第52話
馬屋は蹄鉄を選ぶ手を止め、マサヒデとカオルが連れて来た馬を眺めて、ううむ、と唸った。
マサヒデはヤマボウシ。カオルが引いているのは、シャイヤーが持ち主がいて、自分達の持ち馬に出来ないという時の為に捕まえたクォーターである。
シャイヤーはマサヒデの持ち馬になったので、このクォーターはいらない。
「金貨2枚だな」
「安いですね!?」
思わずマサヒデは声を上げてしまった。
驚くほど安い。
日輪国では、適当な馬でも金貨何十枚もするのだ。
「それより、あのでかい黒いのか黄金馬は売ってくれねえのか。1頭200枚で買い取るぞ」
「絶対に売りません」
黄金馬は産地から滅多に輸出されないので、こちらでも高いはずだ。
イザベルの黄金馬、シトリナは、出す者なら金貨1000枚でも出す馬。
『黒いの』はマサヒデの黒嵐か、黒影の事を言っているのであろうが、いくら積まれようと、この2頭は売るものか。
「あのですね。黄金馬で月毛ですよ。200枚程度で売れるわけ無いでしょう」
「ま、だな。言ってみただけだ。今、ウチで出せるのは200枚が限度なんだ」
そういう事か。それなら納得。
「あ、そういう事ですか。で? なんでこの2頭合わせて金貨2枚なんです」
馬屋は蹄鉄を机の上に並べ、マサヒデ一行のどれかの馬からか取った蹄鉄と比べながら、
「あのな、そんなしょっぺえ、あんこ馬以下の馬が売れるわけがねえだろ。売れても金貨1枚がいいとこだ。大体、いくつなんだ、その馬。いつおっ死んでもおかしかねえだろ。もう墓に片足突っ込んでる所じゃねえか」
「ええ?」
「で? 売れるか死ぬまでウチで世話すんのか。餌代。世話代。誰が出すんだ。俺だ。そいつの世話代入れたら、マイナスだ。そっちのまともなのだけなら、金貨5枚だ。ああ、馬具だけは買い取っても良いぞ。金5枚と銀50枚にしてやる」
む、とマサヒデが不満を顕にして、懐から金貨を5枚出し、蹄鉄の並ぶ机に放り投げた。きん! と跳ね、馬屋の頬に1枚が当たる。
「5枚出しますので、この2頭を買い取り、老いた馬はきちんと世話して下さい。私、何ヶ月かしたら、またここに来るかもしれませんから、その時、適当な世話してたら斬りますよ」
「は! いいな、サムライキッド! 金払いの良い奴は好きだ。預かる以上はきちんと世話するぜ。その馬とこの5枚で、蹄鉄の代金と馬具はチャラにするさ」
言いながら、店主が顔を上げて、シャイヤーを指差す。
「あいつの馬具、好きなの選んで持って行きな」
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くそ、とマサヒデが心中で毒づきながら、カオルと一緒に鞍が並べて掛けてある丸太の所まで歩いて来た。
「ご主人様、そう機嫌を悪くなさらず。この国は馬も多いですし、安いのは当然。日輪国とは、馬の価値が大きく違います」
「ううむ」
「はっきり申し上げますが、馬屋の言う事にも、間違いはございません。ヤマボウシは高齢ですし、荷を担いでは、馬車についてくるのもやっとです。本来、野良仕事の手伝い程度がいっぱいです」
「分かってますがね」
ふうん! とマサヒデが不満一杯で、鼻から息を吹き出す。
「ヤマボウシは、私が初めて・・・ああ、もう言いません」
マサヒデが感情を振り払うように首を振る。
「情が移ったと言うか、思い入れがあったものですから」
「はい」
ふー、と息を吐き、目の前の鞍に目をやる。
「そうです。普通に考えればそうですがね。中々、割り切れませんよ・・・」
小さな声でカオルに答え、鞍の置かれた丸太の前を歩いて行く。
この丸太の上に、壁に『金貨1枚』と書かれた札。
馬は安いが、馬具は日輪国の物と比べると、これがまた随分と高い。
良くは分からないが、質も大したことがないように見える。
カオルと一緒に、懐手で奥まで並んだ鞍を順に見ていく。
奥に行くほど、高くなるようだが・・・
歩いて行き、途中で足を止めた。
「ここで金貨5枚」
カオルが手前の鞍に手を置いた。
壁に『金貨5』と書かれた札が掛かっている。
奥を見れば、6、7、8・・・と続いている。
「好きな物を選べ、とは、粋な計らいをしてくれます」
「・・・」
「馬と人、という関係。ご主人様のご様子で分かったのでしょう」
「参りましたね・・・」
マサヒデは憤慨してしまった事を恥じて、頭に乗せた笠を取り、こちらに背を向けて白百合の足に蹄鉄を付けている馬屋に、頭を下げた。
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ここは服屋。
買い物にはアルマダの騎士4人が一緒に来ているが、店にはラディ1人が入っていた。何故ならば・・・
「それはお客さんにはちょっと」
「いえ。連れの物でして」
と、覚書を店員に見せる。
下着のサイズがそこには書かれていた。
この米衆連合に来てから、既に何週間も過ぎているのだ。
洗濯はちゃんとしてはいるが、毎回乾かすのにクレールの風の魔術で、ぼん! と水を飛ばす。いつ切れてもおかしくないし、実際、傷んできてもいるから、予備を多めに買っておかねば、女性陣は皆、そこが不安なのだ。シズクは除いて。
「肌触りより、丈夫めな物を、5、6・・・いえ。10枚ずつでお願いします」
「キャラバンのお方?」
「そのような感じです」
「シャツやタオルなんかも買って行かれます?」
「はい。この買い物が済みましたら、外の4人も来ます。まとめて・・・あの、下着の方は、領収書には・・・笑われるのも」
くす、と店員が笑った。
「あと、さらしは、ありますか」
「さらし?」
はて? と店員が首を傾げる。
やはり、米衆には『さらし』という物がないようだ。
「木綿か麻布で、あまりざらざらしていない布で、下着の代わりに胸や腹に巻きます。なので、仕立てていない、ただの布でも。後でこちらで切りますので」
さらしはイザベルが使うのである。
イザベルはブラジャーを着けず、上はいつもさらしである。
「コルセットみたいな物かしら?」
「はい」
「変わった使い方するんですねえ・・・お客さん、どちらのお方?」
「日輪国です。念の為に言っておきますが、日輪国にもコルセットはあります」
「うふふ。じゃ、木綿布にしておきますね」
「お願いします」
このような会話をしていて、ラディは少し落ち着いていた。
なぜならば、米衆の人は、女性も背が高いのだ。
ラディ程に高い者は見ないが、日輪国より平均的に背が高い。
『あなたの背丈に合う女性服はありません』
そう言われる事がないのである。
(着物があれば!)
棚に向かう店員の後ろで、く、とラディが拳を握ったが・・・
「あ」
途中でラディが足を止めた。
着流し!?
「これ、着流し」
「ああ、日輪国のお方ですものね」
店員が足を止めて、ラディの方に歩いて来た。
「日輪国は、今でもこういうのを着られるんですか?」
「あ、はい」
くす、と店員が笑って、畳まれた着流しを手に取る。
「タイガーハート王をご存知?」
タイガーハートとは、日輪国8代王の二つ名だ。子供でも知っている。
そう言えば、8代王は他国と積極的に貿易も始め、いくつも同盟国を作った。
他の国が魔の国との貿易を差し止める所、日輪国は普通に貿易をしていたのだ。
小国ゆえの悲しさ・・・と、言われているが・・・
「勿論」
「戦では負け知らず」
「はい」
「でも日輪国は統一されておりました。タイガーハート王の時代、戦はどこにあったのかしら」
「あっ!」
そう言えばそうだ。とっくに日輪国は統一されていたのだ。
では何故、8代王は『戦で負け知らず』と言われているのだ?
魔の国との戦争は始まっていたが、日輪国は魔の国から遥か遠く。
派兵はされていたが、王が陣頭に立つ事はなかったはずだ。では何故?
「8代王の時代、米衆では内乱が起こっていたのですよ。南北に分かれて。そこに、同盟国の日輪国から来てくれたのが、タイガーハート王。国を空っぽにして、兵を率いて来て、自ら陣頭に立って! 次々と北米衆の軍を破っていったんです」
「・・・」
そうだったのか!? これはラディも知らなかった。
「米衆の南の中立港、ロストエンジェルから来て、あっという間に沿岸を押さえてしまって。タイガーハート王の軍は1度も負けなかったんです。お陰でこの米衆連合は統一されたんですよ。王自ら兵を率いて来るだなんて・・・タイガーハート王は、この国では歴史の教科書にも載ってるんですよ」
「あの、8代王暴れ日記は」
「勿論! この国でも有名よ。でも、日輪国ほどは売れてないんじゃないかしら。8代王軍記の方が売れてますよ」
売れている? 8代王暴れ日記の本はなかったはずでは?
「あの、もしかして、8代王暴れ日記の本はあるんでしょうか?」
「ありますとも」
これは買わねば! よもや本国にない本が、この米衆連合にあったとは!
「ありがとうございます」
「タイガーハート王の持って来てくれた日輪国の文化はいくつもあるんですよ。この着流しもそのひとつ。サムラアイとか、カターナとか、ニンジャとか、皆がそれを知ってるのも、タイガーハート王のお陰かしら」
「着物は」
「んー! キモーノは高くって、うちでは扱っておりませんけど、大きな都市のブティックにはあるんじゃないかしら」
「そうですか」
やっぱりなかった・・・ラディの目が伏せられた。
『大きな都市のブティックにはあるんじゃないかしら』
次、大きな都市に着いたら、クレールに泣きついてみようか。




