第130話
マサヒデはクレールとカオルのうんざりする話を聞いて、レストランを出た。
すぐにイザベルもレストランを出て、甲板でマサヒデを止める。
「マサヒデ様」
「ん」
マサヒデが振り向くと、イザベルがにこやかな顔で、マサヒデに手を合わせる。
「お願いが」
「なんです?」
「ファッテンベルク領へ参りましたらば、我が家へ足を運んで頂けませぬか」
ふ、とマサヒデが苦笑して、
「そりゃあ行きますよ。娘さんと一緒に領地を通って、素通りなんてしません。イザベルさんの兄上がおられたら、一手願いたいですし」
「ありがたき幸せ!」
「ところで・・・なんて言いましたっけ、じゃーるの港?」
「ジョアルの港」
「そうそう。そこからファッテンベルク領までって、やっぱり砂漠?」
イザベルが首を振って、
「いえ。砂漠ではございません。西側も東側も、普通に緑がございます。ですがその・・・なんと言いましょうか・・・ファッテンベルク領は、あまり良い気候ではないと言いますか・・・」
ごにょごにょと口を濁す。
「ああ。そういえば・・・」
以前、イザベルがファッテンベルク領について教えてくれたのを思い出した。
あまり背の高い植物は生えておらず、決して緑豊か、という領地ではないそうな。砂漠ではないが、厳しい気候らしい。暑く、寒く、定住民は少なく、遊牧民が多いとかで、彼らがラクダを飼っているとか、その乾酪が美味いとか。
魔獣も多く、常にファッテンベルク家の私兵が領内を走り回っている上に、農工業も全然で、儲けがないとか・・・
ならず者の類の話はしていなかったので、そういう者らは少ないのであろう。貧しい領地と有名な上、定住者も少ない、私兵がそこらを馬で歩いている。自分が野盗であれば、そもそも行かない。
「行きますとも。イザベルさんのご家族には、必ずご挨拶はせねば」
おお! とイザベルが目を輝かせ、尾を振る。
「父上も母上も喜びましょう!」
「そうそう、ひとつ聞きたい事があったんですよ」
「なんでございましょう!」
マサヒデが海の方を見る。この向こうが魔の国。
「前、牧場の話が出た時ですよ。ファッテンベルクから、騎乗技術者を送ってくれるって話」
「は・・・? はい。何か気になることでも」
「2ヶ月くらいで来るって話してましたね」
「はい」
「なんでそんなに早く?」
「ファッテンベルク領からでも、馬を飛ばせば、港まで1ヶ月もかからぬかと。高速船に乗れば、米衆連合をぐるっと南から回って、1ヶ月少し。3ヶ月はかかりませぬ。風と波次第では2ヶ月です。この米衆連合にも、何人か送られておりましょうし、それらを送ればもっと早く」
「ううむ」
船も考えるべきか。この船なら、一度ジョアル港で補給をした後、ファッテンベルク領を訪ね、そのまま首都へ行くのも悪い考えではない。別に勇者祭で魔王様の所へ行かずとも良いのだ。
「船で首都へ行く事をお考えで」
「ええ。別に勇者祭で魔王様の所に行かなくても良いかなって。武者修行は勇者祭でなくても出来るんですから」
「確かにそうですが・・・」
「それと、もうひとつ聞きたい事があります」
「はい」
「レイシクラン家の領地って何処です?」
にやりとイザベルが笑う。
「首都の北。我々は南から向かいますので、魔王様の次にお訪ねになる事になります」
「何がおかしいんです」
「ふふ。当家の方に先に寄られますので、ファッテンベルクが勝ちを頂きました」
ふ、とマサヒデが笑った。
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マサヒデはイザベルと甲板を少し歩き、手すりにもたれ掛かり、どでかい戦艦を眺める。
「あんな大きな船・・・ここから見ると、本当に大きく感じますよ」
「この客船も十分な大きさはございますが。他の船よりは大きいです」
「まあ、そうですが」
「あれはベミッツ中将の乗艦、インドナ級の1番艦です」
「1番?」
「同じ形の船が、あと2隻ございます。東海岸にもう1隻、西海岸に1隻」
「はあー! 全部で3隻も!」
「私は、あまり好きませぬ」
ああ、とマサヒデが頷いて、
「元陸軍だからですか」
「いえ。名が気に入りませぬ。インドナとは、先住民族の名のひとつで・・・」
「ふむ?」
「ケイ伯爵領の都、インドナシティから取られた名なのですが」
「それが何か?」
イザベルが苦々しく戦艦インドナを睨む。
「『インドナシティ』と名乗りながら、ケイ伯爵領には先住民を徹底的に追い出しております。統計では現在0人。多数の部族がおりましたが、全て領外へ強制移住させられました。米衆政府は、追い出した全先住民を部族として承認しておりませんので・・・まあ、要は、ここには誰も居なかった、という事になります。先住民は1人もおりませんでした、と」
「ううむ」
嫌な歴史だ。差別の歴史というやつか。だが、それは日輪国にだって多くある。米衆ほどにあからさまではないが、今でも魔族を蔑視する地域があるのが現状だ。
ぺ、とイザベルが海に唾を吐く。
「米衆の歴史の闇、というやつです。どの国にも、闇などいくらでもありますが・・・そのような領地の都の名を冠した戦艦。気分の悪い名です。先住民は1人もおらぬのに、ぬけぬけとインドナシティなどとよくも名乗れる。厚顔無恥なのです」
マサヒデが首を傾げ、
「イザベルさんは、米衆の軍が嫌いなんですか?」
「いえ。このネーミングセンスが大嫌いなのです」
ふ、とマサヒデが笑うと、イザベルが恥ずかしそうに顔を背けた。
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マサヒデが部屋に戻った後、すぐにドアがノックされた。
「はい」
「失礼致します」
するりと客室係の姿の忍が入って来て、静かにドアを閉めた。忍の顔は鋭い。何事かあったのか・・・
「どうしました」
「昨夜、侵入者が」
ぴく、とマサヒデの眉が動く。
「この船にですか? もしかして、あれですか。灰蘭・・・でしたか。この国の忍」
「いえ、軍の者です。アザラシ部隊です。サミュエル殿(元海軍の船員)にも確認して頂きました」
「アザラシ・・・海軍の特殊部隊でしたか。もしかして、基地を探っていたのがバレたとか?」
「そうではないようです。既に薬で口を割らせました。ただ、何かないかと忍び込んできただけで」
ぷ! とマサヒデが吹き出して、
「ははは! あなた達と同じですか!」
「は?」
「皆さんは基地と見れば何かあるかも。海軍の方も、レイシクランの船と見たら何かあるかも・・・ですよね?」
「む」
口ごもった忍を見て、マサヒデがくすくす笑う。
「まあ、元々はアルマダさんの思い付きですから。あなた達が考えた事ではないです」
「は・・・」
「あのベミッツ中将さん、中々の食わせ物ですね。で、その人達は?」
「船倉の箱の中で眠っております。入って即捕らえました。雑なものです」
「ふうむ。捕らえたままですか」
「はい。処分に困りまして。始末しては禍根を残しましょうし、かと言って、さあお帰り下さいという訳にも」
確かにその通りだ。堂々と見せてくれと言えないのか? 言えないか・・・
「ふむふむ。まあ、レイシクランの警備を舐めるなよ、とか手紙を持たせて帰せば問題ないでしょうが・・・ちょっと待って下さいね」
マサヒデは少し考えて、忍を見てにやにや笑う。
「アルマダさんと、イザベルさんにも報告は」
「イザベル様の所には、今、別の者が。ハワード様、クレール様には後ほど」
「うんうん。今夜まで捕らえておきましょう。パーティーは今夜が本番ですからね」
忍が怪訝な顔を向ける。
「と、おっしゃいますと」
「何か変な話を出してきたら、その前に贈り物が、と出してあげましょう。黙り込みますよ。何も言ってこないなら、レイシクランの警備を舐めるなって手紙を持たせて、帰せば良い」
「おお! なるほど!」
「クレールさん、アルマダさん、イザベルさんには、今夜のパーティーには、こういう切り札が出来ましたよって伝えておいて下さい。ふふ、皆さんの働きのお陰です」
「恐縮です」
「ははは! クレールさんも、昨晩は、まだ本番があるんだー、参ったー、って顔してましたからね! 皆さんも楽になるでしょう」




