第125話
そして、訓練はどうだった、訓練の目的はどうだった、という話から、闘技場での話と、特に差し障りのない話で、滞りなく、皆、笑顔で話を進められたのだが・・・
「ところで、レイシクラン様」
ベミッツ中将が、クレールに声を掛けた。
あ、きた! と誰もが思った。
顔には出さなかったが、何か言ってくる。これが目的のはずだ。
マサヒデも一瞬だけ箸が止まったが、笑顔を絶やさぬまま、そのまま食べ続ける。
「レイシクラン様には、とあるご趣味があるとか」
クレールがにっこり笑って、
「趣味はたくさんございますけれど」
「私と同じ趣味が」
「まあ! ベミッツ中将と同じだなんて。何でございましょう」
「少々お待ち頂けますかな」
ベミッツ中将が兵に持って来い、と指でくいくいと合図すると、兵が走って行き、壇の後ろから桐箱を抱えて戻って来た。
おや、とマサヒデが驚いた。クレールも驚いた。アルマダも、イザベルも驚いた。
まさか刀が出てくるとは。
「私も一端のカタナ数寄者と・・・まあ、自分では思っておりますが、中々この国ではまともな物がなく、若い頃は痛い目を見ました。ま、今でもですが」
兵が桐箱を開け、ベミッツ中将が中の白鞘を取る。
おっとこれは・・・
良く茶色になった白鞘。それなりの年代物と見える。
「まあ! 私も刀は勉強しております。研師の先生から、色々と見せて頂きましたの。もう1日中見ていても過ごせるくらいになってしまって」
ぱん! とベミッツ中将が手を叩く。
「いや、全く! 私もなのです。休みは1日カタナばかり見ておるもので、妻にはよく叱られますが」
「楽しみです。中将、そちらは何でしょう? 見せて下さいますか? 嗚呼、私、楽しみです!」
これは半分以上本気で、演技ではなかろう。
ちらっと隣のテーブルを見ると、ラディが首を回してこちらを睨んでいる。
「実は、私では真贋の判断が付きかねましてな。そこで、レイシクラン様にも見て頂きたいと思って、持って参りました。レイシクラン様であれば、私よりも目があると思ったのです」
クレールが立ち上がって、ベミッツ中将の横にかつかつ踵を鳴らして歩いて行くと、ベミッツ中将はきちんと作法通りに、左手に柄を向け、自分に刃を向けて差し出した。
(ほう?)
ちゃんと作法は分かっているようだ。
クレールも両手で受け取って、軽く頭を下げたが、そのまま抜くのを躊躇った。
「ベミッツ中将、宜しいのですか。ここは港で、潮風も、湿気もございますけど」
「構いません。また後で手入れをするのも楽しいので」
「では、拝見させて頂きます」
くっと鯉口を切って、刃を上に抜いていく。
「む・・・」「おや・・・」
マサヒデとアルマダが小さく声を上げる。
中々に良くは見える。あの形。誰かが打った写しか?
真贋の判断が、と言ったが・・・むくむくと2人の胸に不安が広がる。
兵がランプを持ってクレールの横に立つ。
「んー・・・マサヒデ様」
「はい」
「ちょっとこちらへ。ベミッツ中将、宜しいですか?」
「勿論」
マサヒデがクレールの隣に立つと、ゆっくりと鞘に納め、マサヒデに渡す。
「それでは、拝見致します」
一礼して、くっと抜いていき・・・
「ん」
マサヒデが手を止め、眉を寄せた。
抜きかけのまま、ベミッツ中将に顔を向ける。
「中将」
「何かね」
「鞘を修理した方が。いや、作り直した方が良いですか。中で擦れますね。これ、瑕の元ですから、慎重に。まあ、古い鞘に見えますから、多少はおかしな所が出ても仕方ないです。ですけど、大事なのは中身の刀ですから」
「む、そうか。いや、確かにそうだな。大事なのは中身だ」
この時点で不安が的中したと見えた。
マサヒデとクレールが顔を見合わせる。
「これは、誰の作と」
「マヨキロ」
「贋作です」「贋作ですね」
マサヒデとクレールの即答。
「抜かずに分かるかね」
「はい」
「何故」
「持っている人は知れていますからね。ちゃんと刀の図鑑っていうのがあって、そこに持ち主は載ってます。市場に出たなら、すぐ分かります」
「掘り出し物と聞いたが。ちゃんと銘もある」
「マヨキロの掘り出し物が見つかったら、美術界の大事件です。読売に大きく出てしまうくらいです。これはいくらで?」
「金貨300枚だが」
マサヒデが首を振る。
「本物のマヨキロなら脇差で軽く500枚以上です。大刀なら1000枚でもおかしくないです。日輪国でその値段。米衆では刀は高いみたいですし、更に今まで見つかっていなかったとなったら、恐ろしい額になるはずです」
「むう・・・ううむ」
ベミッツ中将が渋い顔で目を瞑る。
マサヒデは擦れないように気を付けて抜いていく。
刃紋もマヨキロ独特の遊び心が見えない。独特の涼やかさが見えない。
大切先で形は似せてあるが、近くで見れば切先の形がずんぐりしていて、すんなりしておらず、横手に入っていく曲線も美しくない。腕はマヨキロには劣ると見える。
だが・・・悪くない。
「ですが・・・どうだろう」
差表、差裏と見て、兵が持つランプに近付け、目を細めて見る。
「ベミッツ中将、これ、出来は悪くないですよ。確かに美しさだけ見ればマヨキロには及びませんが、これは間違いなく良い腕の職人が打った物です。斬れますよ、これは・・・うん、騙されてもおかしくない出来です」
柄を握り、上から下、右から左と動かす。
悪くない。
「重さの均整が非常に良い。重心は先に寄ってますね。扱いは難しい刀ですが、入れば簡単に人を両断出来ます」
ベミッツが渋い顔でマサヒデを見る。
お世辞でも言われていると感じているのだろう。
「それほどかね」
「それほどです。お世辞とかではないですよ」
マサヒデがランプを持つ兵の腰に目をやる。
儀礼服に、サーベル。
「証明しましょう。クレールさん、ちょっと離れて」
「はい」
クレールが下がったのを見て、兵の顔を見て、にやりと笑う。
「ベミッツ中将。この刀は、この人のサーベルを斬って落とせる刀です」
「ふ、まさか」
「こちらの兵隊さんに、後で新しいサーベルをあげて下さるなら、ここで証明しましょう」
「良かろう。君、そのサーベルを抜いて」
良いのか、と兵は一瞬迷ったが、ぱちんと留め具を外し、サーベルを抜いた。
マサヒデは片手で贋作を持ち、片手で兵の手を取って、サーベルを指差し、
「まあ、座興と思って見ていて下さい。ご存知の通り、刃物は刃が一番固いわけで」
兵の顔を見て、にやりと笑って頷く。
「刃を上にして、そのまま落ちないように持っていて下さい」
「は・・・」
兵の顔は不安がありありと浮かんで見える。
マサヒデは、こん、こん、と贋作の刃とサーベルの刃を軽く当て、
「当然、適当な刀だと刃が欠けてしまいます。がっつり曲がってしまうかも。しかし、この刀でなら十分いけます」
一歩下がって、贋作を握る。
白鞘の柄なので、柄が割れないか不安だが、1回だけならいけるだろう。
この出来なら、金切りの法を使えば十分に斬れる。
鞘も作り直してくれるだろうから、問題ない。
ふっ。
ぴきん! と音がして、かきーん! きん、きん、と折れたサーベルの刃が跳ねた。
ぎょ! と軍人3人が目を見張る。
サーベルを持った兵も、驚いた顔で斬られたサーベルを見つめる。
マサヒデは斬った所を軽く確かめ、小さく頷いて、ゆっくりとベミッツ中将の前に贋作を持っていった。
「どうぞ、お確かめを」
「・・・」
マサヒデが斬った所を指差し、
「ここで斬りました。見て下さい。欠けていません。曲がっていません。捲れすらもない。これは贋作ではありますが、とても良い刀です」
目を丸くして贋作を見る軍人3人に、クレールがにっこり笑って頷いた。
「中将は美術品として刀を見る目は今ひとつでしたが、武器を見る目は間違いなく一級という事が証明されました。つまり、本物の軍人の目で刀を見ていた、と言う事ですね」
「クレールさん、良いことを言いますね。その通りです。中将、この刀は如何ですか。サーベルを両断して瑕ひとつない一品。金貨300枚です」
「金貨300枚は安い買い物であったか」
マサヒデが頷いて、鞘を取って納め、
「眼福でした」
と差し出すと、ベミッツ中将は神妙な顔で頷き、受け取った。
「まだまだ、勉強不足であったかな」
「美術品の勉強は、ですが。既に本物を見抜く目をお持ちです」
マサヒデが席に戻ると、アルマダが小さく笑って、ナプキンで口を拭くようにして、さり気なく口を隠して囁いた。
(金切り)
(座興です)
(上手いですよ)
マサヒデも薄く笑みを浮かべて、箸を取った。




