第36話
街道から外れて、砂漠の中を1刻。
クレールが式神で作った隼は何度か戻ってきて、兎や鼠を持って来てくれたが、中々大物は見つからない。見渡す限り、何も居ない。
「さあてと!」
自分に気合を入れるために、声を出してみる・・・が。
「マサヒデさん・・・」
アルマダが溜め息をつく。
「すみません」
がくっと肩を落とし、鞍から水筒の革袋を取って、口を濡らす。
簡単に考えすぎたか。しばらく蛙だらけの飯になるかもしれない。
食べる分には構わないが、壺一杯の蛙を想像して、鳥肌が立ってしまった。
カオルが頑張ってしまって、大量の蛙を捕まえなければ良いのだが・・・
「きゅぇー・・・きゅえー・・・けぇー・・・けぇー・・・」
隼だ。また何か持って来てくれたか。
空を見上げると、すぅー! と隼が滑るように下りてきて、マサヒデの前で羽をばさばさ羽ばたかせて、宙に止まる。足に兎を掴んでいる。
「お前だけが頼りだ!」
隼の黒い目を見て、マサヒデが頷く。兎の下に手を伸ばすと、隼がどさっと落としてくれる。
「何て頼りがいのある奴だ! 頑張ってくれ!」
ばさ、ばさ、と大きく羽ばたいて、少し上に上がった後、くっと上を向いてばさばさと飛んでいく。あいつがいて助かった。
アルマダが空を見上げ、飛んでいく隼を見送りながら、ぽつんと呟く。
「ここで寝ちゃいませんか?」
マサヒデが無言でアルマダを見る。
「・・・」
「あの隼に任せて・・・兎、取ってきてくれますから・・・バレやしません・・・」
「アルマダさんがそんな事を言うなんて、相当きてますね」
はあー・・・と、アルマダが長く息をつき、がくっと項垂れる。
「つらいです。なぜでしょうね。山とかで狩りするなら、1日2日はすっからかんでも、全然耐えられるんですが・・・周り、何もないからですかね・・・」
「まあ・・・寝るかどうかは別にして・・・少し休みましょうか」
マサヒデが少し前に見える岩を指差す。
影が出来ているから、寝転がって休めるだろう。
「あの岩の影とか。虫とか気を付けましょう」
「ええ・・・」
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こちら、イザベルとシズク。
「・・・」
「・・・」
頭だけ横を向けた土下座のような格好で、イザベルが地面に耳をつけている。
「聞こ」
「黙れ」
「・・・」
イザベルは微動だにせず、地面に耳をつけている。
シズクは落ち着かない。
もじもじ・・・
「あの」
「黙れ」
いつもならここでむっすりとしてしまう所だが、イザベルが凄い集中で地面に伏せているので、シズクは息を飲むばかり。緊張したままじっと待っているだけ。
「よし・・・」
イザベルが身を起こし、正座に戻る。
「い、いるの? 聞こえたの?」
「いる。遠いが、確かにいる。音では方向が掴めんが・・・」
「が?」
イザベルが風下を指差す。
「臭いで分からんという事は、風下に居るのだ」
「なるほど!」
そして、風上を指差す。
「向こうには大物は居ない。音が聞こえない程度の小物は居るだろうがな。だが、折角シズク殿がおるのだ。大物を狙うしかなかろう?」
イザベルが立ち上がって、腰に手を当て、風下を向いて髪をぱさぱさとはたき、砂を落とす。さわり、さわっ、と風で髪が舞う。この方向だ。
「向こうだ。重い音が微かに響いてくる。音が重なっているから、複数の群れだ。バイソンか馬だな」
大物がたくさん! シズクの顔がぱあっと明るくなる。
「すげえー! 頑張って持ってくぞ!」
「はっはっは! 必ずや仕留めて見せようぞ!」
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マサヒデとアルマダは岩の影で寝転んでいた。
アルマダは腹に剣を乗せたまま、口を開けて寝ている。
普段のアルマダは、皆の前で、決してこんな姿は見せない。
隼が来るとマサヒデの腹に兎や鼠を落とすので、マサヒデは眠れない。
「あー・・・」
すうー! と隼が下りてくる。
ばさ、ばさ、とマサヒデの腹の上で止まって、どさ、と兎を落とす。
「凄いなあ」
「凄いですね」
は! とマサヒデが立ち上がりながら鯉口を切る。
ぼとっと、腹の上に乗っていた兎の死体が、地面に落ちた。
(いつの間に居た!?)
岩の上に長髪の男が立っている。
この服は拳法着・・・大中心国の者か?
30には届いていないと見えるが、雰囲気はかなり年上にも見える。
全く気配を感じなかった。
アルマダはまだいびきをかいている。
何者だ!?
「お若いのに鷹匠の素質がありますね。剣も中々と見えます」
「あなたは・・・あなた、誰です」
「ただの仙術家です」
仙術? 仙人の仙術か?
マサヒデが怪訝な表情を見せると、男がふわっと笑い、ふわっと岩を飛び降りる。
すたすたと・・・歩いてこない。無音で歩いて来る!
歩く音がしない!? ぎょっとして後ろに飛び退く。
「そんなに驚く事は・・・別に敵意はないのです」
ズタ袋を肩からぶら下げた男は、少し困ったような顔で、足を止める。
忍の技術とは全く違う。気配がおかしい。
目の前に姿が見えるのに、気配がはっきりしない。
強いのか弱いのかも分からないし、居ないようで居る、おかしな気配。
この男は異質だ!
「何の用です」
「馬が見え、あなた方が見えたので、倒れているのかと見に来ただけです」
「そうですか」
マサヒデが跳び下がり、男が歩いて来たので、アルマダと前後で挟む形になっている。後ろのアルマダは、いびきをかいたふりで、もう目を覚ましている。剣の柄の上で、手を微かに動かして合図している。
「あなた、お身体は大丈夫ですか? 後ろのご友人は立てますか?」
内心でぎょっとしたが、何とか身体には出ていない。
この男、アルマダが起きているのに気付いている!
「大丈夫ですよ」
「私は医術の心得もありますから、ご遠慮なく。金はいりません」
マサヒデはじりじり下がりながら、鞘を前に出し、柄を手の上に乗せる。
いつでも抜ける・・・が、当たる気がしない。
この男はおかしい。実体が見えない。
「私達の野営地はすぐ近くにありますし、そこに治癒師もいます。ただ狩りに来ているだけです」
「そうですか」
男が荷物を下ろし、警戒丸出しのマサヒデをじっと見つめる。
「一手、如何です。私は修行の身。武術の修行もその一環」
「・・・」
「殺しはしません。怪我もさせません。約束しましょう。まあ、こんな所をうろついている者の言葉は、信じられないと思いますが」
男の目に、少し鋭いものが見える。
「あなたは、人族の方ですよね」
「そうです」
「勇者祭の参加者ではない」
男がちょっと驚いた顔をして、マサヒデを見、アルマダを見る。
「おや。あなた方は勇者祭の方でしたか」
「はい」
「私はロウと申します。名をお聞きしても?」
「マサヒデ=トミヤス」
ロウが目を大きく開く。
「確か、日輪国の武聖の名は、トミヤス・・・」
「父です」
ロウがにやりと笑った。
今まで涼し気な表情だったが、今度ははっきりと表情が出た。
「お手合わせを願いたくなりました。ここまで残っているとなると、相当の腕のはず。是非、一手」
「私の負けで結構です」
「そこを曲げて」
ふら、とロウがほんの少し前に出た。間合いに入った瞬間、反射的にマサヒデの抜き打ち。
「う!」
柄頭が抑えられ、手が止まった。
目の前にロウが居て、マサヒデの額に手を当てている。
一瞬で間合いを詰めたのが、全く見えない!
「中々です」
ぱん! と身体の中を回すように抜く。密着していても抜けるサカバヤシ流の抜きと、三傅流の抜きを合わせたもの。柄を握られていなければ抜ける! この近間なら決まる!
「えっ、え? 何!?」
すっと手応えなく、刀が振られてしまった。
抜いた時には、もうロウが消えてしまっている。
驚いてきょろきょろ左右を見渡すが、何処にも居ない・・・
「こんな近くでその長さを抜けるのですか。日輪国の武術も面白い」
後ろ、耳元で声。
ぎくっとマサヒデの身が固まった。
背中にぴたりとくっついて立っている。
「まっ・・・参りました・・・無理です」
「そう言わずに。あなたの全力を見せて下さい。人を相手に真剣を振れる機会など、そうないでしょう」
人相手? 人に感じられない。
まるで見えない動きだが、カゲミツのものとは異なる。
「う、う」
ぞくぞくと身体全体が鳥肌を立て、粟立つ。
これは人ではない!
「うう!」
振り向きながら、無願想流の振り。
やはり当たらないが、そのまま刀に乗って横に跳んで行く。
「ほう・・・見た事のない使い方」
くるりと振り向き、ロウを見る。
ロウが興味津々といった顔で、離れたマサヒデを見ている。
驚いた事に、最初からずっと手を横に垂らした直立の姿勢のまま。
動いたと見えたのは、マサヒデの目の前で、額に手を当てた時だけ。
「ん!」
振りながら跳ぶ。
斬った!
はずだが、やはり手応えなし。
ロウは動いていない。
「あなた、肌で気を感じる事が出来るのに、いざ剣を抜くと、目に頼る所が大きいですね」
言いながら、すたすたとロウが歩いて来る。
ロウが間合いに入った瞬間、すすす! とマサヒデの刀が振られ、ば! ば! ば! と袖の翻る音が後についてくる。
見えないような動きをする事もあれば、ゆるりと動き、カオルのように分身も残る。
あの魔族の達人、クノの動きに近い所を感じる。
「・・・」
ついにマサヒデは手を止めた。
何度も振ったがかすりもしない。
ぎゅっと目を瞑り、刀を下ろし、ロウに頭を下げる。
「とても・・・もう」
「少し本気で避けました。中々です」
ロウが小さく笑い、頷くように、小さく頭を下げた。
マサヒデも刀を納めて、もう一度頭を下げる。
「まだ、技というものの本質が掴めていないようですね」
「は・・・」
「素質はあります。知らず、自分で自分を抑えてしまっているだけです。解き放ちなさい。解き放つと言っても、獣になるのではなく、冷静に解き放つのです。抑えて無理に動かすのではありません。そう、馬を操るのと似ていますね」
「お教え、ありがとうございます」
「頭を上げて下さい」
「は」
マサヒデが頭を上げると、ロウは嬉しそうに微笑んでいる。
「兎をひとつ、頂いても」
「お好きなだけ」
「ひとつで結構。では、あなたが強くなった時、こちらから訪ねに行きます。また会いましょう」
そう言い残し、ロウはズタ袋を背負い、アルマダが寝ている岩陰まで歩いて行った。
先程、マサヒデが落とした兎を拾って去って行く。
マサヒデも刀を納め、岩陰に向かって歩いて行く。
「あっ」
気付いて、途中で足を止め、身体が震えだした。
砂の上にはロウの足跡がなく、自分の足跡しか残っていなかった。




