第25話
翌朝、ホテルをチェックアウトして、マサヒデ達が馬車の周りに集まる。
アルマダが前に出て、
「もう聞いた人もいると思いますが、この先で少し寄り道をしますので、商店街で食料を少し買い足して行きます」
トモヤが胡乱な顔で眉をひそめて、腕を組む。
「アルマダ殿、何処に行かれる? この先はしばらく何もない野っ原であろう」
アルマダが少し思い出しすように考えて、顔を上げ、
「何でしたか・・・そうそう。風の岩。物凄く大きな岩がある所です。神様の寝所という謂れがある所です」
は、とトモヤが肩を落とす。全く興味なさげで、目に何の色もない。
「お参りか」
「まあ、そうです。ちょっと遠いので」
「ちょっとではなかろう。飯を買い足すほどに遠いのじゃからの」
ちら、とアルマダが目を斜め下に向ける。
「まあ、そうです」
「どのくらいあるのでございますかのう」
「街道から10里(約40km)です」
トモヤが驚いて声を上げる。
「何!? 10里と言えば、ほぼ1日じゃぞ!?」
「ええ」
「1日掛けて歩き、お参りするだけ!?」
「ええ。そうです。もう決めました。行きます」
ずい、とトモヤが腕を組んでアルマダに顔を近付けると、アルマダが横を向く。
ちらっとマサヒデを見ると、マサヒデは菅笠を目深に被り、やはり横を向いている。
「アルマダ殿も行きたくないのじゃな?」
「そんな事はありません」
ずかずかとトモヤがマサヒデの前に立ち、笠の下の顔を覗き込もうとすると、すっとマサヒデが下がる。
「お主も行きたくないのじゃな?」
「何を言う。俺は行く気満々で、もう気合が漲って目が冴えておる」
「ふうむ。そうか・・・」
トモヤが下がって、皆の顔を見渡す。
うんざりした顔で、抱えた棒に顔を傾けているシズク。
肩を落としているラディ。
いつも通り、無表情で手を後ろで組んでいるイザベル。
アルマダの騎士達はまだ欠伸を噛み殺している・・・
「クレール殿か!」
トモヤがクレールを指差すと、クレールがぱっと手を挙げ、
「違います! でも、私は楽しみです!」
「ぬう! ではカオル殿か!?」
「はい」
「何故!」
「風の岩なる場所は、霊脈。皆様のお身体に良い影響をもたらします」
「胡散臭いのう!」
トモヤの後ろで、アルマダ小さく首を振り、マサヒデは笠に手を当てて顔を隠す。
「聞けばそう思われるのも当然ですが、行けば必ず分かります。良い景色も見られますので」
トモヤはあからさまに不満を顔に出し、口を尖らせて、
「1日掛けて行ってもと言われるのじゃな」
「はい」
「ならば、カオル殿を信じようかの。で、ここからじゃと何日じゃ」
「街道を3日。そこで外れて、北へまっすぐ1日。大きいので街道からも見えます」
「街道からお参りではいかんのかの?」
「はい。その地に参りませんと」
「4日か・・・」
カオルが日が上っている東を指差し、
「次の町まで4日です。それがたった2日延びるだけです」
「2日も、じゃ。本当に期待しても良いのじゃな」
「はい」
ふーう、とトモヤが溜め息をついて、東の空を見上げる。
「あーあ! 今日も良い天気になりそうじゃのう!」
自棄のようなトモヤの大きな声が響いた。
マサヒデとアルマダがそれを合図に、馬に跨がる。
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そして3日後―――
マサヒデは少しずつ変わってきた景色に、驚き半分、うんざり半分、といった変な気持ちで馬を進めていた。
この辺りから、かなり砂漠に近い感じがする。
草はぽつぽつとしか見えなくなり、木も高い物はない。
地面は赤く、後ろの馬車を見れば、小さく砂煙。
固く、埋まりはしないが、表面は砂のようにさらさらしているのが分かる。
ごろごろ転がっている岩も赤く、砂っぽい感じが見て取れる。
話に聞く砂漠ほど暑くはないが、もう冬。季節を考えればかなり温かい。
むしろ暑い。
「おーい」
後ろの馬車からトモヤの声。
マサヒデが振り返ると、トモヤが御者台の上に立っており、遠くを指差している。
「マサヒデー! 見えるぞー! あれではないのかー!」
トモヤが指差す方を見るが、まだ見えない。マサヒデも鐙から立ち上がって、目を細めて地平線を眺める。
「ううむ、まだ見えんが・・・」
すぐ見えるだろう。
だが、まだ3日目、日も高い。あと15里はありそうだが、もう見えるのか。
高さ3町と言えば、ちょっとした山だ。
トモヤが御者台に座り直し、斜め前を馬で歩くカオルに、大きな声を掛ける。
「カオル殿! あれは山ではないのか!?」
カオルが振り向いて、御者台を見上げ、ちょっと笠を上げて、
「あれはただの岩です。山ではありません」
「岩!? 本当に岩か!?」
「ちょっと大きなだけです。高さ3町(300m)と少しくらいで」
「・・・」
トモヤが絶句して言葉に詰まってしまった。
「幅は1里(4km)程しかございませんので」
「それは山じゃ!」
「いいえ。岩です。土が盛ってあるのではありません。地面からむき出しの岩です」
驚きを抑えて、がなるのをやめて、ぺしん、ぺしん、と、トモヤが膝を叩く。
「いや、確かに凄いのう。見物に参ろうというのもよう分かる」
「それは良うございました」
「じゃが、ひとつお聞きしたい事があるのじゃ」
「何か」
トモヤは遠くに頭が見える風の岩を指差し、
「登るのではあるまいの」
「勿論です」
「どっちの勿論じゃ? 登るのか? 登らんのか?」
「勿論、登ります」
「やめじゃ、やめ!」
「あははは! トモヤ様、当然登りましょう!」
カオルが口を上に向けて笑う。トモヤは顔をしかめて手を振り、
「ワシは登らんで、馬車で寝ておるわ。カオル殿は満足ゆくまで、岩の上で3年寝ておりなされ」
「ふふふ。3年は寝ませんが、雄大なこの大地に沈む太陽は眺めておきたいと思います。この赤い地に、紫色に染まる夕暮れ。さぞや美しく見えると思えませんか?」
「上から見んでも十分じゃ!」
「ふふ。まあ、トモヤ様は馬車でのんびりしておられませ。私はクレール様の風の魔術でひとっ飛び致しますので」
は、とトモヤが呆けた口を開け、ぽん! と頭を軽く叩く。
「あっ! そうか! クレール殿がおるか!」
そうだ。ここには魔術師が居るではないか。
それも、クレールは行くのを楽しみにしているのだ。
カオルが笑顔を返し、笠を上げて頷く。
「そういう事です。トモヤ様は如何なされますか?」
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そして日も沈み、野営の時間。
焚火を囲み、ぱりぱりと干し肉を炙っていると、カオルが話し出した。
「この地の先住民に文明をもたらしたのは、鳳の神と伝わっております」
突然話し出したカオルに、皆の目が向く。
「空を飛んで降り立ったので、大きな鳥、鳳。そして、彫カトウなる神は、先住民の中の1人」
マサヒデは話を聞きながら、ふ、ふ! と干し肉を吹いて、口に入れ、ぐっと引っ張って噛みちぎる。
「彫カトウも、人だったのですか。仏様も、教会の神様も、元は人でしたね」
「そう言えばそうですね・・・ですが、彫カトウは、仏様や教会の神、ハリーススとは大きく違います」
アルマダが頷く。
「2面性を持つ。神道の神と似ていますね」
「はい。例えば、太陽神として、豊作の願いを叶えてほしい。その際は供物を捧げねばなりません」
マサヒデはまだ固い干し肉をごくっと飲み込む。固い物が喉に当たりながら、食道から胃に入っていく感触を感じる。
「それは別に珍しくはないのでは? 寺や神社にもお布施はします」
カオルが小さく首を振り、ぐにぐにと枝に干し肉を刺す。
「彫カトウが供物として求めるものは、命。人の命です」
ぱちっ! と枝が爆ぜ、皆の手が止まった。
「この赤い砂漠には、何万年も前は、大きな都があったと言います。そこここから、石造りの建物が、土の中から見つかると・・・中には祭壇らしき物が、人骨を横たえたまま・・・」
「まじかよ」
シズクが小さく呟いて、こくん、と喉を鳴らした。
「私はおかしな事とは思いません。今の社会も、人の命を削りながら出来上がっている社会。奉行所や軍が力を持ち、王が決めた法で秩序を作り、民を守る。代わりに、民が働いた分から税金を取る・・・謂わば、大量の人から薄く薄く剥ぎ取っている。それで、命を奪われている事に気付かないだけ。数人だけをまとめて殺すか、気付かない程に薄く、大量の者から奪うか・・・」
ぽん! と音がして、皆がアルマダの方を見る。瓶詰めを開けた音だ。
「なるほど。カオルさんらしい意見です」
「残酷と見えて、裏を返せば、非常に分かりやすい神です」
「しかし、2面性があり、太陽の神、戦の神、剣の神、色々な顔がある。分かりやすいように見えて、複雑でもある」
「はい」
「実に人らしい神です。で? 彼はどうして神になったんです?」
言いながら、アルマダがフルーツの瓶詰めをカオルに渡す。カオルが受け取って、中のとろけかかったリンゴをひとつ枝に刺し、口に入れる。
「鳳の神は、文明が栄えたと見えると、手助けはここまでで良いと、この地を飛び去ったのです。彫カトウは非常に賢く、鳳の神の教えを全て吸収した上、独自の発明・・・というのでしょうか。文明を更に発展させたとか。最初は小さな部落だった所が、戦が始まると、あっという間に大都市へ。彫カトウは神として崇められた、という訳です」
「なるほど」
「そして、鳳の神が様子を見に帰ってきた時、鳳の神の怒りを買い、封印された。あの大きな岩は、彫カトウの墓石という訳です」
「へえ・・・墓石ですか」
マサヒデが風の岩の方に顔を向ける。
夜になって見えないが、あの大きな岩は、神の墓石なのか・・・




