第75話
第3試合、アルマダと、サタロウ=ユン。虫人族との試合。
やはりセコンドはマサヒデである。
「考えたら、虫人族の人って、この格闘技戦では有利ですよね。元々、身体に色々と仕込まれているみたいな感じなんですから」
アルマダが頷く。
「そうですね。私も、うっかり獣人族ばかりかと思っていましたが」
「飛んだり、毒を吐いたり。ユンという人はカブトムシみたいって言ってましたから、えらく頑丈なんでしょうね」
「ま、でしょうね」
「関節でいきます?」
「いやあ、カブトムシと言えば、やはり力も強いのでは? 極めたと思っても、返されるかもしれません。まず打撃と投げで様子見です。虫人族だから、多分、中には通りますよ。シズクさんやイザベル様ではないのですから」
ぱ! と舞台に光が当たる。
「あ、きますよ」
「ご来場の皆様!」
しん、と会場が静まった。
「これより! トミヤス流! 対! セント=エントーニョイ闘技場選抜! だーい3ー試合をー・・・始めますっ!」
「来ましたね」
「この男に惚れない女はいないッ! その美しさは息を飲む! だがあー・・・その技は獣ッ! トミヤス流の双璧! あのマサヒデ=トミヤスと並ぶ高弟! この男にはッ! 技でも女でも勝てない! アールマダーッ! ハワードーッ!」
ぽろろーん・・・
ぽろろーん・・・
「あれ? 音楽の雰囲気が」
「気が抜けますね」
優雅に流れるハープの奏で。
「あっ」
大きな放映画面に映る、アルマダの顔。
「・・・」「・・・」
マサヒデもアルマダも、言葉を失ってしまった。
その顔はやたらときらきら輝いている。
ぱ、と入口に光が当てられた。
「・・・アルマダさん。行かないと」
「う、ううむ・・・こんな所にですか」
ん、おほん! と咳払いして、アルマダが笑顔を作り、小さく手を振りながら歩いて行くと、観客席から上がる黄色い声。
「ちょっと」
「言わないで下さい」
笑顔を作りながらも、アルマダの苦渋の声が返ってくる。
よっと舞台に上がり、
「ふう・・・」
息をついて、ぱら、と前髪を払うと、
「きゃー!」「ひゃー!」「ハワード様ー!」
また声が上がる。
別に、何もしていないのに。
VIP席のクレール達は、腹を抱えて笑っているだろう。
「・・・」
審判の前に歩いて来て、ぴたりとアルマダの笑顔が収まった。
「こんな恥ずかしい入場は嫌です。次にやったら二度と来ませんよ。ハワード家の声は遠くまで響きます、と、上によく伝えておきなさい」
アルマダの目は殺気を帯びて審判を睨んでいる。
「はい・・・」
審判は額を拭い、こほん、と小さく咳払いして、
「あの、お相手の選手を呼んでも」
「どうぞ」
す、と審判が引き、すー、はー、と息を整え、口を開けた。
「この身体に素手で勝てる者はいるのかーッ!? 頑強ッ! 歩くフルプレートアーマー! 剛力ッ! その拳は容易く石も砂にする! 素手で挑むのは命知らず! 最強の虫人族は俺だあーッ! サタローウ! ユンッ!」
がす、がす、がす、がす・・・
予想通り。
まるで黒塗りの甲冑を着ているような虫人族。
だが、マサヒデもアルマダもその手を見て驚いた。
まるで鉤爪を着けたような、鋭い爪? が、手の甲から伸びている。その下に手があるのだ。これが生身なのか。
ぎし、とロープを鳴らして、ユンが入ってきて、アルマダの前に立ち、器用に腕を組んだ。よくあの爪を引っ掛けないものだ。
「俺に勝てるのかい? 関節でも極めるかい? カワイイお顔が傷だらけになっちまうぜ」
アルマダが苦笑して肩をすくめ、ひら、と手を振った。
「ああ、関節は駄目ですか。試しに殴ってみましょうか?」
「はーっはははーっ! 馬鹿かおめえは! 拳が砕けちまうぜ!」
げらげら笑うユン。
アルマダも苦笑しながら、審判に頷く。
「では、試合を開始致します」
「はい」「ん!」
「開始ーッ!」
かあん! と高い鐘の音が響く。
(本人の言う通り、これは関節は危険だ)
極まったとしても、爪が長い。力もありそうだ。鎌手などが取れても、逆の手で適当に振られたら、どこかをざっくり斬られてしまう。あの爪が届く範囲でこちらが止まっていると、やられてしまうから、関節は難しい。
「じゃあ、試しにいきますが」
「おうおう! 殴ってみろよ!」
アルマダが軽く振り被って、拳を出した。
ごおん・・・
(うわ!)
マサヒデが思わず顔を背けた。
低い鐘を叩いたような音に、小さく、めり! という音が混じっていたのが聞き取れた。これはもろに入ってしまったのでは・・・
「お、おふっ・・・」
(アルマダさん! やりすぎですよ!)
所謂、通しとか浸透とか言われる打ち方。
甲冑相手に使うと言われるものだが、実際に甲冑に打ってみると、そこまで効くものではない。
なぜなら、胴の部分は、鎧と身体に結構な隙間があるから。
甲冑の上から弱点をピンポイントに狙う必要があり、中々難しい。
鎧下に着込み。満智羅(肩、脇の下を守る、小さい革ジャケットのような物)なども着けると、かなり隙間が空く。ここを抜いてまともに打ち込めるのは、相当の達者だ。
ちなみに、首や兜なら、もろには入らなくても、頭なら脳を揺らせるし、喉や首なら、ぐっとくるので大丈夫。
逆に、肩などの甲冑が密着している所には、がつんと入るが、致命傷は難しい。
さて、この虫人族は。
この甲冑は、素肌なのだ。
表皮が厚く固い、というだけだから、当然密着しているわけで・・・
「結構良い感じに入ってしまいましたけど、平気ですか?」
「ぅえっ」
変な声を出し、ユンが前屈みになって、膝に手を乗せる。
次の瞬間。
「うぇべれれれ・・・」
血反吐を吐き出した。
「ああ、ちょっと!? やめて下さいよ!」
アルマダが顔をしかめて下がる。
審判が慌ててユンに駆け寄って、肩に手を置いた。
「おい! おい!? 大丈夫か!?」
言葉を発せないようで、ユンが首を振る。
「ドクターは!?」
うんうん、とユンが頷き、審判がぶんぶん手を振り、
「ドクター! ドクター!」
かんかんかんかん!
高い鐘の音が響く。
アルマダは反吐の臭いに顔をしかめながら審判の所に歩いて行き、
「食道から胃の腑です。もろに入りましたから・・・まあ、その血を見ての通り、破れていると思います。治癒師に見てもらいますか? 腕利きを連れて来ています」
「頼みます!」
アルマダがVIP席に向かって、おいでおいで、と手を振った。
暗くて見えないが、これでラディが駆けつけてくれるだろう。
マサヒデとアルマダは、臭いに顔をしかめながら、花道に向かって行った。
「あれはおそらく浸透勁と言われる打ち方ですね」
「それはどういう?」
「鎧の上から、身体の内部を揺らすという、凶悪極まりない打ち方です」
「それはつまり、鎧も意味がないと」
「はい。鍛えようのない内蔵を狙う打ち方です。分厚い筋肉などがあっても当然」
「なるほど、あ! ドクターが来たようです」
ラディが駆け込んできて、舞台に上がり、崩れ落ちたユンの腹に手を当てる。
「やはり、腹ですね。おそらく、胃を揺らされた、いや、あの吐血ですから」
「破られてしまった?」
「でしょうね。胸に入っていたらと思うと・・・」
「つまり、それは、肺か、心臓かが、破れるという」
「ええ」
「怖ろしいですね・・・」
「全くです。見た目はただのパンチに見えて、非常に高度なテクニックですよ」
「なるほど。次の試合、ついにマサヒデ=トミヤスが上がりますが」
「同じ技術を使うか」
「ええ。リングアナウンサーとしては失格ですが、正直に言うと不安です・・・」
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廊下まで戻って来て、マサヒデとアルマダが会場の方を振り向いた。
「マサヒデさん、あんな事を言ってますけど」
「ううむ・・・じゃあ、私は拳を使いません、て言いますから」
「私がセコンドに付きますか」
「お願いしますよ。ああ、拳なしか。きついですねえ。それよりアルマダさん。八つ当たりで強く入れませんでした?」
「えっ・・・いや、そんなまさか」
「今の微妙な間はなんです」
「私はそんな事はしません。マサヒデさんではあるまいし」
「なんです、それ・・・私は優しくいきますよ。前、米衆相撲を見てたから、ちょっと狙ってみます」
「何を?」
「投げを」
ふうん、とアルマダが腕を組む。
「マサヒデさん。この試合、どうせ世界中に放映されてますよ。クロカワ先生に怒られない結果、出して下さいね。ただ勝つだけではいけませんよ」
「ええ。自信あるんです」




