第51話
翌日、昼前になり、マサヒデ達、人族連中が馬車を引いて町に入った。
町のすぐ入口に馬屋があるので、まずは皆の馬を預け、蹄鉄の交換である。
そして、マサヒデとカオルは捕らえてきたシャイヤーを引き、保安官事務所に向かっていた・・・と言っても、馬屋の前の広場を出てすぐ向かい。
馬屋の前がこう広く取られているのも『街道休憩所に毛が生えた』と言っていたカオルの言葉の印象を深くする。
街道を横切りながら、町並みを見渡す。
と言っても、街道の横に店が並んでいるだけなのだ。
日輪国で言うと、屋台が店になっているだけ、という感じで、それらの店の裏に建物はほとんどない。倉庫や一軒家がぽつぽつあるだけだ。
保安官事務所の前にシャイヤーを繋ぎ、ドアを開けると、からんからん、とドアベルが鳴り、紙巻き煙草を吹かしていた制服の男が顔を上げ、マサヒデを見てちょっと驚いた。
「厄介事かよ」
と言って、仏頂面になって、灰皿に紙巻き煙草を押し付ける。
マサヒデの眉が少し寄った。
「ここに来る途中で、蹄鉄が着いている馬を見つけまして。盗難届など出ていないかと引いてきたのですが」
「だけか?」
「はい」
「馬は」
「表に繋ぎました」
保安官は鼻髭を撫でて、気持ち仏頂面を和らげた、と見えた。
「ん」
小さく声を出し、ず、と椅子を引いて立ち上がる。
「待ってろ」
保安官は奥に入って行き、書類の束を持って来た。
だるそうにマサヒデ達に手で「どけ」とドアの前からどかし、からん、とドアベルを鳴らして、ドアから顔を出す。
「シャイヤーか」
ばさ、ばさ、と紙束をめくる。
「鹿毛で・・・足が白い・・・まあ、4歳、5歳って所だな」
はあ、と保安官が溜め息をついて、机に戻り、椅子に座る。
「普通過ぎるぜ」
そう言って、頬杖をついて、不機嫌な顔で、紙束を「ばん!」と机に置く。
「焼き印があるんだな」
「いえ。蹄鉄が着いていたので、誰かの持ち物とは分かるのですが」
はあー・・・と、もう一度、保安官が長く溜め息をつく。
「焼き印ねえのかよ。シャイヤーであんな色、何百頭いるか分かんねえぞ。1000頭は軽くいんじゃねえか。これが全部シャイヤーの鹿毛の紛失と盗難の届。こんだけあんだぞ」
そう言って、保安官が紙の束から一部を分けて、指で挟んで振る。
ゆうに100枚はありそうだ。
「では、こちらではお引き受け下さいませんか」
保安官は呆れ顔で手を振り、
「持ってけ。お前のもんにしていいぞ。大体、紛失物って預かった所で、この届け出した奴らが何人ここに来ると思ってんだ。で、来た奴らも、本当に俺のか? って顔した後、いや、俺のだ、俺のだって喧嘩して裁判になるのがオチだ。面倒臭え」
「はあ」
確かに面倒ではあろうが、本当に良いのか?
「もらってしまって良いのですか?」
「構わねえよ。売るなり乗るなり、好きにしな」
そう言って、保安官は小箱を開けて紙巻き煙草を出し、小さな箱を取り出して、しゅ! と擦った。
「な!?」
マサヒデが声を上げたので、保安官も顔を上げた。
燐寸である。
日輪国にもあるが、まだ一般に流通していないので、マサヒデは初めて見たのだ。
「なんだ? どうかしたか」
「なん、何です、それは」
「煙草だよ」
「いや、その、火が着いた」
ぽかん、と保安官が口を開け、ほと、と紙巻き煙草が落ちた。
「わーっはっはっは! マッチも知らねえとはな!」
「マッチ?」
笑いながら保安官は手を振って、マッチの火を消し、灰皿に落として、マッチの箱を差し出した。
「これだよ。本当に知らねえのか」
「いや、いや。初めて見ました。魔術ではないんですか?」
「違うよ。箱から1本出してみろ」
箱を開けて、小さな棒を取り出す。先が赤く、丸くなっている。
「はあー! なるほど! この赤い所に火が着く!」
「そうだ」
保安官がくすくす笑いながら、箱を指差し、
「箱の横、ヤスリみてえになってる所、あるだろ。そこで先っぽを、さっと擦ってみろ」
そう言って、灰皿をマサヒデの方に差し出す。
「やってみます」
「火が着くんだから、先の方は持つなよ」
「はい」
すぱ! とマサヒデが手を動かすと、ぼ! と火が着いた。
「おおっ!? これは凄い!」
「はっはっは! ほれ、危ねえから」
保安官が突き出した灰皿に、保安官がやっていたようにぶんぶん手を振って火を消し、消えたマッチを落とす。保安官は灰皿を机に戻し、
「俺も一応、少しだけ魔術は使えるがな」
と、指を立てて、先に小さな火を作る。
そして、ふ、と火を消し、煙草を指で挟み、マサヒデの手からマッチの箱を取った。
「煙草はこれで火い着けた方が、美味い気がするのさ」
しゅ! とマッチを擦って、ふぉ、ふぉ、と小さく煙を吐き、すー、と吸い込む。
ちりちり、と煙草の燃える音。
「へえ! 私、煙草は吸わないので、全く知りませんでした」
「美味い気がするってだけだ。ただの格好着けの思い込みさ。こんなの、万屋に行けば、いくらでも売ってるぜ。1箱40本入りで、銅貨1枚だ」
「ええっ!? そんなに安いんですか!?」
「はっはっは! 面白えなあ! 旅の土産に少し買ってったらどうだ?」
「勿論! 買って行きます! ありがとうございました!」
マサヒデが頭を下げたが、保安官が手を出し、
「ああ、待て待て。一応、紛失物の届けがあったとだけ。所有者不明で、お前の物にしたっていう手続きがいる。名前をサインするだけだから、少し待て」
「あ、はい」
保安官が引き出しを開けて、あれこれとファイルをめくり、1枚の書類を取り出して、すらすら書いていく。
「あの馬を拾ったのは」
「ここから馬で2日程の、西の、街道から少し外れた所で草を食ってました」
「ここから馬で2日西ね・・・適当でいいか・・・」
さらさら・・・
「お前の名は」
「マサヒデ=トミヤス」
ん? と保安官が訝しげな顔でマサヒデを見上げた。
「聞いた覚えがあるな」
「勇者祭に出ていますので、何度か放映されましたから」
「ふうん。年齢」
「16です」
「マッチ知らねえ。その格好。国はどこだ」
「日輪国です」
「ああ、サムライか。住所」
「日輪国、シライ領、トミヤス村、トミヤス道場」
ん、と保安官がさらさら書いて、書類をマサヒデに突き出す。
「間違いねえか」
遺失物届。
所有者不明の為、この者の所有物とする。
物品。馬、シャイヤー。馬齢不明。雌。
以下、つらつらと細かい字で色々と書いてある。
そして、最後にマサヒデの名と住所。
「はい。間違いないです」
「よし」
書類とペンを机に置き、一番下の欄を指差し、
「名前をここに書いて終わりだ」
「はい」
名、マサヒデ 姓、トミヤス
「よし。もう行っていいぞ」
「ありがとうございました」
頭を下げ、マサヒデとカオルはドアベルを鳴らし、保安官事務所を出て行った。
「マサヒデ=トミヤスねえ・・・」
ふう、と保安官が煙草の煙を吐き、閉まったドアを見て、書類を机の引き出しに入れた。
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馬屋にシャイヤーを引いて戻って、厩舎の外で壁にもたれ掛かって待っていたアルマダに手を上げる。アルマダはシャイヤーを見て、マサヒデに微笑む。
「どうでした?」
「所有者不明。私の物にして良いと」
アルマダが頷いて、厩舎の入口を指差し、
「今、蹄鉄を取り替えている所です。そいつにも蹄鉄を履かせてもらって、鞍を見てきなさい。夕方まではかからないそうですから」
「はい。注文して、買い物に行ってきますよ。保安官が良い物を教えてくれました」
「何です?」
「マッチ。知ってます?」
「ええ。でも高いでしょう」
にや、とマサヒデが笑った。
「銅貨1枚で40本ですって」
アルマダが目を丸くしてしまった。
「銅っ・・・銀ではなく? 銅貨?」
「はい。この国では、普通の物みたいですよ。もう火打石はいらないですね」
「あ、いや、ご主人様。火打石は必要です」
カオルが後ろから声を掛け、マサヒデが振り向いた。
「何故です?」
「マッチは少し湿気るだけで、火が着かなくなりますので。そうなると、乾かしてももう使えません。私達は外を歩くのです」
「あ、そうだったんですか」
「10箱も買っておけば十分でしょう。火付けも、例え火打ち石がなくても、我々には魔術の使える皆様がおられますし。やむを得ず皆と離れて行動しなければならない、という時に、持って行くくらいで良いかと」
「ううむ! 便利な物だと思ったのですが」
「便利ではありますが、我々に限っては、使い所は限られます」
「ううむ・・・じゃ、中に行きますか」
これは凄い物を見つけた! と思ったのだが・・・
マサヒデは少し肩を落として、シャイヤーを連れて厩舎の中に入って行った。
肩を落としたのは、マッチの使い道が限定されてしまった、という事だけではない。
これから、初めて捕まえた馬とのお別れなのだ。




