第49話
ここはトミヤスの村、トミヤス道場。
マサヒデの父、剣聖カゲミツ=トミヤスの道場である。
闘技場でマサヒデと対してから、もう2ヶ月。
偽造の身分証を用意した虎族の武術家、ショウジ=マスダが門前に立った。
流石にマスダも緊張し、ぱたぱたと道着(これがマスダの一張羅である)をはたいていると、中から門弟が出て来て、ぎょっとして身を固めた。
「・・・」「・・・」
マスダは獣人族では古い顔で、もろに人の形に獣の頭が乗った見た目。その上、でかい。大きさと顔の毛の紋様から、一目で虎族と分かる。そして道着を着ている。
見た瞬間、門弟は、虎族・武術家=道場破り、と思った。
マスダもマスダで旅塵をはたいていた所で、ぎょっとして気まずくなり、2人は固まってしまった。
数秒して、マスダは咳払いして、袖を払いながら、
「ん、んんっ! あの、剣聖の、カゲミツ殿は・・・」
「あ・・・はい。おられます」
「そうかあ!」
にやあ! と笑ったマスダの顔に、門弟は気圧されそうになってしまったが、ぐ! と腹に力を込めて耐えた。
「ど!」
どうぞ、と声を出そうとしたが、丹田が抜けてしまう、と感じ、もう一度呼吸をし直す。
「すふうーっ! んっ! どっ、どうぞ!」
マスダは怖ろしい笑みを浮かべながら、門を潜った。
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道場に案内されると、ずらりと壁に並ぶ門弟。
そして、上座に座る2人の男。
正面は言わずと知れたカゲミツ=トミヤスであろう。
はて、横の男は誰だ?
尾からして獣人と分かる。高弟であろうか。
「あんたがカゲミツ=トミヤスさんかあ!」
ははあ、とカゲミツも笑い、顎に手を当てた。
「こりゃあ珍しい! 虎族なんて初めて見たぜ! な、ジンゴロウ先生」
「うむ」
横の男が片頬を上げて頷く。
その時になって、マスダもぴんときた。
誰だか分からないが、こいつはかなりやる男だ。
隣に座る男はジンゴロウ=サカバヤシ。サカバヤシ流夢想派の宗家。
日輪国の居合世界の頂点に立つ男である。
長く闘技場に籠もっていたマスダは、この男を知らなかったのだ。が・・・
「手前はジンゴロウ=サカバヤシと申します。こちらに出稽古に来ております」
と、ジンゴロウが名乗った時。
(はて? サカバヤシ?)
どこかで・・・と、眉を寄せ、目を少し下に向け、少し考えて・・・
あっ! とマスダが顔を上げ、ジンゴロウを指差した。
「あんた! もしかして、トミヤスさん、マサヒデさんとやり合った、あのサカバヤシの!?」
マスダはマサヒデの大ファンなので、当然ながら対戦した相手も知っている。
「はっはっは! 親父でございます」
「なあんてこった! こりゃあ、こりゃあ!」
楽しそうに、かかか、と小さく喉で笑い、マスダが手をすり合わせる。
門弟達には、その顔が悪魔のように見えた。
静かな道場で笑っているのは、カゲミツ、ジンゴロウ、マスダだけ。
「くくく、こりゃあすげえ! 遅くなったが、俺の名、じゃねえ。ええ。んっ」
おほん! と咳払いして、真面目な顔に直し、膝に手を置いて、ぐぐ、とマスダが頭を下げる。
「えー、名乗りが遅くなり、大変、申し訳、ございません。私の名は。ですが、あー、ショウジ=マスダと、おー、申しまして、えー・・・そのですね。一手を。おー、お教えを、ですね、えー、お願い出来ますれば、と」
政治家の会見のような喋り方になってしまった。
「ははは!」
「ふふふ」
カゲミツは手を叩きながら笑い、ジンゴロウも目を逸らして含み笑い。
「なあに! そうしゃっちょこばる事はねえ! 気楽に行こうぜ、マスダさんよ!」
「そおかい! そりゃあ良い! いやあ、固いのはどうも駄目なんだ! かはは!」
笑いながら、マスダが照れた顔で正座から胡座に。
普段なら門弟達が、むっとする所だが、この男の雰囲気は違う。
身長は7尺もあろうでかさだし、その姿にはもろに『暴』の字が出ている。
「無手か。何流か聞いても良いかい?」
「柔鋼流さ」
カゲミツとジンゴロウの笑いが、ぴたりと止まった。
「ほほう・・・」
「柔鋼流か・・・」
驚いた2人を見て、ふふん、とマスダが笑った。
「珍しいんだろ? マサヒデさんも驚いてたぜ」
カゲミツが真面目な顔で頷く。
「ああ。珍しい。あんた、柔鋼流なのに、他所の道場来ても良いのか」
は! とマスダが手を振る。
「門外不出とからしいな。俺はそんな事は知らねえ。育ててくれたオヤジは、道場を破門になって魔の国に来てたのさ。だから、なんつーか・・・ううん、その、ちゃんとした柔鋼流って言うのか? とは違うかもな。オヤジが死んだのは、もう100年も前だ。柔鋼流も色々変わってる、かもしれねえし、な!」
そう言って、マスダがまた怖ろしい笑みを浮かべる。
が、カゲミツもジンゴロウも、益々興味が湧いたように、まじまじとマスダを見つめる。
「ほおう・・・」
「ふうむ・・・」
古い武術の、今よりも古い教えを身に着けている。
つまり、この男の柔鋼流こそが、本来の柔鋼流の姿に近いのでは・・・
カゲミツとジンゴロウが顔を寄せた。
(カゲやん)
(ジンちゃん、これはもうねえぞ)
(俺? カゲやん?)
(いや俺だろ。ジンちゃんだと、何も見ねえで抜き打ち一発じゃねえか)
(いやいや、そこはぎりぎり外すから・・・)
2人は旧友で、人前でなければ「カゲやん」「ジンちゃん」と呼び合う仲である。
「なんだなんだ? ビビったわけじゃねえだろ? 一手頼む! この通り!」
ばちーん! と、マスダが手を合わせる音が、道場に響く。
カゲミツとジンゴロウがひそひそ話をやめ、手を合わせて頭を下げるマスダを見る。
「じゃあさ、どっちにする? 剣聖か、居合の頂点か」
ふ、とジンゴロウが落ち着いた笑みで、
「カゲミツ殿、頂点などと、お世辞を言わっしゃるな。武の頂など、何処まで行こうと見えはせぬ。少しは人より上には来たと思いますが、頂点など全く見えぬ所」
ジンゴロウの言葉が切れた所で、間髪入れず、マスダが手を合わせたまま答えた。
「両方」
やった! とカゲミツとジンゴロウの顔に笑顔が浮かんだ。
「じゃあさ、どうする? カゲやん、無手で頼める? 俺、剣で行くし」
「仕方ねえなあ! ジンちゃん、得物ねえと、からきしだもんな!」
「からきしはねえだろ! からきしは!」
嬉しさのあまり、2人の達人があだ名で呼び合い、カゲミツは肩を回しながら立ち上がった。
「ジンちゃん、見ててくれよ。頼むぞ。出来るだけ長引かせる努力はする」
言いながら、カゲミツが足を出すと、ずい、とマスダも立った。
「あんた、剣聖だろ? 剣なくて良いのかい?」
「はっはあ! 俺には『武聖』って呼び名もあるんだぜ!」
「じゃ」
ぶん! と怖ろしい音が出て、マスダの突き。
ふわ、と壁に並ぶ門弟の前髪が揺れた。
「遠慮」
なく、という後の言葉は続かなかった。
開始の合図なく突きが出されたが、カゲミツはマスダの腕の横に居て、ぐるりと外までねじられた腕を、外側からまじまじと見ている。
「ほほう! ここまでねじり込むのか! こりゃあ見ねえな」
「げ!?」
驚きながらも、拳を開いて後ろに払うように振る。
「すー・・・っつ・・・」
振った手には何の手応えもなし。掠りもしていない。
カゲミツの向きが変わっていて、払われたマスダの腕を見ている。
が、場所は動いていない。
避けたのか!?
「はあー! なるほど! ただ威力を増すねじりじゃあねえのか! はんはん。ああ、内側に来たらこうか」
す、と首の後ろを撫でられた感触。
カゲミツの手がマスダの肩にかかっている。
今、出したのか!?
「こうやってねじりながら引くわけだ。なるほどなるほど。これなら結構引けるよな。いやいや、引くより頭の後ろ叩くか・・・首でもいいしな・・・」
「ぐ・・・く・・・」
カゲミツがマスダの顔を見上げ、にやりと笑った。
「こっからどうすんだ? さあ、見せてくれ」
ぱ! と肩に手を当てたが、もうカゲミツの手はない。
ばちん! と自分の肩を叩いた音だけ。
カゲミツの手は、自分の顎に当てられている。
「今の、掴むわけじゃねえよな? 平手で行ったもんな。あそこっから抑えるのか? そっからどうすんだ?」
どうするのかなあ、ともう一度言って、カゲミツが首を傾げている。
正直に言って、心に怖れがはっきりと浮いている。
だが、マスダはまだ笑えた。
「へ、へへへ・・・あんたあ強いなあ! トミヤスさん以上だ!」
「いや、俺もトミヤスだけどな」
膝蹴り! 当たるわけがない! そこから前蹴りで踵を横だ!
・・・と、膝から先を少し上げた時、ふっと危険を感じた。
びた、と足を止めると、カゲミツの手がアキレス腱の真下に置いてある。
「おおー。良く止めた。上げてたら後ろにどっすん! だったぜ。まあ、これは見るな。大して珍しかねえ変化だ。もっと見せてくれ」
後ろ足を回しつつ、前に足を落とし込む!
落とし込みながらの肘!
と・・・来たが。
ばきいん! と凄い音が鳴り、マスダが前によろけた。
「うお、とおっ!?」
「ああっ! やりやがったな!?」
マスダの強い踏み込みは、床を抜いてしまった。
「あっ、ちっ・・・きしょ!」
腕を回しながら、ごてんと転げる。
ああ、とカゲミツが渋い顔で首を振った。
「マスダさんとやら、弁償はしてもらうからな」
「く、くそ・・・」
転がったまま、マスダが拳を握る。
まさか、ここまでの差があったとは・・・
マサヒデの遥か上だ。自分の腕では掠りもしない。
ち! とカゲミツが舌打ちして、転がったマスダを見下ろす。
「月イチで柔鋼流の出稽古に来てもらうぜ。良いな」
言ったカゲミツの声に、マスダは震えた。
もう笑いは出なかった。




