第127話
宴もたけなわ。
クレールもドレスを着替え、テーブルで食事を楽しんでいたが、マサヒデとアルマダは別の場所で兵達に囲まれていた。
2寸程の厚さの、沈みはしないが固すぎないマットが敷かれていて、そこで木刀を右手で立てて持ったマサヒデが、兵達3人に右腕を掴まれている。
「見てて下さいよ。こうしますと」
「おわわわあ!」「あらあーっ!」「のん、のんでえ!?」
マサヒデの腕を掴んだ兵3人が膝を付いて崩れ落ち、マサヒデの木刀は自然に正面の兵の肩口に落ちている。
「「「おおーっ!」」」
ぱちぱちぱち! と拍手が上がる。
「これ手品じゃないですよ」
「あっ! これが合気ですか!」
ん? とマサヒデが首を傾げる。
「合気・・・なのかな? 近いものはあるかも。少なくとも、合気道としては学んでいないです。これは、武器の使い方の基本。皆さんの、その腰のサーベルでも出来る事です。ほら、私、片手で持ってますからね。どなたか、もう一度掴んで下さい」
がしっとマサヒデの腕が掴まれる。
マサヒデがふらふらと切先を揺らすと、腕を掴んだ兵がふらふらと動く。
揺れる兵を指差し、
「皆さん、見ました? 剣が動くと、この人、動いてますよね。分かります? もう一回」
ふらふらと切先を動かす。
ふらふらと兵が動く。
「おお! 確かに!」
「で、このまま下ろしちゃうと」
ぱったん、と兵が膝を付き、肩の上に木刀が乗る。
「おおー・・・」
ぱちぱちぱち・・・
「ほら、全員また掴んで下さい」
がしがしがし、と3人に腕を掴まれる。
「もう3人に掴まっちゃってるので、力なんて抜いても良いんですよ。動かそうとしたって、絶対無理ですから。でも、切先を軽く動かすだけで」
くるう、くるう、とゆっくり切先を回すと、3人がゆっくりと揺れる。
「ほらほら、動いてる、動いてる。で、下ろしていくと・・・」
「おうおうおう!」「わわわ」「お、お、お」
今度は横から掴んでいた2人はころんと後ろに倒れ、背を丸めて受け身。
正面の兵は手をついて、四つん這いになってしまった。
背中の上に木刀。
「ほら、ばっさりです」
「すげえー!」
「これはですね、さっき、武器の使い方と言いましたけど、自分の身体が武器に使われるというか。ちょっと違うかな。武器と一体化すると言うか・・・」
言いながら、あっ! とマサヒデが気付いた。
これは無願想流の使い方に通じる事ではないか!
ほとんど同じではないか・・・
刀が振られる方に自然についていく・・・
(そうか! 俺はとっくに知っていたのか!)
は! として、咳払いして、
「ええ、おほん。こう、武器についていくだけなんですよ。分かりますかね。武器が動けば相手も動くから、武器に沿って動いて行けば良いんですよね。ここで、武器を使おうとするんじゃなく」
マサヒデがにこりと笑って、
「一緒に、仲良く!」
「ははは! 仲良く!」
「そうそう! お手々繋いで仲良く一緒に! 誰かと手を繋いでる時、ぶんぶん振り回したら、相手は嫌がりますよね。それと同じです。武器と一緒に動いていれば、自然とその武器にふさわしい動きが出来てくる。かと言って、振り回されても駄目。それじゃあ自分が嫌ですから、仲良くないんですよ。どっちが駄目でも動きが崩れる。両方仲良くしてれば、それだけで凄い強さになります」
「おおー・・・」
感嘆の声と、ばらばらと拍手が上がった。
「これが、トミヤス流の武器術の基本。刀でも、剣でも、棒でも、槍でも、皆さんが使うナイフでも、その辺の棒切れでも、何でもです。後は、自分の得物はどんな事が得意なのかな、どんな動き方が出来るのかなって、どこまで分かっているかどうか。自分はどこまで仲良くついていく事が出来るのか。ここが強さの差です。つまり、仲良しさん程、強いんですね」
カオルとイザベルは隅に正座して座って、瞬きもせずにそれを見つめていた。
----------
「ハワード様! 拳であのサタロウをKO出来たのは!」
「ああ。あれはトミヤス流で言う『酔っ払いの拳』を使ったのです」
「酔っ払い?」
こちらでは体術の講義中である。
闘技場で全身甲冑のような体をもつ虫人族を、パンチ1発でKOした時の話題。
「練習する時、酔っぱらいのようになりますから、そう呼ぶのですね。そこの方、ちょっとこちらへ」
アルマダが呼んだ兵が前に出てくる。
まさか打たれるのでは・・・
「殴りはしません。シズクさん、こちらに」
「はいはいっ」
体術という事で、シズクも一緒に来ている。
雷山と張り手をしあった時、自分と同じような相手には苦戦すると身に沁みた。
あれが張り手勝負でなかったら、シズクは負けていたと自覚している。
「シズクさんにフックを。脇腹に下からえぐりこむように鋭く。大丈夫です。シズクさんは鬼族ですから」
「では、いきます!」
「よし来い!」
「ふん!」
見事に上半身が回り、縦拳が綺麗に横下からえぐり込むようにレバーに!
ごす。
「・・・」
シズクは何ともない顔。
打ち込んだ兵は拳を突き込んだまま、固まってしまっている。
「どうです、シズクさん」
「良いんじゃないの?」
「く、くっそお・・・」
兵はがっくりと肩を落とし、周りからは、ははは、と笑い声が上がる。
アルマダもにこにこしながら、
「では、私も打ちますよ。フックですよ。よーいしょ」
どすん。
おおっ? と兵達が驚いた。鈍く低い音。これは効く!
入ってしまったら、間違いなくKO。これがあの突きか!
「おおっ・・・ハワード様、凄い! 中に入ってきたよ!」
それでも、シズクは全く平然とした顔をしているが。
アルマダは肩を落とした兵の隣に立ち、
「さて、皆さん。この方のフックと私のフックの違いは何でしょう」
「はい」
兵が手を挙げた。
「どうぞ」
「右手を右足が一緒に出ていました」
ぱん! とアルマダが手を叩く。
「良い所です! 正解に近付いています。では、何故そんな動きになったか」
ひゅ! ひゅ! とアルマダがフックを振る。
「これが普通のフック。勿論、今の私のように、同じ足を踏み込みつつ打つというのもありますが。遠間から、下に潜り込むように打つ時ですね。ガゼルパンチのような感じです」
うんうん、と皆が頷く。
「さて。では、私の酔っ払いの拳はどうか。ゆっくり振りますよ」
アルマダの拳が、ぶうん、と振られ、よったん、と身体が回り、シズクに背を向けてしまった。
「極端に振るとこんな感じです。これで、酔っ払いの拳と呼ばれます。何故こんな動きで強いパンチになるのでしょう。分かる方は?」
「はい」
「どうぞ」
「拳に振られてしまったので、体重が全部拳に乗ってしまうから、でしょうか」
ぱん! とアルマダが手を叩く。
「良いですよ! 更に正解に近付きました! ですが、それだけでは不足です。他に何か気付いた方は」
ざわざわと兵達が顔を見合わせ、こうか、こうか、とゆっくり拳を振りながら、眉を寄せて話し出す。
しばらくして、アルマダが、ぱん! ぱん! と手を叩いた。
「はい、そこまで」
ざわついていた皆が、静まった。
「皆さん、分からないようですね。これは、回転の軸を何処に置いたかの違い」
アルマダがファイテングポーズを取って、フックを振る。
「この時、回転の軸はここ」
アルマダが頭の上に指を突き立てる。
「通常、身体を中心に振ります。が、私のフックはここを中心に回りました」
アルマダの指は、前に出た腕の、肘の内側辺り。
「当然、こんな所を軸にして回れば、身体が持っていかれます。ですので、酔っ払いのようにふらついたわけです。代わりに、拳には体重がかなり乗りました。まずこれがひとつ。ただ、これだけでは、もし空振りしたり、相手が耐えてしまったら、私は隙だらけで、反撃されたら終わりです」
まずひとつ。
他にもあるのだ。
兵達が真剣な顔で頷く。
シズクも同じように、真剣な顔で頷く。
「では、ふらつかないようにする。どうしたら良いのか。腰から上をかっちりと固定しまいます」
両の股関節から胸の下まで、すーと手を滑らせ、
「ここを固める。腸腰筋です。腹筋ではないですよ。腸腰筋。インナーマッスル。そうすると・・・」
ふん!
アルマダの拳が鋭くなる。
「これでかなり綺麗に。動きも鋭くなり、隙も少なくなりました」
「おお・・・」
「ですが、まだ足りない。これだけでは、ただ体重を乗せたパンチになるだけ。まだ先がありますが、今日はここまで。この腸腰筋でしっかり腰から上まで固めて打つ、というだけでも、中々難しいですが、これで連続して打てれば十分でしょう。コンパクトで、拳から出て行くから、相手は出てくると分かりづらい。その上、体重まで乗った重いパンチ。皆さんは武術家ではないですから、そんなに求める必要はないでしょう。当たった隙に目でも喉でも金的でも、好きに狙えますよ」
シズクが自分を指差し、
「私も?」
「シズクさんはもう使えますよ」
「ええっ!」
「雷山を倒した最後の一振り。あれがほぼ完成形です」
「うっそ!?」
「本当です。思い出して振ってみなさい。さあ、皆さんも少し練習してみましょう。まずは酔っ払いから。それで、回転の軸を何処に置くか。いや、何処にでもおけるぞ、という感覚を掴んで下さい。後は腸腰筋で腰から上を固めて振ってみる。これだけです。当たれば、犬族、猫族くらいなら、同じくらいの体重ならKO出来ますよ」
「「「はい!」」」
兵達が、のったり、のったりと拳を振る。
おっと、おっと、とふらつく。
----------
離れたテーブルで、ベミッツ中将やクレール達が、それを見て笑っていた。
「ははは! 皆、もう酔っ払ったか!」
「ふふふ。レイシクラン様、あれは何の練習で?」
「うふふ。分かりません! でも、きっとトミヤス流の何かですね。面白い稽古ですこと」
「クレンナ中尉、後から皆の話を聞いておけよ」
「はい。承知致しました、中将」




