第129話
前夜祭もお開きとなり、マサヒデ達はそのまま港のシルバー・プリンセス号に乗り込んで、部屋に向かって行った。
船長や船員達がわざわざ迎えに出て来てくれて、嬉しいと思うと同時に、懐かしい気持ちになったものだ。この船に乗るのも、何ヶ月ぶりか・・・
クレールの着替えで少し廊下で待たされ「もう良いですよー!」と声が上がってから、ドアを開けて中に。
「ああ、何か懐かしいですねえ」
「ですね! 私もそう感じていました!」
ぽす、ぽす、と大小をベッドの枕元に置き、マサヒデも座る。
この沈み具合!
「私、贅沢になってしまいましたねえ。このベッド、落ち着かなかったのに」
「うふふ。ずっと馬の上で、寝袋でしたから」
「暑かったですねえ! 夜は冷えるし!」
「ほんと! プール作った時は、皆さん喜んでくれて」
マサヒデが、ふう、と溜め息をつき、大の字に転がった。
「もうすぐ、米衆連合も終わりかあ。イザベルさんの訓練、きつかったな・・・」
「痩せてしまわれましたね!」
「ふふふ。何だかんだ言って、悪くはなかった・・・かな? 途中で、もううんざりだ、なんて言ってましたが」
「あはははは! 覚えてます! ハワード様もうんざりって言ってました!」
「強い人達と戦えたし・・・」
「まだです!」
ぴしゃりとクレールの声。
「んっ」
マサヒデが首だけ上げると、クレールがこちらを睨んでいる。
「お忘れですか? 今日は前夜祭ですよ! 明日があります!」
「ああっ!」
ぴしゃり、とマサヒデが額に手を置いて、目を閉じる。
「そうだったあ・・・明日があるのか!」
「明日が本番ですよ。今日は、私達は刀を見ただけで終わりましたけど」
「ええい」
「マサヒデ様達は、今日と同じで良いですけど、私とハワード様とイザベル様」
「ああ」
「明日が本番なんです! あーあっ!」
クレールがうんざりした顔で、ぼっすん! とベッドに沈む。
「嫌ですねえ・・・このまま出港しちゃいましょうか・・・」
「それも良いのでは。護衛は」
は! とマサヒデが飛び起きる。
「しまった! 忘れてた! 大変ですよ、クレールさん!」
「え?」
「海賊の護衛」
「ああーっ!」
声を上げて、クレールも飛び起きた。
さあー、とマサヒデの顔がみるみる青くなる。
元々、黒狼入江商会という海賊に、魔の国までの海上護衛を頼んでいたのだ。
「どうしましょう・・・東海岸の海上で待ってるんですよね・・・」
「・・・」
「明後日には出港ですよ。今から間に合いますかね? 海上の海賊を探すのって、凄く難しそうですけど」
「あー・・・どう、でしょうか」
こんこん。
ノックの音で、は! と2人が顔を向ける。
「失礼致します」
ん、とマサヒデが顔を引き締めた。
客室係の姿をしているが、これはクレールの忍。
「マサヒデ様、クレール様、ご安心下さい。そちらは既にイザベル様が手配済みです」
「えっ」
忍はにこりと笑い、
「訓練を行うと決まった際に、イザベル様から冒険者ギルドへ連絡を頼まれました。先方の了承も得ております」
マサヒデとクレールは、ほっと胸を撫で下ろしたが、マサヒデはすぐに真面目な顔を上げた。
「これ、大丈夫ですか? あの方々、信頼とかすごく大事にしてるでしょう」
「大丈夫です。此度の護衛は海軍からの申し出。それを、必要ない、護衛に海賊がいるゆえ、とは断りにくいです。文によれば、最初は難色を示したそうですが、その辺りの事情を話したら、それは仕方がないかと、すんなりと納得したと」
「あ、そうだったんですか」
「何しろ、こちらから海軍に望んで護衛を頼んだわけではございませんし、黒狼入江商会側も、魔の国までの護衛をせずに済みます。こちらに非はございませぬし、やむ無しと言った所です。我らの信頼に瑕を付ける事はございませぬ」
「ううむ、そうですか。良かった。クレールさん、ワインでも贈ってあげたらどうです。こちらの都合で、海賊さん達を振り回してしまったんですから」
「そうしましょう! 海賊って言えば、お酒、大好きそうですし! ボーナス込で5本も贈れば良いでしょう。手配を頼みますね」
「は」
頭を下げて忍が下がって行く。
ぱたん、とドアが閉まると、マサヒデが安堵の息をついた。
「着替えたら、イザベルさんにお礼を言ってきますよ」
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翌朝、マサヒデ達は久し振りにまともな稽古が出来た。
船内の訓練場で素振りをし、立ち会い稽古もして、皆が爽やかな汗をかけた。
朝飯も米。
豆腐となめこ、菜っ葉の味噌汁。
魚は残念ながら川魚ではなかったが「帰ってきた」という感じが飯を美味くする。
「はあー・・・」
湯呑の茶をぐぐっと飲み干し、一息。
「お茶が美味しいですねえ!」
「本当」
ラディも幸せそうに顔をほころばせる。
日輪国で育った2人にはたまらない。
食というのは不思議なものだ。
ここまで高級ホテルの食事も度々してきたし、野営で蛙をかじっていた事もあったが、ここまで気が抜けた事はなかった・・・
「ああ!」
マサヒデが天井を仰いで、声を上げる。
「どうなされました」
湯呑を持ったカオルが驚いて声を上げ、シズクもイザベルも箸を止めてマサヒデを見る。
「今なら、どんな闇討ちが来てもやられそうな程に、気が抜けました」
くす、とカオルが小さく笑い、皆も微笑みが浮かぶ。
「ああ・・・なめこ汁を食べたら、マツさんを思い出しました。1ヶ月もしないで魔の国なんだ!」
がば! とマサヒデが顔をクレールに向け、
「ここからだと、何処の港に行くんですか」
「魔の国の南大陸、西側の、サーナ伯爵領のジョアル市の港ですね!」
「どんな所です?」
「南大陸の西側では最大の貿易港です。賑やかな所ですよ! んふふー。ねっ! イザベルさん!」
クレールがにやにや笑ってイザベルを見ると、イザベルもくすくす笑う。
「ふふ。ええ、恐らく皆様も驚くでしょう。カオル殿は既にご存知ですか」
「はい。まあ・・・ううん、そうですね。実際に足を運んだことはございませんので、資料で知っているだけですが、日輪国のサキョウの港に近い感じでしょうか?」
ぱちん! とクレールが手を叩き、
「そう! そうです! 流石カオルさん!」
「やはりそうでしたか。ファッテンベルク領はそこから真東くらい、大陸中央近くです。そこから北へ北上、大陸の北側へ出て、いずれかの港から首都の魔王様の城へ、といった感じでしょうか」
ううん、とクレールが少し考え、
「そうですねえ・・・真北はちょっと。野盗だらけの国になりますから、東海岸まで抜けるか、西海岸に戻って海岸沿いですかねえ・・・」
カオルが頷く。
「確かに。北は砂漠ですし」
なに! とマサヒデが嫌な顔をする。
「砂漠はもうたくさんですよ」
カオルが首を振って、
「ご主人様、陸路でしたらば、砂漠は必ず通らねばなりません」
ずっしりとマサヒデの顔が沈む。
「・・・」
「そして、陸路でないと、ファッテンベルク領へは行けません。どうしても砂漠が嫌なのであれば、手もない事もありませんが」
「おっ!」
ぱあっとマサヒデの顔が明るくなった。
カオルが頷いて、
「ファッテンベルク領へ参りましたら、ジョアル港へまた戻るのです。そこから船で首都まで直行のクルージングです。当然ですが、その間は何もないです。武者修行のむの字もございませんが、宜しいですか?」
「・・・嫌な言い方ですね・・・」
カオルは涼し気な顔で、
「私は東の海沿いの陸路を取る方が良いかと考えます。南大陸は治安の悪い所が多く、道中、野盗や山賊の類は出ると思います。斬る事もございましょう。ですが、まずはファッテンベルク家にて、本物の魔族の武術家・・・イザベル様のお兄上との手合わせを願い、魔族の武術家という者を知るべきでは。機会があればですが。マスダ殿1人のみでは不足かと」
「まあ、それは私もそう思いますけど」
「その上で、余裕を感じるのであれば、船で首都へ直行すると良いかと。ですが、魔王様の采配で、首都に近付けば近付くほど、強者が配置されております。様子を見ながら、陸路で行く方が安全かと存じますが」
「その通りですがねえ。砂漠はもう嫌ですよ・・・」
ふ、とカオルが笑う。
「魔の国の南大陸の砂漠は、きつい砂漠です。本当に何もない砂の大地が、地平線まで広がっておるそうで。米衆の砂漠のように、岩や枯れ木があるような地ではございません。動物もおりません。お手本のように、砂しかない砂漠ですので、ご覚悟を」
「かあーっ!」
マサヒデが頭を抱える。
「夏場は日中は50℃を超える所もあるとか・・・着く頃には春まっさかりです。50℃はなくとも、40℃はある所もございましょう」
「体温超えてるんですか!?」
「はい。そのような砂漠を越えませんとなりません。ほんの少々です。海沿い、内陸であれば川沿いを北上せねば、物資が補充出来ずに人も馬も死にます。海沿い、川沿いには、普通に緑がございますので」
うんざり、とマサヒデが頬杖を付く。
カオルの言う『ほんの少々』とは、どのくらいなのだ。ここは聞かないでおこう。




