第53話
女性の買い物は遅いですなあ、などと騎士達が笑いながら服屋に入って来て、さっさと買い物を済ませた後、ラディは本屋はあるかと尋ねてみたが、この町に本屋は無いという。
だが、万屋にはいくつか本があるとか。
品揃えは少ないが、8代王の本ならどれか1冊は置いてありますよ、と店員が言ったので、万屋に来てみたのだが・・・
「むう・・・」
「ううむ・・・」
騎士達が『8代王暴れ日記』と題された本を少し読んで唸る。
米衆連合では、8代王暴れ日記は酷く改変されていて、全くの別物。
「8代王は早撃ち名人だったのでしょうか」
「いや、8代王の時代、まだ鉄砲自体がなかったのですが」
「神の鉄のタイガークロウを持ち? 不死身の肉体?」
「そこは剣ではないのですか・・・」
「日輪国より亡命し、ロストエンジェルの闇で暗躍する悪人を刺す。ほおう。8代王は亡命したのですか」
「何と! 8代王はタイガーハートの名の通り、虎族の血を引く男だそうですぞ」
「ふっ」
ぱたん、とラディが本を閉じ、ぞんざいに棚に戻したが、騎士達はくすくす笑いながら読んでいる。
「これは笑えますな。1冊買って行きましょう」
「皆様が読んだら、どんな顔をなされるか」
「ふふふ。楽しみですな」
「いや、全く・・・」
リーがくすくす笑いながら、会計に8代王暴れ日記(米衆版)を持って行った。
はあ、とラディが溜め息をつく。乾物も揃えなくては。
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ラディ達が買い物を終えて店を出ると、さあて! とサクマが声を上げた。
「皆様、参りましょうぞ」
「うむ!」
もう必要な物は揃えたはず。
後は馬屋で飼葉を積むだけだが・・・
にやにやした騎士達に、ラディが不審な目を向ける。
「何処へ行くのですか」
「酒場でございまする」
「それは」
まずいのでは。
酒でこの騎士達がアルマダに怒られているのは、何度か目にしている。
サクマがにやりと笑い、
「本日はアルマダ様に許しも頂いておりますゆえ」
「喪失するまで呑まぬ! 夕刻までに馬屋に戻れば良い!」
「ですな!」
「さあさあ、参りましょう!」
サクマが馬車に乗ってラディに笑顔を向けると、ラディも渋々、馬車の後ろに腰掛けると、残り3人の騎士は、歩いて付いてくる。
これは本来は飼葉を積む方の馬車なので、買い物した分は後でマサヒデが買ってきた大きな馬車に移さないといけない。
(積み込みを手伝ってくれるだろうか)
泥酔した騎士達が、笑いながら、肩を組んで、ふらふらしながら歩いて行く姿が目に浮かぶ。
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先頭のジョナスが、きい・・・と両開きの戸を開けると、少しして店の中が静まり、全員の目がジョナスに集まった。
この安酒場には全く似合わない、綺羅びやかな鎧を着た騎士が入って来たのだ。
4人に続き、ラディも大きな身体をすぼませながら、俯き加減でちらちらと目を配りながら付いて入ってくる。
「誰だありゃあ」
小さな声が聞こえる。
ひそひそ話す声が聞こえる。
サクマがそちらに目を向けると、声が収まった。
4人がカウンターにもたれかかり、ラディは気不味そうにスツールに腰掛けた。
「バーボン。連れの女は水だ」
「はい・・・」
とん、とん、とん、とん、とショットグラスが置かれ、いっぱいに酒が注がれ、4人の前に配られた。
そして、ラディの前にも、水の入ったコップが置かれる。
(怖い!)
この騎士達は、こんなに迫力があったのか!
戦う所も見たが、こういった静かな怖さは初めて見た。
「乾杯」
ききん、と小さく音を立て、4人がグラスを当てて、一息に呑む。
たん! とサクマがグラスを置き、2階の廊下の手すりにもたれている女達を見る。
「ふうん・・・」
無言でグラスを差し出すと、バーテンが酒を注ぐ。
「バーテン。ここにゃ獣人族は居ねえのか」
「ええ、まあ」
「ち・・・俺は獣人族が好みなんだがな」
ええ? 女? とラディが顔をしかめてサクマを見たが、あっ、とすぐ気付いた。
なるほど、酒が目的ではなく、確かめに来るのが目的だったのか。
「魔族は居ねえのかよ」
「ええ、まあ・・・この町は、魔族は歓迎されませんもので」
ぷ! とジョナスが床に唾を吐き、グラスを差し出すと、バーテンが酒を注ぐ。
「懐の狭え町だ」
「・・・」
カオルは獣人族が1人も居ない、と見てきただけだが、これで裏が取れた、という訳だ。なるほど、酒に浮かれたふりをして、実はこの4人も考えていたのだ。
だが、ラディはコップを両手で持って思った。
(その格好で、その言葉使いは似合いません)
かあん! とグラスが叩きつけられるように置かれると、またバーテンが酒を注ぐ。
注ぎ終わった後、バーテンは豆の入った皿を置いた。
「どうぞ」
「ふん・・・」
不機嫌な顔で豆を摘むリー。
こんなドスのきいた4人と、しばらく席を伴にするのか?
リーの険しい顔を見て、窓の外に目を向けると、マサヒデとカオルが馬車を指差しながら歩いて行く。
(マサヒデさん! カオルさん! こっち!)
ラディは心の中で助けの声を上げたが、2人に届く事なく、店を覗きもせずに、笑いながら歩いて行ってしまった。
店は静まり返ったまま、誰も口をきこうとしない。
「ふん」
ジョナスがグラスを取り、不機嫌をもろに出して、酒を一息に呑む。
「お客さん達は、どこから」
「ああん?」
ぎらりと光る4人の目。
「臭え息を吐くんじゃねえ。二度とその薄汚え口を開くな。酒とつまみだけ出してりゃ良いんだ」
「はい・・・」
服装以外、まるで賞金首のお手本だ!
ひい、とラディはちみっと水を口に入れた。
もうこんな所には居たくない・・・だが、先に行くと口を開くのも怖い・・・
かあん! とサクマが金貨を1枚置いて、指で弾く。
きん、きん、と音を立て、金貨がカウンターの向こうに落ちて転がった。
「客に奢ってやれ」
「はい・・・」
バーテンが、恐る恐るグラスに酒を注いでいく。
重い空気の中、ラディは身を固くして、水を口に含む。
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そして夕刻。
買い物も終え、馬達の蹄鉄も履き替え、マサヒデ達は馬の横に立つ。
皆が乗る馬車には、シャイヤーに引かせる。
飼葉の馬車は、白百合で引かせる。
ルチルには鞍袋を付けて、背にも荷物が積んであるが、重い物ではない。
そして、カオルは普段乗っている白百合でなく、黒影を選んだ。
間違いなく足は早まるだろう。
「のう、マサヒデよ」
「ん」
御者台からトモヤが声を掛け、マサヒデの横に歩いて来た。
馬車に繋がれたシャイヤーを、肩の上に親指を突き出して指差す。
「名は?」
シャイヤーにはまだ名を付けていなかった。
保安官に預ける事になるかも、と、名は選んでいなかったのだ。
「決まっておろうが」
「なんじゃ」
マサヒデは全く考えもせずに答えた。
「ヤマボウシだ」
トモヤが良い笑顔で笑った。
シャイヤーの横に歩いて行き、ぽん、ぽん、と軽く首に手を当てると、シャイヤーは「なあに?」という感じの、のんびりした顔をトモヤに向けた。
「お主の名は今からヤマボウシじゃ。良いかのう」
ふうん! とシャイヤーが鼻息を吹く。
「ははは! マサヒデは名付けが下手なのじゃ! じゃが、可愛い花の名じゃ。花の名と聞けば良かろう?」
ふ、とアルマダ達が笑って、馬に跨った。
カオルもでかい黒影に、しゃ! と見事に跨った。
皆が馬に跨ったのを見て、マサヒデもシトリナの手綱を持ったまま、黒嵐に跨る。
「皆さん、行きましょう」
馬が進み出し、トモヤが鞭を入れると、がらりと馬車が動き出した。
「うお」
トモヤの小さな声が聞こえ、マサヒデが振り向くと、トモヤが笑った。
「凄いぞこいつは! ははは! えらく踏ん張るのう!」
もう夕刻。
このまま町を通り過ぎたら、外で待っているクレール達と合流して、今夜はそこで野営だ。
クレール達は間違いなく無事だろうが、拗ねていないかが心配だ。
蹄鉄を替えたからか、黒嵐が少し機嫌を良くしている感じがする。
ヤマボウシを挟んだ向こうには、黒影に乗るカオルが見える。
久しぶりにカオルを乗せている黒影は、誇らしげに見える。
(馬は良いな)
く、とシトリナを引く手綱を軽く引っ張ると、シトリナが黒嵐の横に並んだ。
シトリナの黒い目が、マサヒデを見上げていた。




