第54話
街道休憩所に毛が生えたような町を抜け、少し街道を進むと、ほとんど日が沈んだ街道の脇に、立っている人影が見えた。
マサヒデ達が馬を進めて行くと、マサヒデの馬に人影が寄ってくる。
これはクレール配下の忍で、クレール達の潜伏場所を伝えに来たのだ。
「マサヒデ様。このまま歩いてすぐ。四半刻もかかりませぬ」
「ありがとうございます」
明るくなくて良かった。
小走りくらいの速さはあるが、この忍は体勢を崩すことなく、さささ! と足を動かして、全く身体を揺らさずに馬に付いてくる。
「それと、先程の町に不穏な空気が」
「不穏?」
「倉庫に人が10人以上も集まっております。全員鉄砲で武装しております。話し声から、マサヒデ様、クレール様、イザベル様の名が聞こえたと。間違いなく排斥派です」
「やっぱりですか。ううむ・・・」
マサヒデの顔を知っている者が居たのだ。
魔族排斥派ならば、マサヒデ達は襲われる。
そして、この忍の言う通り、間違いなく魔族排斥派の者共。
魔族の大物2人を嫁にし、家臣に魔王軍の大将の娘が居て、鬼族も引き連れている。
分別を知らない下っ端の排斥派から見れば、格好の手柄。
実際にトミヤス、ハワード、レイシクラン、ファッテンベルクと敵に回すと、教会は大変な事になってしまうが、下っ端はそんな事は考えないものだ。
「如何致しましょう。今、この町の近くで野営を張られるのは危険です。合図を出せば、今すぐ我らで始末も出来ます」
相手は人族の一般市民。
10人が20人でも、この忍達にかかれば、一声も出すことなくあの世行きだろう。
「少し考えさせて下さい」
相手は話を聞く者共ではなかろう。見つけ次第、鉄砲を撃ってくる。
首都で襲われた際は、関係ない目撃者さえも斬ろうとしてきた。
だが、こちらが向こうを斬るのは下策だ。
真相が表に出ることは、決してあるまい。
下手をすると、米衆全土にマサヒデ達の変な噂が広まり、賞金首。
逃げるか。
夜通し走らせて行けば、簡単に逃げられはする。これが上策。
(ううむ)
脅すか。
口で脅しても聞く者共ではない。
では刃を突き付けて?
強盗未遂などと広まり、酒場にマサヒデ達の人相書きが飾られるのが目に浮かぶ。
「アルマダさん。どうしましょうか」
下らない、とアルマダが手を払うように振る。
「脅してやれば良いでしょう? カオルさんも、皆さんも、脅しは得意ではありませんか? カオルさん、こちらへ来て下さい」
ぼくぼくと黒影の重い音が前に出てくる。
「は」
「どういった脅しが良いでしょう」
カオルが顎に手を当て、並んだアルマダに顔を向ける。
「彼奴らめは異教徒を火炙りにすると聞きますが」
アルマダが不快な顔で舌打ちする。
「実際に何人もそれで死んでいます。読売にも出てますよ。出ている以上に燃やされているでしょう。で?」
にやりとカオルが笑った。
「試しに燃やされてみましょう。もう砂漠地域は抜けましたが、まだ夜は冷えます」
「ええ?」
「少しは温まりましょう。シズクさん役と、イザベル様役が欲しいのですが」
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その夜、マサヒデ達は、カオルのいない焚火を囲んでいた。
騎士達が買ってきた8代王暴れ日記を聞いて、げらげら笑いながら・・・
「わあははは! で、で、どうなるのじゃ!」
「ぱあん! 鉄砲の音が響きます。しかし、手を押さえたのはギャングでした! 引き金を引くより早く、タイガーハートの銃が抜かれたのです!」
「ありえねえー!」
シズクが腹を抱えてごろごろ転がる。
サクマも笑いながら続きを読んでいく。
「ふっ! タイガーハートが銃口から登る煙を吹き、ギャングの頭に突き付けました。この銃は6発しか入らねえが・・・今、何発撃ったか忘れちまった。5発かな。かちり。ハンマーが起こされます。それとも・・・6発か」
「あははははは! 格好良いですねえ!」
クレールも声を上げて笑っている。
「かちっ。引き金が引かれると、弾は出ませんでした。お慈悲を! ギャングが手を挙げましたが、タイガークローが、深々とギャングの頭に突き刺さりました! 悪党に掛ける慈悲はない」
「容赦ないのう! 5発、6発のくだりは何だったのじゃ!?」
トモヤのツッコミに、ぶふっ! とサクマが吹き出し、本を投げ出して、膝をばしばし叩いて笑う。
「ははは! トモヤ殿! そこは言われるな!」
「わはははは! 米衆の本は笑えるの!」
マサヒデも皆の笑いに釣られてくすくす笑う。
今頃、カオル達も排斥派達と遊んでいるだろう。
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「きゃー! やめてー! やめて下さい! 私、レイシクランなんですよ!? ごはん輸出出来なくなっちゃいますよ!? 世界派の司教も怒りますよ!?」
『世界派』とは、教会の最大手の派閥で、一般には穏健派と呼ばれる。魔族の入信だけは拒否しているが、排斥派のように殺したりはしない。
だが、世界派は排斥派の運動は黙殺しているのである。
排斥派は魔族のみでなく、教会に不利益な者を勝手に始末してくれるので、穏健派にとってはありがたい存在なのだ。
教会で魔族の受け入れをしている派閥は少数で、教会の姿勢に疑問はあっても、声も上げられないというのが実態。
「・・・」
仮面を被った排斥派の者達は、無言で磔にされたクレール(に変装したカオル)の足元に薪や藁を積んでいく。クレールの周りには、別の排斥派達が銃を構え、頭に狙いを定めている。隣には、血まみれになったシズクとイザベルの遺体(に扮した忍)が転がっている。
薪を積んでいた者達が引いていくと、松明を持った者達が前に出て来た。
「ええっ! ほほ本当に!? ほ、ほ、本当にー!? そんな事したら大変ですよ!? 私、レイシクランなので!」
正面の者が松明を掲げると、ぶつぶつとクレールを囲む者達が何かを唱えだした。
小声な上、まともに舌を動かしていないようで、よく聞き取れないが、教会の経のようなものか。
(ふん。殺すのは許してやるか)
涙を流し、ぎゃあぎゃあ喚きながら、カオルは心中で笑っていた。
そして、ぴたりと経が止まった瞬間。
「わあーっ!」
松明が投げ入れられ、足元に火が着いた。
その瞬間、ふっと磔にされたクレールが消えた。
「な・・・何・・・」
松明を投げ入れた者が、投げ入れた格好のまま固まった。
ざわざわと周りから声が上がる。
「ふー」
後ろから声がして、銃を構えていた者が振り返り、ぱん! と発砲した。
小さな身体が吹っ飛んで転がって、横向きに倒れている。
「今のがあれか・・・噂に聞く、レイシクランの消えるってやつか」
「多ぶ・・・ん・・・」
転がったクレールがぺちっとこめかみに手を当て、ぐりぐり動かし、むくりと起き上がった。
「痛いではありませんか!」
ばん! ばばばん! と鉄砲が一斉に発射され、またクレールが吹っ飛んで、火の明かりの外の闇に消え、ばさ、と倒れた音がした。
「今度こそ死んだか。流石は吸血鬼って言われる魔族だ。往生際の悪い」
そう言って銃口を下げた時、ねっとりと、闇の中からクレールが歩いて来た。
「う・・・」
さす、さす、と草を滑らせ、クレールが歩いて来て、銃を構えた者の前に立つ。
先程までと雰囲気が変わり、すぐ後ろでは盛大に火が燃えているというのに、まるで真冬のように冷たい空気。
「こんな物で、レイシクランを殺せると思わない事です」
そう言って、クレールが銃口を取り、自分の額に置く。
ち、ち、と指を振り、雰囲気に飲まれて黙り込んだ群衆を見回す。
「・・・」
後ろでは、ぼうぼうと音を立て、磔台が燃えている。
銃を持つ男を睨みながら、ぱん! ぱん! とクレールが手を叩く。
「シズク! イザベル! 蘇るのです!」
は! と皆がシズクとイザベルの遺体を見ると、死んだはずの2人が立ち上がった。
「あー、痛い! やるじゃないか・・・」
「ううむ、流石に鉄砲は効くな・・・クレール様、感謝致します」
魔術!? いや、完全に死んだ者を蘇らせるなど!?
ざざ! と磔台の周りから、排斥派達が下がる。
「レイシクランは神に祝福された一族。あなた方の歪んだ妄想の神の信徒に、殺されはしません」
血まみれのイザベルが群衆を睨みつける。
「困ったものです。この者達の経典からは、生命は皆平等という言葉は削り取られているのでしょうか」
「じゃねえの? じゃあ!」
ぱん! とシズクが手の平に拳を叩きつける。
「こいつらは殺しても良いかな! 平等じゃねえんだ!」
ぐわ! とシズクが拳を振り上げた時、
「おやめなさい!」
クレールが声を上げると、シズクがびくっとして、拳を引いた。
「このような愚か者共と同じ事をするのですか! それこそ神のお怒りに触れること!」
「はい」
「宜しい!」
ふん! と正面の者に目を向けると、震えながら、銃を置いて手を挙げた。
「お、許し、下さい」
小さく声を出すと、他の者達も銃を捨て、手を挙げる。
思った通りだ。こいつらに『神』という言葉は効く。
「今少し、ハリースス様のお教えを考えなさい! 種族、国に関わらず、誰もが生まれながらに罪人、神に対して有罪であるというお考え。皆が等しく罪人。皆が等しく! これはハリースス様のお言葉ですよ! あなた方の経典に、このお言葉はございませんか!?」
流石に一緒にいた忍達もぴんときた。
ハリーススとは、教会の神の事である。
「クレール様。申しても無駄。此奴らの経典には、ただし魔族は別、との文言が付け加えられておるに違いありませぬ。これまでの歴史、ハリースス様の有難きお言葉を、何度となく都合良く書き換えております。今でも同じ教会の中で喧嘩をしておる始末」
「だよねー! 神様のお言葉まで変えちゃうなんてさ! なんで他の教会もあるのに、どうしてあっちは魔族を許すのかな、とか考えないの? 考えるのやめてんでしょ、こいつら。偉い人が言うのが神様の教え。周りが言うのが神様の教え。そんな感じじゃねーの」
クレールは降参、と手を挙げている者の頬を、仮面の上から張って、声を上げた。
「私に許しを乞うならば! 今まで罪なく殺した者達と! ハリースス様に許しを乞いなさい! 金を求めぬハリースス様に、金で贖罪など出来ませんよ! 贖罪は行動で表すのです!」
「クレール様。その辺りで」
そう言って、再び手を上げたクレールの手を、イザベルが止める。
「く! そう・・・そうですね・・・」
怒りに染まっていたクレールの顔が、がくっと消沈した。
「私達の言葉も、神様のお言葉も、この方達には届かないのですね」
「はい。家に帰れば、魔族から逃げて、してやったりとほくそ笑むのみ」
はあ、とシズクが溜め息をつき、クレールの前の者を押しのける。
「こいつらに神様のありがたさなんて、分かりゃしねーって。馬鹿だもん。もう行こ」
「であるな。クレール様、此奴らに命のありがたみを教えるには、もう遅すぎます。さあ、もう参りましょう。そして祈りましょう。この者達が死した後、天に導かれるよう、神に寛大なお裁きをと」
「はい・・・」
そして、3人は闇の中に消えて行った。
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しばらくして、頬を張られた者が仮面を脱いだ。
「あいつ、俺達の為に祈るって言ったな。殺そうとしたのに・・・」
男は燃え上がる磔台の火を見て、仮面を丸め、火に投げ入れた。
「魔族なのによ・・・」
別の男も仮面を脱ぎ、火に投げ入れた。
「馬鹿な事を言うな!」
「でもよう!」
「化かされたか!」
「よく考えろ!」
すぐに言い争いが始まった。
そして、四半刻も経たぬうちに「異端者共が!」という声と、銃声が響いた。
カオル達は変装を解いて、岩の上からその様子を見ていたが、顔を見合わせて肩を竦めた。全く期待はしていなかったので、特に何とも思わない。家に帰ればしてやったり、であろう。
教会が変わらない限り、この種の殺人は後の世まで続く。そんな事を夢見るより、排斥派全員を暗殺してしまう方が遥かに早いが、この旅の途中では無理だ。
マサヒデの行く先々で排斥派が居なくなれば、疑われるのは、マサヒデとレイシクラン家なのだ。宗教を敵に回すのは賢くはない・・・歯がゆいものだ。
溜め息をつきながら、カオルは首を回し、肩に手を当て、ぐりぐり回す。
「やれやれ。自分より小さな者に変装するのは疲れます」
「小さな者に、どうやって変装しておるのです」
「これは流石に教えられません」
「カオル殿、そこを何とか」
「あの者達を心変えさせられたら、というのは」
「ははは! それは無理でございますな! 諦めましょう」
笑い声を残し、3人は岩を飛び降り、闇に消えて行った。




