。
「だから、“太りにくくて美味しい”を研究してたら、こうなった」
なんか。
すごくちゃんとしてる人だ。
その時。
調理室のドアが静かに開いた。
「ほう」
曹操会長だった。
またいる。
なんなのこの人。
曹操会長は試作中のケーキを見る。
「……なるほど」
「会長?」
「兵糧改革か」
その言い方やめろ。
でも会長は少し嬉しそうだった。
「面白い。実に面白いぞ軍師」
その瞬間、僕は気づいた。
この人。
ダイエット部を潰したいんじゃない。
むしろ――。
「……もしかして」
僕は曹操会長を見る。
「会長、ダイエット部好きなんですか?」
沈黙。
曹操会長は数秒黙り、
「別に」
と言った。
絶対好きだこの人。




