第46話
マスダがすっ飛んで帰った後、皆は溜め息をついて、朝の支度にかかった。
カオルとイザベルが食料を厳しく管理しており、日にどのくらいまでと調節して出してくれる。一度シズクの摘み食いがバレて、お説教された事もあり、クレールも我慢しているし、たまに隼を使って狩りも行い、肉を増やす事もある。大食漢の魔族が3人もいるので、やはり食料管理が大変だ。
マサヒデ達で枯れ草や枯れ枝を拾い、焚火を作り、火を作っておしまい。後は焼くだけなので、準備が終わるまでは馬の餌やり。
新しくルチルという馬を拾ったので、小さな馬車を引かせ、そちらに飼葉を積むようにしたので、随分と荷物も楽になった。
マサヒデは馬達の前に飼葉を置いていきながら、先程シズクが言っていた事をアルマダに尋ねてみた。
「私って、こないだマスダさんと立ち会った時、おかしかったですか?」
は? とアルマダが少し驚いた顔を上げた。
「自覚なかったんですか?」
「自覚も何も、初心に戻ったというか」
「初心?」
アルマダが手を止めて、飼葉の塊をファルコンの前に置き、立ち上がる。
マサヒデは飼葉を掴んでは黒嵐の前に落としていく。
「こないだ、ロウさんに注意されてたでしょう。私、目に頼り過ぎてるって」
「ええ」
「前までは、目に頼らずに出来てたんですよ。カオルさんが来たばかりの頃、まだ見えなかったですからね。肌で感じるっていうか・・・何と言うか。そんな感じのが」
「ふむ」
マサヒデがばさっと飼葉の塊を置き、ぱたぱたと手をはたき、アルマダに向き直る。
「アルマダさん、分かりますよね。私が言ってる、何と言うか、そういう感じ」
「勿論」
「いつの間にか、見えるようになってしまって、慣れてたんですね。自分では気付いてなかったですけど、それで目に頼るようになってしまった。じゃあ、あの頃みたいに、肌で感じるようにしてみよう。そう気を付けていたら、マスダさんは見えました。危ない所もありましたが」
「ほおう・・・傍から見ていた私には、恐怖しか感じませんでしたよ」
「ええ?」
アルマダは腕を組んで、マスダと対した時のマサヒデを思い出す。あの動きは、まるでロウの動きそっくりだった。それに無願想流まで混ぜていたから、速い中に緩急もあって、とても目に捉えられるものではなかった。
「なるほど・・・なるほど。目。目か・・・」
「どうかしました?」
「いいえ。私も気を付けましょう。そう言えば、いつの間にか、カオルさんの速さにはついていけるようになっていた・・・もう、大抵の方の動きは見える。私も目に頼ってしまっているのか」
「そこ。そうですって」
ちら、とマサヒデが黒嵐の陰から、焚火で忙しく干し肉やら何やらを並べているカオルも見て、声を潜める。
「実は私、以前、カオルさんに同じ注意してたんです。目に頼るなって。カオルさん、異常に目が良いから」
「ふ」
くす、とアルマダが笑う。
し、とマサヒデが小さく口を鳴らす。
「カオルさんには言わないで下さいよ」
「言いませんよ。しかし、マサヒデさんが目に頼るようになってしまったのは、ただカオルさんに慣れただけではないです。私が見るに、無願想流が大きいです」
「というと?」
「あなたが速く動けるようになった、と言う事です。カオルさんも速いから、それで余裕があって、目に頼るようになる。同じでしょう?」
ああ、とマサヒデが感心して頷く。
「気を付けないと。ここ、心法って所ですよね。所謂、驕っているという。そういう動きですよ。技が先走って中途半端になってたんだ」
「マサヒデさん。そうですよ、多分ですが。私はそう見ます」
ううむ、とマサヒデが唸って、顔を両手で覆い、ずーっと滑らせていく。
「それ、無願想流の振りに気付いた時、一番気をつけないといけないって考えてた所ですよ。技だけで心法がないと、まあ、使える人に会ったら、死にますよね」
「ええ。気付いていなかったら、マサヒデさんの顔、マスダさんに紙風船のように潰されていたでしょう。あのロウという方には感謝してもしきれませんね」
「ですね・・・じゃ、行きますか」
「はい」
頷いて、2人は焚火へと歩いて行く。
煙に干し肉の焼ける良い匂いがしてきて、じわ、と口に唾が湧いた。
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いつも通り、ぽくぽくと馬を進め、後ろからはがらがらと馬車の音。
このまま順調に・・・と思っていた矢先である。
「おうい! マサヒデ!」
トモヤの声がして、マサヒデが振り向く。
「どうした!」
「止まってくれい!」
まだ休憩の時間には早い。何事か、とマサヒデ達が馬を止め、馬車の御者台に集まってくる。マサヒデが菅笠を上げて、
「どうしたんだ」
「黒影がやけに疲れおるわ。なんぞおかしいと思うたが、今、止まった時に分かったわい」
トモヤが御者台に立って、後ろを向く。
「よう見ぬと分からぬが、ずっと緩い坂になっておるのじゃ」
「ああ」
ほんの少しの坂でも、馬車を引く馬にはぐっと重さが掛かってしまう。それで疲れてしまったのだ。イザベルの馬が離れて行き、ルチルの様子を見て、マサヒデに首を振る。
マサヒデは、カオル、アルマダと見て、
「私達の馬は馬車を引いてませんから、気付きませんでしたが。黒影達がバテると大変だ。早めに休憩を挟んで行きましょうか」
アルマダも頷き、カオルも頷いて、2人が街道を少し外れた脇で馬を止める。
マサヒデは馬車の後ろに回ると、寝転がっていたシズクが身を起こした。
「聞こえたよ。押してくかい?」
「いけますか」
ふふん、とシズクが笑って、ぐいと力こぶを作る。
「寝てばっかだったからね! 少しゃあ歩くさ! 足は少し遅くしてよね」
「じゃあ、まずは馬を休めさせますから、押して脇に避けて下さい」
「はーい」
どすん! とシズクが飛び降りて、ぽん、と馬車の裏に手を当てる。
「トモヤー! 押すから! 動かしてー!」
「ほいきた!」
ばしん! と鞭が入ると、ぐおっと馬車が押され、ふが! と黒影が息を吹き、慌ててトモヤが声を上げた。
「これシズク殿! 押し過ぎじゃ!」
「うわごめん!」
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休憩しながら、カオルが右手の遠くに見える山脈を指差す。
ずーっと長く続いていて、遠くの方は上が白くなっているのが見える。
「あれが拳闘士山脈。米衆を縦に並んでおり、西部と中央部を分ける目印の山脈。見てお分かりの通り、雪が積もっております。ここからでは遠すぎて分からないと思いますが、高い所は標高は1里(4km)を超えます」
「おお!」
マサヒデ、トモヤが驚いて声を上げる。
日輪国で最も高い山でも、標高1里はない。
カオルは皆の驚きの声を聞きながら、左手にも見える山脈を指差す。
「あちらも同じく拳闘士山脈。我々は、今、この拳闘士山脈の間の、物凄く大きな崖を通っている、という感じですね。気付かぬうちに少しづつ登っていたのです。あまりに広く、緩い坂なので、よく分かりませんでした。低いですが、ここも山脈です」
ああ、とトモヤが手庇して、ゆっくりと左右の山脈に目を細める。
「なるほどのう・・・どでかい崖か。そう言えば、草が見えて来ておるの。向こうの方は砂漠ではないのう。木も見える」
「はい。ここから街道をまっすぐ。しばらくは草原地帯になり、途中、排斥派の領地があるのでそこを避けて南下。また砂漠地帯に入り、街道に戻る頃には岩だらけの荒れ地」
「もう砂はたくさんじゃて。さらに次は岩だらけの荒れ地とくるか」
嫌な顔をするトモヤに、アルマダが苦笑して、手に肩を置く。
「トモヤさん、仕方ないですよ。米衆の南は砂地と荒れ地だらけです。それでも町があるので助かりますよ。本格的な砂漠など、こんなものではないはずです。で、カオルさん。次の町へは?」
カオルが街道の先の、山裾の少し上がっている所を指差す。
「あのなだらかに上がっている所の向こうになります。3日の予定でしたが、4日を見た方が良いでしょう。黒影は疲れさせたくありませんし、ここから先は、坂が少しずつ」
「なるほど。食料は」
カオルとイザベルが顔を見合わせる。
足りないのか、と聞くと、カオルが首を縦に振った。
「また、狩りをするか・・・輸送隊なりキャラバンなり。売ってもらえるなら、少し買いましょう」
「中々、予定通りには行きませんね」
皆の声を聞きながら、イザベルは周りを見回ている。
「マサヒデ様、ハワード様、もう少し緑が増えてきましたら、狩りに参りたく」
「馬?」
「は」
ううむ、とマサヒデが小さく唸り声を上げ、連れている馬を見る。
イザベルは馬を捕らえるのを楽しみにしていたのだが・・・
マサヒデの黒嵐。
アルマダのファルコン。
カオルの白百合。
イザベルのシトリナ。
騎士達4人の馬。
馬車を引く黒影。
荷馬のヤマボウシ。
飼い葉の馬車を引くルチル。
既に11頭もいる。
最初はイザベルの馬を捕らえたいなあ、という話を聞き、それも楽しみですねえ、などと答えていたが、旅を続けていれば気付く。増え過ぎは大変だ。
「良い、ですが・・・近くの町に馬屋か冒険者ギルド、ありますかね。良い馬を見つけたからと、何日もぞろぞろ連れて行くのは大変です。ルチルが1頭増えたので、もう十分ですよ。売るには売れるでしょうが」
イザベルも馬達を見て、少し俯き、思い切ったように顔を上げた。
「進言をお許し下さい」
「何ですか。畏まって」
「1頭だけ・・・大した馬がおらずとも、1頭。ヤマボウシと」
ヤマボウシと。で、イザベルの言葉が途切れた。あれを売り、もっと若い、まともな馬に代えよう、と言いたいのだ。
が、ヤマボウシはマサヒデが初めて捕まえた馬。マサヒデは当然、一緒に捕らえに行ったトモヤにも、あの年老い、骨ばった貧相な馬に、思い入れがある。イザベルもそれは知っているのだ。
一瞬、マサヒデの目に拒否の色が見え、イザベルの目も気不味そうに少し泳いだ。が、マサヒデは感情抜きに、きちんと考えた。特に良いという馬でなくても、あのヤマボウシより下は居まい。怪我か病気で歩けない馬くらいだ。
若い馬に換えれば荷も増やせる。随行の馬の足が早まり、進む早さも早くなる。
イザベルの言う事はもっともで、反対する理由はない。
俺は冷たいな、と思いつつ、マサヒデは頷いた。
「私は構いません。ですが、トモヤにも聞いて下さい。トモヤはヤマボウシとずっと居て、私よりもずっと情が移っているはずです。トモヤも良いと言うなら、あれより良い馬を捕らえたら・・・ええ。構いません」
イザベルが黙って頭を下げ、真面目な顔を上げた。
「それと、もうひとつ。そろそろ蹄鉄も替えた方が良いかと。随分と走っておりますので、すり減っておりましょう」
「ああ、そりゃあそうですよね」
確かにそうだ。オリネオで蹄鉄を着けてもらってから、ずっと替えていない。いくら金属で出来ているとはいえ、あの体重をずっと乗せて、野を歩いているのだ。すり減らない訳が無い。歩いている途中で外れてしまったりしたら、馬が転ぶ。
「鍛冶屋はどの町にもあるでしょうし、この米衆の広さは、馬がなきゃ、やっていけない」
「は」
「蹄鉄なんてどこでも着けれますよね。次の町で、皆の馬の蹄鉄を替えましょう」




