第33話
対局が終わり、最後に見られる所まで景色をと、トモヤは御者台にテヅカ神の化身のジャガーを乗せた。馬車が進むと、少しずつジャガーは小さくなり、豆粒のようになり、そして、消えてしまった。
「うくく・・・テヅカ様・・・」
涙を流しながら、トモヤは手綱を握り、前のマサヒデ達について行く。
マサヒデがちらりと後ろに目をやる。
「アルマダさん」
こく、とアルマダが頷く。
「神様とは、ここでお別れですね」
アルマダが、はあ、と溜め息をつき、空を仰ぐ。
「神か・・・会ってみたかったですね・・・」
「ひと睨みで、動けなくなるほどの方でしたが・・・マツさんの言っていた通りだった。本当の神様は、やっぱり生き物だった。少なくともテヅカ様はそうでしたよ。感情があった。好奇心があって、人を心配してて、将棋に夢中になって、終わった後は、息を吐いて、ごろんと寝転んでしまって、楽しければ笑っていた」
アルマダが笑う。
「ふふ。全然怖く聞こえませんが」
怖いと言えば、あれだ。
マサヒデがにやっと笑って、
「そうそう。これは話してませんでしたね。将棋を教えてもらった礼にと、怖ろしい物を褒美にやるって言ってきたんです」
「どんな?」
「トモヤでも魔王様を軽く斬れる剣」
「・・・」
絶句したアルマダを見て、マサヒデが笑って鞍を叩く。
「ははは! 勿論、トモヤは断りましたよ。呼ばれただけで、何か欲しくて来たわけじゃないからって」
鞍を叩いたので、ちらっと黒嵐がマサヒデを見たが、不満そうではない。
「もう、魔剣とか称号武器を超えていますね・・・どんな剣なんでしょう・・・」
マサヒデはにこにこして、艶々の黒嵐の首をさわさわ撫でながら、アルマダに顔を向ける。
「そりゃあ、神様同士の喧嘩に使う剣でしょう。神様って、魔王様を指で山の向こうまで飛ばせるくらい強いんです。そういう人達の争いで使う剣ですよ。魔王様も軽く斬れて当然ですよね。見た目は普通の剣でしたよ」
「ううむ・・・一体、何で出来ているんでしょう・・・」
「さ、想像もつきませんね。魔術が籠もっているとか、霊が宿っているとか、そんな程度じゃあないでしょう。大体、魔剣や称号武器の類だって、わけも分からない物がほとんどです。神様の剣なんて、何千年経っても分かりはしないんじゃないですか」
「でしょうね」
黒嵐を撫でていた手を離し、手綱を握った時、する、と砂粒がついているのを感じた。次の休憩で、しっかりとブラシで梳いてやろう。
ちらりともう一度トモヤを見ると、まだ目を腕で拭っている。
あれが戦の神。戦争で領土を拡大し、大都市を築いた神。
「何か、神様っていうのが少し分かった気がします」
そう言って、マサヒデが笠を上げて空を見上げる。
ふ、とアルマダが笑う。
「急にどうしたんです? 神を目の当たりにして、信仰心に目覚めましたか」
「いや、確かに恐ろしかったですし、冷酷な所も見えましたよ。でも、やたら残虐な者ではなかったと感じました。賢いとか、力があるとか、そういうのに憧れて神様にされる者って多いと思いますけど、やっぱり、好かれるから神なんですよ」
そう言って、ちらりとトモヤを見ると、アルマダもトモヤを見て頷き、髪をかきあげて笑う。
「ふふ。なるほど・・・マサヒデさんらしい」
「そうですか? どんな所が?」
「さて。そう感じた、というだけです」
ふわ、と風が吹いた。
馬車の車が鳴る音。
馬が砂を踏む音。
それに混じって、枯れかかった草が、さわさわ鳴る音が、確かに聞こえた。
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クレールが馬達の前に水球を浮かせると、馬達が口を突っ込み、がぶがぶと飲む。
トモヤはもう泣いてはいない。
カオルが書いてくれた手を、棋譜にさらさらと書いている。
マサヒデが黒嵐の横に立ち、ブラシを掛け始めると、イザベルも自分の馬、シトリナにブラシを掛ける。
「イザベルさん」
「は」
手を止めて、くるっとマサヒデの方を向いたので、
「あ、そのまま、ブラシを掛けながらで良いです」
「は。失礼致します」
すー、すー、とブラシが掛かるたび、光沢のあるシトリナの毛が綺麗に輝く。
「イザベルさんって、どんな神様が好きなんです?」
「・・・は?」
およそマサヒデらしからぬ発言。
驚いて、イザベルの手が止まってしまった。
「いや、神様って沢山いるでしょう? 先ほどのテヅカ様もそうですし。日輪の神様とか、月の神様とか、戦神様とか、火の神様とか、縁結び、豊穣、健康、旅、もう、何とかかんとかで、上げたらきりがない程です。どれが良いんです?」
イザベルが狼狽える。つい先程、神に出会ったばかりではあるが、今更と言っては何だが、神にすがるとか、有難がるとか、そういうものは毛頭ない。
「さ・・・さあ・・・まあ、私めの家は軍の家系ですので、戦神様でしょうか・・・テヅカ様も戦の神と言われる神、テヅカ様も良いかと・・・」
すっすす、すうー・・・
イザベルのブラシの手が乱れ、む、とシトリナがイザベルに目を向ける。
「ふうむ・・・」
一体、我が主は何を言い始めたのか? テヅカ様に会い、何か気の迷いが出たか。
なれば、ここは家臣である私が支えねば。
「まあ、どんな神であれ、私にはマサヒデ様以上の神はおりませぬ」
「は」
マサヒデが手を止めて、イザベルの方を見ると、イザベルもマサヒデを見て、力強く頷いた。
「はっ、ははは! そうですか! ははは!」
「ええっ!?」
今のは笑う所なのか!?
ぶは! と黒嵐が水球から口を出し、吹き出すような声を上げた。
「何!? 黒嵐もおかしいのか!? 何がだ!?」
「ふ、ふふふ・・・イザベルさん、あなたが家臣になってくれて良かった」
「有難きお言葉!」
マサヒデがにやっと笑って、
「縁結びの神様っていらないんですか?」
「いりませぬ。マサヒデ様のお側におられれば、私は幸せでございます」
「おおっ」
隣でブラシを掛けていたアルマダがにやついて振り返る。
「イザベル様、その言葉、安くないですよ」
「ハワード様には、そう言われると思っておりました」
「ははは!」
イザベルはきりっとした顔を作り、
「私はマサヒデ様と主従の契りを交わしておりますので、それ以上は求めませぬ」
「ほう。それ以上とは」
「嫁にも妾にもなれずとも結構です。こうしてお側におられるだけで、幸せでございます」
くく、とマサヒデは含み笑いをして、
「へえ。前に次の嫁はイザベルさんにしよう、なんて言った時は、顔を真赤にしてましたけど。クレールさんから、第三婦人はイザベルさんなら良いですよ、ってお許しがもらえたんですよね」
アルマダがブラシを止め、ファルコンの鞍を叩いて笑う。
「ははははは! マサヒデさん、自慢ですか!」
マサヒデもげらげら笑って、黒嵐の鞍に手を乗せる。
「えーえ、そうですとも! 私はモテるんですよおー! ははは!」
「・・・」
イザベルは顔を変えずにくるっと振り返り、シトリナにブラシを掛け始める。
「あ。拗ねちゃいましたよ。ところでアルマダさんもイザベルさんも、気付いてましたかね」
「何をです」
「・・・」
マサヒデがブラシを掛けながら、馬車を指差し、
「馬車の上」
2人が馬車の上を見ると、隼が乗っている・・・
「あっ」
「あれは・・・もしや?」
隼だ。先日、先住民と斬り合った時に、マサヒデの所に飛んで来た隼か?
「あれ、死霊術かと思ってましたが、式神だったんです。幌が高いから、気付きませんでしたよ。クレールさん、昨日、フクロウの式神を出したんです」
「へえ・・・」
「ここからじゃ見えないですけど、後ろに止まってるかな? 中かな? 昼も夜も見張りをしてくれます。隼、ただ遠くを見る視力自体はシズクさんには負けるそうですが、動体視力は遥かに上で、10町(1km強)先の鼠の動きも分かるそうですよ」
「それは凄いですね・・・馬なら1里(4km)先でもはっきり見えるでしょうね」
ぽんぽん、ぽんぽん、と黒嵐を軽く叩くと、やはり手に砂がつく。
このようなほとんど砂漠のような地を歩いていたら、仕方がないか。
マサヒデはブラシを鞍袋に入れて、馬の前の水球に手を突っ込み、すくって飲む。
「んん・・・見渡す限り、こんな砂漠みたいな平地です。心強い味方ですよね」
「流石クレール様でございます。もはや陰陽まで操られるとは」
「マサヒデさん。虎や熊の式神も作ってもらいますか? 楽になりますよ」
「ははは! 良いですねえ!」
マサヒデ達が笑っていると、く、と隼が顔を上げた。




