第47話
そして2日後。
山からすーっと伸びて広がってくる平原に、マサヒデとイザベルが馬を並べていた。
アルマダ、カオルは街道を挟んで反対方向。
「マサヒデさんは凄い馬の捕まえ方をします」
と、アルマダがまだマサヒデの馬の捕らえ方を見ていないイザベルを、マサヒデと組ませたのであった。
今、そのイザベルは、目を細めて、マサヒデには黒い点にしか見えない群れを、シトリナの上に器用に立って見つめている。
「良い馬がおります。とても良い馬が・・・マサヒデ様、あれを捕らえられれば、黒影を馬車から解放出来ます」
「ほう?」
「シャイヤーです」
以前、イザベルにとてつもなく力持ちの馬がいると聞いた。確か、それがシャイヤーなる品種の馬だ。
大きく、物凄い量の荷を運べる馬だという話だ。元々は魔の国の馬だが、この米衆連合にも大量に輸入され、多く使われていると言う。
「確か、足の毛がふさふさの馬ですよね」
「はい。よく見えませんが、もう少し近付けば」
「何でここに居るんです?」
居るなら、そんな事はどうでも良いのだが。
よ、とイザベルが腰を落とし、足を鐙にすっと入れる。
「この米衆は馬社会です。運送が非常に大きいゆえ、大量に引けるシャイヤーの輸入と導入は、積極的に行われております。逃げた馬がおってもおかしくはございませぬ」
「なるほど」
し、と口を鳴らし、くいっと足を動かすと、シトリナが歩き出す。
マサヒデも隣に黒嵐を並べ、かっぽり、かっぽり、とゆっくり歩いて行く。
「体力もありますから、今くらいの荷なら、坂も気にせず進めましょう。ただ、マサヒデ様方には、替え馬にはならぬかと」
「何故です?」
「大人しすぎるのです。動きも鈍い。速さが乗れば中々ですが、ぱっと駆け出すにはとても。ただの移動手段として乗るには良いですが・・・敵が目の前におっても、ほけーっとしておる事もままありまして」
ほけー、とイザベルが口を開けたので、くす、とマサヒデが笑うと、イザベルが少し顔を赤らめて、咳払いをし、少し早口で、
「魔の国で馬車を引くのは、この馬が多く! 軍も輜重隊はこの品種を使っておりますし!」
「へえ」
まだにやにやしながら、マサヒデが返事を返す。
「とにかく、あれを捕らえられれば、足はかなり早まりますし、荷も増やせます」
「でしょうね」
生真面目なイザベルの、あのほけっとした顔は可笑しすぎた。
あれこれと説明を続けるイザベルの言葉は、もう耳を通り過ぎていく。
いつしか、点にしか見えなかった馬の群れが、マサヒデにも見えてきた。
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群れと言っても3頭で、黒影程でかくはないが、明らかに他の2頭より大きな馬が1頭。背が高く、少しがっしりした、という感じで、足も首も長いし、イザベルが言っていたような鈍重な感じはしない。あれがシャイヤー?
鹿毛(茶色)で、足先の方は白く、ふさふさした長い毛が生えている。
他の2頭は頭を上げてマサヒデ達を見ているが、大きな馬は、もっちゃもっちゃと口を動かし、草を摘んでは、何だ、とマサヒデ達を見てはまた草を喰む・・・
黒嵐や黒影達のように、度胸があるというより、鈍い性格なのが見て取れる。
「群れの頭はあれですね」
イザベルが一目で見抜き、2頭のクォーターの1頭を指差す。
「・・・」
あんなにでかいのに、頭でもないのか・・・
のんびりしすぎていて、野で群れを率いるという馬ではないのだろう。
「ま、じゃあ・・・捕まえてきますよ」
よいしょ、するっ、とマサヒデが馬を下りる。
鞍から縄を取って、輪を作り、右手にぶら下げた。
「あ、マサヒデ様」
「ん? 何か」
「あの種は力が強いので、お気を付けて下さいませ」
ふふ、とマサヒデが可笑しそうに手を振って、ぽん、と黒嵐に手を乗せる。
「馬は、私達人族と比べたら、どれも遥かに力持ちですよ。なあ?」
そうだそうだ、と言わんばかりの黒嵐の目。
マサヒデの反対側の目は、イザベルを小馬鹿にしたような視線。
こいつ! とイザベルの眼光が鋭くなったが、黒嵐はマサヒデの方に鼻先を向け、イザベルの視線を避けてしまった。
直ぐ側に主が居るとは言え、この私の目を避けるとは!?
言えば聞くだろうが、マサヒデ様の手前、それは出来ない。
「じゃ、行ってきますよ。別に、私の捕らえ方なんて、珍しいものでもないですけど」
そう言って、マサヒデはすたすたと歩いて行ってしまった。
「何っ・・・」
マサヒデが歩いていくのに、警戒している2頭が身じろぎもしない。
かと言って、怯えて動けない、といった様子でもない。
2頭はマサヒデに顔を向けたが、動かない。
(なんだあれは!?)
マサヒデは臆する事無く、そのまま歩いて行く。
そして、シャイヤーの目の前に立った。
(ええっ!)
声を上げそうになり、ぱっと口を抑える。
なんとマサヒデはシャイヤーの前で座り、足をまじまじと眺めている。
あんな事をしたら、慣れた馬でも危険なのに、まして野の馬の目の前で!?
「うっ」
ついに、イザベルも驚いて、喉から小さく声が出てしまった。
マサヒデはシャイヤーの足に手を伸ばし、すりすり撫でて、毛を引っ張っている。
ほうほう、と言うようにマサヒデが頷いて立ち上がり、顔を上げているシャイヤーの首に、ほいっと縄を掛け、そのまますたすた歩いて来てしまった。シャイヤーもマサヒデと一緒に、とことこ歩いて来る。
はてな、とマサヒデがイザベルの顔を覗く。
「アルマダさんも驚いてましたけど、何でそんなに驚くんです」
イザベルが馬を下り、深く頭を下げた。
「感服致しました」
「ええ?」
よく分からないが、喜んでくれたのだろうか?
マサヒデは一瞬だけ眉を寄せたが、笑ってしまった。
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捕らえてきたシャイヤーに角砂糖をあげ、軽くブラシで梳いてやると、実に満足そうな顔。目には喜びの色が見える。
「イザベルさんが鈍い、重いって言うから、もっと丸っこいのを想像してましたけど、足も長いし、全然丸くはないですね」
「はい。見た目だけはですが。小回りが効かないと言うか。動きが重く、何とも。重装突撃馬には使われます。重さに任せ、突っ込むという」
「ははあ。でも、やっぱりでかいですねえ。黒影ほどはないかな。首伸ばしたら、7尺は行くかな。日輪国じゃあ見た事ないです。と言っても、馬は全然詳しくないですが・・・」
言いながら、マサヒデがブラシの手をシャイヤーの頭の上までぐぐっと伸ばす。
無邪気なマサヒデを見て、自然とイザベルの顔にも笑みが浮かぶ。
「黒嵐達が異常なのです。この大きさで、この動きの良さはありません」
「異常って・・・」
異常は少し言葉が悪かったか、とイザベルが言い直した。
「皆、優秀に過ぎます。それよりも、その馬、後ろ足に蹄鉄が着いております」
おや、とマサヒデが身体を傾け、後ろ足を覗くと、確かに左足に蹄鉄が着いている。
他のは取れてしまったのだ。
「あ、本当だ。こいつ、何処かから逃げてきたのか」
「逃げてきた・・・のではなく、この辺りで野盗にでも襲われたのかもしれません」
イザベルがシャイヤーを見ながら、ぐるっと1周回る。
「焼き印はございませんが、町に着いたら、確認はしておいた方が良いでしょう。馬泥棒かも」
「馬泥棒が放って行きますかね?」
マサヒデがブラシを掛けながら答え、あ、そうか、とイザベルも頷いた。
「確かに仰る通りです」
「ま、逃げたか。野盗にでも襲われたのか。どちらでも良いですが・・・盗難届みたいのが出てたら、持ち主の所に戻りますね」
「・・・」
ならばもう1頭捕らえるか。
「さればマサヒデ様」
「ええ。どっちか捕まえて来て下さい。いらない方は売れば良い」
「は!」
イザベルが馬を下りて歩いて行く。
(逃げる)
と、マサヒデが感じた瞬間。
「まあ待て。何もせぬ」
イザベルの声。
「そう驚くな。落ち着け」
またイザベルの声。
逃げる、と感じた2頭の馬の警戒の色が、ほとんど無くなってしまった。
(何だあれは!?)
イザベルが、万人に1人と言われる、馬を統べる才を持つとは知っていたが、これほど如実に分かりやすいものはない。
マサヒデが驚いていると、イザベルは軽く手を上げ、右手の馬を指で「来い」と招き、そのままくるっとこちらに振り向いた。
戻って来るイザベルの後ろを、馬が歩いて来る。
「あっ」
今頃になって気付いたが、イザベルは縄を持っていないではないか。
待て。落ち着け。声を掛けて、指で招くだけ・・・
「捕らえて参りました」
「感服しました」
マサヒデが素直に頭を下げると、
「ええっ!?」
と声を上げ、イザベルが驚いてしまった。
新参の馬2頭は興味深げに2人を見ていたが、黒嵐とシトリナは楽しそうだ。




