第73話
選手入場口。
セコンドにマサヒデがつく事になり、イザベルと係員の3人で、暗い入場口で、腕を組んで立っている。
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「せこんどって何ですか?」
マサヒデが手を挙げて質問すると、係員が頷いて、
「試合中、選手に助言をしたり、活を入れたり。勿論、舞台に入るのは禁止で、あくまで声をかけるだけ。この闘技場で一番大事な仕事は、ここまで、と思った時に、タオルを投げ込む事です。死ぬ前に。完全に極まっていても、我慢して降参しない方もおられますので」
「ああ。じゃ、私がやりましょう」
「マサヒデ様!」
イザベルが嬉しそうに尾を振った・・・
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と、いうわけで、マサヒデが一緒に来たのである。
「ファッテンベルク様、魔王軍の軍歌が流れます」
「は?」
「軍歌が流れましたら、中にお入り下さい」
「ええ?」
イザベルもマサヒデも、素っ頓狂な顔をしている。
軍歌が流れる?
あ! とマサヒデが思い出して、ぽん! とマサヒデが手を叩いた。
「ほら、イザベルさん、ほら! 獅子王とヤマグチの試合の時! 何か音楽流れてましたよね!」
「あ! 確かに!」
その通り、と係員が頷いた。
「それに乗って、入場を願います。中央に舞台が。そこに審判がおりまして、その前に立って頂ければ」
「うむ。分かった。魔王軍の軍歌は久しぶりに聞くな」
マサヒデが懐からタオルを出す。
「危ないと思ったら、これ投げるんですね」
「はい。あ、別に相手が危ないからと投げてはなりませんよ。ファッテンベルク様が危ない、という時にだけ。所謂、白旗というやつですので」
「あ、そうでしたか! いや、危なかったな」
「審判は、あくまで武器を持っていないとか、そういう反則の所を見ているだけと思って下さい。明らかに戦闘不能とか、気を失っているとかは止めますが、ギブアップせずにじたばたしておられると、止めませんので」
マサヒデが頷いて、イザベルに顔を向ける。
「ん、分かりました。じゃ、イザベルさん。注意です」
「は!」
「当たり前ですが、死なないで下さい。あと、殺さないで下さい。以上です」
「は!」
「それと、厳しく見てますからね。下手な所があったら、明日は飯抜きです」
「は!」
これだけ? と係員が胡乱な目をしていると、ぱん! と暗い闘技場の真ん中に明かりが向けられ、男が照らされた。
この光景は知っている。
マスダと戦った時、こうだった。
これから、客を盛り上げるのだろう。
「ご来ー場ーの! 皆様あー!」
ざわついていた闘技場が、しんと静まった。
「これより! 本日のスペシャルイベントー! トミヤス流! 対! セントッ! エントーニョイ、闘技場ッ! 選抜ッ! 対決ー! 開始ー致しまーす!」
は? とマサヒデが係員に顔を向ける。
「あの、私ら、この闘技場と戦うんですか?」
「客を盛り上げているだけですので」
間を置いて、審判がこちらを指差した。同時に、ぱ! と光が当たる。
「むう、眩しいですねえ」
「う、目が」
「エッセン=ファッテンベルク! この名を知っているか! 魔の国の! 軍人貴族の! トップ! そおれがエッセン=ファッテンベルクだあーッ! そしてッ! 軍人純粋培養のこの女! イザベル=エッセン=ファッテンベルクーッ! 入ー場!」
ぱーぱぱぱぱー!
たーたらたたた、たーたらたたた、たーん!
「へーえ。これが魔王軍の軍歌かあ」
「は! マサヒデ様! 参りましょう!」
「はい」
壮大な音楽が流れる中、イザベルが花道に踏み出すと、うわあー! と声が上がった。
(あらら)
かん、かん、とイザベルがブーツを鳴らして進む。
ぴしりと背筋を伸ばし、しゃっちょこばっている。
これが軍というものか。
ロープが張られた舞台の前で、イザベルがぴしりと敬礼。
パフォーマンスに映ったのか、客達の声が大きくなる。
審判が手で「どうぞ」と招くと、イザベルがびしっと頭を下げ、ロープを潜って中に入り、審判の前でびしりと気を付け。
マサヒデは舞台に入らず、腕を組んで横で見ていたが、さっきのブーツ。
イザベルのブーツは分厚い鉄板入りではないか。
「イザベルさん」
「は!」
「あなた、ブーツ脱ぎなさい。それ、武器ですから」
「あっ・・・ああ!」
イザベルが審判に頭を下げ、慌ててしゃがみ込んで、ブーツを脱ぐ。
マサヒデは審判に顔を向けて、ごめん、と手刀を挙げ、
「すみませんでした。普段から履いている物で、うっかりしておりまして」
「お確かめを!」
審判がイザベルからブーツを受け取り、う! と驚く。
鉄板入だから、ずっしり重い。
「ファッテンベルク様、裸足になりますが、宜しいでしょうか。滑るかもしれませんが」
「構いませぬ」
審判が頷き、マサヒデの所にブーツを持って来た。
マサヒデが頷いて、ブーツを受け取り、足元に置く。
審判が中央に戻って、咳払いして、すう、と息を吸い込むと、軍歌が止んだ。
「ファッテンベルクに対するはッ! 我らが米衆連合陸軍! 選り抜きのレンジャー部隊の選手だーッ!」
「「「わああー!」」」
「ジニーーー! マッカランッ! 入ー場ー!」
たーたたーたーたーたー。
たーたたーたーたーたー。
たーたーたらーたー・・・
(おお、軍歌ってどこもこんな感じか)
やはり壮大というか。
花道を歩いてくるのは、6尺は軽く越えよう、筋肉むきむきの男。
着ているシャツが張り裂けそうだ。
全然無駄な脂肪がないが・・・
(やけに筋肉をつけているな)
が、武術家視点。軍人視点では、そういう訳でもないか。
力仕事も多いであろうし・・・
これはイザベルとは対照的に、わいわい手を挙げ、にこにこしながら歩いて来る。
米衆の者は祭好きと聞いたが、軍人もそうか。
派手にロープを飛び越え、イザベルの前に立って、ぴしっと敬礼。
はしゃいでいたマッカランが、イザベルを前に、急に固くなった。
イザベルも女にしては少し背が高いくらいで、マサヒデより低い。
このマッカランという男と比べたら、随分低いから、見上げている。
「米衆連合陸軍! 第175連隊所属! ジニー=マッカラン軍曹であります!」
む、とイザベルが頷き、敬礼を返した。
「元魔王軍歩兵隊所属! イザベル=エッセン=ファッテンベルクである! 元の階級は少尉! マサヒデ=トミヤス様家臣として働いておる!」
「お手合わせが出きて光栄であります! 宜しくお願い致します!」
「うむ! 宜しく頼む!」
敬礼を返す2人に、会場が沸く。
「イザベルさーん! 頑張ってー!」
その声の中に、クレールの高い声が混じっているのが、イザベルには聞こえた。
「それではーッ! 両者! 構え!」
す、とイザベルが深く前屈みに。
マッカランも、浅く前屈み構えた。
「はじめえーッ!」
かあん! と高く鐘の音が鳴った。
同時に、2人がすすっと前に出る。
(おっとこれは中々)
ちょっとマサヒデは驚いた。
流石にイザベルの相手に選ばれるだけはある。
若いが、相当やると見える。
ふらり、とイザベルの手が揺れ始めた。
しばらく見ていて、マサヒデの肩が落ちた。
(あ、ここまでだな)
マッカランの目が、イザベルの腕の動きに取られている。
技術は磨き上げているのだろうが、場馴れしていないと見た。
マッカランの手が出た瞬間、肘で下から突き上げるようにイザベルの手も伸びた。
「かっ」
喉元にイザベルの親指。
そのまま首を引っ掴み、ごすん! 空いた逆の手の手刀が耳の下に入った。
さっとイザベルがマッカランの脇に手を入れ、ゆっくりと下ろす。
「・・・」
マッカランは言葉を発する事なく、正座するように膝を付いた。
イザベルはマッカランの胸に手を当てて、そっと倒す。
既に喪失していた。
ゆっくりとマッカランを横たえ、審判に顔を向けると、審判が腕を大きく振った。
かんかんかんかん! と鐘の音が鳴る。
「勝者ー! イザベル=エッセン=ファッテンーベルクーッ!」
「開始14秒。これは凄いですよ」
「いや、信じられません。まさかこれほどとは」
「トミヤス様一行の中では、治癒師の方を除けば、一番弱いと仰られていたと」
「ファッテンベルク様は狼族ですが、一番弱いと?」
「これでですか! いや信じられません。ご家臣という事ですし、ご謙遜では」
「それは次の試合で分かるでしょう」
「第2戦は、トミヤス様の内弟子のお方ですね・・・」
大きな放映画面に映る解説の声を背に、マサヒデとイザベルは会場を出て行った。




