第124話
マサヒデ達は兵に案内され、ずらりと並ぶ兵達の間を抜けて、一番前まで歩いて来た。人数分の椅子が並んでいて、そこに座ったのだが、座っている者は他におらず、気が引けてしまう。
マサヒデ達が座ったのを見て、壇上のエイデン大佐が前に出て来た。
こほん、と小さく咳払いして、声を張り上げる。
「本日は! 我らが米衆連合軍に多大な貢献を下さった! トミヤス様! ハワード様! 両御一行様を迎え、出立の祝宴の前夜祭を行う!」
しんとしていたのに、急に、ばちばちばち! と物凄い拍手が上がって、マサヒデはびくっとしてしまった。
エイデン大佐がちらりとマサヒデを見てにっこりと笑って、
「明日を本祭とするので、皆、今夜は羽目を外し過ぎぬように! 羽目を外すのは明日の夜にするのだぞ!」
「「「はははは!」」」
兵達の笑い声が上がり、引き締まった空気が、一気に明るく緩んだものになった。
笑いが収まるのを待って、エイデン大佐が頷き、
「イーモア=ベミッツ海兵隊中将より、開会のご挨拶を頂く! 清聴!」
ざざ! と後ろから音が響く。
全員が姿勢を正したのだろう、空気も急に引き締まった。
エイデン大佐が脇にどくと、ごつい老人が出て来て、マサヒデに笑顔を向けた。
そして、顔をきりりと引き締め、笑顔を引っ込める。
「イーモア=ベミッツである。皆には急な召集で、慌てた事であろう」
にやりと笑って、
「祝祭と聞いて、喜びで更に慌てた者は居ないかな?」
くすくすと笑い声。
また、引き締まった空気がゆるくなる。
やはり、この国の軍は日輪国とは随分と違うな、と感じる。
「さて! 我らが米衆連合軍に多大な貢献を下さった方々が、今、そこに座っておられるぞ! 知っての通り、今や勇者祭のヒーローであり、先日は闘技場でも大活躍し、米衆全土に名を轟かせた皆様だ! 握手をもらいたい者! サインをもらいたい者! 手合わせを願いたい者! この祝祭の間しかチャンスはないぞ! 感謝し、歓迎し、祝え! 彼らに拍手を!」
わあ! と声が上がり、怒涛のような拍手が背中を震わせる。
音に驚いたのか、ひひん、と馬の鳴き声が聞こえる。
「さあ、酒とご馳走の準備だ! テーブルを持って来い! 酒を注げ! 料理を並べろ! そして、未来の勇者の皆様に乾杯だ! 礼砲用ー意!」
「アイサー! 礼砲用意!」
軍艦の上から声。
あっと上を見ると、軍艦の上に大砲が突き出ている。
「礼砲発射!」
「アイサー! 礼砲発射!」
どおん!
「わ」
驚いて小さく声を上げてしまい、思わず頭を引っ込める。
どおん! どおん! どおん! どおん!
数秒おきに凄い音が響き、大砲が鳴る。
音で胴の中が震え、臓物が潰されそうだ。
「ははは! 耳がやられた者は居まいな! さあ、宴の開始だ! 解散!」
わやわやと声が聞こえ、後ろを向くと、もう兵達は落ち着いて喋り始めている。テーブルがいくつも運ばれてくる。酒と料理を運ぶワゴンが大量に並んで向かってくる。
マサヒデ達が驚いて、ぼっとした顔でその様子を見ていると、イザベルが歩いて来て、1人1人立たせていく。
「マサヒデ様、さ」
「あっ」
イザベルは手を差し伸べていたが、マサヒデは、がばっ! と立ち上がり、
「終わり? 終わりましたか?」
「いえ。これからです」
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「あれは、お祭の花火と同じです。祝い事の花火です」
「はあ」
これから始まると聞いたが、余程に驚いたか、皆、ほっとした顔で息をついている。
「これ程近くで大砲の音を聞いたのは初めてですよ」
「まあ、そういう方が多いかと」
だかだかとテーブルが運ばれてきて、マサヒデ達のすぐ前に置かれた。
「あ」
テーブルを見れば、真ん中は明らかに高そうな、分厚く重そうなテーブル。
あれにベミッツ中将達が座るのか。
と思っていると、椅子が置かれていく。
7脚。軍人3人と、マサヒデ、アルマダ、クレール、イザベル。
(ううむ)
マサヒデはクレールの夫であるから、一緒にされるだけだ。特に用はなかろう。
両隣に置かれたテーブルは、4脚、騎士4人。3脚、カオル、シズク、ラディ。
しかし、野外でこのように食べると言うのも新鮮というか・・・
などと考えていると、軍人3人が下りてきて、ベミッツ中将が座る。
「さ、君達も」
「は!」
エイデン大佐が座り、クレンナ中尉は少し躊躇して、
「宜しいのですか」
「構わん。さあ座りたまえ」
(ほう)
イザベルがベミッツ中将を少し見直した。
中将と中尉が同じテーブルを共にするなど、まずない。それほど階級に差がある。
それとも、これから座る自分達に見せる演出か?
疑っていてはきりがないが、そのくらいが丁度良いか・・・
などと考えていると、白い儀礼服の兵が歩いて来て、マサヒデ達を案内し、席に座らせる。
「や、これは」
などとマサヒデも椅子を下げてくれた兵にへこへこしながら、ベミッツ中将を目の隅に置き、観察していた。イザベルの父、リチャード大将とは随分と雰囲気が違う。違うが・・・
(この人の笑顔は油断出来ないな)
これだけ軍人との付き合いがあれば分かる。
如何に狡く勝つか。
軍人の根幹は、カオル達、忍と似ている所がある。
アルマダ、クレール、イザベルは平気だろうが、自分が心配だ。
うっかり都合の悪い事を口にしないよう、気を付けねば。
話し掛けられなければ良いのだが。
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皆のグラスにシャンパンが注がれると、ベミッツ中将が立ち上がり、騎士達のテーブル、マサヒデ組のテーブルと見て、
「さあ、乾杯致しましょう! グラスを!」
グラスは足を持って・・・緊張しながら、グラスを取ると、
「乾杯!」
「「「乾杯!」」」
マサヒデ達も応え、ぐぐっと飲み干す。
ベミッツ中将は満足気に微笑み、椅子に座り、イザベルの方を向いた。
「ファッテンベルク様」
「は!」
「まずは、貴方に感謝の言葉をお送りしたい。此度は素晴らしい訓練をしていただけたと、クレンナ中尉から聞きました。ありがとう」
「恐縮であります!」
くす、とベミッツ中将が笑い、
「貴方はもう軍人ではないので、そう固くならず。魔王軍の騎馬遊撃隊の大将の大事な娘、私の方が恐縮する所です」
「は。畏れ入ります」
皆の前に皿が置かれていく。
ベミッツ中将がマサヒデの方に向く。
「トミヤス殿」
「はい」
「此度の訓練に際しては、貴方の一言で決まったと聞いた。聞くに、貴方はファッテンベルク様の主であるとか」
「はい。そうです」
マサヒデが懐から狼紋の印籠を出して、ベミッツ中将に差し出す。
「これが、イザベルさんの主になった証。狼族の主に認められたという記念に、陛下から下賜された物です」
「ほう。見せて頂いても」
「どうぞ」
ベミッツ中将がマサヒデの手の印籠を取り、しげしげと眺める。
「ふうむ! これがか・・・いや、初めて見る。エイデン大佐、クレンナ中尉、これは非常に貴重な物なのだぞ。当国にも、いや、世界のどの国にも同じ物があるのだが、ずっと眠ったままだ」
「ふうむ・・・」
「ほう・・・」
「狼族に主と認められるのは、それほどに稀であるのだ。単純に強い弱いや、友情や恋愛感情の類で惹き付けるといったものではない。狼族の深い所にある本能で認められるのだ。君達は知っているか? 魔王様の最初の兵となったのが、狼族なのだ」
「ああ! 私は家臣と聞き、ただの主従だとか、武術の師弟であるかと」
「それで下賜品なのですか!」
するするとベミッツ中将が太い指で狼紋を撫でる。
「そうだ。それで祝いとされるのだよ・・・うむ、素晴らしい意匠だ。この紋を持つ事を許された人族は、記録に残る限り、今まで居なかったのだぞ。いや、羨ましい」
ベミッツ中将が名残惜しそうに、マサヒデに印籠を差し出す。
「トミヤス殿、珍しい物を見せて頂いた。感謝する」
「いや、お目に適って光栄です」
ベミッツ中将の太い手から印籠を取り、懐に入れると、ベミッツ中将がにやっと笑って、
「で、今回のファッテンベルク様の訓練はどうだったのかね。訓練の模様はクレンナ中尉から報告を受けているが、実際に参加した者の意見を聞きたい」
「いやあ」
はは、とマサヒデが気不味い笑みを浮かべ、
「イザベルさん、ごめんなさい。もう2度と参加したくないです」
ははは! と軍人達が笑う。
「トミヤス道場では、あのような訓練はしないのかな」
「山の中に放り出されるような事はします。ですが、何と言いましょうか、きつさの内容が違うというか。上手く言葉にはしづらいのですが。ですよね、アルマダさん」
ここでアルマダに任せてしまおう。
アルマダが困ったような笑みを浮かべ、首を振る。
「いや、全く違いますね。改めて、軍という組織の皆様を尊敬しました。ただ生きるだけなら、私もマサヒデさんも1ヶ月、2ヶ月でも平気ですが、周りが全員敵というのは初めてで。いや、厳しいものでした」
アルマダに振ってしまって、マサヒデが胸を撫で下ろす。
このまま何事も無ければ良いのだが。




