第15話
マサヒデ達は街道の脇に止まっていた馬車につき、すぐいつもの配置についた。
馬を進め出すと、馬車もがらがらと動き出す。
「マサヒデー! 大丈夫じゃったかー!」
後ろからトモヤの心配そうな声。
ぐ、と目を瞑って、笑顔を作り、
「ああ! 平気だ! 誰も、怪我ひとつない! 心配をかけた!」
ほう、とトモヤが息をつく。
マサヒデは軽く手を振り、前を向いた。
マサヒデも、隣に馬を並べるアルマダも、暗澹とした顔をしていた。
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そして夜。
街道の脇に馬車を止め、皆が焚き火を囲む。
飯になっても皆の口数が少ないので、クレールが心配そうにマサヒデの袖を引く。
「あの、昼間の野盗ですか?」
はあ、とマサヒデが溜め息をつき、首を振る。
「ええ。あの方々、野盗じゃなかったんです」
「と言いますと」
「先住民の人達。あの辺、あの方々の土地だって。縄張りみたいなもんでしょうね。私達が武器を持ってたから、危険人物と思ったんでしょう。勘違いで襲ってきたんですよ。先に伝えてくれたら、避けて行ったのに・・・」
「・・・」
馬車に乗っていた皆も、言葉も出ない。無用に大量の死者が出たのだ。
「無駄な人死がたくさんです。殺人狂じゃなきゃ、暗くもなりますよ」
ふうー、とマサヒデが細く長く息をつき、クレールに弱々しい笑みを向ける。
「大丈夫。もう落ち込んだりはしません。私は強くなるんです」
「マサヒデ様!」
クレールがだらだらと涙を流す。
「お強うなられました!」
イザベルもハンカチで目を拭う。
いつもならここで誰かの茶々が入る所だが、今日はとてもそんな感じではない。
アルマダが溜め息をつき、寝袋を広げる。
「今日はもう寝ましょう。昨日もあまり寝てないですし」
「そうしましょうか」
マサヒデも頷いて寝袋を広げる。
カオルがぱきりと枝を折って焚き火に放り込み、
「もし寝付けそうもなければ、お声がけ下さい。睡眠薬がございますので・・・眠りませんと、隙を作ります」
ふう、とアルマダが溜め息をつき、首を振って、
「もらえますか・・・今日はとても眠れそうにない」
「カオルさん。私にも」
「は」
カオルが懐に手を入れ、小さな紙包みを2人に渡す。
マサヒデとアルマダは粉を口に入れ、水で流し込んで、寝袋に潜り込んだ。
騎士達も寝袋を広げて潜り込む。
カオルがまた枝を折り、焚き火に放り込む。
ぱち、と小さく火花が爆ぜた。
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翌朝。
起きたマサヒデ達は、顔色は悪くはなかったが、表情はすぐれなかった。
それでも、武器の手入れを行った。
イザベルが剣を寝かせ、濡らした手拭いをずうっと滑らせると、べったりと赤く染まる。それを見て、クレールもラディも口に手を当ててしまった。
マサヒデも雲切丸に柄杓で水をかけ、綺麗に拭う。
血は見えなかったが、手入れをするという事は、斬ったのだ・・・
「ラディさん」
「は・・・はい・・・」
「曲がりとか捲れ、見てもらえますか」
「はい」
マサヒデの手から雲切丸を受け取り、水平にして、首を右に、左に、ゆっくりと傾け、慎重に見る。曲がりはない。腰も伸びていない。
鎺元から切先までゆっくり見ていき、裏からも見ていき、懐紙をきゅっと丸め、刃の上を滑らせていく。
(流石)
刀も使い手も、尋常のものではない。
「異常はありません。血は、鎺の方には」
「来ていません」
人を斬った刀には、よく茎の上の方が錆びている事がある。血が柄の中に流れ込んでしまうのだ。マサヒデは綺麗に物打ちから切先で斬るので、大丈夫だろう。
ラディが小さく頷き、マサヒデに雲切丸を差し出す。
「大丈夫だと思います」
「ありがとうございました」
マサヒデが受け取って、かた、と小さく音を立てて雲切丸を納め、馬車の中に入っていく。打ち粉で払うのだ。いくらすぱっと斬れるとはいえ、少しは脂がつく。放って置くと錆びる。
手入れ道具を出し、ぽん、ぽん、ぽん・・・とやっていると、カオルも中に入ってきて、同じように手入れをし始めた。
すうーっと拭い、新しく丁字油を塗ろうと小瓶を取った時。
「マサヒデ様!」
イザベルの緊張した声。
手入れ中の雲切丸を置き、奥を見る。荷物をどけないと無銘が出せない。
(迂闊!)
ぱっと長椅子を上げ、ラディが詐欺師から奪ってきたタケヨシを出して、馬車から飛び降りる。
「どうしました!」
「何者かがこちらへ!」
カオルも飛び降りてきて、懐から遠眼鏡を出し、少し動かして、きりきりとピントを合わせる。
「ご主人様。あれは昨日の先住民の者です」
「なんですって?」
「敵意のある感じはしません。1人だけ。馬車を引いています。何か積んでいます。詫びにと何か持って来たのかもしれませんが」
マサヒデは一瞬考えたが、緊張は解けない。20人以上は殺してしまったのだ。生き残った4人は深く反省していたが、他はどうだか分かったものではない。1人とはいえ、油断は出来ない。
「よし。イザベルさん、ラディさんの鉄砲借りて、どこまで当てられます?」
「3町(300m強)ならば確実に」
「頼みます。私が馬で行きます。カオルさん、ついてきて下さい」
「は!」
「クレールさん!」
「はいっ!」
ばたばたとクレールが駆けてくる。マサヒデは点にしか見えない先住民を指差し、
「見えますか。あれ、昨日の先住民のお仲間です。1人だけなので、私とカオルさんで行きます。鳥を飛ばして、上から見てて下さい。イザベルさんが鉄砲で狙ってますが、危ないと見えたら顔の前とかに鳥をがばっと。足止め頼みます」
「はいっ!」
「アルマダさん!」
「行きます!」
「シズクさん! 馬車頼みます!」
「任せて!」
黒嵐に駆け寄り、すぱっと飛び乗る。
ゆっくり歩かせ、カオル、アルマダが並ぶ。
ちらりと上を見ると、隼がぐるり、ぐるり、と上を回っている。
3町の距離まで、もう少し。離れ過ぎると良くない。
(この辺りか)
馬を止めて待っていると、がらがらと先住民が馬車を引いてくる。
アルマダが目を細め、
「マサヒデさん、馬車に乗ってるの、人ですね。彼らのお偉いさんですか」
「といった所でしょうか・・・」
待っていると、少し離れた所で馬車が止まった。
先住民が馬を下り、馬車に乗っていた老人に手を貸して下ろし、一緒に歩いて来る。
マサヒデは油断せずにそっと棒手裏剣を抜いて、手の内に隠す。
「何のご用です」
老人が震える手でマサヒデを指差し、
「あなたが、トミヤス」
「そうです」
「謝って許される事ではないが、謝らずにおれぬ。恥ずかしくもここに顔を出した事を許して頂けるか」
「もう、終わった事です。私達は、あなた達を許します。それよりも、何の意味もない戦いで死んでしまったお仲間に、許しを乞いなさい。彼らは無為に死んだのです。何の誇りもない戦いで、無駄死にをしたのです」
老人が沈痛な顔で深く頭を下げ、じゃらじゃらと飾りの付いた、大きく派手なお守りのような物をふたつ、マサヒデに差し出した。
「これを、馬車の左右に。これを付けておる者は、我らの敵ではないという印。また無益な戦いが起こらぬよう、お持ち下されませぬか。どうか、お受け取り下さいませぬか」
マサヒデは馬を下りながら、そっと手の内の棒手裏剣を袖の中に落とし、老人の前に立ち、笠を取って深く頭を下げた。
「ありがたく頂戴致します」
マサヒデが両手を差し出すと、老人がマサヒデの手の上にお守りを乗せて、深く、ゆっくりと頷く。
「あなたは、やはり寛大な者。神の祝を受けた者だ」
「そのような者ではありません」
「そして謙虚でもある。誇りを持ち、勇敢で、戦いの意味を知る者。必ずや、偉大な戦士として名を残そう」
「自分の非力さは、自分が承知しております」
「今は非力でも、必ず偉大な者になる。あなたの顔を見られて、幸せだ。先のお幸せを祈ろう」
「ありがとうございます」
「それでは・・・」
老人は深く頭を下げ、馬車に乗って帰って行った。
マサヒデが受け取ったお守りには、鳥の羽が綺麗に飾られていた。




