第31話
翌日の事―――
アルマダ、シズク、イザベル。
岩の上に残された3人は、むっすりと干し魚をかじっていた。
「本当ですよ! 神様と会ったんです!」
「ふうん」
「あそう」
「・・・」
マサヒデがいくら声を上げても、3人は信じてくれない。
「なあトモヤ!」
トモヤも声を上げる。
「ほうじゃ! ワシらはテヅカ様とお話ししたのじゃ! のうクレール殿!」
「本当ですって! 大きくって、凄く怖かったんです!」
「へえ・・・」
「ふーん」
「・・・」
「そ、そうじゃ! これを見よ!」
トモヤがテヅカの金属板を取り出し、3人に出す。
「これじゃ! これがテヅカ様の所に行く鍵じゃ!」
「凄いですね」
「いくらで売れるの」
「・・・」
トモヤが立ち上がって、どんどんと地面を踏み鳴らし、砂が舞う。
「何で信じてくれんのじゃ! 本当におったのじゃ! ここはテヅカ様の御寝所なのじゃ! 将棋を教えて指したのじゃー!」
はん! とアルマダが呆れ笑いをして、横を向く。
「誰が信じられるものですか・・・心配して駆け下りて来れば、酒を呑んでいる始末。クレール様の忍に聞いても、誰1人として知らない」
カオルが勢い良く立ち上がり、声を上げる。
「ハワード様! 私はお会いしました! マサヒデ様も! トモヤ様も! クレール様も! ラディさんも! 皆おられました!」
はあー、とシズクが溜め息をつき、頬杖をついて、
「カオルう・・・お前ら、あれじゃねえの? 何か危ねえ薬とか嗅がされたんじゃねえの? 忍もいるだろ?」
「クレール様にそんな毒は効きません!」
「はいはい。そおね。クレール様、こんな下らねえ冗談で酒を誤魔化せるって思うなよお」
「私達は呑んでおりませんよ! トモヤ様とハワード様の騎士様達だけです!」
マサヒデもむっとして、アルマダを睨む。
「毒なんて嗅がされていませんよ。事実です」
「マサヒデさん! まだ言いますか!」
「くど」
ぴたりとマサヒデが口を閉じ、手でアルマダを抑える。ゆっくりと、横に指を動かして合図。アルマダが振り向こうとしたが、
「し」
と小さく口を鳴らし、ゆっくりと、ゆっくりと、と、指を横に指す。
カオルやシズクも、静かになって、アルマダのすぐ後ろに目を向けている。
後ろに何か居る? 野の獣が、こんな近くに来て気付かないとは、興奮しすぎたか。
「ん・・・」
じんわりと腰を上げ、そっとアルマダが横に動く。
剣に手を伸ばそうとしたが、マサヒデが小さく首を振り、懐から拳銃を出す。
(大きいのか?)
棒手裏剣でなく、鉄砲を出すとは? 何が居る?
騎士達もぎょっとした顔で、剣の柄に手をかけている。
アルマダがゆっくりと横に動いて行く。横のイザベルが手を伸ばしている。
そーっと、じわり、とイザベルに手を伸ばし、触れた瞬間。
「むん!」
イザベルがアルマダをぶん投げ、ぱん! と鉄砲の音、ばがん! と重い音。
「く!」
アルマダは宙で体勢を整えたが、砂で滑ってのめってしまった。
手を付いて顔を上げ、ぎょっとした。
(虎!? ジャガー!?)
でかい。高さは3尺はありそうだ。
ぱ! と起き上がると、サクマがアルマダの剣をベルトごと投げる。
抜いてベルトを放り投げると、ちらりとジャガーがアルマダに顔を向ける。
「何・・・」
ジャガーの頭半分が無い。先程のマサヒデの鉄砲と同時に聞こえた重い音は、シズクの石が当たったのだ。無いが、動いている。
「ひ」
クレールの小さな声。
むくむくと無くなった顔半分が盛り上がり、顔が元に戻る・・・
「魔獣か!」
声を上げてマサヒデが鉄砲を放り投げ、刀を抜いてジャガーの横をすれ違う。
ごて、とジャガーが倒れた。左の前後の足を斬り抜けたのだ。
「良し!」
後は首を落とすだけ・・・
カオルが刀を振り上げたが、ぴたりと止まり、ぱ! と後ろに跳び下がる。
「馬鹿な!? ご主人様!」
するりと糸のような物がジャガーの斬れた足から伸びる。
胴体の方の足からも、同じような物が伸びる。
くるくると絡み合うように見え、するすると足がくっついてしまった。
「クレールさん! 火!」
ぼう! と火球が浮き、ジャガーに飛んでいって、めらめらと燃える。
「何・・・何!?」
火球の中でジャガーが腰を下ろし、口を開けて欠伸をかます。
「おらっしゃあー!」
シズクが跳び上がり、どかん! と鉄棒を叩きつける。
べち! とジャガーの肉片が飛び散り、地が揺れた。
「なんっつー猫だよ・・・」
と、えいしょ、と鉄棒を持ち上げ、抱くように肩に掛けたが、
「わっ!? うわあ!」
声を上げ、シズクが飛び退いた。どすん! とシズクの鉄棒が倒れる。
倒れた鉄棒に着いていた肉片が、もぞもぞと地面を這って行く。
「げ、げ・・・」
火球の中に残っていた、前後の足の方に集まって行く。
もぞもぞと肉片が集まり、またジャガーの形を形作っていく・・・
「ど、どうする!? あれどうする!? マサちゃん!?」
「・・・ど・・・クレールさん! 魔剣!」
「はい!」
膝をついて雲切丸を地に置き、手を上に伸ばして、鞘ごと投げられた魔剣を受け取り、さっと抜く。黒いもやが宙に舞う。
「ふうう・・・ふっ!」
マサヒデが息を整え、ジャガーを見据えたまま、ぱ! と跳び上がった。
宙で黒いナイフが雲切丸の形に変わる。
すとん! 抵抗のない斬れ味! 入ったのか!?
マサヒデがジャガーの横に下りた瞬間、すっと魔剣が元のナイフに戻る。
ぱっとマサヒデが跳び下がると、斜めに斬れたジャガーの前後の胴が、折れるように落ちる。
「ああっ!? 駄目だ!」
胴体から、また糸のような物が出て来て、ぐりぐりと絡み合い、くっついてしまった。
斬っても駄目、燃やしても駄目、潰しても駄目・・・
「クレールさん! 穴!」
「はいっ!」
ぼん! とジャガーの足元に穴が出来、落ちて行く。
「思い切り深く!」
「はいーっ!」
「埋めて!」
「はいっ!」
ぼすん! と音が響き、地が揺れ、一瞬で穴が埋まる。
「・・・」
皆が黙り込み、埋まった穴の跡を見つめる。
「これなら良いでしょう・・・いくら頑丈な身体でも、息が出来なきゃ死にますよ」
ふー、とマサヒデが息をつき、魔剣を持ったまま、置いた雲切丸の所に歩いて行く。
(やれやれ)
魔剣の鞘を拾って納め、雲切丸を拾って、ふ! ふ! と砂を吹いて、鞘に納めず、抜き身のまま持って行く。砂粒ひとつが残っていただけでも、鞘に納めた時に擦れてしまうと、大きな瑕が出来てしまう事がある。これは慎重に手入れしないといけない。下手に拭いてしまうと、砂粒でずーっとヒケ瑕が・・・全く面倒な・・・
皆も安堵して肩を落とし、剣を納めて、やれやれと焚火に集まってくる。
マサヒデも戻ってきて、丸めた寝袋の上に、慎重に雲切丸を置き、渋い顔を上げる。
「ああ、もろに砂の上に置いちゃいましたよ。これは慎重に手入れしないと。手入れ終わるまで、出発、遅らせてもらって良いですかね」
アルマダが首を振って、手拭いを出して顔を拭う。
「いや、マサヒデさん、イザベル様、助かりましたよ。米衆には、あんな魔獣が出るんですね。冷や汗が出ました」
イザベルが眉を寄せて、額に手を当て、冷や汗を拭う。
「あんな魔獣は見た事もありません。傷口から血も出ておりませんでした。しかし、死霊術や陰陽術ではなく、明らかに生物でした。これは軍に報告して、この近辺を」
ぱき。
は! と皆が音の方を向いた。
「嘘・・・」
ラディが口に手を当てる。トモヤの真後ろで、大きなジャガーが腕を振り上げている。
「あん?」
トモヤが振り向いた瞬間、腕が振り下ろされた。
「トモヤ!」
ぽん。ぽん。
ジャガーはトモヤの肩に大きな手の平を乗せた。
「・・・」
固まったトモヤの懐に前足を突っ込み、ずいっとテヅカの大きな金属盤を引っ張り出し、落ちた金属板を、前足で、すとーん、すとーん、と滑らせながら、焚火の側に歩いて来て、ちょこんと座る。
「のう・・・マサヒデ・・・まさか」
「ああ・・・」
カオルは身を逸らしながら、ごくっと喉を鳴らす。
「テっ・・・テヅカ、様の、化身は・・・ジャガーと言われております・・・」
アルマダ、シズク、イザベルの顔から、ふつふつと汗が出てくる。
「マサヒデさん・・・嘘とか言って・・・すみませんでした・・・」
「マサちゃん・・・ごめんなさい」
「申し訳、ございませんでした・・・」
「いや・・・いえ・・・い、良いんですよ・・・」




