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勇者祭4 米衆連合国編  作者: 牧野三河


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第65話


 犬族の男が剣を振り上げた瞬間、マサヒデがすいっと半身に動いた。

 振り被る速さと対照的に、それはゆるりとした動きであった。

 が、振り下ろされた剣は、マサヒデが居た所。


「ふふふ」

「流石はご主人様です」


 3寸も動けば十分すぎる。森戸三傅流宗家、フギの教え。

 アルマダとカオルは、余裕の顔で、にやにやして見ている。

 傍目には、ここに来ると分かっていて、先に動いたようにも見えた。

 それほど、動きの速さに差があった。


「減点1です。あなた、仕事の割には、自分を抑えられていないですね」


「むっ・・・む・・・」


 ぴたりと地面と水平に止まった剣を、犬族の男が凝視している。

 ふわ、とマサヒデの袖が動いたのが見え、剣を払いながら向きを変える。

 やはり空振り。

 払った後に、とん、とマサヒデが間合いの外に立った。


 今のは、後ろに跳んだのか? 緩やかな動きであったが、剣が届かないとは?


「減点2。自分の剣を見ていてはいけない。相手を見なければ。その腕なら、普段は出来ているはずです。もう少し落ち着いて、相手を前にしても平常心。殺しに慣れているあなたなら出来る。さあ、ゆっくりと呼吸を整えて」


「ちいっ!」


 払った所から平の突き。

 ふわっとマサヒデの服が翻ったのが見えた。

 あれ? と思った瞬間。


「うあっ!?」


 がくっと重くなって、剣先が地を刺した。


「平常心です」


「うっ」


 後ろで見ていた他の白露の兵達も、小さく声を上げて目を見開いた。

 剣の中程の所に、マサヒデが立っている。


「良く落としませんでした」


 とん、とマサヒデが剣の上に踏み入ると、がくんと犬族の男が腕を落とす。


「だが、ここで握りっぱなしは良くない。減点3」


 ぱ! と手を離してナイフに手を掛けた時には、マサヒデはするっと剣を滑り落ちるように、横にズレていた。だが、十分ナイフの間合い。


(流石に速い)


 ナイフを平にして突いてくる。理に適った使い方だ。

 骨の隙間にも入りやすい。掠めれば斬れる。


(だが、マスダさんには程遠いな)


 とにかく何処か斬れれば良いのだから、速く、速く、と突き出してくる。

 だが、出してくる時の気配が丸出しだ。簡単に避けられる。

 そして腹に来た時。右足を後ろに、半身で避けた時。


 こん、と刀の柄が男の腕に当たり、上から抑えた形になった。

 と、当たりがふわっと軽くなり、かくっと犬族の男の肩が落ちる。


(ん!)


 危ないと感じ、更に右足を引いた。

 突いてきた軌道が、するっと下から突き上がる軌道に変わった。

 足捌きだけでは間に合わず、顔を仰け反らした所に、顎先をナイフの鍔が上がっていった。

 掠めて当たっていたら、頭が揺れて倒れたかもしれない。


「1点!」


 言いながら、肘で刀の柄をぐっと抑えると、犬族の男の、肘の内側に当たっていた柄が、がくっと腕を曲げる。


「加算!」


 更にそのまま膝を落とす。

 垂直に肘が落ちていき、犬族の男を抑え、膝を付かせた。

 更に身体を前に屈めて抑えると、肘打ちのように犬族の男の肘が地面に刺さる。


「あうっ!」


 痺れと痛みが、犬族の男の腕をびりっと走る。

 手が開き、落ちたナイフが地面に刺さって、ぱたんと倒れた。


「続けますか」


 崩して落としただけで、肘を極めてしまったわけではないので、すっとマサヒデが立ち上がった。が、立ち上がっただけで下がらない。

 続いて、ぱ! と男が立ち上がった。

 もう密着状態。


 手を伸ばそうとした瞬間、すぱん! とマサヒデが抜いた。

 密着して抜く。今回は三傅流の抜刀術。


「なっ」


「どうします。続けますか」


 平行に抜かれたマサヒデの刀の切先が、すすう・・・と、ゆっくり上がってくる。

 ゆっくりとマサヒデの左手が伸びてきて、添手を作る。

 くくっ、と切先が前に出て、首に当たった。

 ちら、とマサヒデが後ろの男を見た。


「査定はもう良いでしょう。動いたら死ぬ所です」


 うむ、と査定役の男が頷いた。


「そこまでだ」


「降参します。ありがとうございました」


 密着した状態のまま、マサヒデは左の添手を外し、鞘を持って来た。

 すう、と鯉口の上で横に滑らせ、切先が入った所で、真っ直ぐ垂直にして納める。


「最後まで抜くつもりはありませんでした。抜かせてくれましたね。流石です」


 ぽん、と男の腕を叩き、マサヒデはくるりと振り返って、ひと足出して足を止めた。

 肩越しに振り返り、何かをメモ帳に書いている男を見て、


「ところで、あなたを何とお呼びしたら良いですか? 本名は名乗れないと思いますが」


 ん? と男が顔を上げ、マサヒデを見て、手を止めた。

 少し眉を寄せて考え、


「では、曹長、と」


「分かりました。曹長さん、中々です」


 ぷっ! と曹長が吹き出した。


「それは皮肉かな」


「いいえ。事実です」


 すたすたとマサヒデが歩いて戻ると、曹長がメモ帳に鉛筆を挟んで、左の猫族の男を見て、顎をしゃくる。


「は」


 と小さく返事をして、猫族の男が前に出た。


「次はカオル=サダマキ殿を願いたい」


 カオルがにやっと笑った。


「曹長殿。私には、特別な条件は必要ございませぬか?」


 曹長もにやりと笑い、軽く首を振る。


「特にないな。好きに試してもらえるかな」


 思った通り。

 カオルを忍だと知っているのだ。



----------



 猫族の男と、カオルが向かい合う。


「始める前にひとつ・・・」


 カオルは退屈そうに首を回す。


「『見せる』つもりはないので」


 ぴたりと首を止め、左の逆手で、すう、と自慢の小太刀、銘刀イエヨシを抜く。

 この男も隠密の工作員とか、そういう者だろう。

 どうせ、日輪国の忍の術を盗みに来たのだ。


 さり気なく左逆手で抜いたが、この技術力の高さに、軍人達は気付いていない。


(こんなものか)


 くる、と左の小太刀を逆手から順手に戻す。


「残念でしょうが、此度は剣術のみでお相手します。見たければ引き出して下さい。使わねばならぬ所へ追い詰めて下さい」


 そして、右にマサヒデからもらった無銘の脇差を抜く。

 この者達の前で、無願想流も見せるつもりはない。

 二刀と、緩急の動きのみで相手をする。


 左右に刀を下ろした時、ふ、と思わず笑みが漏れた。


(流石に、ご主人様のように、懐手では無理か。いやはや)


「ふん」


 笑われたと思ったか、小さく猫族が鼻を鳴らし、ナイフを抜いて平に構えた。


「ふわーあ」


 カオルがわざとらしく欠伸をかますと、ふぃ! とナイフの刀身が飛んでいく。


「う!」


「残念」


 のんびり欠伸をしていたのが、すぱ! と横に動いた。

 ぱ! と刀身を飛ばしたナイフを捨てた時、こつん、と猫族の男の額に何かが当たった。


「はっ!?」


 ぱ! と額を抑えたが、とす、と微かな音を立てて落ちたのは、ただの小石。


「おやおや。手裏剣でなくてようございました」


「・・・」


 落ちた小石から、カオルに目を戻す。

 カオルは二刀流をとっている。

 両手は塞がっている。


 どうやって飛んで来た!? 今、地面を蹴ったのか?

 困惑していると、カオルが柔らかく笑った。


「ま、遊びはここまでと致しましょう。では参ります」


 ふわ、とカオルが小さく足を出した。


「む」


 砂を踏む音がしない。

 だがこれでは、ゆっくりとしか・・・と、思った瞬間。


「!」


 本能で身体が動いた。一瞬の勘。

 仰け反った身体、一瞬で詰められた間。

 右目の下に、小虫が当たったような感触。


 反射的に、ぐっと目を閉じてしまった時、顔の傷が、ぱかっと開いたのを感じた。

 つつう、と頬の上を液体が垂れていく。

 これは血だ。斬られた。


「まあまあ、勘は鍛えられておりますようで。まあまあ、ですが」


 開いた左目に、横一文字に払われたカオルの右手が見える。

 そして、見えない左は、ぴたぴたと首を叩いている。

 手ではなく、冷たい金属で。もう動けない。


「ナイフ。石。これも合わせて、減点3。私、まだ卒業前の試験中でございますよ。軽くあしらってほしかった所です」


 養成学校の訓練生という事は、どこの諜報でも調べればすぐ分かる。

 どこの国でも、諜報員は養成しているのだ。暗黙の了解。

 卒業前だ、などと言っても構わない。


「下がれっ!」


 曹長の怒鳴り声。

 カオルが脇差を納め、小太刀を納めると、猫族の男ががっくりと俯いた。

 右目の下から、涙を流すように血が垂れて、顎先から、とつ、とつ、と落ちる。


「参りました」


「久しぶりに、基本に立ち返る事が出来ました。感謝致します」


 カオルが振り向いて戻って行くと、曹長の怒鳴り声が響いた。


「再訓練1年半! 特別コースを用意してやる!」


「は! ありがとうございます!」


 カオルは訓練時代を思い出し、思わず、くす、と小さく笑ってしまい、口を抑えた。


(ふふふ。頑張って下さい)


 それにしても、あの程度で現役とは。

 日輪国の忍も舐められたものだ。


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