第64話
そして、昼。
アルマダとクレールが、にこにこしながら、プールの中の羊を覗き込む。
隣の大きなプールには、シズクが担いできたバイソンが沈んでいる。
「今夜はラムチョップですかね! 羊肉は久しぶりですよ!」
「はい!」
「ラムと言えば、オリネオのブリ=サンクを思い出します。あの香草焼きは見事でした。しかし、こう、野で食べるとまた味が一層美味しく感じられるので・・・」
「楽しみですねえ!」
イザベルが水に手を入れ、鼻に持って来て、す、と軽く臭いをかいで、小さく頷く。
「クレール様、水を替えましょう」
「はい!」
ぽすっとプールの水が消え、びしゃっと新しい水が入る。
マサヒデは離れた所からそれを見ながら、感心して頷く。
(なるほど、砂漠の昼でも、ああして水場を作れば、暑くても平気だ)
別に氷の魔術も必要ない。水を入れ替えれば良いだけだ。
楽な方でやってもらえば良い。
アルマダとクレールが喋っている姿を見ながら、マサヒデが頷いている。
そして、その2人は・・・
「ところで、捌いた臓物は何処に? 深く埋めないと、ハイエナなんかが来て危険ですよ」
ぎくっ。
「ふ、深ーく、埋めました!」
「深く?」
アルマダがクレールの腹を指差す。
「・・・ここら辺りに・・・深く、ですか?」
「・・・」
「イザベル様が、肉の焼ける匂いがすると。もしや他の野営地が近くにと、我々は気を張って回りましたよ」
実際は回っていないが。
「で、近くに野営地はなかったんですよね」
「・・・」
「クレール様達は、今夜は干し肉で宜しいですね。我々はラムを楽しみます」
「そっ!」
そんな、と言いたかったが、ぎらりとアルマダの目が光り、口をつぐんだ。
助けを求めるようにイザベルを見たが、冷たい視線が返って来る。
「宜しいですね」
「はい・・・」
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(暑いなあ)
マサヒデは着替えて、着流しだけで馬車の影に寝転び、顔に笠を被せている。
馬車の幌を横に上げて屋根を作り、皆、その影で寝ている。
直射日光が当たらないだけ、まだましだ。
この先は、更に暑くなるのだ・・・
「けぇーっ!」
「む」
隼の声。
誰かが遠くに見えたか。
剥いだ皮を洗っていたカオルが、皮を投げ出し、さっと小太刀を持って馬車の裏に回る。
「隼は向こうを向いております」
マサヒデの横で膝立ちになり、馬車の反対側を指差す。
「流石に、まだ見えませんか」
「はい」
カオルの持つ遠眼鏡では、まだ見えない距離だ。
隼は、人の大きさで動く物なら、2里以上先まで見える。
「どうしますかねえ」
マサヒデは顔の上に笠を置いたまま、のんびりしている。
流石にこの距離では、自分達もあちらもどうしようもない。
考える時間は、十分にある。
「さっさと逃げてしまっても良いですけど。排斥派だと面倒ですし」
「向こうは我らの場所を探し当てております。追われる事になりますが」
「ふうむ。アルマダさん、どうします」
アルマダが目を閉じたまま、
「追われるなら、逃げるという選択はありませんよ。排斥派なら、簀巻きにして、この辺に放り出しておきましょう。勇者祭の者なら、立ち会って終わりにしましょう。まともな腕の者だと良いですが」
「それで良いんじゃなあい」
「そうですねえ」
シズクもクレールも気のない声。これは半分以上、暑さにやられている。
ラディは返事すらせず、口を開けて横になっている。
「クレール様。大きな水風呂を作って、皆で飛び込みましょう。暑さにやられております」
「んー! 良さそうですねえ! 水着に着替えましょう!」
のそのそとクレールが起き上がり、ラディの腕を、ぽんぽん、と叩くと、ラディも「はい」と力なく返事をして立ち上がった。
イザベルも剣を抱いたまま、目を瞑って馬車の車輪にもたれていたが、のっそり立ち上がって、馬車に入って行った。
相手が見えないので分からないが、馬で駆けて来ると、半刻はかかるまい。
「ご主人様」
「分かってますって。ちゃんと暑さでやられた身体を冷やせって。カオルさんも、冷やしておきなさいよ」
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そして、ぴったり半刻後―――
ローブを被った5人が野営地の前に止まり、馬を下りてきた。
(む!?)
イザベルの目が警戒で細くなり、眉が寄せられた。
ローブから見えるのは足より下だが、全員同じ服。砂漠迷彩。
(軍か!)
ささ、と着流しに懐手で5人を迎えるマサヒデの横に立ち、小さな声で耳打ち。
「軍人です。何処の者かは不明」
ちらりとマサヒデがイザベルを見て、目で頷く。
「忍の皆さんと、馬を頼みます。馬がやられると、私達、ここで日干しです」
「は」
アルマダ、カオル、とイザベルがささっと横に立って囁いていく。
2人が小さく頷き、イザベルは馬の方に走って行った。
「トミヤス殿かな」
「如何にも」
マサヒデが返事を返すと、真ん中の男がフードを脱いだ。
「む」
獣人族だ。そして軍人。もしや魔王軍?
「先に、我らの紹介をする。我々は白露帝国の者で、見ての通りの所に所属している者で・・・まあ、貴殿らと手合わせを願いたく、遥々、ここまで追って来た。断られると困るので、勇者祭には参加している」
「え。白露ですか?」
白露帝国と米衆連合は犬猿の仲と聞く。白露の者となると、あまり大手を振って歩けない・・・という程でもないだろうが、流石に軍人ともなると、警戒はされるのではなかろうか。密入国でもしてきたのか?
アルマダが警戒の目を4人に向ける。
「はて。白露は魔族が住むには、そうおすすめ出来る国ではないと思いますが」
白露はこの米衆連合以上に、魔族への差別が大きく、あまり堂々と住める土地は少ないはず。そこで魔族が軍に入るなど、非常に難しいはずだ。
「その通り。魔族は肩身を狭くして暮らしているが、ま・・・軍のごく一部には、とにかく強ければ問題なし、という所もある。悲しい事に、差別許すまじという考えからではないな」
「ほう」
「で、私はこの4人の査定役で、勇者祭にも参加していない。よって、戦闘にも参加しない。この者達と、1人ずつ、1対1で、指定された相手と手合わせを願いたい。同じ者は指定しないし、指定した者以外に攻撃はしない。どうかな」
マサヒデが首を傾げる。
「1対1は分かりますが、査定とは、何の?」
「日々の訓練の成果」
「・・・」
「まあ、勇者祭の参加者である以上、君達は戦う事を拒む事は出来ない。だが、折角なら、この査定を手伝って欲しい。礼もしよう。こちらから条件を出しているので、私達がこの条件を破ったら、君達全員で殺しに来ても、勇者祭の規則上、反則にはならない。如何かな」
マサヒデが顎に手を当てて、少し考え、指を立てた。
「こちらからもひとつ」
「何かな」
「ラディスラヴァ=ホルニコヴァを指定しないこと」
「結構。元からそのつもりだ」
ぱちん! と男が指を鳴らすと、残り4人がローブを脱いだ。
全員、獣人族。
全員、同じ服。
纏う空気も全く同じ。これは殺しをやっている者の空気だ。
「では! 最初からメインイベントで申し訳ないが・・・」
男がマサヒデを見て、にやっと笑った。
「トミヤス殿、頼めるかな」
右手の犬族が頭を下げ、1歩前に出た。
マサヒデも笠を後ろに放り投げ、前に出ようとしたが、ぐっとアルマダに肩を掴まれた。なんだと足を止めると、アルマダが口を尖らせている。
「始めるというところで、大変失礼ですが、ひとつ宜しいですか」
「む?」
「私を差し置いて、メインイベントはないのではありませんか?」
「ははは!」
男は笑ったが、残り4人の兵は無表情のまま。
マサヒデが顔をしかめて、アルマダの手を肩からどける。
「もう、そういうのやめて下さいよ、アルマダさん。男の嫉妬は見苦しいですよ」
「ふふふ。冗談です。ま、査定という話なんですから、殺さないであげて下さい」
「分かってますよ! そんなの当たり前でしょう!」
前に出た男の目に、薄く怒りが見えた。
すらりと剣を抜き、マサヒデに頭を下げる。
マサヒデも頭を下げたが、身を起こすと柄には手を掛けず、懐手にした。
「すまないが、私は日輪国の武術の礼に疎い。トミヤス殿。もう始めという事で良いのかな」
「勿論。もう始まっています。あなた方が見えた時から」
ふふ、と男が笑った。
「そうこなくては」
マサヒデも、目の前で剣を構えた犬族の男から目を離さず、片頬を上げて笑った。
「でしょう?」
「これは聞かいでもの事を聞いたかな。この査定、まず私の減点1からだ」
「ふふふ。さ、いつでも」
「いけ」
犬族の男が「んっ!」と喉から小さな声を出し、剣が振り被られた。




