第16話
それから1日進めて、夜。
焚き火を囲んで、カオルが地図を広げた。とん、と地図に指を置き、
「この調子で進めて行くと、明日には町に入ります」
「ふうむ。どんな町です」
「良いとも、厄介とも言える町です。ゾーンカバー。観光地です」
「観光地ですか・・・」
マサヒデがちょっと首を傾げて、もう一度、ふうむ、と声を出し、
「そこ、魔族入れます?」
米衆連合国は教会が強い。特に内陸には魔族排斥派も多いのだ。町どころか、領地丸ごと排斥派、という所もあるので、そこは避けていく。この街道をまっすぐ行って東海岸、というわけにはいかない。
カオルが頷いて、
「観光地ですので、そこは大丈夫でしょう。先に私が先行して調べて参りましても」
「ま、それには及ばないでしょう。ここはまだスティアン伯爵の領地?」
「はい。ゾーンカバーの町もそうです」
「待って下さい」
アルマダが焚き火をじっと見つめたまま、
「カオルさん。町に入る前に、保安官の確認をしてきてほしいのですが」
カオルが首を傾げる。
「保安官を? 理由をお尋ねしても宜しいでしょうか」
「米衆では、腕利きの犯罪者を保安官や補佐に雇うと聞きますよ。首枷という意味もありますが・・・多少は見逃される事もあり・・・色々あるとかないとか」
「・・・」
「他の領地では大賞金首の者が、別の領地で保安官、などは珍しくないらしいではありませんか。念の為に確認をしてほしいのです。分別のつかない悪党だと、大貴族も見境なし・・・」
アルマダがクレール、イザベルを見る。
マサヒデが首を傾げて、
「ほあんかんってなんです?」
「米衆連合国の岡っ引きの事です。正規の奉行所の役人ではない役目の者。警察から逮捕の権限などを与えられて、取り締まる役目をする者です。日輪国でも、元盗賊が奉行所の手下で働く、なんて珍しくないでしょう」
「別に捕まる程度なら、いつでもカオルさんや忍の皆さんが助けられますよ」
アルマダが呆れ顔で首を振る。
「逃げたら牢破りです。それで賞金をかけられると面倒ですよ。合法的に我々を犯罪者に出来る。いちいち保釈金を払ってたら、いくら絞られるか分かったものではない。荷物の没収なんてされてみなさい。即日闇市場行きで紛失、行方不明です」
シズクが鼻で笑い、腕を回す。
「そんな奴らぶっ飛ばしちゃえばいいのさ! 大人しく捕まる事なんてないよ!」
「保安官に手を上げたら、当然ながら賞金首ですよ。警察に追い回されます。我々の事を知ったら、下手すると騎兵隊が出て来てしまいますよ」
「めんどっ!」
アルマダが眉間に皺を寄せ、焚き火を睨みつける。
「ええ、面倒です・・・面倒ですね。面倒な保安官や補佐がいると、面倒ですよ。排斥派がいる町ではないなあと入ってしまった所に、そんな保安官がいたら・・・目をつけられると厄介・・・」
アルマダがぐるりと皆を見渡す。
一見して高い馬。
一見して分かる上級貴族。
この国では滅多に見られないサムライは、高く売れる刀を腰にぶら下げている。
馬車を覗けば鬼族が寝転がっており、武器がごろごろ。
「・・・私達が目を付けられない訳が無いですよね」
カオルが軽く頷き、
「そのような者ならば、私が始末して参りましょう。大手を振って町に入れます」
「ふむ」
マサヒデが慌ててカオルを抑えるように手を出して、
「ちょ、ちょっと。岡っ引きですよね。始末ってまずいのでは」
カオルとアルマダがマサヒデを見返し、
「悪党ならば、です。例えどこぞの賞金首であろうと、真面目に職務をこなす者であれば、生かしておきましょう。他領で賞金首の者であれば、そこへ参れば賞金ももらえますし」
「そうですよ、マサヒデさん。腐った役人を生かしておけば、町の者は苦労するばかり。しかも相手は岡っ引きで簡単に手は出せず、そのくせ盗賊のような者。訴えなどしたら、訴えた者を殺して他の領地で保安官をやりだすかも」
「・・・」
「やったとバレなければ良いのです。カオルさんなら簡単な事でしょう」
「お任せ下さい」
ぱさぱさとカオルが地図を畳む。
アルマダが顎に手を当て、
「我々は、町から少し離れた所で一度止まりましょうか・・・カオルさんは、町に潜入する時は、あの馬・・・そうそう、ルチル。あれで行きなさい。白百合では目立ちすぎます。イザベル様、ルチルを借りても宜しいですね?」
「勿論です」
「よし。面倒ですが、これから町に入る前は、保安官、保安官補も確かめる事にしましょう。異議はありますか?」
誰も手を挙げない。異議なし。
「では皆さん、面倒ですが、我慢して下さい。カオルさんが戻るまで待つだけです。平和な町なら、ゆっくり風呂に浸かるもよし、ベッドで休むもよし」
「ああー! ベッドー!」
クレールが嬉しそうに声を上げる。ここ数日、ずっと寝袋で寝ていたのだから、お嬢様のクレールには大変だっただろう。カオルがくすっと笑い、
「では、この町の良い所を。この町には安くて良いホテルがございます。一晩泊まっても良いかと」
「んふー・・・」
にやにやするクレールを見て、カオルも笑みを浮かべる。
「それと、ハワード様。ご心配の保安官ですが、この町はまず大丈夫です。一応、確認は致しますが」
「何故です」
「ここは賭場の町です」
「カジノですかあー!? やった!」
クレールが目を輝かせる。
が、アルマダは反対に顔をしかめ、
「カジノですか・・・」
「ハワード様、ご懸念には及びません。公営の賭場ですので、ヤクザ者の類はおりません。また、それらが居つけないよう、警官も保安官も、粒選りが揃っているはずです。公営、つまりここでのカジノの収益の一部は、スティアン伯爵に入るのです」
呆れたような顔で、アルマダが頬杖をつく。
「なるほど。流石はスティアン伯爵。商売上手ですね」
「ホテルも格安。4つ星で、銀貨30枚あれば最高級のホテルのスイートを借りられます」
カオルがぱらぱらと手に持った本をめくる。入国審査の待合室にあった、米衆連合観光案内だ。
「ええ・・・と。一番高い部屋が銀貨28枚。一番安い部屋が11枚です」
ええ? と皆が怪訝な顔をする。
いくらなんでも、ホテルのスイートが銀貨28枚は安すぎる。それも最高級?
「一番高い部屋が銀貨28枚? もしかして、観光客を集める為ですか?」
「その通り。カジノで十分な売上が出るので、ホテル代は安いという訳です」
「なるほど・・・上手い手ですよ。クレールさん、勉強になりますね」
「はぁい! 楽しみです!」
かく、とアルマダが肩を落とす。マサヒデも溜め息をつき、
「オリネオでクレールさんが泊まってた部屋って、いくらなんです」
「金貨8枚です」
10分の1以下。確かにこれは安い。
「こちら側から入った所に商店街。商店街を過ぎるとすぐ、街道の左側にホテルゾーンカバー・プールアンドスパという非常に大きなホテルがございます。レストランは10箇所、カフェ、バー。プールが3。プールサイドバー。スパ。サウナ。そして、カジノ」
「うわー! 明日が楽しみですね!」
マサヒデが怪訝な顔で首を傾げ、
「ちょっと待って下さい。何でレストランが10箇所もあるんです?」
「10階建ての建物が」
え!? と皆が驚き、目を丸くしてカオルを見る。
驚いていないのはクレールだけ。
「ええっ!? 10階!? ちなみに、ちょっと聞いていいですか? ちなみにですよ。クレールさんの家って、何階建てなんです?」
「本宅で6階しかないですけど」
「は!?」
クレールはうんざりした顔で仰向けになり、はあー、と溜め息をついて、
「私の部屋、4階なんですよおー・・・階段の上り下りが面倒で。お父様、お母様のお部屋は5階ですから、まだましですけど」
「そおですか・・・」
皆、聞き逃さなかった。
本宅で。
他にも敷地内に屋敷がいくつもあるのだろう・・・
さすがに世界で上から何番目、という貴族は違う。
なにせ、日輪国がいくつも入る大きな領地を持っているのだから。
「なので、私は普段は隣の別邸に住んでます。2階建てですから」
「へえー・・・」
やはり別邸があるのだ。他にもいくつもあるに違いない。
ちらりとアルマダを見ると、アルマダも驚いた顔をしている。
一応、日輪国の大貴族の家ではあるが・・・
(ここは聞かないでおこう)
おほん、とカオルが咳払いして、
「えー・・・10階建ての建物が2つありまして・・・広いので、客に不便とレストランがいくつも作られておるのです。カジノは地下にございます」
「へ、へーえ・・・」
仰向けのクレールがにっこり笑う。
「楽しみですねー! 疲れた身体をゆっくりと休めましょーう!」
は、とアルマダが息をついて、ごろりと寝転がる。
「そう言えば、米衆連合にはカジノ都市があると聞きましたが、ここですか?」
「いえ。ラストベナスという都市になります。ゾーンカバーの何倍もの大きさがあり、同じような賭場のあるホテルがいくつもございます。ここから北へ4日の距離です」
「少し遠回りしても・・・」
クレールが期待の目でマサヒデを見上げたが、マサヒデはすっと目を逸らしてクレールに背を向けて横に寝転がり、ぷちぷち草を抜いて、
「4日もかけてそんな所には行きたくないですよねえ」
と、焚き火に抜いた草を放り込む。カオルも苦笑いして頷き、
「行かない方が良いかと。砂漠地域のど真ん中の都市で、行くまでが大変です。この辺りのように木や草はありません。一面が砂と岩の地域です。都市の近くに湖があるだけで、他に水場がございません。そのような所を4日も進めるのは大変です。草がないので、馬の飼葉も大量に買っておきませんと」
「ええー! 行けないんですかー!?」
クレールが口を尖らせたが、カオルは澄ました顔で、
「行けない事もございませんが、そこから東へ向かうとなると、また砂漠。砂漠を抜けると湿地帯。次は山脈。山脈を越えると国有林地帯。となると、北か南へ大回り。まっすぐ東へ進むのは困難というか、無理です。ラストベナスから東海岸へ向かうのであれば、また砂漠を4日かけてここへ戻る事になります。どうされますか?」
「ううん・・・行きません」
「それが賢明です。ゾーンカバーでお楽しみ下さい」
「はあい」
はあ、ふう、と、マサヒデとアルマダが溜め息をついて転がる。
賭け事など真っ平だ。退屈な町になるか・・・




