第74話
第2試合、カオルと、メアリ=ヨーシュなる猫族の試合。
結局、セコンドはマサヒデである。
「カオルさん、負けたら、明日は飯抜きですからね」
「1週間の飯抜きで構いません」
カオルはこきこきと首を鳴らし、ぐにぐにと背中から肩と動かしながら、全く平静。
そこに、あの客を煽る声。
「トミヤス流が来た!」
「あ、始まりましたよ」
「あのトミヤスの神童! マサヒデ=トミヤスの一番弟子はー・・・この女だあー! サムライにカタナが無くても良いのかーッ! 良いッ! トミヤス流は剣のみではないッ! 武術ッ! 身体そのものが全て武器! それが武術家だあーッ!」
「おっ。良い事を言いますね」
もそもそとカオルが懐からローブを出して、よいしょと引っ被る。
「では」
「殺しちゃ駄目ですよ」
「そのつもりですが、事故はご勘弁を」
小さく頷いて、カオルは音もなく駆けて行ってしまった。
「トミヤス流! カオル=サダマキ! 如何なる女か! 一番弟子の名をここで上げられるかーッ! 入場ーッ!」
ぱ! と入口に光が当たったが、そこには懐手のマサヒデのみ。
「あれっ」
審判が小さな声を上げた。
「ふっ。ここです」
「なんと!? 既にいたあーッ!」
審判がコーナーポストを指差す。
ぱぱぱ! とコーナーポストに光が当たると、ローブを被ったカオル。
腕を組んだまま、ポストの上で垂直に立っている。
「これがニンジャか!? カオル=サダマキ! ニンジャだったのか!」
「おおーっ!?」
観客席のどよめき。
にやりとカオルが笑った。
ばさっ! とローブを投げ捨て、たーん! とポストを蹴る。
くるくるくるー! と回りながら、カオルが跳ぶ。
ふわ、と審判の前に音を立てずに立って、すっと腕を組んだ。
「私が忍者など、冗談はおやめ下さい。少々身が軽いだけです。トミヤス流はこんなものではございません」
「ニンジャではない!? トミヤス流はこんなものではないーッ! ニンジャを超える武術! それがトミヤス流なのか!」
「そこは遣い手次第です」
マサヒデが1人で花道を歩いて来て、カオルが投げ捨てたローブを拾って、ぱたぱたと畳んで腕に乗せる。
「カオルさん! 盛り上げ過ぎですって!」
揺れる会場の中、マサヒデが声を上げると、カオルが審判に会釈した。
す、と下がると、審判が声を上げる。
「対するはこの女! その爪で引き裂いたのは何人だ! その牙で噛み砕いたのは何人だ! 血を見ずにはおられない! 獣ッ! 野獣ッ! もはや猫族ではないッ! これはジャガー! 虎! 猛獣!」
(まさか、本当に虎族ではあるまいな)
マサヒデの胸に、ちらっと不安がよぎる。
実際、マスダも居たのだ。この国に虎族は他にもいるかもしれない。
虎族は人口が少なく、滅多に見ることはないという話だが、殆どは武術家という。
(まさかな)
と、思った時、さー! と反対の花道を誰かが走ってきた。
(雑な動きだな。忍ではないか)
ほ、とマサヒデが少し安心する。
「メアリ=ヨーシュ! 入場!」
カオルがコーナーポストを指差す。
「そこに」
「え。また?」
審判が小さく言って、カオルが指差したコーナーポストを指差す。
「やはりここにいたあーッ!」
ぱーん! とローブを引っ被ったまま、メアリなる者が飛んで来て、どん! と審判の前に飛び降りた。
(普通は音が出るよな。全く、カオルさんは)
ばさっ! とメアリがローブを投げ捨てる。
ぬっとカオルに詰め寄り、指を突き付け、
「私に喧嘩売ってんのかい!」
「は?」
カオルもマサヒデも、ぽかんとしてしまった。
まあ、これから試合をするのだから、煽られても当然か。
「ここで! 一番! 軽いのは! 私なーのっ!」
「はあ・・・」
「はあ、じゃねーっ!」
ぶうん、とメアリの平手が飛んできたが、
「申し訳ありません」
と言いながら、カオルが礼をして、空振り。
「うっ」
す、とカオルが頭を上げ、
「別に、そういった他意はないのですが」
「やろ!」
ぶうん!
ぺこりと礼。
すかっ。
「申し訳ございません」
「こ、この」
すいっとカオルが頭を上げ、にやりと笑う。
マサヒデも口を抑え、くすっと笑った。
いくら素早いとはいえ、あんな大振りで、カオルに当たるわけもない。
「別に煽ったつもりはないのです」
にやにや。
「今は煽っておりますが」
「このクソアマが!」
ぶうん!
すかっ!
「ふふふ」
「そのツラの皮! ひんめくってやるぜ!」
「開始! 開始ーッ!」
かあん! と高い鐘の音が響く。
ぶんぶんと振られる手は、指が立てられている。
本当に引っ掻いてしまうのか?
(ああ、そういう事か)
爪を尖らせて砥いでいるのだ。別に珍しいものではない。人族でも使う手だ。
何度か振られた手を避けた後、カオルがすっと手を上げた。
空振りした腕を、ひょいっとはたくように、軽く押す。
「あっ」
くるっとメアリが回って、たたらを踏む。
「とっと・・・」
だん、だん、だだ、と舞台を踏みつけて、何とか転がらずに残った。
は! とメアリが肩越しにカオルに振り向く。
カオルは待っていたように、振り抜いた手を口に持って来て、ふわ、と欠伸をかました。
かー! とメアリの顔が怒りに染まり、今にも髪が逆立ちそうだ。
「死にゃあがれ!」
振り向きざまに、腕を振って飛び込んできたが、カオルが横に土下座するように身を下げた。くいっと脇腹をメアリの足に出す。
引っ掛かったように、メアリの足が刈られて、カオルを前受身のように飛び越え、思い切り顔から床に突っ込んでいく。
(流石カオルさん)
マサヒデが感心して頷く。
簡単に見えて、意外と難しい刈り方だ。
適当に身体を突っ込ませるだけだと、脇腹にもろに膝が入ったり、下からつま先が入る。運が悪いと肋に踵、骨折間違いなし。
ばあん!
メアリが顔を突っ込ませた音が響く。
おおう、と観客席から声が上がる。
メアリの顔が跳ね、前転するようにすっ転んだ。
ばてーん!
また音が響く。
受け身が取れなかったのか、思い切り背中を打ち付けたようだが・・・
「おっと」
カオルが少し驚いて、声を出した。
(おっと)
マサヒデも少しだけ驚いた。
あんな転び方をして、ぱっと立ち上がった。
立ち上がったのは流石。だが、そこまで。やはり足にきているのが見える。
「き、く、そ・・・」
当然ながら、鼻が折れたようで、大量の鼻血が流れ出した。
口を覆うようにして、びっ! と横に振ると、舞台に、ぴぴ! と血が飛ぶ。
カオルは身を起こしたが、まだ膝をついた正座のまま、くるっとメアリの方を向く。
「いににに・・・」
ふらふらしながらカオルの前に立ち、むんずと髪を掴む。
ぱ、とカオルがその手に両手を乗せた。
(ああ)
柔鋼流と同じという、あの押さえ方。
掴まれた手を押さえつけ、ことん、とカオルが頭を下げると、
「んぎゃあーっ!?」
メアリが叫んで膝を付いた。
もろに手首が極まってしまったのだ。
そして、メアリの手が開いた瞬間、カオルも手を離し、
「ふっ!」
すぱ! と左右に水平に手を開く。
左右の手刀が、もろにメアリの顎先に入った。
こてん、とメアリの顔が、カオルに膝枕をするように落ちる。
(袴が血で汚れる)
カオルはメアリの頭を両手で挟んで、よいしょ、と横に避けて、やはり正座のまま、くるりと審判の方を向き、メアリに手を差し出した。
「これは起きるまで待たねばならぬのですか?」
審判がメアリの顔の前にしゃがみ、目の前で手を振る。
反応なし。
首に指を当てる。脈はある。
頷いて、審判が立ち上がった。
両手を上げて大きく振る。
かんかんかんかん!
鐘の音が鳴り響いた。
カオルは正座したまま四方に頭を下げ、すっと立ち上がって、舞台を下りた。
「カオルさん、格好良いのは良いですけど、あまり盛り上げ過ぎないで下さい。私達、この後なんですから、困ってしまいますよ」
言いながら、マサヒデがカオルにローブを渡す。
「そうですか? 何なら分身の術でも使っても・・・」
「良いんですか? 人前で使っちゃって・・・」
何事もなかったかのように、2人は花道を話しながら歩いて行く。
「私、今、何が起こったのか、全く理解が出来ていません」
「最初、避けていましたね? その後、回された。飛び込んできた。座った」
「あれは、避ける為にしゃがんだ・・・と、いうわけではないでしょう、ね」
「ええ。足を引っ掛けて転んだようにも見えましたが」
「それにしては、凄い勢いでいきましたよ。顔で跳ねて背中から落ちました」
「ええ。よく首を折りませんでしたよ。そこはさすがメアリ選手ですが」
「その後の、髪を掴まれた時」
「そこも不思議ですよねえー。掴んだ方が物凄い声を上げていました」
「握力で、というのではないでしょう。人族で、あんなに細い方ですし」
「ファッテンベルク様も凄かったですが、このサダマキ様も怖ろしい遣い手です」
「これでお弟子さんですからね。トミヤス様はどうなんでしょうか」
「全くです。トミヤス流の底がしれません。この後の試合も目が離せませんね」
大きな放映画面に映る解説の声を背に、マサヒデとカオルは会場を出て行った。




