第126話
ベミッツ中将が持っていた刀は、よく出来た贋作であった。
だが、出来はかなり良い、という事が分かり、ベミッツ中将はそう不満そうな顔でもなく、最初は贋作と聞いて渋面を作ってはいたが、笑顔に戻っている。
一区切りした所で、クレールがマサヒデにちらりと目で合図を送る。
(なんだろう?)
何かするのか?
頷きはしたが、少し不安。
「ベミッツ中将」
「何かな」
「実は・・・うふふ」
クレールがくすくすと笑って、ちらちらマサヒデを見る。
「実はー・・・マサヒデ様の刀も、贋作なんです!」
「!」
見せるつもりだ!
ぎくっとしたが、そうか、とすぐに落ち着いた。
贋作として見せるなら問題はない。
「クレールさん!?」
「うふふ! 良いではありませんか! 贋作の逸品! ご自慢の贋作、中将に見ていただいては」
「ああ、もう! いや、お見せするのは全く構いませんけど」
マサヒデは右手に雲切丸を取って、拗ねたような顔を作り少し首を傾げた。
(俺もこういう立ち回り、上手くなってきたのかな?)
そういう自分は嫌だな、と思いつつ、立ち上がって、雲切丸を右手に持ったままテーブルを回る。
くす、とアルマダが笑った。アルマダは、あれは本物だと知っているのだ。
「おおっ」
中将がその拵えを見て声を上げる。
やはり勉強はしているようだ。
勉強してなくても分かるか。
「トミヤス殿・・・いや、近くで見ると凄いな・・・」
「私はこんな派手な拵えは嫌なんですが」
ランプの光で、ぎらぎら光る青貝微塵塗の鞘。金具は鍍金。光る光る。
「見せてもらっても」
「どうぞどうぞ」
ひょいとマサヒデが差し出すと、ベミッツ中将が両手で受け取って、軍人3人組がじろじろと見る。
「これは、儀礼に腰に帯びるものでは」
「違います。普段から」
「よくもまあ・・・」
言いたい事は分かる。マサヒデ自身もそう思っているのだから。
マサヒデは苦笑して、
「私もそう思っていますが、新しく拵えを作るには時間も掛かりますし。見つけた時、そのまま。まあ恥ずかしくて」
「ううむ! これは青貝、だな?」
「そうです」
「本物を見るのは初めてだ! 凄いな! この拵えだけで1000金は越える! 一体どこで!」
「勇者祭の相手の持ち物でした。出所は分かりませんし、その者の身分なんかもさっぱりでした」
「ふうむ」
かく、と小さく音を立てて抜き、また仰天。
「うおう! なんだこの輝きは! 贋作!?」
「おおっ!」
「・・・」
窓開け(刀の一部だけ研ぐこと)された鍔元2寸を見て、軍人3人がまた驚く。
「す、凄いな! いや、私のカタナとは違いが過ぎる・・・参った」
くすくすとクレール、アルマダ、イザベルが笑う。
「私達も見た時は腰を抜かしましたよ。ねえ、クレール様」
「ですよね! イザベル様も驚きましたよね!」
「はい。もう少しであれが私の腹に刺さっておったと思うと、今でも冷や汗が」
む、とベミッツ中将がイザベルを見る。
「そうか! 確かファッテンベルク様は、最初はトミヤス殿に」
「はい。立ち会いを所望したのですが。ふふ」
イザベルが自嘲して、
「一太刀で終わりました。今でも己を恥じるばかり。剣と剣が合わさったと見えたらば、私の剣はマサヒデ様を外れ、マサヒデ様の刀は私の腹の前」
「その立ち会いが終わった後でしたね。イザベルさんが私の手を砕いたの」
かあっとイザベルが顔を赤く染め、
「マサヒデ様、おやめ下さい!」
「蒸し風呂とか」
「ご勘弁下さい!」
ははは、とベミッツ中将が笑って、
「ほう! 鬼教官のファッテンベルク様にも、恥ずかしい所がありましたか!」
「く・・・」
イザベルが顔を隠すように、ナプキンを額に当てる。
あの下はどんな顔をしているのやら。
「うむ、その話は是非聞いてみたい。さて、拝見致しますぞ」
すう、とベミッツ中将が雲切丸を抜いていく。
「おや」
綺麗なのは根本だけで、全体が曇っている。
あれれ? と見ている軍人3人。
クレールが笑って、
「惜しいですよね! でも、マサヒデ様はそれ以上研がないんです」
「トミヤス殿、何故研がないのだ?」
「寝刃研ぎです」
あっ、とベミッツ中将が顔を変えた。
「そうか! そうであった。トミヤス殿は勇者祭の参加者であったな。いや、愚問であった」
流石に勉強しているだけはある。
エイデン大佐が怪訝な顔で、
「中将、寝刃研ぎとは」
「うむ、斬れ味を長持ちさせる研ぎ方だな。あまり綺麗に研ぐと、少し斬るだけで斬れ味が落ちると聞く。あまり美しく研ぎすぎない方が良いらしい」
「あ、ううむ・・・なるほど・・・」
マサヒデが頷いて、
「もう、何人か斬りました。勇者祭の相手だけでなく、色々な理由で襲ってきた者とか」
「そうか・・・」
「美しいですが、やはり武器なんですね」
「うむ」
「今でも斬りたくはないです。以前は頭を抱えていました。でも、それは覚悟が出来たつもりで出来ていなかった証です。その刀は、それを私に教えてくれた刀です。私は武術家ですから、襲われれば斬らなければ。身を守る為、誰かを守る為には、斬らなければならない事もあるのだぞ、と。自慢ですが、良い刀ですよ」
「贋作でもか」
「はい。良い刀です。惚れ込んでます。最高の贋作です」
「うむ」
ふう、とマサヒデが息をつく。
クレールが後を引き取り、
「許されても良い贋作というのは、たくさんあると思います。誰々の絵だ! 良い物を見たな! 感動した! そうして美術館を出た人。後でその絵が贋作だと分かったとします」
「うむ」
「贋作と分かってがっかりした方、その目は絵を見ていたのですか? ふふふ。そういう事です。その人が感動したのは、絵なのですか? 名前なのですか? 素晴らしい絵は素晴らしいのです。世の人のほとんどは、名前の看板、付加価値しか見ておられません。贋作と分かってがっかりした方は、絵を見てはおられません証拠です」
「手厳しい。だが、仰られる通りです」
「中将のお刀も、マサヒデ様のお刀も、許される贋作。でも、贋作として銘が切ってあると、どんなに優れた刀でも、図鑑に載ることはございません。そのマサヒデ様のお刀もそう・・・」
クレールが立ち上がり、中将が持つ雲切丸に、すっとナプキンを落とす。
「何っ!?」
「馬鹿な!」
「なんと!?」
真っ二つに斬れたナプキンが、ひらひらと落ちていく。
「これ程の出来の刀でも、偽の銘が切られていると、贋作だと一蹴されてしまい、図鑑に載る事はないのです。もはや刀の世界では、頂点に近い物でしょうに」
クレールがしゃがんで、斬れたナプキンを拾い、
「中将。偽の銘でも、本物はございます。鑑定は決してつきませんけれど」
そして、目の前に斬れたナプキンを左右に垂らす。
「本物か、偽物か。その点は、ただ値段にのみ影響するだけ。そこに目を取られて、こうなりますと、本当に良い物を見落としてしまいます」
ひらりとナプキンを目の前からどけて、
「こうして目を開けば、贋作にも良い物が・・・うふふ。贋作と知り、がっかりしてしまうだけか。贋作と分かっていても、その刀の真の価値を分かっていて、満足するか。もしかして、あなたの贋作、本物を越える贋作だったりして! なんて刀が、稀にあるのです」
「ううむ、参りました。トミヤス殿! 眼福であった!」
ベミッツ中将が頭を下げ、マサヒデに雲切丸を返した。




