第24話
とんとん、とマサヒデの部屋がノックされた。
「む」
懐紙を咥えたマサヒデとアルマダがドアを見る。
「ご主人様」
カオルだ。マサヒデはアルマダの剣を納め、ソファーから立ち上がる。
ドアを開けると、カオルが立っている。
「どうしたんです。風呂には行かないんですか?」
つ、とカオルが顎の下に指を当てて、ぺろりと顔の変装を少しだけめくる。
「いえ・・・私、変装が」
「ああ。そう言えばそうでしたか・・・すみません」
カオルは顔から身体まで全身変装している。目の色まで変えられるのだ。本当の顔は、マサヒデ以外は誰も知らない。
「で、暇で?」
「はい」
「アルマダさんもですよ。入って下さい」
「は」
カオルが入ると、ソファーでマサヒデの予備の脇差、ヒロスケ作をまじまじと見ているアルマダがいる。
「カオルさんも見ていきます? 私もカオルさんの刀、じっくり見た事はないですし」
「後で。先に、明日からの行程で、少々ご相談が」
アルマダが脇差を納め、テーブルの上に置き、口に咥えた懐紙をポケットに入れて、マサヒデ達の方に顔を向ける。
「何か問題でも?」
「行きたい所がございます。少し寄り道をする事になりますが、マサヒデ様、ハワード様にも損はないかと」
「ほう。教えて下さい」
カオルが頷いて、慎重にテーブルの刀と剣をどけ、地図を広げる。
指差した場所は、何も無い平野。
「ここです」
マサヒデとアルマダが怪訝な顔で地図を覗き込む。
「何も無いですね? ここに何かあるんですか?」
「ございます。風の岩と呼ばれる、先住民の聖地です」
マサヒデが悲しげに顔をしかめる。つい先日、先住民達とやりあったばかりなのだ。20人以上の死者が出てしまった。
マサヒデの顔を見て、アルマダが言葉を続ける。
「いくらお守りをもらったからって、行っても平気なのですか? また斬り合いは御免ですよ」
「大丈夫です。ここは一般公開されております。見学は無料、上に登る事も出来ます」
「登る?」
カオルが笑って頷き、
「世界で2番目に大きな岩。高さ3町(300m超)以上、幅は広い所で1里(4km)にも届こうという岩があるのです」
それは確かに凄いが、わざわざ街道を逸れてまで行く必要があるのか。地図を改めて見ると、街道から10里は離れているから、1日掛かる。往復で2日。
アルマダが怪訝な顔を向け、
「ほう。それは凄いですが、ただ大きな岩を見に行く必要はないと思いますが」
「ここは聖地。そして、神が眠っている場所と言われております」
「・・・」「・・・」
マサヒデもアルマダも黙り込んでしまった。
神。
その昔、何万年、何十万年? それとも何百万年前。神と悪魔は実際に居たのだ。
簡単に言うと、人に味方した者を神、敵対した者を悪魔と呼ぶ。
その強さは、指先で魔王を山の向こうまで吹き飛ばす程の、圧倒的強さの者。
今、彼らは長い眠りについている。
「そして、ここは霊脈という・・・人で言う経絡、大地のツボのような場所です」
アルマダが胡散臭そうな目で地図から顔を上げ、顎に手を当てる。
「なるほど。神が眠っているなら、確かに凄い場所ではあります。しかし、それを確かめた者は居るんですか? 実際に神が居たとしても、寄り道する必要は全くないと思いますが」
「ですよねえ。別に神様に用はないです。お参りする必要でも?」
マサヒデもそう言って地図から顔を上げたが、カオルは冷静な顔で、
「神が居るにしろ居ないにしろ、このような霊脈で瞑想を行いますと、身体の気が非常に整えられるのです」
「へえ・・・」
「・・・」
マサヒデは、自分が今、あからさまに胡散臭い者を見る顔をしているな、と感じた。ちらっとアルマダを見ると、顔こそ変わっていないが、疑いがありありと目に浮かんで見える。
「お疑いですか?」
マサヒデが、ん、と小さく咳払いして、目を逸らす。
「いや、カオルさんの事は信じてます」
「そうですとも」
そう言って、アルマダの目も、すっとカオルから外れる。
ふ、とカオルが小さく笑い、
「でしたらば参りましょう。私は訓練時代に霊脈での瞑想の効果を知っております」
「まあ・・・」
「ええ・・・」
口を濁すマサヒデとアルマダ。
カオルが苦笑して、
「時に、古の剣の達人は、どこどこ神社とやらで修行中に閃いた、などという話が多くございますが・・・例えば鹿神流の北之天社なども、この霊脈のひとつ」
「へえ・・・」
「そうですか・・・」
マサヒデもアルマダも、乗ってこない。
「信じられないのも分かります。参りましょう。決して損はないかと」
「ううむ」
「・・・」
マサヒデとアルマダが顔を合わせ、カオルの方を向く。
「まあ、うん・・・私は良いですよ。アルマダさん、良いですかね」
「ええ。まあ、良いでしょう。で、ここに眠っているという神は、どんな神です」
カオルがにやりと笑い、
「破壊と創造の2面性を持つ神です」
「ほう?」
「太陽の神。魔術の神。日照りが続けば作物は育たないが、日がなければ作物は育たない。魔術は危険な力であるが、上手く使えば人々に大きな恩恵をもたらす」
「如何にも神、といった感じですね。機嫌を良くしておかないと、破壊ですか」
「そして、戦の神。剣の神。戦から混沌が生まれ、新たな秩序と文化、平和が作られる。剣を振れば血は流れるが、剣を振らねば守る事は叶わない」
マサヒデが興味なさそうに腕を組む。
「へえ。剣の神様ですか。私達にもご利益があると良いですね」
「必ずございます。この地にて、一晩瞑想を行いましょう」
「・・・」「・・・」
一晩もか・・・マサヒデがうんざりした顔で、
「それ、四半刻(30分)もやれば良いんじゃないですか?」
「ご主人様、大丈夫です。決して損にはなりません」
「本当ですかあ? からかってませんか?」
「何日も遠回りをして、そんな事は致しません。本当です」
カオルの事は信じてはいるが、あまりに胡散臭い。マサヒデは自分の声に疑いが乗っているのを感じて、ぺしぺしと自分の頬を叩き、顔を直して頷いた。
「うん、変な顔をして申し訳ありません。よし。分かりました! 行きます! 瞑想してみましょう!」
仕方ない、といった風に、アルマダも頷く。
「で? その神様の名前は?」
「彫カトウ=テヅカと呼ばれております。彫は入墨の彫」
信じよう! と言った所で、かくっとマサヒデが首を落とす。もう疑いを超え、呆れた顔になっている。
「彫カトウって・・・やくざ者みたいですね。それで争い事の神様なんですか」
「いえ。先日の先住民を見ての通り、この地の者は入墨を彫るもので、それはこの神を真似てという話。必ず、彼らは黄色と黒を入れます」
「黄色と黒?」
「かの神は、人の形のジャガー・・・つまり、獣人の神なのです。現在、ジャガーの獣人は確認されておりませんが、古くはおったのかもしれませぬ」
「ふむ?」「ほう」
マサヒデとアルマダが同時に声を出す。
獣人と言われると、何だか話に信憑性が出て来た。
太陽の神だとかなんだとかは知らないが、とにかく神様と呼ばれる生き物の寝所というのは、本当なのかもしれない。
だが、霊脈で瞑想して云々は、どうにも胡散臭い所が消えない。
カオルは腕を組んで、斜め上に目を向けながら、話を続ける。
「大体、獣人の種も少なすぎます。世には様々な獣がおるのに、犬、猫、兎、狼、虎、熊・・・知る限り、これしかおりませぬ。他の獣の種の獣人が居ないのは、不自然です」
「まあ、そうですね」
「鼠や鹿、羊や牛などもおってもおかしくないはず」
が、アルマダは腕を組んだまま、ぐっと背もたれに背を沈め、
「本当に居ないんですか?」
そう言って、少し皮肉っぽく笑う。
「え」
「と、仰られますと?」
「ひとつ所から外に出ないとか。単純に数が少ないとか。他から全く危険視されておらず、よそに知れていないとか。そういうだけではないですか?」
「・・・」「・・・」
「カオルさんの言う通り、不自然です。ですが、我々が知らない、知ろうとしないだけで、居るのでは? 世間に知られない程の少数という事もありますが・・・」
ぱん、とアルマダが背もたれを叩き、
「ああ、こういう考えも出来ますか。例えば、狼族と犬族、見た目はそっくりですよね」
「そうですね」
「はい」
アルマダが指を立て、ちらっと口の端を上げ、
「さて。力持ちで、角があって、凄く重くて・・・牛の獣人と言ったら、こんな感じでは? これ、鬼族そっくりですよ。鬼族と変わりないから、あれは鬼族って見られてるだけかも・・・そんな種族、居ませんかね」
「あ、なるほど・・・」
「ジャガーの獣人。確かに聞いた事もない。ですけど、見た目は猫族とほぼ変わりないのでは? 虎族程ではないが、猫族にしてはやけに力が・・・それ、ジャガーやヒョウの獣人では? 恐ろしく強い虎族を除いて、猫科の獣人をまとめて猫族って呼んでいるだけでは? 本人達もそれに気付いてないだけでしょう。自分は猫族にしては結構強いのでは、くらいで」
「ああ! それありえますね!」
アルマダが鼻で笑って、
「動物の犬だって、種の違いで大きいのも小さいのもいます。同じように、犬族の中にもちゃんと種があるのでは? ひとつの『犬族』という中での個人差ではなく」
マサヒデが納得、と、小さく顔を縦に揺らす。
「猫だってそうですもんね。じゃあ、猫族の中にジャガーやヒョウが居てもおかしくないんですね」
アルマダが少し得意気な顔で、頭の後ろで手を組んで、カオルを見る。
「そういう事です。知らないだけなんですよ。そうまとめて呼ぶのが常識になっているだけ。狐とかも犬族の中に居るはずです。カオルさん、そう思いませんか?」
「ううん・・・確かに」
「私達、気付いていないだけで、色々な動物の獣人に会っていると思いますよ。世間では、見た目で犬、猫とひっくるめて呼ばれているだけで」
マサヒデも腕を組み、ソファーにもたれかかり、天井を見上げる。
「そう言えば、象とか、キリンの獣人は見てませんよね?」
「・・・」




