第55話
カオル達が野営地に戻って来ると、もう皆は眠りについていた。
マサヒデ1人が起きていて、寝袋の上に座り、火の番をしている。
カオルが静かに歩いて行き、空いた寝袋の上に座ると、マサヒデがちらっとカオルを見て、枝を折って焚火に入れた。
「殺しましたか」
「いえ。しかし、あの者共は言い争いになり、同士討ちとなりまして」
「ううん・・・」
マサヒデが唸って、ぱき、ぱき、と枝を折って積んでいく。
ぱち、ぱち、と枝が燃える音。
カオルはマサヒデの沈黙に耐えられなくなり、膝を進め、
「ご主人様。我が手で殺さずとも、死人を出したのはまずかったのでしょうか」
「まあ、それもありますけど」
排斥派は物事の隠蔽が得意。宗教は情報工作が得意。
では、死人が出たとなれば・・・
岩の上で言い争いを見物など、迂闊であったか。
あそこでは聖女の振りでもして、止めるべきであったか。
「確かに、私達が手を下したみたいな、嘘の話を流されるのは困りますけど」
「では、まだ他に」
マサヒデは折って積み上げた枝を、また取って、ぱき、ぱき、と折っていく。
「世の中・・・本当に、理屈とか、真実とかっていうんですかね。そういうの、無視しますよね。聞き流すというか・・・聞いても耳に入らないというか・・・」
「?」
何を言い出すのか?
火を眺めていて、何か切ない気分にでもなってしまったのか?
カオルが怪訝な顔で、火を見つめるマサヒデを見ていると、もそっと音がした。
「そういうの、子供が大人になる時に、嫌と言うほど味わう洗礼です」
そう言って、クレールが寝袋を少し開けて、腕を出し、肘枕で起き上がった。
マサヒデはクレールに目を向けず、火に向いたまま答える。
「では、それを味わっている私は、子供なんですね」
「はい。まだ16年しか生きておられませんもの」
「・・・」
子供と言われて不快な気分になった、という感じではない。
マサヒデの表情は変わらない。
「こんな話はどうでしょう」
「どんな」
「有名人が死んでしまった。大騒ぎで国中のファンが涙する。
でも、ご近所のお祖母様が死んでも、悲しむのは縁者とご近所様だけ。
政治家の浮気で国民が声を上げて怒る。
でも、隣の奥様の浮気は記事にもならない。
貴族の失策は大きく報道される。
でも、商店街のお店が潰れても、地方紙に小さく載れば良い方です」
「何故、そうなるんでしょう」
「感情を吐き出すのに、刺激が足りないからです」
枝を折る手を止め、マサヒデがクレールに目を向けた。
「刺激って」
「それが真実です。マサヒデ様も散々見てきました。分かっているはずですが、目を背けておられますね。そんな臭い泥沼に浸かりたくありませんから・・・」
「・・・そうでしょうか」
「誰でも、自分は清水の中に居ると思いたいです。清水の方が気持ち良いですもの。でも、マサヒデ様は、いえ、私達は皆、泥沼で生きてるんですよ。清水には魚がいないものです。何故でしょう?」
「餌がないから」
「そうです。刺激がないからです」
マサヒデが黙って火に目を向ける。
「・・・排斥派が殺しをするのも、その刺激ですか」
「勿論です。それだけではありませんけど。神の言葉を信じ、それに則って行動し、良い事をしたと得られる満足感とか、安心感」
クレールは宗教をそう見ているのか。
冷たい見方だが、満足感、安心感がなければ、確かに人は生きていけない。
常に不安に追われながら生きるのは、地獄でしかない。
その先に待つのは・・・
「殺すほどに刺激を感じられる事はあるでしょうか。虫や動物ではなく、人を。残虐な殺し方ほど、刺激は強くなる。火炙りなど典型だと思いませんか? その刺激が強いほど、安心感、満足感。同じ事をした者同士の連帯感が強くなります」
「・・・」
「今回の死人は、運が良ければ闇の中です。運が悪ければ、マサヒデ様は殺人犯の汚名を着せられ、賞金首です。そうなったら、勇者祭からも失格になります」
カオルが俯き、目を閉じた。
クレールがマサヒデに頭を下げるように俯くカオルに、優しく声を掛ける。
「カオルさん」
「は」
「失敗には罰を与えます。マサヒデ様と、今夜の火の番を代わりなさい」
「は」
マサヒデは折って親指程の長さもなくなった枝を、焚火にひょいと放り込んだ。
頭を下げていたカオルを見たが、何故か目が合うのが怖く、背を向けて寝袋に潜り込んだ。
どこでもすぐ寝られるように、マサヒデは鍛えられている。
マサヒデがすぐに寝息を立て始めると、クレールも寝袋を閉め、寝息を立て始めた。
カオルは暗澹とした気分で、マサヒデが積んでいた枝を取り、ぱき、と折って積んでいく。
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そして翌朝・・・
一番の早起き、イザベルが起きると、焚火の前でカオルが背を丸めて座っており、その目の前には、器用に井桁に積まれた、座ったカオルよりも高い枯れ枝の塔。
「カオル殿」
肩越しにカオルが振り向いた。
その目はいつものカオルらしからぬ、張りのない、淀んだ目であった。
「イザベル様」
言って、カオルは火に向いて、やはり張りのない声で、
「おはようございます・・・」
と返してきた。これは異常だ。
「カオル殿。どうなさいました」
イザベルが不安な顔でカオルの隣に片膝を付くと、ふう、とカオルが息を吐き、包むように顔に両手を当てる。
「失敗を・・・大失敗をしました。もはや取り返しのつきませぬ事を」
「一体、何を? 昨夜の排斥派の?」
「はい・・・死人が出てしまいました・・・」
うん? とイザベルが訝しげな目を向けた。
「もしや、カオル殿がやったと明るみに?」
「いえ。しかし、彼奴らめは隠蔽、偽情報など得意のもの。もしこれがご主人様の手によるものと」
うっ! と、カオルの言葉の途中でイザベルが身を固めた。
「なったら、ご主人様は云々・・・」
途中でカオルの言葉が聞こえなくなった。
そうなったら、殺人容疑で賞金首。当然、勇者祭からも除名される。
マサヒデはもはや有名人。暢気に旅などしていられない。
(潜伏先は)
ぶんぶんとイザベルの頭が回り出した。
魔の国が一番安全。
魔王様か、レイシクラン家に保護してもらう事。
だが、もう米衆連合の内陸に深く入ってしまっている。どうする? 戻るのは危険。 幸い、ここは南部だ。
南に突っ切って国境を越えれば、海賊だらけの中央米衆。
金を払えば、海賊に魔の国に連れて行ってもらうことは出来るし、その金はある。
そうだ。カオルは日輪国の情報省の所属。
どの国にも、どこかにセーフハウスがあるはず。
まずはそのセーフハウスの確保。
南米衆には、カオルと自分が行き、繋ぎを付けておくのだ。
「おはようございます」
「・・・」
トミヤス家、マツ様も逃さなければ。家族から殺人犯。これは肩身の狭い事になる。情報の監視が必要。通信で伝わると厄介だ。急いで通信機のある町に行き、情報省に骨を折ってもらわねばなるまい。情報省には大きな借りを作るが、仕方がない。米衆から日輪国に引き渡しの要請が出るまでは何日か。ここは田舎だから、即日はあるまいが、こういう時は、予想より1週間早くで動かねば。国王陛下、ミスジ外務大臣にも連絡を入れておかねば。早いに越したことはないから・・・
「おはようございますって」
ぽん。
肩に手を置かれ、びくっとイザベルが顔を上げた。
「はっ!? は! マサヒデ様!?」
「どうしたんです? 何か買い忘れでもありましたか?」
「いえ!」
ば! とイザベルが立ち上がり、手を振って声を上げる。
「マサヒデ様! すぐにセーフハウスを! 潜伏せねば!」
ぽかん、とマサヒデが口を開け、イザベルの声に驚いた皆が起き上がる。
「・・・は? 潜伏? です、か・・・?」
がば! とイザベルがマサヒデの両肩に手を置き、ぶんぶん前後に振る。
「うおっくっ」
がくがくがく! とマサヒデの頭が振られる。
「はァではございませぬ! 寝惚けておられるのですか!?」
ばさっとバッファローの毛皮を跳ね飛ばし、シズクが立ち上がる。
あれは既に喪失しているのでは!?
「ちょっと!」
慌ててシズクが飛んで来て、イザベルの腕を引っ掴む。
「死んじゃう死んじゃう!」
「あっ」
ぱ、とイザベルが手を離すと、マサヒデが膝を付き、ごたん、と顔から崩れ落ちてしまった。だらりと口からよだれが垂れ、地面に染みを作る。
「げえ!?」
「マサヒデ様!」
「マサヒデさん!?」
ラディが慌ててマサヒデに駆け寄り、治癒の魔術をかける。
「首!? 首は・・・肩が・・・鎖骨、胸骨・・・良かった! 大丈夫、大丈夫です。治しました。気を失っているだけです。脳震盪だけです。寝かせていれば平気です」
イザベルがわなわなと手を震わせる。
「今、今、私は・・・」
「何してんのお!」
シズクが本気で怒鳴り、皆、声も出せない。
凄い怒声で、地が震えそうだ。
「そんな、そんなつもりは・・・お助けをせねばと」
「あっち行け!」
どん! とシズクに押され、イザベルが吹き飛んで転がった。
慌ててラディが立ち上がったが、
「ほっとけ! 狼族があんなんで死ぬか!」
シズクが怒鳴って膝を付き、そっとマサヒデを仰向けにして、寝袋を折ってマサヒデの頭の下に敷いた。
「な。ラディはここでマサちゃん見ててよ」
ドスのきいた声。
ラディは返事をするのがやっと。
昨日の騎士達など、比べ物にならない。
「は、はい」
ぎろん、とシズクの目が転がったイザベルに向いた。
のっそりと立ち上がり、倒れたイザベルの所に歩いて行く。
「言いてえ事はあるかい」
「私は・・・私は、マサヒデ様をお助けせねばと」
「殺して助けるのかい」
「無事に脱出させねばと」
「長い話になりそうだね。聞くだけは聞いてやる。あんた、これ2回目だよ。覚悟しな」
2回目。以前、同じようにマサヒデに飛びかかり、嬉しさのあまり、手を強く握ってしまって、砕いた事があるのだ。
シズクは身を屈め、むずとイザベルの襟を引っ掴み、ずるずると焚火に引っ張って行くと、真っ白な顔のクレールの前に放り投げた。
「クレール様。こいつ、家臣気取りでマサちゃん殺そうとしたぜ。話だけは聞いてやろうよ。遺言になるかもしれないだろ」
「は、はあい・・・」
こくん、とクレールが喉を鳴らす。
イザベルさんを助けないと!




