第128話
こちらはラディとトモヤが残ったテーブル。
ここは静かなもので、ラディは静かな夕食を楽しんでいた。
ホテルのレストランように固くもなく、料理は美味いし、言う事無し。
強いて言えば屋外だという事くらい。
「皆、楽しそうじゃのう」
「私はここが良いです」
「ほうかのう」
「そうです」
会話が切れて、黙々と食事を口に運ぶ。
かちゃかちゃと静かに鳴る食器の音が聞こえる。
周りは騒がしいが、ここは落ち着いたテーブルだ。
「・・・今までが賑やか過ぎて」
「それもそうじゃな。このように静かに食えるのは久方振りじゃで」
「ラディさん!」
クレールの声で、ぴたりとラディのフォークが止まった。
ふはっ、とトモヤが息を吐いて、
「まあこうなると思うておったわい。ついさっき、刀を見ておったでの」
「はい」
ナプキンで口を綺麗に拭いて、ラディが立ち上がる。
クレール達のテーブルには、マサヒデもアルマダもイザベルもおらず、強面の軍人3人とクレールだけ。
(寺子屋で悪戯して怒られている子供みたい)
そう思ったのは秘密だ。
クレールの横に立ち、軍人3人に頭を下げると、真ん中のベミッツ中将なるお偉方がにっこり笑って、
「ラディスラヴァ=ホルニコヴァさん」
「はい」
「レイシクラン様から聞きましたぞ。良い刀を差しておられる」
「それなりです」
「その脇差はトミヤス殿の物とか」
「はい。大刀しか持ち合わせておりませんので」
くく、とベミッツ中将が笑う。
「何でも、詐欺師の店から掘り出して来たとか」
「はい」
「一流の目に適う逸品、見せて頂けましょうか」
ん、とラディが少し眉を寄せ、
「大刀は私の物なので構いません。脇差はマサヒデさんのですから」
が、クレールは聞かなかった。
「良いんですよおー! 妻の私が良いって言うんですからー!」
「クレール様、それはちょっと」
「予備の物ですから、良いではありませんか」
ラディは首を振り、
「いけません。刀はここに置いていきます。脇差も良いかは、私が聞いてきます」
「もう! ラディさん、固いですねえ」
「駄目です」
そう言って、ラディが腰から大刀のタケヨシを抜き、クレールに差し出す。
「クレール様。自分の物を勝手に見られるのは嫌だと思いませんか」
「はあーい」
拗ねた顔のクレールを見て、ベミッツ中将は苦笑して、
「いや、レイシクラン様、これは願った私達が悪かった。ホルニコヴァさんの言う通りだ。ホルニコヴァさん、手数を掛けてすまないが、トミヤス殿に尋ねてきてくれるか」
「はい。失礼します」
ラディが頭を下げて去って行く。
「・・・では!」
「楽しみだ!」
「これはですねえ、タケヨシ!」
「タケヨシ! 聞いたことはないが、どのような」
「もん~・・・の凄く! 斬れると有名な刀工ですね! 500年くらい前の人です!」
「ほう。新刀期の刀工か」
「どのくらい斬れるかと言いますとですねえ・・・ええと・・・」
しまった。目釘抜きがない。
これは茎に諸車五度切落、と截断銘が入っているのだが。
「ううん、目釘抜きがないですけど、後でラディさんに借りましょう。これには、茎に諸車五度切落と、截断銘が入っています」
「截断銘?」
「色んな記録のようなものですけど、この截断銘は、試し斬りの記録です。諸車五度切落はですねえ」
クレールが立ち上がり、腰の骨を横からつんつんと指差し、
「ここ! ここですよ! 腰の骨がある所! ここを5回斬ったけど大丈夫! 欠けも曲がりも、何もなかったですよ! という記録です!」
「なんと!?」
「それほどか!」
「す、凄いですな!?」
クレールが鼻を高くして、胸を張る。
「んふーん。流石に鉄を切ろうとしたら欠けると思うので、中将のお刀程ではございませんけどもー。それでもまあまあ斬れるんです!」
「まあまあと言うレベルではないと思うが」
「まあまあですよ! もっと斬れる刀は、たくさんありますから!」
「ううむ・・・」
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マサヒデとアルマダの実技が終わり、イザベルの番になった。
「尉官以上の者には良く聞いて頂きたい!」
ばん! と叩いた黒板に書かれた国の図。
中央にミカサの国、西にトオトエの国、北西にブデンの国。
現在の首都、ウキョウ近辺の図である。
「戦乱期の日輪国の名将、3代目ミカサ王のデビュー戦である! かの王の戦ぶり、まさに破格! まず、これが当時のミカサの国の状況。西のトオトエの国、北西のブデンの国。どちらも、日輪国では謂わずと知れた英雄王の治める国である」
かっかっかっ、と白墨で『敵』『敵』と書く。
「ミカサの国は、この2大勢力と敵対。三竦みの状態である。更に東も・・・」
かかか。『敵』。
「東にも海を挟んで敵。そして北には・・・」
かかか。『敵』。
「この通り! ミカサの国は完全に囲まれておった! 一見した所、これは外交の失策とも見えるが、父君の2代目ミカサ王がこれを収める前に身罷った故である。父君があと5年も生きておれば、このような状況ではなかった。この父君の功績も、まさに英雄王と言えるが、戦後処理が終わる前に亡くなられた感じである。故に、3代目ミカサ王の代となった時、周囲からはあのような若造がと軽く見られた訳だ。そして・・・」
ブデン、トオトエ両国から矢印がミカサの国へ。
「三竦みの均衡が崩れた! 英雄王の2人が手を組み、ミカサ王の領土へ攻め込んできた! 当然、ミカサ王はこれを押し返さんと兵を西へ! この時!」
きゅー。北から矢印。
「ミカサ王が西にと聞くやいなや、北の2国も手を組んで動いた! この戦はここからである!」
イザベルがミカサの国の西の端に線を引き、切り取る。
「ミカサ王はあっさりとこの地方を手放したのだ! これにより、ブデン王、トオトエ王の英雄王2人と和睦! 実は、ただ切り離したというわけではなく、これには深慮遠謀があった!」
きゅー、きゅー、とブデンから北西に、トオトエから西に、と線を引く。
「本来、この2国はミカサ王を敵にはしたくなかった! 実際に攻めたい方向はこう! 真逆であるな! そして、このあっさりとした割譲により、後にこの3国は同盟を組む事にもなる! こうして西からの脅威は去った! 捨てる物を間違わない! 捨てても良いならさっさと捨てる! 戦に於いて重要な事である! 人は一度手にしたものは中々捨てられぬ! これが凡将と名将の違いのひとつである!」
かん! と北の矢印に指を当てる。
「さて北である! ここ! この要衝の城が囲まれた! 城兵3000。囲む側は軍記物では8万とも書かれておるが、これは盛り過ぎであるな。2万から3万であろうと思われる」
しゅー、しゅー、と黒板を拭いて、城の合戦図を書く。
「この時、敵方は城から少し離れて布陣した。まず城の北から南東が湿地帯に囲まれている。西は川が2本流れておる。北には広い川もある。攻めやすい南から近付けば、もろに矢の雨を喰らうのは目に見えておる。よって、包囲を敷き、この城へ向かう街道を全て封鎖。音を上げるのを待ったのだ。もはや落城は必至。さて、ミカサ王はどうしたか。手勢は8000。籠城の兵と合わせても、敵方の半分。まともにぶつかっては、勝てても大被害。さすれば、先程和睦した2人の英雄王はどう出るか・・・」
とんとん、とこめかみに指を置く。
「ミカサ王は動かなんだ。なんと5ヶ月も動かなんだ。ただ動かなんだ訳では無い。これにはふたつの目的があった。ひとつは、西の2人の英雄王の動静。和睦したとはいえ、世は戦乱の時代。すぐに攻めてくるやもしれぬ。しかと見定める必要があった。そしてもうひとつは調略である。飲まれぬと分かっていて、和睦してくれぬかと、ひたすら敵陣に書を送り続けたのだ。何度も何度も和睦をと書を送ってくる。まあ敵将は舐めてかかるわ。大将がそんなであるし、兵達も気が緩む。5ヶ月もの包囲で厭戦気分が蔓延する。さらに!」
がん! イザベルの拳が黒板に。
「この城の大将よ! これが戦神八幡黄旗と呼ばれ恐れられた、ミカサ王の従兄弟であった! この将も分かっておったのよ! 時が経っても、何の音沙汰もない。この間、あのミカサ王が何もせぬはずがない! これは機を伺っておるな、何か策を巡らせておるな・・・ミカサ王の下には、カザマ忍という超一流の忍の一派がおる。外を見ればだらけた兵ばかり、忍び込むなどお手の物のはず! それが連絡ひとつ寄越さぬ! 慎重に慎重を重ねねばならぬ策を練っておると勘付いた! そして5ヶ月! ついにミカサ王が出た!」
合戦図の横に簡単に地図を書き、
「首都から北上。この時、ミカサ王はわざと負け戦を装った。小競り合いをしては撤退、小競り合いをしては撤退、と繰り返しつつ、北へ北へと撤退するように! 勿論、偵察程度の小勢を少しだけ出すようにしてだ。本隊がまともにぶつかって負けると、軍が崩れる恐れがある故な。だがこのように・・・」
地図を見ると、西側は山地だが、東側は平野。
「北上していくと、東からもろに側面攻撃されるが・・・この時、既に東を守る将は籠絡されておったのよ! これが機であった! さて、この城は平城であり、包囲網は広く展開しておるぞ。全数で言えば数は負けておるが、湿地があり、川があり、囲む敵兵の動きは遅い! これは速さが勝負よ! ここでミカサ王の決断! 兵糧を捨てよ! そう、この王はとにかく機を見るに敏! 捨てるのが上手いのだ! これより夜間行軍で一気に攻めかかる! 敵の偵察が戻る前に! ついに未明!」
城の南の敵陣の記号に、南からの矢印とX印。
「ミカサ王の突撃! 態勢の整う前の南の敵陣に突撃! 一気に粉砕! 勢いに乗り、ミカサ王は西の包囲網へ突貫した! この時、日が登った!」
城から東へ矢印。
「日が昇れば、戦神八幡黄旗も出陣しておった! ミカサ王と逆の東へ! 連絡はなかったのに、東へ出たのだ! 共に西で戦おうとはせなんだ! 何故か! 東を残しては城が取られる! 機を逃さず一瞬でそれを判断し、息を合わせ東へ出たのだ! 八幡黄旗は、連絡など無くとも分かっておった! 戦神と呼ばれる将は違う! ここで味方だ、一緒に西で戦おう、などとしておったら、負け戦となっておった! ここがこの戦の最後の妙! 敵陣や如何に! 日が昇ったら敵兵が目の前! 南を囲んでおったはずの味方軍の敗残兵もなだれ込む! 味方破れである! 士気も低かった包囲網はあっという間に崩れ、全滅! 3代目ミカサ王はこうして華々しいデビューを飾ったのだ!」
おおー・・・という感心の声と、ぱちぱちと上がる拍手。
「日輪国には、様々な戦の記録が多く残されておる。兵を率いる者には、是非とも日輪国の戦の記録に目を通して頂きたい。数々の名将軍師の戦があり、用兵だけでなく、敵の心を操ること、味方を操ること、時を操ること。この米衆連合は新しい国ゆえ、兵はあれども戦の歴史は日輪国ほどに深くはない。学ぶ事は多いはずである。今回は以上」
イザベルは熱弁を振るっていたが、マサヒデは寝ていた。
こつん、とアルマダの肘が入って、はっとマサヒデが顔を上げ、拍手をした。




