第34話
馬車の後ろでシズクと話していたクレールが、ばたばたと駆けて来た。
む、とマサヒデ達が手を止め、顔を向ける。
「マサヒデ様、誰か来ますよ。ハヤブサちゃんが見えるって」
マサヒデが笑って、
「ほらね。アルマダさん、イザベルさん、隼の目って良いんですよ」
クレールが地団駄を踏んで、拳を振り回し、
「何を暢気な! こんな所まで来るのは、勇者祭の参加者だけです! 私達を追って来たんですよ!」
「どれだけ離れてるんです」
「・・・1里(4km)ないくらい」
「のんびり準備しましょうね」
「はい」
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今日中には街道に戻りたいので、結局、マサヒデ達は馬を進める事にした。
カオルは前に出て、たまに懐から遠眼鏡を出して前を見ている。
マサヒデが馬を進め、カオルの横に並ぶ。
「まだ見えませんか」
「ぎりぎり見えます。見える限り、2人です」
「2人? 2人ですか・・・隠れてますよね」
「恐らく」
そのまま馬を進めて行くと、あっとカオルが声を上げた。
懐に遠眼鏡をしまい、後ろの馬車を向き、大きな声で、
「皆様、大丈夫です! 勇者祭の者ではございません! 武器を納め、何を言われても絶対に抵抗なさいませぬよう! 事があれば、私が始末します!」
マサヒデが訝しげな顔で、カオルを見て、
「何者です」
「保安官です。恐らく、狙いは私か、ご主人様かのどちらかです」
「え。私ですか?」
何故自分が?
カオルは日輪国の情報省の者なので、まだ分かるが・・・
もしかして、先日、先住民達と勘違いから斬り合いになってしまった事だろうか?
「はい。馬を下りろと言われたら、下りて下さい。大丈夫です。理由なく向こうが手を出してきたら、私が始末します。周りに人はおりません」
確かに、この砂漠のような地、街道からも離れている所では、誰の目にもつかずに終わってしまうだろうが・・・
「まあ、なるべく穏便に頼みますよ」
「は」
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もう前方の保安官2人が目に入ってきた頃、2人は馬を止めて、マサヒデ達の前で待っていた。がらがらと馬車が近付いて行くと、さ! と鉄砲を出したのが見えた。
「む!」
マサヒデが身を伏せて鉄砲を出そうとしたが、向こうは天に向けて、ぱあん! と1発。イザベルが馬を寄せてきて、
「拳銃では、この距離で狙って当てられるものではございませぬ。警告です」
マサヒデはバツの悪い顔で身を起こす。
「う、ううむ。それでも驚きますって」
カオルも馬を寄せてくる。
「仮にも保安官です。いきなり射殺される事はございますまい・・・ただ、警戒は」
「ええ」
マサヒデが手を上げて、馬車を止めさせると、保安官2人が馬を進めてきた。
胸には、確かに保安官のバッジが付いている。
後ろの若い保安官は少し離れた所で馬を止め、鞍からライフルを出す。
前の保安官がカオルの方に寄せ、拳銃を突きつけ、
「カオル=サダマキだな」
「はい」
保安官が鞍袋から書簡を取り出し、ばさ、と広げ、
「逮捕状だ。大人しく付いてきな」
「私めに? まあ、間違いだと思いますが、構いません。が・・・」
カオルは目を細め、覗き込むように身体を前に傾け、手を出して、
「失礼。私、目が少々悪いので、見せて頂いても」
「構わねえぜ」
保安官が書簡をくるくる丸め、カオルに投げると、カオルが抱き止めるように受け取って、書簡を広げる。
「・・・ん? はて?」
カオルが怪訝な顔で、首を傾げる。
「どおした。罪状に間違いだってのもあるのか。異議申し立ては事務所でだ」
「あいや、そうではなく・・・」
カオルが名前の所を、すすす・・・と指を滑らせる。
横で見ていたマサヒデが、くす、と笑った。
『カオル=サダマキ』の名が『カオレ=ナダマキ』に変わったのだ。
「この逮捕状、名が、カオレ=ナダマキでございますが・・・私、カオル=サダマキと申します」
「ああん?」
カオルが書簡を巻いて、保安官に差し出す。保安官が拳銃を向けたまま、ばらっと広げ、驚いた顔で固まってしまった。
カオルは訝しげな顔を保安官に向ける。三文芝居も良い所だ。
「ナダマキなる者、何者でございます? スパイ容疑に国家転覆容疑? 賞金が出ておりますれば、我々も旅の途中、目を光らせて」
かーっ! と保安官の顔が赤くなり、カオルに拳銃を向ける。
ああ! とカオルが驚いて身を仰け反らす。勿論、演技。
「馬鹿言うんじゃねえ! カオル・・・カオレ!? 何しやがった!」
カオルは困った顔を作って、
「ご無体な! おやめ下さいませ! 何をしたと言われましても! 保安官殿も、目の前におられますのに!」
「ぬ・・・く・・・く・・・」
カオルが困ったような顔で、保安官に頭を下げる。
「この人違いの事は、決して口外は致しませぬので。保安官殿に恥をかかせるような真似は致しませぬゆえ。似た字ゆえ、仕方ございませぬ」
ここで引き金を引こうとしたら・・・
す、とカオルの手の中に棒手裏剣。
「ち、ちい! てめえ! 公文書偽造もつくぞ!」
「いや、あの・・・保安官殿の目の前でどう・・・何もしておりませぬのは、ご自身も見ておられましたでしょう」
「く、く・・・」
カオルがへこへこと頭を下げ、
「あの、此度の失敗には決して漏らしませんので! どうかお許し下さいませ!」
「俺がミスったってえ!」
「あいや・・・ははっ! 保安官殿は何もしておりませぬ! ここへは散歩に参りましただけでございます!」
「くそ・・・このスベタが!」
ぴく、とアルマダの眉が動く。
「あなた。いい加減にしなさい」
「なあにい!」
アルマダの馬が前に出てくる。かち、と剣を鳴らし、
「一緒に居る者の名も知りませんか? 私は日輪国公爵家、ハワード家の者。それ以上その口から汚い言葉が出ると、侮辱罪を行使します。無礼討ちとして馬ごと斬りますが」
き! と保安官がアルマダを睨む。
「どうだかな・・・公爵様がこんな所に居るはずもねえ。なりすましは立派な罪だぜ」
「警告はしましたよ。口を開きましたね。あなたの言い分は裁判所で聞きましょう。それまで生きていれば・・・」
するりとアルマダが剣を抜き、切先を保安官に向ける。
「抜きやがったな!」
「侮辱は許さん!」
すとん、とアルマダの剣が落ちる。
「・・・」
「ハゲタカの餌になりやがれ!」
アルマダが澄ました顔で、剣を納めて、ぱちん、と留め具で止める。
「死にやがれ!」
「さ、ハゲタカの餌にしてみなさい」
手を突き出すように、保安官が拳銃を動かす。
「死ね! 死ね!」
「どうしました」
「ん・・・んん?」
やっと気付いたのか、保安官が拳銃を見る。
「ち! 故障しやがったか!」
「分からないのですか? 故障したのはあなたの指です」
「ああん!?」
がしゃ、がしゃ、と金属の鎧の音を立て、騎士達がゆっくりと馬車の裏から出て来て、アルマダの横に半円を描くように並び、保安官を囲む。
「あっ・・・ちきしょう、指が・・・毒か!?」
はあ、とアルマダが溜め息をついて、
「手の甲を見なさい。腱を斬っただけです」
くるりと手を回すと、薄い切り傷。
「なん・・・何だあ? てめえ! 保安官を斬ったのか!」
「さあ、裁判所へ行きますか。一番近い裁判所はどこでしょう」
がしゃしゃ! と鎧の音を立て、騎士達が保安官にランスを向けると、保安官は、くる! と馬を返して駆け出した。
「覚えてやがれ!」
アルマダが呆れ顔で溜め息をつくと、騎士達もランスを立てる。
「ううむ、絵に描いたような小悪党の台詞だ・・・カオルさん、どうします」
こく、とカオルが頷いて、白百合を駆け出させる。
あの保安官は、行方不明になるのだ。
「ちょっと、忘れてません? もう1人」
マサヒデが若い保安官を指差す。
真っ青な顔で、ライフルを構えたまま固まっている。
ざす、ざす、とマサヒデのでかい馬が近付いてくるが、動けない。
「ああ・・・その様子。動けないんですね・・・分かります。私も、絶対的な強者という者を目の当たりにした時、そうなりましたよ・・・ふふふ」
にやりとマサヒデが笑う。
これはクレール配下の忍が、点穴に鍼を打っただけだ。
この者は汚い口をきいていない。ここは脅しておくだけにしよう。
「どうあがいても、絶対に勝てないという者を目の前にした時」
マサヒデが雲切丸を抜き、右手で、ぴ! と振り下ろす。
どす、と若い保安官のガンベルトが落ちる。
「痺れたように動けない。怯えて逃げ出す事も出来ない。人はそうなる」
マサヒデが雲切丸を両手で持つ。トミヤス流の技、金切り。
きん! と音がして、ライフルの先が落ち、切先はぴたりと馬の首の上。
くるっと返して、ぴたりと若い保安官の顎の下。
つん、つん、と切先で顎の下をつつく。
「あらぬ罪で無理に捕らえようとするなら、私達も抜きますよ。私達に鉄砲を向けるなら、あと1000人連れて来ることです」
マサヒデが雲切丸を納めると、ふっと気配が動いた。
忍達が鍼を抜いたのだ。
「お・・・お慈悲を・・・」
先の斬られたライフルが投げ捨てられ、ゆっくり手が挙げられた。鞍が小便で濡れていく。
「まだ生きていたいなら、2度と私達の前に顔を出さない事です。行きなさい」
「ありがとうございます!」
慌てて、凄い勢いで馬を走らせていく。
あの若い保安官は、途中で乗り手の居ない馬を見つけるだろう。
すう、と忍び装束の者が姿を現した。
レイシクランの者は、種族特有の能力で、消える事が出来るのだ。
「マサヒデ様、あれは逃がして宜しいので」
「ええ。あれだけ脅せば、ある事ない事、広めてくれるでしょう。ああいうのも減りますよ」
ううむ、と忍が唸る。
「なるほど」
「カオルさんが間違えて、始末しちゃわないと良いですけどね」
「それはそれで良いかと」
「ま、そうですかね・・・」
馬車の方に馬を返した時、ふとマサヒデが忍の方に振り向いて、
「何か私、悪党っぽくありません?」
くす、と忍が笑う。
「いいえ。ハワード様が格好をつけ過ぎただけです」
「ううむ、そうですかね? そうかな・・・」




