第96話
1700、訓練終了。
訓練棟Bの前に、皆が整列する。
イザベルが、ぺしん、ぺしん、と手に鞭を当てながら、皆の前を歩く。
「犯人役! 褒めてやる! お前達は明朝0700にここへ集合! 今夜は勝利の美酒に酔え! 明日からはもっと厳しくする! 嬉しかろう! では解散!」
「「「ありがとうございました! 教官!」」」
ぶん! とイザベルの鞭が『人生負組一直線』と書かれたのぼり旗に向けられる。
「救出部隊役! 脱出役! 明朝0600集合! 貴様らメス豚野郎共は、あの旗を天高く揚げ、基地内1周ランニング! その誇り高く雄々しきタマなし豚野郎の姿を基地中に知らしめてやれ!」
「「「はい! 教官!」」」
「解散っ!」
「「「ありがとうございました! 教官!」」」
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そして、訓練棟宿舎、食堂・・・
「ふん!」
がちゃん! とマサヒデの前にトレイが乱暴に置かれる。
「どうしたんです」
「やってくれましたね!」
むん! とアルマダが椅子を引き、マサヒデの対面にどかりと座る。
かつ、かつ、とカオルも歩いて来て、アルマダの隣に座る。
「なんです? 負け惜しみですか?」
「くっ!」「・・・」
「ふふふ。アルマダさんがこんなに怒るのも珍しい。よっぽど悔しいみたいですね」
「ち・・・」
何も言い返せない。
全く、マサヒデの言う通りなのだ。
「でも、私、すごく勉強になりました」
「何がです」
「皆さん、短い時間で、あっという間に作戦立てましたよ。私は何もしてなかった。それにほら、ああでないと」
マサヒデが軍人達の方を見ると、苦笑しながら手を振る者、イザベルからもらったバーボンを呑んでいる者。皆、笑っている。アルマダとは大違い。
負け組達も一緒に呑んで笑っているではないか。
「く、そ・・・そうですね・・・で、マサヒデさん達はどこに居たんです」
「ホテルですよ」
「なんですって!?」
さすがにそこはなかろう、居てもせいぜいクレールに挨拶してすぐ出るだろう、と考え、除外して捜索していたのだが・・・
ふふん、とマサヒデが笑う。
「1週間ぶりでしたから、クレールさんに挨拶して、ついでにレストランで美味しい食事を頂きました。いやあ、美味しかったですよ。ステーキにハンバーガーに。皆さん喜んでくれました」
「くっ!」
アルマダが悔しそうに横を向き、カオルもきりりと歯を鳴らす。
読みが外れた上、マサヒデ達はアルマダ達が必死に町中を駆け回っている間、美味い飯に酒にと楽しんでいたのだ・・・
「シズクさん達は闘技場に行ってていなかったので、挨拶が出来なかったですけど。シズクさん、今、賭けの率って言うんですか? あれ、1.01とかになってるそうです。良く分かりませんが、これって凄いそうですよ」
「へえ!」
「左様で・・・!」
マサヒデがちらちらと周りを見て、
「ところで」
「なんです」
マサヒデがトレイを避け、テーブルに身を乗り出し、指でアルマダとカオルを招く。
真面目な顔で、そっと口を手で隠す。
アルマダもカオルも怒り顔を戻し、顔を寄せる。
「レイシクランの忍の皆さん、まだ碌な情報を盗んでいないそうです」
何? とアルマダとカオルが眉を寄せる。
「なんですって? もう1週間も経ちましたよ」
「ええ。そうなんですよ。ちょっとこれ、意外な展開ですよね。予想じゃ、クレールさんが高笑いしてる頃だと思ってたんですが」
「ふむ」
「今回は訓練も兼ねているので、単身での潜入ってなってるそうなんですが、既にエイデン大佐の部屋にも忍び込んだそうです。それでもめぼしい物がないって」
「クレール様が満足出来ない、というだけではありませんよね」
「ええ。ここ、本当にしょっぱい情報しかないのか、それとも、もしかして、ですけど・・・意外に大きな情報が、物凄く厳重に隠されてるか、ですよ。私は、もしかしての方だと思うんですが」
「でしょうね。カオルさんは」
「私もそう思います」
「情報っていうと、何か丸秘とか書いてある本とかが思い浮かびますけど、もっと別の何かかも。この基地にあるものって、何なんでしょうね。あと3週間ですが、掴めるでしょうか」
「ご主人様。これは別の場所に隠されておるやも。それか暗号の類か」
「暗号?」
「何の価値もない、至って普通の書類が、数冊を合わせて見ると、何か別の意味の本になる。例えば、名簿。最初の頭文字から、何処の棚。生年月日や住所などの数字から、どの本のどのページ、どこの単語・・・合わせていくと・・・などなど」
「その場合、名簿が鍵と」
「はい」
ううむ、とアルマダが唸る。
「仮にそのようなからくりだと、鍵とドアがどの本だか分からないと、どうしようもないですね」
「はい。こういうものは、口頭でのみ伝えられるのです。紙などに残す阿呆はおりませぬ」
「探しようがないですね・・・まさか、エイデン大佐を捕らえて吐かせる訳にもいかないですし」
ふう、とマサヒデが息をついた。
「アルマダさん、カオルさん、忘れちゃいけませんよ。私達の訓練が目的です。クレールさん達は、ついでにどうですか? って感じですからね」
アルマダも息をつく。
「ま、確かにそうですが、気になりますよ。レイシクランの忍が1週間かけても探せないって、何があるのかって」
カオルは心配そうに眉を寄せる。
「ううん・・・知らない方が良い、という情報でなければ・・・いや、軍ですから、そういう情報しかないのですが、あまりにとんでもない情報ですと・・・少々、不安ですね」
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その頃、ホテル・セント=エニャ、クレールの部屋。
クレールが難しい顔で、片膝を付いた忍達を見下ろしていた。
「もう1週間。これだけ探して、大した情報がありません」
「・・・」
「貴方達を責めているのではありません。あの規模の基地で、全然売り物になる物がない。今の所、めぼしい物は、この特殊部隊員の名簿と、紛争地域への隠密介入作戦関連の書類くらい」
これだけでも十分大きな情報である。
バラ撒くぞと言うだけで、米衆連合国を十分にゆすれる。
だが、基地の規模と比例すると、あまりに安く、少なすぎると感じる。
「・・・」
「なさすぎます。いくら何でも不自然です。今夜から、単身での潜入は中止。私達の護衛と連絡以外は、全員出なさい。もうこれは訓練ではありません。当然ですけれど、決して、見つかってはいけません。その上で、マサヒデ様達に疑いが掛かる真似はしないこと。死者、怪我人は勿論、薬で眠らせる、など、一切の痕跡を残さないこと」
「は!」
「まずは、何かがあるのか。何も無いのか。それを確かめる事からですけれど・・・何かある、と、私は思います。1週間探して、たったこれだけ。おかしい。あったとして、運び出せる情報かどうかも分かりませんが・・・長期潜入も許可します。残り3週間で、何かを掴んでくるのです。ただ、何の情報かによっては・・・そこでストップもありえます。知ったら危険だと感じたら、深入りせずに即帰還なさい」
「は!」
「それと・・・ここまでクリーン過ぎるというのは、大掛かりな、何らかの情報管理、操作の・・・ような事が行われている、の、かも・・・一応、灰蘭(米衆対外諜報部)などの他の組織にも注意なさい。貴方達が灰蘭に見つかる事はないでしょうけれど、不測の事態に会わぬよう、ありとあらゆる危険を想定なさい。軍人の中には、マサヒデ様に無刀取りを掛けて、投げ飛ばすような化け物もいるという事を忘れずに」
「は!」
「行きなさい」
「は!」
ドアが開き、姿の見えない忍達が出て行った。
ぱたん、とドアが閉まった後、クレールが机の上の入手した資料を手に取る。
「ううん」
何かないか・・・
この名簿や隠密介入作戦の書類から、何か・・・
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翌朝。
アルマダ達の、屈辱の基地内1周ランニングが始まる―――
「人生負組一直線!」
「「「人生負組一直線!」」」
「私はあなたのおフェラ豚!」
「「「私はあなたのおフェラ豚!」」」
「今夜も『おシゴき』手伝います!」
「「「今夜も『おシゴき』手伝います!」」」
「お願いベッドに呼んでくれ!」
「「「お願いベッドに呼んでくれ!」」」
「1! 2! 3! 4! 人生! 負組!」
「「「1! 2! 3! 4! 人生! 負組!」」」
「1! 2! 3! 4! 人生! 負組!」
「「「1! 2! 3! 4! 人生! 負組!」」」
(くそっ! もう負けるものか!)
アルマダがやけになって声を上げながら、基地内を走る。
皆が声を上げて笑いながら、それを見送る。
市民に見られないよう、早朝ランニングにしたのは、イザベルの優しさである。




