第95話
少し時間を戻し、マサヒデ達がホテルに着く少し前―――
ここはセント=エントーニョイ陸軍基地、訓練棟B。
「全員、テントから指1本も出すな! 行くぞ! 1、2、3!」
よいしょ! と皆がテントの柱を持ち上げ、訓練棟の前まで進んで行く。
「よしよし! 撃ってこられまい!」
そのまま玄関の目の前までテントを持って来て下ろす。
海軍兵2人が左右から顔を出し、さっと真上を確認し、すぐに首を引っ込める。
左右の窓も確認。動きなし。
「クリア!」「クリア!」
「よし! 突入準備! 反撃が来るぞ! ハワード君とリーさんを死んでも守れ! リーさん! 魔術用意!」
「いつでも大丈夫です!」
「よし!」
ばばば! と軍人が3人ずつドア脇の左右に分かれ、アルマダとリーの前に盾持ちが立つ。
ドア脇の3人が頷き、頷き返すと、1人が閃光爆弾を取った。
海軍兵がドアの前にゆっくりと進み、き、き、と小さくドアノブを回す。
ドアノブにトラップが仕掛けられていないかの確認だ。
そのままドアノブを回し、音が出ないよう、そー・・・と開いていく。
(やけに慎重な)
とアルマダは思ったが、ドアを開けたらワイヤーが張ってあって、どかん! もあるのだ。
海軍兵が、ぎりぎり開いた隙間を上から下まで眺め、小さな鏡が付いた棒を差し入れる。
(なるほど)
鏡を傾け、トラップの有無、敵の有無を確認。
そっと鏡を引くと、よし、とドア脇の左右の軍人達に頷く。
海軍兵が戻ると、右の陸軍兵が小さく手を上げた。
3本指を立てる。
ぴん、と閃光爆弾のピンが抜かれる。
2・・・
1・・・
び! と手が振られると同時に、閃光爆弾が投げ込まれ、ぱん! と破裂音。
ドアの隙間からでも、目が眩む程の光。
同時に、ばん! とドアが開かれた。
左右に斜めにクロスするように、2人が斜め上に銃口を向けながらスライディング。
少し遅れて左右から1人ずつ中に入り、残った左右の1人ずつが、銃口を中に向ける・・・
「くそっ! やられた!」
はあー、と、溜息をつきながら、スライディングして入って行った軍人が立ち上がった。
「よおし、全員聞いてくれー。ここは大丈夫だ。こいつを見てくれ」
ロビーの真ん中の椅子。
そこには、
『これを見た人はマヌケです。字を読めるかどうか分かりませんが、一応、書き置きを残します。1700まで旅に出ます。探さないで下さい。ミスターマヌケ様へ』
と書かれた張り紙。
「ああくそ! なんてこった! そうか、建物の中に居なくても良いのか! なんで気付かなかった!」
「ちっ! 門限は1800だぞ! 基地の外に出られてたら・・・」
「そういう事だ」
イザベルがにやにや笑いながら、救出部隊の後ろから歩いて来る。
「いやはや、実に惜しかった! テントごと動いてくるとはな! 考えたものだ! だが、向こうは更に上手だった!」
「・・・」
皆ががっくりと肩を落とした。
『人生負組一直線』の旗を掲げ、基地内1周・・・
くくく、とイザベルがおかしそうに笑いながら腕を組む。
「どうした。まだ時間はある。探しに行かんのか? んん? とっくに町中で散開していると思うが、運が良ければ全員仕留められるかもしれんぞ。おおっと! 訓練場の外への、武器の持ち出しは禁止だという事を忘れるな。素手で仕留めてこい」
「イザベル様・・・」
小さく声を上げたアルマダに、イザベルがぴしゃりと返す。
「訓練時間内は教官と呼べ!」
「はい、教官」
ぱあしーん! とイザベルが壁を鞭で叩く。
「どうしたクソ虫共! 追え! 追って殺せ! 何!? もう降参か! やる前から降参か! 信じられん! これが米衆軍なのか!? まるでそびえ立つ馬糞だ! そうか! 女の(※検閲削除)しか考えていない桃色脳ミソでは考えられんか! どうしたら良いのか分からんか! よし教えてやる! 正面ゲートに行き『あのクソ虫様達は外にお出でになられましたか』と聞け! この優しいファッテンベルク教官はその後も説明してやる! 『お出でになられました』と答えが返ってきたら武装解除して町に出ろ! 素手で奴らの喉笛を引き千切ってこい! その鍛え上げた身体がハリボテでなければ出来て当たり前だ! 『お出でになられませんでした』と返ってきたら、基地内に居る! 探し出して殺せ! タイムリミットは1700だ! 聞こえたか!」
「「「はい、教官」」」
「聞こえん! マスかいてタマをベッドに置き忘れてきたか!」
「「「はい! 教官!」」」
「行け!」
そうして、アルマダ達も訓練棟Bを出て行った。
「・・・」
走って行くアルマダ達を見送り、イザベルが歩き出した。
こつ、こつ、こつ、とイザベルのブーツの音が廊下に響く。
き、と奥のドアを開けると、地面から首だけ生えたカオルが居た。
「カオル殿」
「大丈夫です。あと四半刻下さい」
機密書類は間違いなくマサヒデが持っているはずだ。
掠め取る事が出来るか。
「ご武運を」
「私は、剣聖カゲミツ=トミヤスから魔剣を盗んだ忍です」
「は」
何と気丈な!
イザベルの目に涙が滲んできた。
きい・・・ぱたん、と、静かにドアが閉められた。
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ホテル・セント=エニャ、レストラン。
「お待たせ致しまして、大変申し訳もございません」
わお、とマサヒデ、クレール以外が小さく声を上げた。
燦然と輝く綺羅びやかな箱!
その中で輝く瓶!
「あら。5代目王ではございませんか。珍しい」
クレールは平然として、飲むように分厚いステーキを口に入れている。
「1本だけ、ストックがございまして。是非、皆様に」
給仕がほんの少しずつグラスに注ぎ、とん、とん、とん、と置いていく。
「まずはストレートでお味を」
「おお・・・これが5代目王・・・・」
ローレンスが目を輝かせ、グラスを口に近付ける。
「これがバーボンの香りか! 信じられん! なんとかぐわしい!」
くい、とアーメイ二等陸尉がグラスを傾ける。
「なんて・・・ううむ、すまん、俺はもう言葉が出ない」
「お、おおう! とろけるようです」
「うむ・・・む、ううむ」
「堪らん! こんなバーボンは呑んだことがない」
皆の幸せそうな顔。
これが見られただけで、奢りにしたかいがあったものだ。
「氷は如何なされましょう」
「まさか! この味を直に味わいたい。だろう?」
「そうとも! さあ注いでくれ!」
くす、とクレールが笑う。
「うふふ。米衆連合の皆様は、バーボンがお好きですのね」
「そうですとも。我らの身体はステーキとバーボンで出来ております」
「あとホットドッグ」
「「「ははは!」」」
給仕もにこにこ笑いながら、皆のグラスに注いでいく。
あっという間に1瓶は消えてしまった。
「そしてこちら。トミヤス様のお生まれの国の酒、ザ・スカイ」
「おお! 日輪国の!」
がらん、と氷から一升徳利が出される。
「これは徳利と申しまして、日輪国の酒は、ほとんどがこのような瓶に入っております。分厚いもので、冷やすのに時間がかかりまして」
「ほおう。壺のようだ」
「そして、こちらが酒専用のグラス。お猪口」
「オチョコ? かわいい名だ」
とく、とく、とく、と注ぎ、これも皆の前に置かれる。
「1杯目は、まず一息に呑んで下さいませ」
「うむ」
ごくん。
「ほ!?」
「ふんむ!」
「おふう」
「はあ・・・」
軍人達の驚きの顔。
「如何でございましょう。空の如き味、楽しんで頂けましょうか」
「爽やかだ! これはいくらでも呑める! 水で薄めてあるわけではなかろうか」
「ふふふ。まさか」
クレールが手を差し出すと、給仕が注ぎ、お猪口を差し出す。
ちょび、と入れて、口の中で転がし・・・
「流石はザ・スカイ。これはやはりオークションで?」
「はい」
「うふふ。一体、いくらしたのかしら。日輪国の、シライ領オリネオの町にある、ブリ=サンクというレストランに、私の名を出してご連絡なさい。酒を教えて、と。正規の値で、これに近い酒を買えます。5つ星に並べても恥ずかしくない酒を送ってくれますよ。銀貨数枚で・・・うふふ。輸送費を入れても、大幅なコストダウンではありませんこと?」
「・・・流石はレイシクラン様、日輪国の酒にもご達者で」
「達者などとんでもない。それなりに、です」
クレールがお猪口を出すと、給仕が酒を注ぐ。
「良いお酒。でも、この味は、金貨10枚を出すほどではありません。日輪国の酒は、ワインに勝るとも劣らない数があります。勿論、美味しい物は、たくさん埋もれています。あんな小さな島国なのに、恐ろしい事」
「は・・・恐れ入りました」
「あ、そうそう! 私、ハンバーガーが食べたいのです」
「は? ハンバーガー・・・ですか?」
「ええ。一番大きなサイズで頼みます」
意外な注文。
給仕も驚いたし、軍人達も驚いた。
「オニオンを多めにして、マスタードも効かせて下さい」
「は・・・」
「あ、ふたつにしましょう。もうひとつは、とろとろのチーズをたっぷりと!」
「は」
「うふふ。意外でしたか?」
「はい」
クレールがにっこり笑った。
「私、この国に来て、ハンバーガーを食べて感動したのです。これが平民の食かと。なんと美味しい物かと! その上、安くて量もたっぷり! でも、パスタはとても頂けませんわ。そこは直して頂きたいと思います。さて、このレストランのハンバーガーはいかがかしら。その辺のダイナーに負けぬ味を期待しますよ」
「必ずや、ご満足頂けます物を」
「うふふ・・・それは、銅貨50枚以内で作れますかしら? 平民のお食事ですよ」
「必ずや」




