第十三話 交杯
十二月。
冬だった。
空気は冷たく。
日が落ちるのも早くなっていた。
そして。
部室の空気も、
どこか静かだった。
*
「……」
劉備小桃が元気ない。
これはかなり異常事態だった。
普段なら。
「天下統一ぃぃぃ!!」
とか言いながら部室へ突撃してくる。
でも今日は。
静か。
ぼーっと窓を見ている。
「……」
僕は少し気になっていた。
*
一方。
石嶺先輩は不在。
最近。
ファッション誌のモデルまで始めてしまった。
『冬のゆるニット特集』
とかいう撮影らしい。
意味がわからない。
関羽先輩は。
目下失恋中。
「……TSUNAMIって深いな」
「まだ聴いてるんですか」
「沁みる……」
大型犬がずっと湿っていた。
*
周瑜先輩も。
「ちょっとヤボ用」
そう言って。
マリア学園方面へ消えていった。
黒だった。
完全に。
*
そんな空気に。
呂布が吠えた。
「こんなんじゃダメです!!!」
ドン!!
机。
「覇気がない!!!」
「……」
「走りましょう!!!」
「寒い」
「武将暗記を!!!」
「嫌だ」
「モルック百本!!!」
「日暮れる」
呂布は悲しそうだった。
だが。
今日は誰も元気がなかった。
結果。
かなり早く部活は終わった。
*
一方その頃。
趙雲子龍――田中浩介は。
駅前を歩いていた。
手には小箱。
「……」
緊張していた。
実は。
そろそろ劉備小桃の誕生日だった。
だから。
買った。
プレゼント。
一対の馬上杯。
武将が酒を飲む時の、
ちょっと高そうな杯だった。
酒を飲み干すために机には置けない形状になっている。
趣味が渋い。
だが。
趙雲なりに真剣だった。
「……渡せるかな」
そして。
勇気を出して部室へ向かった。
*
ガラッ。
「……」
誰もいなかった。
静か。
冬の夕陽。
冷えた空気。
「……帰った後か、今日は早いな…」
タイミングが悪い。
いつものことだった。
趙雲は少し困って。
そして。
机へ小箱を置いた。
「……まあ、いっか」
そのまま帰った。
誰にも気づかれずに。
*
その頃。
帰り道。
僕は偶然、
劉備小桃を見つけた。
公園。
ブランコ。
夕暮れ。
冬の空。
「部長?」
「……孔明か」
元気がない。
かなり。
僕は隣へ座った。
「どうしたんですか」
静寂。
そして。
劉備小桃は小さく言った。
「……実はさ」
風。
白い息。
「うち、ちょっと古い家で」
「はい」
「許嫁いるんだ」
「……え?」
「今度顔合わせある」
静寂。
脳停止。
「いや」
僕は思わず言った。
「戦国時代ですか?」
「私もそう思う!!」
劉備小桃が叫ぶ。
「今令和だぞ!?」
「ほんとですよ!」
「自由恋愛だろ普通!!」
完全同意だった。
*
劉備小桃は頭を抱える。
「親同士がノリで決めた感じだけど、でも先方がやけに乗り気で……」
「……」
その時。
僕の脳内軍議が始まった。
そして。
閃いた。
「部長」
「ん?」
「付き合ってることにしましょう」
静寂。
「……え?」
「僕と部長が」
「……」
「恋人ってことにして」
「……」
「許嫁側に諦めてもらう」
風。
白い息。
沈黙。
そして。
「……孔明」
「はい?」
「お前、時々すごい策出すな」
「たまに悪手ですけどね」
*
その時。
「あっ」
劉備小桃が言った。
「忘れ物した」
部室だった。
*
旧校舎第三準備室。
夕暮れ。
薄暗い。
静か。
そして。
机の上。
小箱。
「……?」
劉備小桃が開ける。
中。
馬上杯。
二つ。
「……なんだこれ」
「誰かのプレゼント?」
「なんか怖い」
「神とかいるの?」
「曹操会長じゃね?」
「ほんと、気味悪いね」
*
劉備小桃は少し笑った。
「でも、せっかくだし使うか」
「え?」
「なんか、ちょうどいいし、孔明に相談したのも、孔明が付き合ってるふりしようって言ってくれたことも、なんか大きな歴史の流れというか」
「壮大」
そして。
部室の冷蔵庫から、
周瑜先輩の炭酸水を取り出す。
馬上杯へ注ぐ。そこへレモンを絞る。
「孔明」
「はい?」
「乾杯だ」
劉備小桃は杯を持った手を僕の杯を持った手に絡めて、それからレモン炭酸水を酒豪みたいに飲み干す。
僕もそれを真似してレモン炭酸水を飲み干す。
劉備小桃の顔が近い。
劉備小桃の瞳孔の輝き。
夕陽。
冬の光。
「許嫁問題、なんとかしような」
「はい」
僕も笑った。
なんか。
少し楽しかった。
その時。
劉備小桃が言った。
「これ、なんか武将っぽいな」
「ですね」
だが。
この時。
僕たちは知らなかった。
“交杯”
それは。
武将同士の友情の儀ではなく。
結婚の誓いだったことを。




