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勇者祭4 米衆連合国編  作者: 牧野三河


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第32話


 マサヒデが馬車の戸を閉め切り、刀の手入れをし始めようとした時、ジャガーがかりかりと後ろの戸を引っ掻いたので、マサヒデが戸を開けると、飛び込んできて座ってしまった。


 いくら神様に見られているとはいえ、刀の手入れの最中は気を散らせない。


「テヅカ様。絶対に、口を開かないで下さい」


 そう言って、荷物の奥から刀の桐箱を取り出す。

 中には白鞘(休め鞘)が、袱紗の刀袋に入っている。

 マサヒデはその袱紗の刀袋を取り、ぱたぱたと畳んで置いておく。


 油は塗ってあるので、そー、と拭い紙で拭っていく。

 ここで砂が引っ掛かったら、ヒケ瑕ががっつり着いてしまう。


 拭いた後、目を近付けて、慎重に確認していく。大丈夫。

 先程の袱紗の刀袋を取り、雲切丸の表面を軽く叩いていく。

 砂やチリが着いた時は、こうやって飛ばすのだ。

 そして、油塗紙に油を塗って、新しい油を塗っていく。


 塗りムラはないか。

 厚くなりすぎていないか・・・

 今回は少し厚めに塗ってから、軽く拭くか。


 やや厚めに塗り、刀身を確認。

 頷いて、すー・・・と拭いていく。


(良し)


 これで良いだろう。出来れば鎺(はばき:鍔元の金具)の中も掃除したい所だが、出発を遅らせているのだ。あまり時間を掛けてはいられない。


 かた、と鞘に切先を置き、すう、と納める。


「テヅカ様。もう大丈夫です」


 マサヒデが言って戸を開けると、ぴょんとジャガーが飛び降り、どすっと音がする。あの巨体、虎とほとんど変わりないではないか。ジャガーは見た事がなかったが、あんなに大きな生き物だったのか・・・


(ジャガーの猫族は、凄く強いのでは?)


 首を傾げながら、雲切丸を持って馬車を下り、腰に差して下緒をくるりと巻く。


(もしかして、サカバヤシ家の猫族は、ジャガーとかヒョウなのかな?)


 アルマダがマサヒデの方を向き、手を上げて、かしゃかしゃと歩いて来る。

 朝日を照り返す鎧が眩しい。


「終わりましたか?」


「ええ。出来れば鎺まで外して掃除しておきたいですが、まあ夜にしますよ。時間を食ってしまいます」


「では・・・」


 アルマダがラディの横に居るジャガーを見る。


「仕方ないですよ・・・」


 ジャガーは前足を招き猫のようにゆっくり上げ、ラディの眼鏡をそっと触れる。

 ラディはぶるぶると震えながら、身をすくませている。


「皆さん! 行きますよ!」


「はーい!」


 シズクが返事をして、ばさばさと焚火に砂を蹴り入れて、どたどた走ってくる。

 マサヒデの前に立つと、口に手を当て、小声で喋りだす。


「ね、あれ連れてくの? ヤバくないの? 大丈夫? でかいよ?」


「ついてくるなら乗せて下さいよ。シズクさんは実際に会ってないから、そんな事を言えるんです。私もカオルさんも、身動き出来なくなるくらい怖かったんですから。威厳とか威圧感とか、そういう言葉に出来る次元ではないです。身の丈は10尺は超えてましたよ。あぐらで座ってても、クレールさんより高いんですから」


「まじで」


「そんな大きさで、父上みたいに目に見えない動きするんです」


「まじで」


「魔王様を呼び捨てして、あいつは勉強嫌いだったからなあ、なんて言う人ですよ。人って言ってはいけないですけど。あのただの獣の姿でも、どれだけ強いか分かりませんよ」


 斬っても死なない。潰しても死なない。燃やしても死なない。見えない程の深さの地面の底に埋めたと思えば、平気な顔で戻って来るのだ。


「だよね・・・」


「遊びたいと合図出してきたら、相手して下さいよ。頼みますから」


「私!?」


 す、とマサヒデが目を逸らし、ちょいと菅笠を下げて、


「私達は馬ですから・・・ね。仕方ないですよね。アルマダさん」


 アルマダが頷き、


「ええ。仕方ないですよ。シズクさんは馬に乗れませんから」


「ずるい!」


「なら、外で走ってきます?」


 シズクが少し考え、


「・・・ちょっとそれでも良いかな・・・」


「駄目ですよ。さあ乗った乗った!」


 ばしん! とシズクの背中を叩き、マサヒデが黒嵐に歩いて行く。


「頼みますよ」


 アルマダも爽やかに笑って、ファルコンに歩いて行く。

 シズクが2人の背中を見て、馬車に乗り込む。


「くっそー・・・」



----------



 案の定、ジャガーは馬車に乗ってきてしまったが、クレールはしっかりと考えていた。トモヤの棋譜を貸してもらったのだ。


「ここで4七桂・・・トモヤ様の覚書では、この桂馬が決め手と書いてございます」


「・・・」


「ううん・・・ここからはトモヤ様が押されておりますね」


 とん、とん、とん、とクレールが棋譜を見ながら駒を動かしていく。


「このように動いていきまして、これでトモヤ様の投了。投了とは、将棋における降参の事でございます」


 ふすー、とジャガーが鼻から息を出し、クレールの髪が揺れる。

 ジャガーは大きな手で器用に駒を戻していき、4七桂まで戻り、他の駒を動かしていく。


「うっ!?」


 慌ててばさばさとトモヤの棋譜をめくり、この勝負の勝ち筋を見て、


「ああっ! 凄い! トモヤ様の見直しと同じ! ちょっと見ただけなのに!」


 棋譜から顔を上げた時、クレールが怪訝な顔になる。

 はて? 3尺くらいあったはずだが・・・


「ん? ん? ラディさん?」


「はい」


 魔剣図鑑を開いていたラディが顔を上げ、床に座っているクレールを見下ろす。

 ん? とラディも異常に気付いた。


「テヅカ様、小さくなっているような?」


「はい。私にもそう見えます」


 ばん! とジャガーが床を叩き、クレールとラディが見ると、こくっとジャガーが頷いた。


「なんだあっ!?」


 音に驚き、寝ていたシズクも声を上げて起きる。

 その時、クレールが気付いた。


「あっ・・・そうか・・・テヅカ様は、封印されておられますから・・・」


 遠くまでは行けないのだ。

 ジャガーがこくこくと頷き、顔を撫でる。

 まだ風の岩を出て、1刻(2時間)も経っていない距離。


「あれ? 小っちゃくなってる?」


 シズクが怪訝な顔でジャガーを見る。


「テヅカ様は封印されておりますから、遠くまでは離れられないようです」


「あ・・・そうなんだ・・・」


「どう致しましょう。テヅカ様、馬車を止めますか?」


 ぶるぶる! とジャガーが首を振り、クレールの手から棋譜を取る。


「うわあ!」


 驚いてクレールが声を上げると、ばさ! ばさ! ばさ! と凄い速さでジャガーが棋譜をめくっていく。


「どうなされたあ!」


 御者台からトモヤの声。


「あ、あ! 何でもないですよおー! 揺れて転んじゃいました!」


「わははは!」


 小さくなって消えてしまう前に、出来るだけ棋譜を見てもらおう。

 クレールはトモヤから預かった棋譜の箱を開け、ほい、ほい、ほい、と出して並べていく。


「これがトモヤ様の対局の記録でございますから、消えてしまう前に」


 ジャガーは返事もせずに、ばさばさと棋譜をめくっていく。

 怖ろしい速読だ。ただの速読ではない。駒の動きが書いてあるのだ。

 どんな速読が出来ても、それで棋譜を理解するのは並大抵の頭ではないだろう。

 最初に文明をもたらした、鳳の神の知識を全て吸収した、というのは本当のようだ。



----------



 そして、昼。

 そろそろ昼餉にしようと、マサヒデ達が馬を止めた時である。


「んん?」


 馬車の音が止まると、馬車の中から、すすり泣く声が聞こえてくる。

 トモヤが背中にある幌の窓の布をめくると、中でクレール達が泣いている。


「どう」


 どうなされた、と言おうとして、トモヤが気付く。ジャガーが居ない・・・

 慌てて御者台から飛び降り、どたどたと馬車の後ろを開けて、中に飛び込むと、子猫のように小さくなったジャガーが、両前足を伸ばしては棋譜をめくり、両前足を伸ばしては棋譜をめくりしている。


「な、なんじゃ!? テヅカ様か!?」


「うぐっ・・・しょうにゃんでしゅ・・・ぐすっ」


 クレールがぼろぼろ涙を流しながら、必死に棋譜をめくるジャガーを見ている。


「何でこんなにしおれてしもうたのじゃ!? テヅカ様!?」


「如何なされました!」


 トモヤの声で、カオルが飛び込んで来た。トモヤの横をすり抜け、子猫のようなジャガーを見て、う! と声を上げる。


「なっ・・・テヅカ様・・・か!? 何故!? 何がございました!?」


 めくり終わった棋譜をどけ、クレールが次の棋譜を置くと、ジャガーがまた必死に棋譜をめくり出す。クレールが目にハンカチを当て、


「ううっ! テヅカ様、封印されてますから、遠くまで行けないですから! ですから、離れて行ったら、どんどん小さく! こんなに小さくなってしまわれて!」


「何と・・・」


「わ、私が手を貸そうとしても、テヅカ様は自分で見ると! ううっ! このようなお姿になっても! なんと誇り高きお方!」


 すん、とラディが鼻を鳴らし、眼鏡を取って目元にひたひたとハンカチを当てる。

 シズクもぼろぼろ涙を流し、横を向く。


「うくっ! たまんねえよ! 神様がこんな小っちゃくなっちまってさあ! そうじゃねえだろ!? でっかいんだろ!? 強いんだろ!? ちきしょう!」


 マサヒデがゆっくり上がって来て、トモヤの肩に手を置く。


「トモヤ。今日は、昼の休みは長めに取るぞ。ま、街道に出るまで、夜も走らせるからな」


 そう言って、長椅子の上の薄っぺらい将棋盤と駒を取り、トモヤの手に渡した。


「く、くく・・・マサヒデ!」


 マサヒデは膝を付き、必死に棋譜をめくる子猫のようなジャガーの背にそっと手を当てた。


「テヅカ様。トモヤがもう1戦を望んでおります」


 ジャガーが動きを止め、マサヒデを見上げる。

 トモヤがマサヒデを押しのけ、どかっと座り、薄い板の将棋盤を置く。


「クレール=フォン=レイシクラン! お時間を計らせて頂きます!」


 クレールが盤の横に動くと、トモヤがマサヒデを見上げ、


「マサヒデ! テヅカ様の振り駒を頼む!」


「うむ。テヅカ様。宜しいでしょうか」


 子猫のようなジャガーが、トモヤの対面に座った。

 トモヤとマサヒデが頷く。


「では、振りまする」


 トモヤが歩を5枚取り、手で包んでからからと振り、かららん、と盤の上に落とす。


 4枚・・・また4枚。


「ぐ・・・くっ!」


 堪らず、トモヤの目からも涙がこぼれた。

 マサヒデも歩を5枚取り、からからと振り、かららん、と落とす。


 2枚。


 ぱちぱちとトモヤが駒を並べていき、最後に、テヅカの陣に王将を置く。

 す、とクレールが小さく鼻を鳴らし、時計を取り出して、目を払う。


「持ち時間1時間。先手、トモヤ=マツイ様。後手、テヅカ様」


「宜しゅう、宜しゅう! お願い致しまする!」


 トモヤが、ぐぐ、と頭を下げる。

 小さなジャガーも頷くように頭を下げた。

 マサヒデが長椅子に座ると、ラディも隣に並ぶ。

 外から、アルマダとイザベルも上がってきて、長椅子に座った。


 トモヤが手を伸ばし、ぱちりと駒を置く。


「先手。2六歩」


 さっとカオルが懐から懐紙を出して、手を書く。

 世には出ないだろうが、この勝負は必ず残さねば。

 小さなジャガーが前足を伸ばし、すっと駒を滑らせる。


「後手。8四歩」


 これが神様との最後の将棋。

 人の身に生まれ、神と将棋盤を挟む!

 いくら望んでも、決して叶う事のない勝負がある!

 負けて悔いなし! 勝って驕りなし! ただ盤に向かう!

 トモヤが膝で拳を握ると、湯気が上がりそうな程に気合が乗ってきた。


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