第7話
ひとしきり話が終わると、スティアンが懐から封筒を出し、マサヒデに差し出した。
「これは?」
「検問をフリーで通れる許可証。今日から1年有効よ。要らないと思うけど」
「ありがとうございます」
「街道を逸れて入れば検問なんか無いから、そこに関しては無用の長物。でも、あなた達、武器持ってるから持って行きなさい。武器の携帯許可にもなるから、捕まったら見せるのよ」
「あ、それは助かります」
受け取って懐に入れると、スティアンが立ち上がった。
「楽しかったわ。じゃあ、旅の無事を祈ってあげる。どうかご無事でいられますように。はい、お祈り終了。頑張ってね」
「はあ」
「帰りには必ず寄ってちょうだい。盛大なパーティーを開いてあげるから」
これで終わりか? マサヒデが呆けた顔をしていると、スティアンが肩に手を置き、
「足止めするつもりはないの。全員起きてきたら、さっさと出て行きなさい。ここに居たら、マツ様を悲しませる事になるわ。勇者祭はデッドオアアライブ(生死不問)なんだから、大きな町はさっさと抜けるのよ」
元々そのつもりであったが、このスティアンに必ず足止めされると考えていた。それが逆に出て行けと言われるとは。
マサヒデは顔を引き締め、スティアンの手を取って頭を下げ、
「お気遣い、感謝致します」
くす、とスティアンが笑う。
「さり気なく女の心を掴もうとするのね」
スティアンがすっと手を引き、イザベルの前に立つと、イザベルが立ち上がって、ぴしりと気を付けの姿勢を取る。
「また来てくれるわね」
「は! 必ず!」
「やっぱり、エリザベータに似てる。血なのかしら」
す、とイザベルを抱き、すぐに手を離し、マサヒデを見た。
「逃げるのよ」
(逃げる?)
はて? とマサヒデがスティアンを見上げた。
「この国は、連合国。小さな国の集まり。小さな天下の集まり」
「小さな天下・・・ううむ、なるほど」
「あなた達には見るに値しない、小さな天下よ」
「そうでしょうか」
「そうよ。でも、抜けてしまえば、大きな天下が待っている」
「魔の国」
スティアンが頷き、両手を上に挙げた。
「あなた達には、大きな天下を見て欲しいわ! 逃げるように駆け抜けて行った! 尻尾を巻いて一目散に逃げた! 世間はそう言うかもね! でも違う! 見るに値しない天下など興味もない! この米衆連合は、ただ小石が並んでいるだけなの!」
「この米衆連合国が、小石ですか」
「そうよ! 大した武人もいない、無駄に広いだけの国よ! 何でもかんでも数と大きさ! 軍も数! 領地も数! 広いだけ! 自分が住んでる国ながら、情けないわ! 質が全然追いついてないのよ! でも、まだ追いついてないってだけよ!」
ふん! スティアンが鼻を鳴らした後、小さく笑って頷き、もう一度、イザベルの方を向いた。そっと頬に手を置き、淋しげに笑う。
「じゃあね、イザベル」
寂しそうに笑って振り返ったスティアンの目に、うっすら涙が見えた気がした。
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スティアンが帰ってすぐ、階段からトモヤを先頭に、シズク、ラディとアルマダの騎士達が下りて来た。
トモヤがマサヒデの近くに歩いて来て、
「マサヒデ。帰ったのか」
「ああ」
トモヤがうんざりした顔をして、
「今夜はパーティーかの」
「いや。すぐ出る。パーティーはない」
「お誘いではなかったのか?」
「ああ。早いが、飯を済ませたらすぐ出よう。俺達は今食べた」
アルマダが立ち上がる。
「カオルさん、地図の用意は大丈夫ですね」
「は」
「食べ物は」
「1週間分」
「結構。皆さん、すぐ食べて来て下さい。次の町までありますから、何日か野営ですよ。弁当も頼んで下さい。ついでに瓶詰めも買って行きましょう」
ぱん! とアルマダが手を叩くと、皆がレストランに入っていく。
マサヒデが後ろを向き、大きな窓から空を見て、溜め息をつく。
「やれやれ。出発だというのに、どんよりしてますね」
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食事を済ませ、皆が荷物を持って馬車の周りに集まる。
「カオルさん、馬車見て下さい」
「は」
ささ! とカオルが馬車の下に入り、中に入って椅子を開けたり、積荷をかき分けたり。さっと飛び降り御者台も調べ、
「大丈夫です」
「よし。トモヤ、乗れ」
「おうよ!」
ぱしぱしと馬車を引く馬、黒影の首を叩き、トモヤが御者台に乗る。
「良いぞ! 皆様、お乗り下され!」
「よーし!」
「楽しみですね!」
「はい」
ぞろぞろとクレール、シズク、ラディが乗る。
マサヒデやアルマダ達も馬に乗り、マサヒデがトモヤの横につけて、
「町中では飛ばせんが、出来る限り急いで抜けるぞ。天気も良くないが、降り出してもそのまま抜ける。お前の雨具は」
よ、とトモヤが腰を上げ、御者台を叩き、
「ここに入っておる」
「よし、では行くぞ」
ぽくぽくと愛馬の黒嵐を進めて行くと、ぱしん! と鞭の音がして、がらがらと馬車が走り出した。
アルマダがマサヒデの隣に並び、後ろにカオル、イザベル、馬車の後ろにアルマダの騎士4人がついて来る。
マサヒデが溜め息をつき、くいっと菅笠を下げて、
「勇者祭でなければ、もう少し町を周りたかったところですがね」
「ええ。しかし、マサヒデさん。先程、様子が少し変でしたよ」
「先程?」
「スティアン伯爵とお話ししていた時」
「ああ・・・」
スティアンが翼を広げた時の事だ。
「アルマダさんが来る少し前、勇者祭の方々が来たんです」
「ほう? それで?」
「クレールさんのお陰で、さっさと済んだんですけど、降参した方がちょっと態度が悪かったんですよ。で、一緒に居たスティアン伯爵が、ふわっと翼を広げたんです」
「ほう。翼を広げた。で?」
「その瞬間、怖ろしい気配というか・・・これは死ぬと感じましたね。あれはまずい。殺気も何も無かったんですが、蛇に睨まれた蛙とはあの事です。もう生き物として遥かに上なんだなって、はっきり分かりましたね。文字通り気圧されました」
「そこまでですか」
マサヒデが首を振る。
「絶対に勝てません。まだ素っ裸で熊と相撲をとる方が楽です。私達全員でかかっても無理です。それから、アルマダさんが来るまで少し話してましたけど、私は心を鎮めるのに手一杯でした」
「ふむ・・・」
アルマダが首を傾げると、カオルが後ろから、
「次の大通りを右です!」
「む、はーい!」
石畳を走る馬車の音が響く。
通りには、昨晩見た常夜燈が並んでいる。この町は夜も明るいことだろう・・・
ちらりと左に見える海を見て、大通りに入る。
ここから先は、ずっと陸路。
町を出れば、だだっ広い平野が続くのだ。
「広い道ですね・・・」
前に馬車が2台並んで走って、まだ道幅に余裕がある。
道の真ん中には低木の植木が仕切りのように植えてあり、反対側も同じ広さだ。
「ううむ、分かってはいましたが、先が見えませんね。ずっと建物が続いている。抜けるのは夜になりそうですが、暗くなってもしばらくは走りましょう。町から離れた所で野営した方が良い」
「そうしましょう、か・・・」
マサヒデが周りの建物を見渡し、顔をしかめる。
「ああ、くそ。ここを走ってたら狙われ放題だ。落ち着きませんよ」
アルマダも緊張した顔で頷く。道は広く、左右は高い建物が並んでいる。上から狙い放題だ。
「ええ・・・飛ばして行きたいですが、町中ですからね・・・話を戻しますが、マサヒデさん」
「なんです?」
「魔王様の城には、龍人族の方々が多く勤めておられるのでは?」
「・・・」
そうだった。皆が皆、あのスティアン伯爵のような強さなのか?
そもそも、スティアン伯爵は、龍人族の中では強いのか、弱いのか?
「しまった・・・そうだった・・・」
アルマダが首を傾げ、
「マサヒデさん。確かに圧倒的ではあるでしょうが、気圧されただけでは?」
「そうでしょうか」
「あなた、カゲミツ様にマツ様にと相手をしてきたんですよ。あの2人よりも上だと感じましたか?」
「む・・・ううむ、どうでしょう・・・」
ふ、とアルマダが鼻で笑い、
「ただ、蛇に睨まれてしまっただけです。腰が引けてしまっただけですよ。見た感じ、武術の心得もない。私達なら、斬れば斬れます。当たればの話ですが」
「ふむ・・・斬れますかね。怖ろしく頑丈と聞きますが」
「ははは! シズクさんが斬れるなら、大体は斬れますよ! 骨までは無理でも、血を流す事は出来るんです。首に少し斬り込む事が出来れば勝てます」
「むう、確かに・・・」
「しかし、どうしても駄目な時は」
アルマダが言葉を切り、ちらりと馬車を見る。
「あれを使うしかないですね。クレール様が持っている」
魔剣。
世に出ていなかった、誰も知らない魔剣。
まだ魔剣登録の申請を出していないので、正式には魔剣と認められていない。
怖ろしい魔力を秘め、どんな姿形にもなる。
それが他の魔剣や称号武器であれば、その力さえも再現してしまう。
その刃も怖ろしく、上から枝を落としたら磨き上げたような斬り口で落ちた。
だが、怖ろしい程の集中力が必要で、今は魔力の補充用に使っているだけの魔剣。
「私に使えるでしょうかね」
「別に、他の特別な剣や刀にしなくても良いのです。あれは怖ろしい斬れ味になる。龍人族であろうと、容易く斬れるでしょう。一振り振るだけの集中力があれば、使える」
「戦いながら、その集中が出来るかどうか」
「一振りだけなら・・・今の私達なら、出来ると思います。カオルさんも出来るでしょう。イザベル様はどうでしょうか・・・」
「一振りだけですか・・・ですけど、それでは、追い詰められたりとか、誰かの危機とかで、いざ、と使えるものではないですね。そんな時にそんな集中力が出せるとも思えない。むしろ、戦っている最中の、ぐっと静かに気が上っている感じの時」
「ええ。そして、町を出れば、これからはだだっ広い平野が続く」
「稽古は出来ますか・・・」
「試すだけ、試してみましょう。マサヒデさんの奥の手が無願想流だけでは、心許ないと思います。魔族には長く生きている方も多いんですよ」
は! とマサヒデがアルマダの顔を見る。
無願想流はとっくに失伝しているが、それも4、500年前。
長命な魔族であれば、本人は見ていなくても、父が、祖父が・・・
あり得る。
人の国の戦乱期が収まり、魔の国との戦争の前の間の、平和な時代。
まだ偏見は強く残ってはいたが、魔族が全くいなかったわけではない。
魔族にだって武術家はいる。日輪国は武術が盛んだから、来ていてもおかしくない。
カゲミツも若い頃に武者修行の旅の途中、伝書を見つけたと言っていた。それは直系の子孫の物ではあったが、伝書は残っていたのだ。
無願想流宗家のサマノスケの道場には、1000を超える門弟がいた。他に書き残していた者がいても、全くおかしくない。
「知っている者はいると・・・見た方が良いですかね」
「当然です。これは知るまい、なんてかからない方が良い。試合が放映され、マサヒデさんが無願想流を出した時、研究をするまでもなく、あ、あれは無願想流では? と気付く方はいるでしょう。多くはないでしょうが」
「・・・」
「奥の手は多い方が良い。鉄砲も少し練習しては如何です。幸い、イザベル様は元軍人」
「そうですね。鉄砲の弾、買って行きましょうか」




