第48話
こちら、アルマダとカオルの組。
馬はマサヒデ達に任せようと、この2人は狩りを主にしよう、馬は居たらで良い、という感じである。
最初にその異変に気付いたのは、アルマダの方であった。
アルマダが先の方を指差し、
「カオルさん。あれは何と言う星でしょう」
「星?」
この時間、星がはっきり見えるはずもない。
日が沈んできた頃ならともかく、まだ真っ昼間なのだ。
「はて?」
確かに星が見える。北の空に、輝く星がくっきりと。
「・・・」
何だろう? カオルが不審な目で空に光る星を見つめる。
は! として、アルマダの馬を止めさせた。
何事だろうとカオルを見ると、菅笠を上げ、目を細めたカオルの顔は険しい。
「どうしました」
「あれは・・・星ではないかと」
「何です?」
「魔術師か・・・いや・・・」
カオルが懐から遠眼鏡を出し、倍率一杯まで上げて、星に向ける。
光が見えるだけで、何だか分からない。
「ううん、見えません・・・もしや米衆の軍の技術では?」
「軍の?」
カオルが訝しげな顔で、遠眼鏡を覗きながら答える。
「空を飛ぶ技術は、既に各国で開発されていると聞きます。大きな風船のような物で、それで浮くのですが・・・あのように光るとは聞いておりません」
「ふむ。近付いてみますか?」
「いえ。それはやめた方が宜しいかと。軍の実験などをしております所に近付くのは、少々・・・見られたら、という事は十分に考えられます」
「なるほど。では、戻りましょうか」
そうしましょう、と答えながら、カオルは首を傾げる。
あのように光っては、目立ちまくりではないか。軍がそのような実験をするか?
そう思いながら、懐に遠眼鏡を入れた時。
「う!?」「何!?」
2人が声を上げた。
しゃ! しゃ! と、くの字を描くように、光が大きく動いたのだ。
「・・・」「・・・」
アルマダもカオルも、声が出なかった。
あんな動きをする物があるか!?
静止状態からの加速が全く分からないし、ぴたりと止まった。
静止・全速(なのかは不明だが)・静止なのだ。
「まっ・・・魔術師ですね・・・」
「や・・・ハワード様、いくら風の魔術で飛んでおっても、あの動きは」
言われたアルマダも分かっている。目で見えない程の距離で、はっきり分かるほど、しゃしゃ! と動いたのだ。つまり、物凄い距離を、高速で動いたのだ。
先程、カオルが言っていたような、風船ではとても出来るものではないし、いくら腕利きの魔術師が風の魔術で飛んでいたとしても、あんな動きは出来まい。あれは人の国で3本の指に入ると言われるマツでも無理だ。
「では、では、何です?」
「分かりませぬ・・・」
2人に冷や汗が吹き出る。
ぶふ! と馬が鳴き、は! とした。慌てて手綱を握り、馬の首に目をやった時、地面が見えた。
「何!?」
「えっ!?」
大量の小動物が、地面を走っていく。
ざー! と音がして、2人の馬が驚き、足を上げる。
「落ち着け!」
「白百合!」
何とか馬を宥めていた時!
ぱあー! と空の光がこちらに近付いてきた!
「く!」
「何っ!」
あまりの眩しさに、2人が目を瞑った。目を細めて開けた時、もう光は見えなかった。
は! と後ろを向くと、遠のいて行く光が一瞬見えたが、文字通りの一瞬で、あっと言う間もなく、光は見えなくなってしまった。
そして、しばらくの沈黙の後、2人が呟く。
「な・・・何だったんだ・・・」
「・・・あ、あれは、一体?」
馬は落ち着いており、もう地面を走る小動物はいない。
2人は唖然として、口を半開きにして、しばらく光が消えていった方を見つめていたが、もう光が見える事はなかった。
「魔術師では、なかったですね。風の魔術ではない」
「はい・・・風を切る音が一切」
「あれが、米衆の軍の?」
「いや、いや・・・とてもそうとは・・・技術の範疇を超えております」
は! とアルマダが気付いた。もしや!
「あれは魔剣や称号武器の力では!?」
「ああっ!」
「あんな光を出して空を飛ぶ力なんて、聞いたこともありませんが」
「いや、あり得ます。世に出ていない魔剣はあります」
実際、クレールが普段腰に差している魔剣もそうなのだから。
「何と怖ろしい力だ・・・物凄い速さでしたよ。空を飛ぶだけではない。光に目が眩んだ瞬間、気付いたらぐさり。カオルさん、あんな速さ、避けられますか」
「ううん・・・」
唸って、カオルが首を振る。一瞬で、見えなくなるほど遠くから、見えなくなるほど遠くに飛んでいったのだ。尋常ではない。が、流石にアルマダはすぐに落ち着いた。
「しかし、あんな物があったら便利ですね。配達や運送で稼ぎ放題だ。こんな旅もしなくて済む。数日で日輪国から魔の国に飛べる」
「はい・・・」
カオルはまだ放心状態だ。アルマダは落ち着かせるように、低く、ゆっくりと、
「カオルさん、落ち着いて。害意はないはずです」
「はっ!?」
「あれば、私達はここで死んでいたはず」
「はい、はい! 確かに!」
「帰ったら、イザベル様にも尋ねてみましょう。もしかしたら、軍の実験などに立ち会ってしまったのかもしれない。我々がここに居た事がバレていたら、まずいかもしれませんよ」
「あっ・・・確かに、それはまずいですね」
軍の最新兵器とはとても思えないが・・・あれは兵器の範疇を超えている。あんな物があれば、とっくに米衆連合が世界を支配しているだろうし、日輪国の情報省や軍が放って置くわけがない。
アルマダも、半分は自分の心を落ち着かせる為に言っているのだ。
すうー、ふうー、と息を整え、カオルも半ば強制的に自分を落ち着かせる。
「ふうー・・・っ・・・・はい」
「落ち着きましたか」
「はい」
「よし。もう馬も落ち着きました。狩りに・・・狩り、出来ますかね。今ので、動物達が散っていなければ良いのですが」
「いえ、ハワード様、ここを離れましょう。もし軍の実験などでありましたら」
「あ、そうです。そうでした。戻りましょうか」
アルマダが顔を拭う。
脂汗がねっとりと顔を滑るのが感じられた。
「いや・・・私も落ち着いたつもりで、全然落ち着いていませんね」
「ハワード様、あれを見ては無理もありません。私もまだ浮ついております」
ふう、と2人が同時に息をつき、馬首を返した。
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そして野営地に戻った後、アルマダとカオルはイザベルのみを呼び、事を話したのである。他の者に話さなかったのは、カオルが「もし軍事機密などであるなら、絶対に知らぬ方が良い」と強くアルマダに注意したからであった。
そして、皆から離れた所で、あった事の説明を聞き、イザベルは神妙な顔で頷いた。
イザベルが声を潜め、2人に顔を近付ける。
「それはおそらく、外来飛行物体です」
「初めて聞く言葉です。それは何でしょう」
イザベルがちらちら周りを見るので、アルマダもカオルも身を固くする。
「実は、魔の国でも度々発見の報告がございます。この世界の物ではない、別の世界から飛来した物と言われております」
「別の世界?」
アルマダとカオルが訝しげにイザベルの真剣な顔を見る。
「この先は軍事機密になりますが」
それでも聞きますか。知りたいですか。本来は軍の外に出ない情報です。知らない方が身の為ですよ。私もあまり口にはしたくないですよ・・・
イザベルはそう言いたいのだ。
2人の訝しげな顔が引き締まった。
イザベルは、以前は魔の国の非公式な特殊部隊に居たのだ。
アルマダが首を伸ばし、皆の方を見て、また顔を寄せる。
「聞かせて下さい。カオルさんは」
カオルも小さく頷く。
「お聞かせ願えますか」
イザベルも小さく頷き「実は私も見た事が・・・」と、話を始めた。
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似たような物が初めて見られたのは、もう1万年以上も前だという。
最初は見違いか、ホラ話の類だと思われていたが、数ヶ月もせぬうちにまた同じ物が見られた。多数の報告があった為、地方警備隊から、これはもしや魔力異常の前兆では、と、軍へ報告があったので、調査隊が組織され、目撃された地方の調査が行われた。
しかし、魔力異常の兆候は見られず、徒労に終わろうか、という時であった。
調査隊の斥候の1人が、行方知れずになってしまったのだ。
馬だけは見つかった。
持ち主の居ない軍馬がいたので、調査隊の馬が逃げてきたのではと、近くの村人が馬を引いて来たのだ。
どこに居たのか。斥候を探さねば、と、村人に案内され、調査隊が馬が発見された所へ向かった。
道の周りには何も無く、農閑期で草の生えている畑だけが、ただ広がっているだけの平地である。
―――これは闇雲に探しても仕方がない。
魔術師の1人が、空へ舞い上がって、高所から周りを見よう、と言い、高く舞い上がって、驚きの声を上げた。
畑の真ん中に1町(100m強)四方もあろうかという真円が描かれ、草が倒れていたのだ。
魔術師がそこに飛んで行くと、その中心に斥候は倒れていた。
慌てて舞い降りたが、斥候は寝ているだけで、怪我もなく、病でもなく、何の異常もなかった。だが、頬を叩いても、水をかけても、ついには手にナイフを刺したが、それでも目を覚まさない。
―――これは独自の魔術などか。それとも魔剣などの力であろうか。
と、ナイフの傷を治癒魔術で治しながら考えたが、これ程に大きな範囲の魔術を使えば、必ず魔力の残滓が感じられる。それが一切ないのだ。
―――これはおかしい、新種の魔獣か、はたまた変な魔術を使う魔術師か?
寝込んだ斥候を抱え、魔術師は慌てて仲間の所に戻ったのだが・・・
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「1刻もするとその斥候は何事もなく起き上がり『空の凄い光に包まれ、後は分からない』と答えるのみ。精密な身体検査を受けましたが、どこにも異常はなく」
「それで」
「ついに魔王様へも報告が上がったのです。魔王様は、神の1人が目を覚ましたのでは、とお考えになり、自ら調査へと赴いたのですが・・・魔王様が宙に見えた光を全速で追ったのですが、追いつく事も出来ず消えた、と」
「なんと! 魔王様が追いつけないとは!?」
カオルが声を上げた。
魔王一族の一部は空を飛べる。
翼や羽を使わずに飛べるのは、魔王の一族とレイシクランのみである。
残念ながら、マツは飛ぶ力は受け継がれなかったので、風の魔術で飛ぶ。
レイシクランは大量の体力を使うので、飛べるのはほんの少し。魔術で飛ぶ方が楽。
「どうも神や悪魔のようではなかった、としか、分からなかったと。私が見たのは、夜行演習の時。同じく、星かと思いましたが、どうもおかしいと皆を起こしたのですが・・・」
「やはり、消えた」
カオルが言うと、イザベルが頷く。
「はい。その時一緒にいた分隊員、全員が見ておりました。その後、慌てて本隊に戻り、報告したのです。数日して、目撃した私含む分隊全員に箝口令が。うち1人が調査をすべきではと強く言ったので、隊長がこの話を教えてくれたのです。そして、魔王様が言うに、あれは神や悪魔ではない。外の世界の物であろう・・・と」
ううむ、とアルマダ、カオルが唸る。
「この事、あまりお話なさいませぬよう。その場に居たと聞かれると、必ず軍か灰蘭(米衆連合国の諜報員)の者が来ます。米衆は彼の者達の技術に興味深々なのです」
「分かりました」
「はい」
2人が頷くと、イザベルはとっくに見えなくなった風の岩の方を指差し、
「風の岩の辺りは、古い遺跡が見つかっているとか・・・そういう古い遺跡にも、似たような物の壁画が描かれていたりする事があるのです。あの辺りの遺跡にあるかどうかは、分かりませぬが・・・とにかく、大昔から存在している事は確かです。そして、神や悪魔とも全く違う存在です。そして、口外無用が吉です。今回は眠らされずに良うございました」
アルマダとカオルが顔を見合わせて頷く。
結局何なのかは分からなかったが、危険な物であるとは分かった。
何故獲物がないのだ、などと聞かれても、何とか誤魔化さなければ。




