第35話
馬を進めて行くと、カオルが見えてきた。
マサヒデが手を挙げて振ると、カオルも手を挙げて振る。
そのまま進めて行くと、カオルもこちらに馬を進めて来て、マサヒデと並ぶ。
「馬は?」
カオルがちょっと下から覗くように、嫌らしい笑みを浮かべる。
「もう1人の保安官に預けました。随分と顔色が悪かったですが」
マサヒデが苦笑して手を振って、
「ちょっと脅かしただけですよ。こいつらには絶対に敵わないと思わせれば良いだけです。後は、あの方が色々と広めてくれます」
カオルの笑みが消え、難しい顔になる。
「ううん・・・」
「どうしました?」
「悪い話が広まらねば良いのですが。あの汚い蛆虫の方は、消えてしまっておりますので・・・保安官殺しなどと広められると、ちと厄介」
あちゃあ、とマサヒデが顔をしかめ、ぺちぺち頬を叩く。
「む。そうか。しまったなあ」
「一応、馬を渡す際に、馬をやるからと走って逃げた・・・とは、伝えましたが」
「見つかります?」
隠された死体が、だ。
「イザベル様の鼻でも見つからないかと」
「自信ありですか」
カオルがにやりと笑って頷く。
「はい。抜かりはございません」
「ううむ、ま、死体が見つからないなら、大丈夫、かもしれませんね。一応、街道の側では用心しておきますか。本当に1000人来たら大変ですよ」
「1000人?」
「ははは!」
アルマダが声を上げて笑った。
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その夜。
少々遅くはなったが、街道までは辿り着けた。十分に休む事も出来る時間だ。
カオルが地図を開き、焚火の横に広げる。
「昼間の保安官は、恐らくここから来たかと。ロストエンジェル、ゾーンカバーは考えられません」
「バネツツミ市、ですか」
街道から少し南。『少し南』と言っても、この国の大きさと地図の縮尺を考えると、1日はある距離。ここまで来る途中にあった街道の分かれ道を、南に行くとある都市。
都市と言っても、地図で見ればロストエンジェルとは比べ物にならない大きさではあるが、ロストエンジェルは大きすぎるのだ。
「温泉、観光で知られる都市ですが、行く必要はございませんね。砂漠のど真ん中の都市です。治安は良いと聞きますが・・・」
ふうむ、とアルマダが顎に手を当てる。
「あのような保安官です。少しでも疑いがと見たら、碌に調べもせずに、捕まえているのでしょうね。それで治安が良いってわけですか」
「おそらく。たちの悪い火付盗賊改や、軍警察のような体制をとっているのでしょう。ですが、ましな方でしょう。面倒なのは、この東隣の都市のカサドラー市」
「どう面倒なのです」
とん、とカオルが指で地図の『カサドラー市』の字を叩く。
「教会の強い都市で、法人化してスティアン伯爵領から独立した都市です。独立したは良いものの、すぐ近くに温泉などの観光資源もあり、交通の便も良いのに、経営に失敗。市長は間抜け続きですね。貧困層が多く、治安も良くありません」
カオルが地図の線の上を指でなぞっていく。線が街道。
「街道はここから南東方向に下がって行き、この都市の北部を通っております。ここは避けて進んだ方が良いのですが・・・」
皆が馬車の方を見る。食料が足りない。
砂漠なので、道沿いに進まねば食料の補給は困難だ。
「そのカサドラーへは、どのくらい?」
「1日です」
「その次の町は?」
ずずーっとカオルが指を滑らせていく。
「街道を突っ切ってしまえば、カサドラーから1日半から2日。カサドラーを避けていくと、3日はかかるかと・・・」
「食料問題、ですか・・・仕方ない。私達、人族で買い物に行きますか」
カオルとアルマダは難しい顔で喋っているが、マサヒデがごろっと横に倒れ、肘枕になって、小石を摘み上げる。
「別に、町で買わなくても良いじゃないですか」
は、とアルマダが呆れた溜め息をつき、
「ここで狩りでもするんですか? 見渡す限り砂漠ですよ」
「ええ、そうです。狩りです。私達には、狩りに最高の仲間が2人居るんです。イザベルさんと、あと、馬車の上にも」
ぴし、とマサヒデが小石を親指で弾く。こん、と馬車に小石が当たる音。
「そこに隼が居るじゃありませんか。1里先の鼠も見えるっていう、凄い目を持ったお仲間がいるんです。明日は鷹狩と行きましょうよ。鷹ではないですけど。アルマダさん、私の弓、貸しますよ。矢は買い込んであります。私は鉄砲使いますから」
アルマダが笑顔に変わり、カオルも頷く。
「ふふ。弓は久しぶりですよ。馬で弓か。自信はないですが、頑張りますよ」
「ははは! と、言う事で。何も狩れなかったら、買い物に行けば良いんですよ」
クレールがにっこり笑って、ぐっと拳を挙げる。
「沢山狩ってくれても大丈夫ですよ! 私、氷の魔術も使えるんです! 少し焼いて凍らせれば、3日4日は持ちますよ!」
マサヒデが苦笑して、
「それ、馬車の中が水浸しになりません?」
「ん・・・あ、壺! 壺を作っておきますから!」
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そして翌朝。
狩りの準備を終えた、マサヒデ、アルマダ、カオル、イザベルが馬を並べる。
ばさ! と音を立てて、マサヒデの笠の上に隼が乗り、
「おおっ!?」
がくっとマサヒデの首が後ろに傾き、慌てて両手で笠を引っ張る。
「ちょっと、笠の上は危ない!」
ばさ! ばさ! と隼が上に少し上がり、マサヒデが笠を背中に落とし、首に紐を引っ掛けると、隼が肩に下りる。
「危ないなあ・・・ちゃんと狩りの獲物、見つけてくれよ」
つん、と隼のくちばしをつつくと、くる! くる! と隼が左右を向く。
クレールがてくてく歩いて来て、隼を見上げ、
「マサヒデ様が指笛の合図をしたら、空から獲物を探すのです。あなたが掴んで捕まえて来られる、兎のような小さな獲物は、そのまま掴んで戻るのです。大きくて運べない獲物が居たら、マサヒデ様の所に戻り、獲物の場所をマサヒデ様に教えるのですよ」
この隼は下位式神なので、言われた事しかしない。
クレールが細々と指示を出していく。
「必ずマサヒデ様の指笛が聞こえる所に居るのですよ。離れている時に指笛が聞こえたら、マサヒデ様の肩に戻るのです」
分かったのか、分からないのか。流石に隼の表情は読めない。
「よし! マサヒデ様、これで良いと思います! 指笛を吹くと、飛んで行きますよ! 獲物を探してくれます! 小さいのは運んで来てくれますよ!」
「助かります。じゃあ、試してみますよ」
マサヒデが指を咥える。
「ふすー!」
ぷ! とアルマダが吹き出し、げらげら笑う。
「ははははは! マサヒデさん!」
カオルも吹き出して、横を向く。イザベルも口をぎゅっと結んで、上を向く。
「ちょっと待って下さいよ! 久しぶりなんです・・・」
指を咥えたまま、すー、と息を吹き出しつつ、指の角度を下から上に変えていくと、ひゅ、と鳴った。指を出して、まだ笑っているアルマダを睨み、
「よしよし。ここだ。もう笑わないで下さいよ!」
もう一度指を咥え、思い切り息を吹き出す。
ぴゅー! と良い音が出ると、ぴょんと隼が肩から跳び、ばさ! と羽を広げて飛んで行った。
「おお! マサヒデさん、格好良いですよ! ははは!」
ち、とマサヒデが舌打ちして、横を向く。
「もう・・・忘れて下さい」
カオルがくすくす笑いながら、小さく手を挙げる。
「マサヒデ様。私は小物だけを狩ります」
「良いんですか?」
「はい・・・そこらに結構おりますので・・・これで1日分は狩れます」
カオルが棒手裏剣を取り出し、立てて皆に見せる。
「見ていて下さい。今から獲物を狩ります」
しゅ! とカオルの腕が振られ、びし! と地面に深く突き刺さった。
「取れたんですか?」
「はい」
カオルが馬を下り、棒手裏剣を引き抜くと、血が付いている・・・
「ええっ! もぐらですか!?」
「ふふ。いいえ」
カオルが棒手裏剣が刺さっていた所を両手で掘っていくと、拳大の太った蛙!
「うわでかっ!」
シズクが覗き込んで声を上げる。
カオルが蛙を掴んで持ち上げ、
「この蛙は有用なのですよ。本当は殺さずにこう使うのです」
ぐぐぐ! とカオルが蛙を握る。
「おいおいおい!」
びっくりしたシズクが身を仰け反らしたが、
「ああーっ!」
と、また驚いて大声を上げた。
蛙の口から、水がだらだらと落ちてくるではないか!
カオルがにやにや笑いながら、シズクを見る。
「この水は澄んだ水で、このまま飲めるのですよ。手裏剣が刺さったので、血が混じってしまいましたが」
「へえー! すげえなこの蛙!」
「水を絞り出すと、この通り。普通の大きさの蛙。こんなに水が入っていたのです」
カオルが足を摘んで、ふらふら振る。
「勿論、焼けば美味しく。この蛙が居る砂漠なら、水も食い物にも困りません。しばらく生きていけます。ま、大食いのシズクさんには足りないでしょうが」
シズクが腕を組んで、ふらふら振られる蛙を目で追う。
「ううん、大食いは反論出来んね・・・でも面白いな!」
「でしょう? 結構おりますので、私はこういう小物を探しましょう。蛇もサソリもちゃんとおりますから、そちらも捕まえて毒を作ります」
「やっぱそっちかよ。でも、面白そうだな。私、カオルについてこうかな・・・」
カオルは首を振って、
「イザベル様に付いて行かれる方が良いでしょう。獲物運びです。走って馬に並んでついて行かずとも、仕留めた後に持ってくれば良いのですから。ルチルを一緒に引いていけば、大物を持って帰れますよ」
「それもそうだね。イザベル様、馬以外の動物触れないもんね。じゃ、私イザベル様と行くよ」
どたどたとシズクが走って行く。
カオルはクレール達の所に歩いて行き、蛙を置き、にっこりと笑う。
「クレール様、楽しみにしておって下さいませ。見た目に嫌悪感はありましょうが、蛙は非常に美味なのです」
「・・・はい・・・」
蛇を食べさせられた時の事を思い出し、ラディも一緒に肩を落としたが、騎士のリーが2人を見て笑い、
「クレール様、ラディ殿、ご心配はいりません。南方の群島地域や、大中心国では、普通に蛙の料理がございます。高級料理ですぞ」
「・・・」
クレールもラディも、うんざりした顔で俯いた。




