第17話
翌日。
町の外で昼を食べ、馬を休ませながら、カオルを待つ。
マサヒデもアルマダも、無表情で馬をブラシで撫でている。
シズクもつまらなそうに寝ている。
イザベルも剣を磨いているが、楽しみでたまらない、という感じではない。
「ラディさんは、楽しみですよね?」
「何がでしょう」
「カージーノッ!」
「全く」
ラディは馬車の中で、詐欺師から取ってきたタケヨシの刀を、飽きることなく眺めている。
「シズクさんもですか?」
「ないね」
そう言って、シズクもひらひら手を振る。
「飯は楽しみっちゃ楽しみだけどさ・・・米衆連合の飯って、あんま美味くないんでしょ? 大雑把でさ・・・私みたいな大喰らいにはぴったりらしいけどさ。私、日輪国に結構長くいたしさ・・・」
「米衆連合には行ってないんですか?」
「行ってないよ。私は魔の国から大陸沿いに、白露を素通りして日輪国に渡ったんだ。強い男は日輪国にいーっぱいいるって聞いたからさ・・・それ聞いてすぐ日輪国目指して一直線さ」
「なんで米衆連合から来なかったんですか?」
「金が無かったから。船、すんげえ高かったもん! 今は金貨1枚ありゃ、白露から日輪国に行けるでしょ。昔はとんでもない値段だったんだ。米衆から海を渡ってなんて、とても払える金額じゃなかったよ。白露からも高かったんだ」
「へえ・・・」
シズクは転がって仰向けになり、
「お金持ちのクレール様には分からないよねー! ま! 私もクレール様も、たまにはたっくさん食べないと、バテちゃうからさ。まずくても文句は言わずに、ホテルで腹いっぱい食べとこ。賭場よりそっちが大事だよ」
「ううーん・・・」
誰もカジノに興味なし・・・
「あっ」
クレールが馬車からちょこんと下りて、剣を磨くイザベルの所に歩いて行く。にこにこしながら歩いて行くと、イザベルが剣から顔を上げ、笑みを返してくれる。
「イザベルさんは、カジノに行ってくれますよね!」
「申し訳もございませんが、賭け事は致しませぬ。私、風呂とスパが楽しみで」
さらっと笑って、イザベルの目が剣に戻り、手を動かし始めた。
「じゃあじゃあ、一度やってみましょうよ!」
「申し訳ございませんが、私、文無しで・・・」
「貸してあげます!」
「お申し出はありがたいのですが、これ以上借金を増やすのも。今も、この剣の借り賃が溜まっておりますので」
イザベルの剣は、マサヒデの父、剣聖カゲミツ=トミヤスから借りた剣。借り賃はなんと1日に金貨1枚。
イザベルが馬車を指差し、
「それに、今、我々が持つ金は、あの馬車にあるマサヒデ様の金のみです。大袋ひとつと半程。船は遥か向こう、ロストエンジェルの港です」
「ううん・・・」
「もしお遊びなさるのでしたら、自分の金で。銀行で金を下ろして下さいませ。もし負けてここで文無しは厳しいです」
む!? とクレールが怒りを表してイザベルを睨む。
「私が負けると!?」
「クレール様。賭場は胴元が勝つと決まっております。まして公営であれば尚更」
「何故!」
「でなければ、商売になりませぬ。4つ星のホテルのスイートが銀貨28枚で賄えていけるほど、カジノで儲けておる、という訳です」
「それは分かりますけど・・・」
「軽く計算してみましょう。通常、4つ星のスイートとなれば金貨5枚以上はします。1部屋で、毎日、金貨4枚以上を損しておる計算です。4枚として、1年で金貨1460枚の赤字です。そのホテル、スイートは何部屋ございましょうか。10階建てが2棟の大ホテル。10部屋? 20部屋? 年にいくら赤字が出ましょうか」
「ううん・・・」
「まあ、毎日スイートが埋まるというわけでもないでしょうが、ホテルの赤字分は金貨で万は下りますまい。更にホテルの人件費、施設維持代などを考えると、いくら必要なのか」
「・・・」
「それを稼いでいるカジノです。行きたいのであれば、カオル殿を供に連れて行かれませ」
「まさか、イカサマですか!?」
「スティアン伯爵の領地の公営賭場、それはないかと思いますが・・・使う金はいくらまで、と決めて勝負なさいませ。あまり大きな金は使いませんように。強い者が待ち構えております」
イザベルが剣を持ち上げると、きらりとイザベルの剣が光った。
(余計な面倒にならねば良いが)
ふ、と息を拭いて、風で乗った砂を払い、もう一度拭って、剣を納める。
クレールはふんふんと鼻を鳴らして馬車に戻って行った。
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そしてホテル・ゾーンカバー前。
プールアンドスパ、と看板の下にやや小さな字で書いてある。
「なあんじゃ、あれは・・・」
トモヤが変な顔で、ホテルの前で声を上げる。
マサヒデもアルマダも、呆れたような変な顔で首を傾げる。
「ううむ・・・魔獣、ですよね。あの形」
「でしょうね・・・」
高さ2丈(約6m)はあろう、大きなピンク色の四足の魔獣の像が、でかでかと立っている。一体これは何なのだろう? 象のようにも見えるが、鼻は長くない。首が長いが、キリンのように細く長くもない。頭2つ分くらいの長さ。目が細く、顔は穏やかに笑って見える。
そして、背中から垂れている幕には『千客萬來 ホテルゾーンカバーへようこそ』。
皆が馬車から下りてきて、へんてこな像を何とも言えない顔で見上げている。
偵察で一度来ているカオルも、やっぱり変な顔。
クレールも変な顔で首を傾げて、像を指差し、
「あれ、多分、恐竜だと思います・・・あんな色ではないと思いますけど」
「恐竜?」
「多分・・・魔王様が若い頃は、ああいう大きな動物がたくさんいたそうです。魔獣ではないんですって」
「へえー・・・」
「たまに骨が見つかるんです。組み立ててみると、凄く大きな獣になるんです。大きなものは背丈が7丈(20m以上)を遥かに超えるそうです」
マサヒデが喉を鳴らす。
「7丈って・・・凄いですね。魔王様って、そういう世界で生きていたんですね。魔獣ではないって事は、あれも魔獣化するんでしょうか」
「するそうですよ。そういう骨も見つかってます。こんな大きさの魔獣なんて、とんでもないですよね。でも、魔王様、それを素手で殴り倒してたんですって」
あっ、とマサヒデが小さく声を上げて、
「ちょっと待って下さい。恐竜って、竜? もしかして、竜って、この仲間?」
はて、とクレールが首を傾げ、
「とは、違うと思いますけど・・・そうなんでしょうか? 大きいから、竜と呼び名を付けただけなのでは? 人、獣人、みたいに。形は似てるけど違う種族では」
「ああ、なるほど・・・しかし、この色には度肝を抜かれますね。本当にこんなのが生きて動いていたら、恐ろしー・・・い、ような、でもない、ような・・・」
は、とシズクが息を吐き、ピンクの恐竜を指さして、
「なんかこれ、全然怖くないよね。イザベル様も怖くないでしょ?」
「ああ。ラディはどうだ?」
「怖くないです」
「ね。でも、可愛い感じでもないしさ・・・米衆の人の好みって良く分からないね」
「だな」「はい」
「じゃあ、中に入りましょうか・・・」
建物の方を見れば、10階建ての石造りの建物が2棟。
これもでかい。
(もうこの建物が恐竜で良いんじゃないか)
がらがらと広い敷地を進んで行くと、馬車が大量に並んでいる。
看板が出ていて『無断使用罰金。宿泊客は無料』と書いてある。
マサヒデが看板を指差し、
「ううん、アルマダさん。これって、ここに停めずに、まずホテルで部屋を取れって事ですよね。じゃないと罰金ですし。このまま建物の前まで行けば良いのかな」
「そうじゃないですか。取り敢えず手前の方に行きましょう」
ぽっくりぽっくりと馬を進め、建物に近付いていく。
でかい。高いだけではない。横幅も奥行きもある。
マサヒデが笠を上げて建物を見上げ、
「これまた凄いですね・・・ブリ=サンクなんか比になりませんよ」
「全くです。上の階の部屋、登るのが大変ですよ・・・とにかく大きいは凄い、大きいは偉い、という感じなんでしょうね」
「なんか単純ですけど、そんな感じしますよ。アルマダさん、前出て下さいよ。私が前だと、門前払いされそうです」
「分かりました」
ぽく、ぽく、とアルマダが前に出て行く。
そのまま玄関まで進んで行くと、開いたドアから給仕が出て来て、頭を下げる。
またドアもでかい。門のようだ。
アルマダが鎧を鳴らして馬から下り、使用人の所まで行って軽く会釈する。
「12人分の部屋はありますか。スイートで」
「ホテルゾーンカバーへようこそ。ご歓迎致します。部屋割りは」
「ツインを2部屋。後は任せます」
マサヒデとクレール。
アルマダとトモヤ。
カオル、シズク、ラディ、イザベルの女4人。
アルマダの騎士の男4人。
「少々お待ち下さいませ」
使用人が中に入っていき、フロントの者と少し話して戻って来て、
「ファミリー、ツイン、シングル、どれもご用意出来ます」
アルマダは少し考え、
「では、ツインを2部屋。ファミリー4人部屋を2部屋頼みます。馬と馬車は任せて良いですね」
「はい。お荷物はどう致しましょう」
「必要な分は手に持って行きます。万が一、盗難、紛失の際は保障はされますね?」
「勿論でございますが、貴重品は皆様でお預かり頂けますと」
「結構。では準備させます」
喋っている間に、中からぞろぞろと使用人が出て来て、マサヒデ達の馬の横に並び、口を取る。アルマダがマサヒデに頷くと、マサヒデが馬を下り、カオル、イザベルも馬を下り、トモヤも御者台から下りる。
アルマダは馬車の後ろに歩いて行き、中を覗いて、
「皆さん、着替えと必要な物だけ持って来て下さい。シズクさんは金の袋を頼みます」
「はあーいよっ」
「はーい!」
「はい」
シズク、クレール、ラディの3人がごそごそ荷物をいじりだす。
ラディが八十三式、長鉄砲を肩にかけ、タケヨシを長椅子から出して抱える。
使用人が台車を押してアルマダの横に歩いて来て、
「宜しければ、皆様のお手荷物はお運びしますが」
アルマダが手を振り、
「ああ、大丈夫です。というか、持てないと思いますよ」
そう言って、シズクの鉄棒を顎でしゃくる。
「あれ、総鉄ですが、その台車で運べます?」
「・・・」
「ははは! ま! クレールさん、ラディさんの荷物は預けましょう! お二人はこちらの方に荷物を!」
「はい! では、シズクさん! 私の着替えの箱、頼みます!」
「ほいよー」
どさどさと荷物を避けて出てきたのは、この馬車には場違いなまばゆい箱。
ぎょ! と使用人が目を見開き、おほん、と小さく咳払いをして顔を平静にする。
「はい」
「お預かり致します」
そう言って、使用人が手を伸ばしたが、シズクが慌てて引っ込めて、
「あ、あ、いいよ。ごめん。私が乗っけるわ」
そう言って、箱を持ったまま飛び降り、台車にほいと乗せると、ぎしっと台車が軋んだ音。む? とアルマダが首を傾げ、
「クレール様、どれだけ詰め込んだんです?」
「適当です!」
アルマダが使用人の肩に手を置き、
「この箱の紋章を見ての通り、レイシクラン本家、フォン=レイシクラン家の御息女、クレール=フォン=レイシクラン様の持ち物ですから、万が一にも落とさないようにして下さいね」
「レイ・・・おほん。お任せ下さい」
使用人は辛うじて平静を保っているようだ。
「ね、ハワード様、マサちゃんとカオルの刀とかどうする? 予備のやつ。持ってった方が良いよね?」
「そうですね。運んでもらいましょう」
ほいとシズクが差し出したのは、カオルの刀、モトカネ。
使用人が何気なく受け取った所で、アルマダがにやっと笑って、
「それ、多分800年くらい前の物なので、気を付けて下さい」
「は?」
「800年くらい前の刀なので、気を付けて下さい。いや、800年弱くらいですか。値段をつけられる物ではありませんから、傷でも付けて保障となると大変ですよ」
「はい」
使用人は無表情だが、顔色が悪い。
「どうしました? お顔の色が・・・ははは! もう何人か呼びますか?」
「そう致します・・・」
「はい次」
アルマダがマサヒデの無銘を受け取って、箱の上に乗せる。
「はは。シズクさん、荷運びには人が足りないみたいです」
「ハワード様も人が悪いねー!」
青い顔で玄関に向かう給仕を見て、アルマダがくすっと笑った。
これで脅しは十分。ホテル側も気を使ってくれるだろう。




