第十五話 紙一重の戦い 関羽の奮戦 孔明、劉備小桃を女子として意識する
試合は、もつれた。
完全に。
「うおおおお!!」
関羽先輩の一投。
ドゴォッ!!
重い音。
ピンが弾け飛ぶ。
「ナイス!!」
僕たちは叫ぶ。
黒龍工業もざわついていた。
最初の絶望みたいな空気はもうない。
点差は縮まった。
いや。
追いついていた。
「現在、黒龍工業48点!」
審判が告げる。
「織冠高校47点!」
あと少し。
会場の空気が張り詰める。
夕方の風。
芝生。
遠くの子供の声。
全部がやけに鮮明だった。
「……っ」
僕は手汗を握りしめる。
黒龍工業の次の一投。
カコン。
「49点!」
ざわめき。
つまり。
次で決まる。
黒龍工業は50点ぴったりで勝ち。
でも。
失敗してオーバーすれば25点へ戻る。
そして。
こちらは47。
つまり3を倒せば逆転勝利。
「……孔明」
劉備部長が僕を見る。
「頼んだ」
その声は静かだった。
ふざけた感じじゃない。
本気の声。
周瑜先輩も黙っている。
関羽先輩は息を切らしていた。
今日一番動いていたのはこの人だった。
本当に。
頑張っていた。
「……」
僕はモルック棒を握る。
3番。
たった一本。
落とせば勝ち。
落とせば都大会。
落とせば――。
その瞬間。
頭の中に色んなものが浮かんだ。
最初の退屈な教室。
脳内帝国。
劉備部長。
モルック。
石嶺先輩。
聖マリアのLINE。
サザン。
意味不明な毎日。
「……」
呼吸。
風。
距離。
狙う。
投げる。
ブォン。
その瞬間。
「あっ」
わかった。
力んだ。
カコン。
倒れたのは――
4番だった。
静寂。
「……51点」
審判の声。
オーバー。
25点へ戻る。
終わった。
その直後。
黒龍工業。
最後の一投。
カコン。
「50点!」
終了。
試合終了。
僕たちの負けだった。
*
夕焼けだった。
大会会場の片隅。
片付けの音。
遠くの笑い声。
でも。
僕の耳には何も入ってこなかった。
「……」
負けた。
僕のせいで。
最後。
僕がミスった。
あと一本だったのに。
「……ごめん」
小さく言う。
誰もすぐには返事をしなかった。
それが余計きつかった。
僕は下を向く。
情けない。
せっかくここまで来たのに。
その時。
ポン、と。
頭に何か触れた。
「え?」
顔を上げる。
劉備部長だった。
「そんな顔すんな、孔明」
夕日が差していた。
部長の髪がオレンジ色に光っている。
「でも……」
「最後まで接戦だっただろ?」
部長は笑った。
「すげぇ楽しかったじゃん」
「……」
「それに」
少しだけ照れたように視線を逸らす。
「お前のおかげで、ここまで来れたんだし」
ドクン。
……あれ?
その瞬間。
僕は妙なことを思った。
劉備部長って。
劉備小桃って。
そういえば。
女子だった。
今さら?
今さらすぎる。
だって普段、
「天下統一!」とか
「孔明!」とか
「兵站!」とか叫んでるから。
でも。
夕焼けの中で笑うその顔は。
ちゃんと。
普通に。
女子だった。
「……」
なんか急に変な緊張が来た。
視線をどこへ置けばいいかわからない。
そしてこのところやせて、けっこうかわいい部類に入っている。
「どうした?」
「い、いや別に!」
「顔赤くね?」
「夕日です!!」
「そうか?」
周瑜先輩がニヤニヤしていた。
絶対気づいてる。
最悪だ。
その時。
「おーい!」
黒龍工業の主将が来た。
坊主。
でかい。
でも笑顔だった。
「楽しかったわ」
「……!」
「またやろうぜ」
そう言って、
モルック棒を肩へ担ぎ去っていく。
なんか。
スポ根漫画みたいだった。
*
帰り道。
電車。
沈む夕日。
みんな疲れていた。
でも。
不思議と暗くはなかった。
関羽先輩が呟く。
「……悔しいな」
「ですね」
「もっとやりたかった」
その時。
劉備小桃が静かに言った。
「なら」
みんなを見る。
「続けようぜ」
沈黙。
周瑜先輩が笑う。
「まだやんのかよ」
「当たり前だ」
劉備小桃はニヤリと笑った。
「我らの天下への戦いは、まだ始まったばかりだ!」
「だから規模がでかい」
でも。
僕は少しだけ思った。
負けた。
都大会にも行けなかった。
でも。
もしあの日、
退屈な授業中に脳内帝国を作っていなかったら。
もし劉備小桃に声をかけられなかったら。
今の僕はいなかった。
退屈だった世界は、
もうどこにもなかった。




