第26話
マサヒデ達が風の岩の前に着いたのは、翌日の夕方前。
皆、言葉を失って、何度も岩を見上げる。
首をまっすぐ上に向けないと、上が見えない・・・
「凄いですね・・・」
「ええ・・・」
かぽん、かぽん、と騎士のサクマが上を見ながら馬を進めてくる。
「いやあ・・・これは凄い。馬と馬車は我々にお任せ下さい」
「頼みます」
アルマダが上を見ながら、サクマに返す。それから30秒程してから、馬を下り、
「マサヒデさん」
と、声を掛け、馬を下りた。
馬車の方を見ると、クレール、ラディ、シズクも下りて、口を開けて上を見ている。
歩いて行くと、3人がマサヒデ達に目を向けた。
「これは歩いて登るのは大変ですよ」
マサヒデが岩の方に指を向けると、少し離れた所に階段がずっと続いていて、立て札が立っていた。『登岩道』。登山道ではないのだ。
「私、ここで待ってるよ」
シズクがそう言って、地面に転がっている石を拾い上げる。
「これ見て。ちょっと石が脆いね」
ずり、ずり、とシズクが石を手で擦ると、さらさらと砂が落ちる。
「ふむ」
ぱき! と指で割ると、砂を舞わせてばらばらと石が落ちる。
「クレール様、私を風で飛ばすの難しいでしょ。でも、階段登ると、崩れちゃうかもしんない。危ないからやめとく」
「ううん・・・」
残念だが、仕方がないか・・・
カオルが腕を組んで、眉を寄せて砕けた石を見ながら、
「シズクさんにこそ、瞑想をしてほしかったのですが」
「仕方ないじゃん」
だが、クレールはにかっと笑って、
「大丈夫ですよ! シズクさんを上まで運べる魔術はあります!」
「え。まじ? 嬉しいけど、瞑想はしたくないな」
「でも、鉄棒は置いてきて下さいね! 割ったりしたら大変です!」
シズクが苦笑して、はは、と笑い、
「いやあ、こんなでけえ岩は流石に割れないよ」
クレールが杖を出して、ちょいちょい、と招くように動かし、
「ほら! シズクさん、こっち!」
「はいはい。ほんとに大丈夫?」
「絶対大丈夫です!」
どすどすと地面を踏み鳴らし、シズクが歩いて来る。クレールの前に立つと、クレールがシズクの腹をちょんちょんつついて、
「じゃあ行きますよ! 上まで届いたら、岩に飛び移って下さいね!」
「は!? 飛び移る!?」
「んんーっ!」
と、クレールが声を上げると、地面がほんの少し震えた。
なんだ! と皆がクレールに目を向けると、ず! と音がして、地面が盛り上がる。
(あっ!)
マサヒデが気付いた瞬間、ずずず・・・と地面が盛り上がっていく。
「お、おおっ!? 危ねえ!」
慌ててシズクが四つん這いになって手を付くと、ずりずりと音を立てながら、どんどん高くなっていく。
「なるほど。風で飛ばすのが無理なら地面を盛り上げてしまうと」
「はい! 別に杖は使わなくて良いですけど、まっすぐ高くですから! 慎重に慎重に、ゆっくり上げないと、勢いで上に飛んでしまったら大変です」
マサヒデが高く上がっていく柱に手を付けると、手の平を滑って上がっていく感触。
「これ、地面の下に穴とか空いてないんですか?」
「空いてないですよ」
不思議なものだ。この土は一体どこから来ているのか・・・
「もういいよー!」
シズクの声。土の柱が高々とそびえ立っている。上を見てもシズクは見えない。
クレールが口に手を当てて、
「飛び移って下さーい!」
「はーい!」
どすん! と音がして、柱がびりびりと震える。
「あれ・・・危ない!」
シズクが地面を蹴った反動で、柱の上の方が壊れたのだ。上から土の塊が落ちてくる。
「うっ!?」
「うわっ!」
マサヒデがクレールを抱きかかえて、さー! と駆け出す。
「や!」
クレールが声を上げると、上から落ちてきた土の塊が、ぼすっ! と音を立て、宙で砂になって散っていく。
「・・・」
柱の方を見ると、皆、飛び散って離れていた。
大きな砂煙が、風に吹かれて消えていく。
「危なかった・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
クレールが返事をすると、高々とそびえていた土の柱が、ぼすー! と地面に埋まるように消えていく。後には薄い砂煙が残るだけ。マサヒデがクレールを離すと、クレールがぱさぱさと服を直して、にっこり笑う。
「じゃあ、マサヒデ様も運びますよ!」
「ちょっと!? うわーっ!」
風が巻き上がり、ばさばさとマサヒデの袖と袴が音を立て、慌ててマサヒデが笠に手を当てると、あっという間に空高く飛んで行った。
----------
「すっげえよ、これ・・・」
シズクが声を上げると皆も並んで周りを見渡す。360度が地平線。これは日輪国では見られない。赤い地は夕日で赤紫に染まる。薄暮れの大地のなんと美しい事か。
カオルも目を細めて、沈む夕日を眺めながら、マサヒデの隣に立つ。
「寄り道をした甲斐はございましたか」
「ええ。ありましたよ」
そのまま立ち尽くし、誰も言葉なく夕日を眺めていた。
----------
そして日が沈み・・・
「ではご主人様」
「ん」
「瞑想を始めましょう」
「は?」
もう暗いではないか。
「これから?」
「はい。夜の方が効果がございます」
アルマダも驚いた顔でカオルを見ているのだろう。暗くて表情は見えないが、こちらを向いているのは分かる。
「ん! おほーん!」
トモヤがわざとらしく咳払いして、クレールの隣に立つ。
「のう、クレール殿や。ワシは瞑想など必要もなし、下に戻りたいのう」
すす、とラディも側に寄ってくる。トモヤが隣のラディを指差し、
「ラディ殿も下に戻りたいようじゃし・・・のう?」
クレールは頬に指を当てて、ラディを見上げる。
「ラディさんにはやってほしいと思うんですけど。魔術師なんですから」
「いえ。結構です」
「どうしてもですか?」
「その・・・ええと・・・そう、そうです。用を足したいのです。こんな事を言わせないで下さい」
「あっ・・・ごめんなさい・・・じゃ、じゃあ! はい!」
ばさばさと音を立て、砂煙が巻き上がって、クレールがトモヤとラディを連れて下りていった。
(くそう、ラディさん、上手くやったな)
マサヒデが3人を見送っていると、カオルがアルマダを連れて来た。
「シズクさんは?」
「寝るそうです」
「結構冷えてきましたけど、大丈夫ですか? 火もないのに。どんどん冷えますよ」
「私は平気です」
「いやいや。クレールさんもいますし、焚火は作った方が良いと思いますが」
かちゃ、と鎧の金属音。アルマダが頷く。
「確かにそうです。手間を掛けますが、クレール様に燃える物を持って来て頂きましょう」
----------
半刻後。馬車の周りでは、トモヤと騎士達、ラディも一緒に、寝袋を座布団代わりにして、火を囲んでいた。皆の手には木のカップ。勿論、中は酒。
「全く呆れたものじゃ。焚き火も作らんで瞑想しようなどと」
「イザベル様ならともかく、カオル殿もとは。ささ、トモヤ殿」
「ういうい」
騎士のリーが差し出す酒瓶に、トモヤがカップを寄せると、リーが酒を注ぐ。
ぐにぐにと焼いた干し肉をかじりながら、酒を進める。
「しかしのう、意外と、干し肉で酒も悪くはないですのう」
「これでにんにくなどあると良いのですが。薄く切って、貼り付けて焼きますと、これが中々。買い忘れてしまいましたなあ」
「それは美味そうじゃのう! ううむ・・・」
ねちねちと干し肉をかじっていた時であった。
(参れ)
「む?」
声が聞こえた気がして、トモヤが手を止め、背を伸ばして周りを見る。
は! と騎士達のだらけた顔が引き締まるり、カップと干し肉を置いて、剣に手を掛ける。
「トモヤ殿」
「今、声がしたような・・・」
眉を寄せ、トモヤが周りを見回す。焚き火で囲まれた周りは、真っ暗で何も見えない。と、ぱす! と土の壁が周りを囲む。ラディが作ったのだ。ラディの手にも、八十三式長銃が握られている。
「爆弾に気を付けて。すぐ投げ返せば良い」
サクマが囁く。
(何もせぬ)
「あっちじゃ!」
トモヤが指差したのは、後ろの風の岩の方。
騎士達が兜を拾い上げ、被ってバイザーを上げる。
「くそ! 向こう側に居たのか。闇に紛れて回って来たのだな」
上を見上げれば、もう闇でマサヒデ達が居る頂上は見えない。星空を黒く覆う影が見えるだけだ。
(違う。我は最初からここにおる)
「隠れて忍び寄って来た者が何を言う!」
(敵意のない我に刃を向けようと言うか)
「なんじゃと?」
トモヤが声に返事をするが、皆には分からない。
(さあ、壁を取り払って参れ。我が声を聞く者はここしばらくおらなんだ)
これは騙し討ちか。魔術か。トモヤがきょろきょろと周りを見るが、当然、土の壁で囲まれているので、周りは見えない。
「皆々様、聞こえたかの」
「何を?」
「これは魔術じゃ。いや、やり手の忍かもしれん。やはり、ワシにしか聞こえておらんのじゃな。何者かがワシにしか聞こえんように声を掛けておるわ」
「むう!」
かしゃしゃ! と騎士達がバイザーを下げると同時に、音もなく壁の上にレイシクランの忍がずらりと並ぶ。
「マツイ殿! 声はどちらから!」
トモヤは腰を低くして、声のした方を指差す。
「あっちじゃ。皆様の目を盗むとは、相当じゃぞ」
(ほほう。レイシクランめ、知らぬうちに面白い者共を育てたものだ)
「また聞こえたぞ! 間違いない! 動いてはおらぬ!」
「散れ!」
ぱ! と忍が飛んで、闇に溶けていく。
(はっはっは。我を見つけられたら褒美をやろう)
「うぬぬ・・・見つけたら褒美をやるなどと言うておるぞ・・・」
ち! と騎士のサクマが舌打ちをして、
「撹乱するつもりです。動いてはなりませぬぞ」
(はっはっは)
トモヤにはその笑い声が聞こえていたが、他の誰にも聞こえない。
これは何者か分からないが、相当の使い手に違いない。
野盗か、勇者祭の者か・・・




