第18話
ホテル・ゾーンカバー。
公営カジノホテルと知られるこのホテルは、4つ星ホテルであるにも関わらず、宿代が非常に安く、スイートで銀貨28枚という破格の値。それだけ安くしてもカジノで稼げるからである。
マサヒデが部屋に入り、雲切丸を枕元に置いて、ごろりと寝転がっていると、少しして、ここん、とドアがノックされた。
「はーい」
隣のベッドでは、クレールが幸せそうに枕を抱いている。くす、と笑って脇差に手をかけつつ、ドアを細く開けると、使用人が頭を下げている。
「お荷物をお持ちしました」
「ああ」
ドアを開けながら、さり気なく腕を組むようにして、脇差には手をかけたまま。
廊下には台車に、クレールの衣装が詰め込まれたど派手な箱と、上に刀。
使用人はマサヒデの無銘の刀を差し出し、
「こちらの御刀が、トミヤス様」
「そうです」
「お確かめを」
使用人が刀を両手で差し出す。
「ふむ?」
マサヒデが首を傾げる。
「何か異常がございまでしょうか」
柄を自分の右手側にして差し出している。が、刃は自分の方を向いている。やはり米衆連合には刀がないから、知らないのか。
「刀を相手に差し出す時は、左右を逆に。握る方を自分の左手、刃の方を自分に向けて差し出すのです」
「し、失礼致しました・・・」
使用人が左右を逆にして、マサヒデに差し出す。マサヒデは頷いて、
「いえ、気にしないで下さい。元々、刀の文化なんてない国なんですから、知らなくて当然です。まあ豆知識のようなものとして」
「は・・・」
一応左手だけで刀を取り、ドアの内側に立て掛け、
「あと、脇差があったと思いますが」
「こちらですね」
今度は注意された通りに脇差が差し出される。
これも受け取り、ことりと立て掛ける。
「こちらがレイシクラン様のお荷物ですが、どちらに?」
「ええと・・・」
ドアから離れ、台車が入ろうとした所で、はっとしてマサヒデが止めた。
「ちょっと待って下さい。蓋、開けてもらって良いですか?」
「は?」
「私達、勇者祭の参加者なんですよ。すみませんが、一応。爆弾とか入ってたら困りますので」
「ばっ・・・」
くす、とマサヒデが笑って、蓋に手を掛ける。
「ま、建物内で爆弾はまずないとは思いますけど。お縄になりますからね。一応です、一応。何度か爆弾を投げ込まれた事がありますから」
「・・・」
がた。
びく! と使用人が台車から手を離す。
マサヒデが蓋をがたがた上げるが、蓋が開かない。
「ああ、鍵か。じゃあ良いです。ええと、あの女の子のベッドの横に置いて下さい」
「は・・・」
あれがレイシクランの・・・使用人がどきどきしながら、ベッドの横まで台車を押してくると、むくっとクレールが起き上がる。枕を抱いたままだったが、目が厳しい。
「このホテルの使用人は、刀の扱いも教えておられませんの?」
真っ青な顔で、使用人が慌てて頭を下げる。後ろではマサヒデが苦笑している。
「大変な失礼を致しました」
「世界から人の集まるホテルでしょうに、なんと礼儀のならない・・・」
「は。申し訳もございません」
「それも、米衆連合は日輪国と同盟国。共に手を取り合っていこうという国の礼も知りませんの?」
「恐れ入ります」
またがみがみとお説教が始まりそうなので、マサヒデが手を出して、
「まあまあ。クレールさんだって知らなかったんですから。誰だって、教えてもらわなきゃ最初は知りませんよ」
むっ、とクレールがマサヒデを見たが、すぐ使用人に目を戻し、
「マサヒデ様がああ仰いますので、今回は宜しい。ですけれども、教えてもらわなかったから知りません、で無礼は許されません。それは相手に礼を知る必要もない者だという」
「まあまあまあまあ! そこまでで。まずは休みましょうよ。クレールさんは、このホテルの教育係じゃあないんですから。ね。もう休みましょうよ。久しぶりのベッドですし」
「む・・・ううん・・・もう下がって宜しい!」
「ははーっ!」
使用人は慎重にずしりと重い箱を置き、深く頭を下げて出て行った。ドアが閉められるまでマサヒデは見送って、ドア脇に立て掛けてあった大小を取り、テーブルの上に置いて、脇差、無銘、と抜いて軽く検める。
「ん。問題なしと」
ベッドの横に持って来て、枕元に立て掛け、マサヒデも寝転がる。
「ああ、私はこういうベッドって、どうにも落ち着きませんよ。布団、敷いてもらえますかね」
ぷ! とクレールが吹き出し、
「くくく・・・布団はないと思います!」
「ですよね。でも、絨毯が厚いから、このまま枕置くだけでいいかな・・・」
「あははは!」
マサヒデが床に枕を置いて寝転がる。ごろり、ごろりと向きを変えてみる。
「あ、別にこれでも悪くないですよ。この床、思いの外柔らかいです。十分寝心地良いですよ」
「あーははははは! マサヒデ様! マサヒデ様!」
クレールが枕を叩いてげらげら笑う。
「それより、後でカジノに行っても良いですか? 自分のお金で遊びますから」
「別に構やしませんが、行くなら誰か連れてって下さいよ。ここ、魔族も入れるんですから、絶対に闇討ち組がいますよ。こんな良いホテルで安いんですから」
「・・・あっ!」
一拍おいてから、クレールが「はっ!」と気付いた顔。
「あっ! てなんです。もしかして、考えてなかったんですか?」
「全然! 良いホテルは勇者祭の人達は居ないって思ってました! そうでした、ここ、安いんですよね・・・」
「クレールさん・・・」
ふとマサヒデは不安になって、呆れ顔のまま起き上がって、雲切丸を腰に差し、
「ちょっと、今すぐ皆の部屋に行きますよ。同じ思い込みしてないか不安ですから、一緒に来て下さい」
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とんとん。
「うーい」
トモヤの声。
「俺だ。入るぞ」
「入れ入れ」
かちゃっとドアを開けると、トモヤがにっこり笑って、マサヒデにグラスを上げた。案の定、早速酒を呑んでいる。ちらりと横を見ると、シャワーの音。
「アルマダさんは風呂か」
「ほうじゃ」
「トモヤ、ひとつ聞きたい」
「ん? 何じゃ、怖い顔をして・・・」
ぐびっと酒をあおるトモヤは、油断そのもの。
「お前、ここに闇討ちがおると思わんか?」
「思わんのう。このような高い宿に、勇者祭の闇討ちなぞおらぬではないか?」
ち、とマサヒデが舌打ちをすると、クレールもやっぱり、と肩を落とす。
「おい、忘れたのか。ここは良いホテルだが、安いのだぞ。それも、物凄く」
トモヤがぎくっとして、グラスに口を付けたまま固まってしまった。
「・・・」
「ここは銀貨20何枚という部屋だが、安い部屋はいくらかな。10枚とか11枚とかだったか。闇討ちするような者はおらんかな? しかも賭場まであるときた」
酒で赤くなった顔が、さあっと青ざめていく。
「・・・」
マサヒデが、ふう、と溜め息をつき、
「その酒、大丈夫であると良いな。朝駆けでいきなり爆弾を投げ込んでくるような者がおったが、毒はないと良いな。カオルさんに確認してきたらどうだ?」
「わあっ!」
トモヤはグラスを投げ出して、ばたばたと部屋を飛び出していった。
「何事です!?」
声と共に、素っ裸のアルマダが風呂場から飛び出してくる。
「わあっ!?」
声を上げて、クレールがマサヒデの裏で目を閉じる。トモヤが投げ出したグラスが、酒を垂らしながら転がっていく。
「・・・何か着て下さい」
「・・・」
ぱたん、と風呂場が閉じて、すぐに開いて、頭にタオルを乗せた、バスローブのアルマダが出て来た。
「で、何なんです。何があったんです? 私は落ち着いていて良いのですか?」
「落ち着いていて構いませんが、一応、確認させて下さい」
「何を?」
「こんな良いホテルに、闇討ちが来るわけないですよね」
「当たり前じゃないですか・・・全く。警備もしっかりしてますよ。侵入は難しい」
アルマダが呆れ顔で答えながら、転がったグラスを拾い、酒を注ぐ。ソファーにもたれ掛かり、
「まあ、絶対にないとは言えませんが。貴族の参加者もいるんですから」
「ここは凄く安くて、賭場までありますけど、侵入なんかせずに堂々と泊まりに来ませんかね」
「・・・」
「泊まってないと良いですね。そんな人」
アルマダは口に運びかけたグラスを、そっとテーブルに置いた。




