第8話
途中で馬車を止め、鉄砲の弾を買いに行こうとした時である。
隣に刀剣屋があり、ラディはどうしてもそちらに行くと言って譲らないので、仕方なくカオルとアルマダがついてきた。
2人はぎらぎらと険しい顔で店内を見回すラディを見ながら、
「ハワード様、宜しかったのですか?」
「構いませんよ。私は鉄砲など使いませんし。私達も見ましょうか」
と、ショーウィンドウに近付き、む! と2人が驚く。
「何・・・?」
マサムラだ。
マサムラ自体は別に驚く刀ではない。数打ち刀工だから、数は多い。
(金貨500枚?)
この刀も大した出来ではない。折紙も鑑定書もない。金貨100枚が良い所。
カオルが首を傾げ、店主を呼ぶ。
「ご店主」
「はい。何でしょう」
「この刀は? マサムラ?」
店主がにこにこ笑い、
「おお、お客様、お目が高い! そちら、あの妖刀と名高きマサムラの作!」
「はあ・・・」
「なんと日輪国の代々の王の処刑は、マサムラのカターナーで首を斬ると」
「ええ!?」
統一後、日輪国の王に処刑された王はいない。
アルマダが眉をひそめ、
「そのような話は初めて聞きました」
「おお、日輪国の歴史はご存じない」
「そんな歴史は初めて聞きます」
「ははは! カターナーを買うなら、日輪国の歴史はちゃんと勉強しませんと。カターナーは歴史ある武器なのです」
カオルがむっとした顔で、
「その通りですね。刀は歴史がございます。ところで私、日輪国から来たのですが」
う! と店主が固まる。
「この格好、サムライ好きの好事家と見られましたか」
「・・・」
カオルがアルマダに手を差し出し、
「こちら、日輪国の公爵家、ハワード家のお方」
「へい・・・」
カオルが脇差を取り、
「ご店主。試しにこの脇差、見てもらえますか?」
マサヒデとマツの子のお七夜のパーティーで、贈り物として来た物を貰い受けた。銘、ヒロテル。新刀期の名刀工の作。
「え、ええと・・・」
「刀を知っている方なら、一目で分かる作。試すようで悪いですが」
「申し訳ありません!」
がば! と店主が頭を下げる。
「結構。すぐに詐欺と通報致しますが、条件付きで、私は1日の猶予を与えます」
「へい!」
「この店に刀は何本?」
「や・・・数えた事はございません。安物をまとめて金貨100枚で・・・」
「では、その安物を今すぐ全部持って来て下さい。中に良い物があったら、それと交換に私は1日を差し上げます。如何」
「ははは!」
アルマダが声を上げて笑う。
店主が下がって行き、カオルは外に出て、入口に『閉店』の札を掛けて中に戻り、
「ラディさん」
と、ラディの肩に手を置くと、ぶん! とラディが振り向き、
「酷い店です!」
「分かっております。後程、詐欺で通報致しますが、しばし猶予を。ささ、こちらへいらして下さい」
ぷんぷんするラディを連れ、店の番台に座ると、店主が刀を抱えて出て来た。
「もう一抱えありますんで・・・」
「持って来て下さい」
「へい」
店主がまた下がって行くと、カオルがラディに頷き、
「見て下さい。もし目に適う物があったら、私はあの店主には荷物をまとめる時間を与えます」
「・・・」
カオルがちらりと店の奥を見て、こそっと囁く。
「『私は』です。ラディさんはすぐに訴えても構いません」
あっ! と気付いて、うく! とラディが口を抑える。
くすっとカオルが笑い、
「さ、どうぞ。もし良い物があれば、私は1日猶予を与えますから」
ラディが手前の刀を取り、す、と抜く。
「ゴミです」
す。
「ゴミです」
すっ・・・
「ゴミです」
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四半刻の後。
とっくに鉄砲の弾も買ったマサヒデが、店を覗きに来た。
ドアには『閉店』と札が掛かっていたが、カオル達が中にいるので入ってきた。
「何してるんです? 良い物でも?」
カオルがにっこり笑い、
「あるかも、と探しております」
「ゴミばかりです」
不機嫌な顔のラディが刀を置いて、次の刀を取る。
カオルが青い顔の店主を見て、
「投げ売りの刀を買ってきて、刀を知らぬ米衆の者に、高額で吹っ掛けて売っている店です。このご店主曰く、マサムラは歴代の王の処刑に使われた刀だそうですよ」
詐欺師か・・・
マサヒデの目が細く鋭くなる。
「・・・」
「しかし、そういう物にお宝が隠れているのも稀にある事で・・・運良くお宝があれば、私は1日の猶予を与えようと考えております」
「ふうん・・・」
つかつかとマサヒデが歩いて来て、店主の前にしゃがみ込み、下から顔を覗く。
「ご店主。私、知ってます? マサヒデ=トミヤス」
「あっ!? ああっ!」
「運が悪かったですね。いや、良かったのかな。カオルさんは目こぼししてやろうと言ってますからね。いつもなら・・・」
とんとん、と腰の雲切丸の柄に指を乗せる。
「ま、こういう事です」
「・・・」
「ちっ・・・ゴミばかり・・・」
ラディが『ゴミ』と言うたびに、刀の山が大きくなる。
やれやれ、とマサヒデが肩をすくめて立ち上がると、
「む!?」
ラディが声を上げた。
お? とマサヒデとカオルも近寄ってくる。
「ほう。これは・・・柾が良いですね。小乱れに二重刃・・・二重刃ごころ、かな」
カオルが目を近付ける。
「合わせてこの金筋・・・」
カオルが首を傾げ、
「ラディさん。この特徴、見た事があります。もしや?」
ラディが頷く。
「おそらく」
初代タケヨシ。
現在では意外と名は知られていないが、その斬れ味は当時は名高く、なんと国王から領地も与えられた新刀期の名刀工である。特別保存の作をいくつも残しているのだ。注文打ちの作で差表と差裏が全く違う刃紋の物を作ったりしており、その腕の程が伺える。
「ちょっと待ってて下さい。年鑑持ってきますよ」
マサヒデが馬車に戻り、ラディの荷物から刀剣年鑑を出して持って来る。
ぱらぱらめくり、タケヨシの頁を開き、ぱらり・・・ぱらり・・・
「これか。所在不明。2尺3寸、反り半寸。肌は柾ごころ美しく、刃縁は見事。金線に金筋入る。小乱れを交える二重刃・・・と。全くこの通りですね。刃紋も絵図と全く同じだ。この出来で写し(真似して作った物)はないでしょう。写しだとしても、それはそれで貴重ですが。後で銘も確認しましょう」
「はい」
「うわ、これ。ここ見て下さい。もし本物なら凄いですよ」
マサヒデがページの下の方を指差す。
截断銘、諸車五度切落。
茎に試し切りの記録が切ってあるのだ。
諸車とは腰の部分。思い切り大きく太い骨がある部分だ。
五度切落とは、5回その部分を斬ったという事。勿論、横に。
それで、欠けもなく、曲がりもない。これは怖ろしい斬れ味だ。
「これで特保って信じられないですね。重要はおかしくないと思いますが」
ラディが満足そうに頷くと、アルマダがにやりと笑う。
「ご店主。こちらを頂きましょう。カオルさんが1日の猶予を与えます」
「へへえっ!」
「さ、行きますよ。皆さんを待たせています。ホルニコヴァさん。鑑賞は後で」
「ううん・・・はい・・・」
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店のドアをぱたんと閉じると、マサヒデはすぐに馬車の裏から顔を突っ込み、
「クレールさん。忍の方に、この店、詐欺やってますって通報させて下さるよう、お願い出来ますか?」
「えっ? ええっ!? 通報!?」
「安い刀を法外な値段で知らない人に売ってますって」
「えーっ!」
マサヒデの後ろで待っているラディに振り向いて、にっこり笑い、
「カオルさんは1日の猶予を与えると言いましたが、私は猶予を与えませんよ。そういう事ですよね?」
ラディはタケヨシの刀を抱きかかえ、にっこりと笑みを返した。
「はい」
マサヒデが頷き、
「さ、買い物は終わり。急いで出ましょう」
ラディが座って、少ししてがらがらと馬車が走り出した。
クレールが興味深そうに刀を覗き込む。
最初は研ぎの見学から始まったが、クレールも今やいっぱしの刀数寄者。
「それ、誰の作なんですか?」
「銘は確認していませんが、まずタケヨシの作で間違いないと見ました」
「はあー! タケヨシ! 新刀の名刀匠ですね!」
「揺れますから、止まったら一緒に見ましょう」
「はい!」




