第13話
マサヒデ達が米衆連合国を歩いている頃―――
ここは日輪国シライ領オリネオの町。
残された第一夫人マツは、マサヒデの父、剣聖ことカゲミツと、その友人、サカバヤシ夢想流宗家、ジンゴロウ=サカバヤシと職人街を歩いていた。
ジンゴロウは日輪国の北方ゾエの出身で、息子のジンノジョウがマサヒデと対決した事から縁が出来、マサヒデがゾエに寄った際にサカバヤシ道場を尋ねたので、マサヒデとも面識はある。
カゲミツはマツをちらっと見て、
「マツさんも行った事あるんだよな」
「はい。素晴らしい腕前で・・・いつもだらしないかと思えば、刀を取ればぴりっとして、まるで別人のようで、マサヒデ様も舌を巻くばかり。お仕事をしておられる時は、それはもう緊張感の漂うお方。あれが一流なんですね」
「ほう」
ジンゴロウが期待と好奇心の籠もった顔で頷く。
「でも、まだまだって言うんです。お師匠様には敵わないから。一流なんてとんでもない、なんて・・・謙虚で一途なお方」
「カゲやんのあの刀、研いだ研師なんだよな」
ジンゴロウとカゲミツは友人で『カゲやん』『ジンちゃん』と呼び合う仲。
うむ、とカゲミツが頷く。
「そうだ。またすげえ刀好きでな。たまーに蔵に来ちゃあ、1日中、蔵の刀眺めてんだ。忙しくて中々来れねえんだけど」
「忙しい・・・ほおう」
ジンゴロウは知らなかったが、その腕は知れ渡っている、という事だ。
カゲミツが首を鳴らし、上を向いて、
「商売繁盛してるはずだが、店は小っちゃくてなあ・・・どうするかな・・・」
「どうするって、何を」
「狭くて2人しか入れねえんだ。ま、マツさんとジンちゃん入りなよ。俺は三尺刀持って先に帰るから」
「良いのか」
カゲミツがにっこり笑って頷く。
「良いよ。うちの稽古で使うんだ。俺が持って帰る」
橋を渡ってすぐ。
イマイ研店。
小さな平屋に、小さな看板がぶら下がっている。
「ふうん・・・な、カゲやん、如何にも仙人みてえな頑固職人がって感じだが」
カゲミツが呆れ笑いをして、マツを見て、
「いいやあ。仙人とは程遠いぜ。な、マツさん」
マツもくすっと笑う。
「はい。イマイ様は欲しかございませんもの」
「なあ、カゲやん、どんな奴なんだ? 想像もつかねえが」
「すぐ分かるさ」
がらっ!
「こーんちゃー! イマイさーん!」
「はーい!」
店の奥から声がして、少しして小柄な目の大きな男が出てくる。
汚い作務衣に、短く切られた頭。格好だけは如何にも職人。
「これはカゲミツ様!」
男はぴしりと正座して、カゲミツに頭を下げる。
これが一流の研師、イマイ。
「や! 今日は見学なんだ。俺のダチとマツさん」
マツがにっこり笑って頭を下げ、ジンゴロウも笠を取って頭を下げる。
「手前、ジンゴロウ=サカバヤシと申します。見学自由と」
がば! とイマイがのけぞり、
「ひぇーっ! サカバヤシー!?」
はあ! と口を開け、目を見開いてジンゴロウを見つめる。
「・・・」
イマイが驚いたジンゴロウを、ふるふると震える指で指差し、
「じん、じじんじんじん、ジンゴロウ! サカバヤシ! 夢想派8代目!?」
「は・・・」
イマイが身を震わせ、がばっ! と土下座してジンゴロウに頭を下げ、声を張る。
「畏れ入りましたーっ!」
「・・・何が・・・?」
カゲミツが腹を抱えてげらげら笑い、
「ははははは! イマイさん、こう見えて三傅流も使うんだ!」
あっ! とジンゴロウがカゲミツを見て、イマイを指差し、
「三傅流・・・? もしかして、マサヒデ君と、あのサダマキって子の?」
「そうだよ。おたくのジンノジョウ君がやられたの、ここだろ? マサヒデ達が首都に行く前。さて、三傅流の道場は首都だ。じゃ、三傅流はどこで習ったんだ?」
「ああ!」
驚いてイマイを見るジンゴロウを見て、カゲミツが楽しそうに笑う。
「そおゆう事! じゃ、楽しんでこいよ! 帰り、そこの橋渡った所の店で食ってこいよ! 俺は先帰ってるぜ! イマイさん、この2人の見学頼むわ!」
「ははあーっ!」
カゲミツは笑いながら、ひらひら手を振って橋を戻って行った。
「ん、うむ・・・」
マツがくすくす笑い、
「イマイ様。上がっても宜しゅうございますか?」
「ははーっ! むさ苦しい所ではございますがっ!」
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「そ、そ、粗茶ーで、ございまするが・・・」
イマイが震える手で、ジンゴロウとマツの前に湯呑を置く。
「感謝致す」
「ありがとうございます」
研ぎ船(研師の仕事をする、桶と砥石などがセットしてある所)の桶の横に、刀身。今はあれを研いでいるのか・・・
「イマイ殿、私は見学でございますゆえ、どうぞお仕事を」
「は、は」
マツが茶をすすり、湯呑を置いて、
「イマイ様。良い物はございますか?」
「あ、あ! ええと、ええと・・・サカバヤシ様の目に適う物、あるかなあ・・・」
さ! ぱたん!
さ! ぱたん!
イマイが引き出しを開けていく。
「んー・・・」
取り出された長い刀身。これは打刀ではなく、太刀だ。
「太刀でございますか」
「ううん・・・そうですがねえ・・・いや、ううん・・・」
イマイが首を傾げる。見事な作に見えるが、どうしたのだろう?
マツが首を傾げて、
「それは何か謂れでも?」
「いや・・・拵えがちょっと・・・」
イマイが別の引き出しを開け、凄い物を取り出した。
「・・・」「・・・」
マツもジンゴロウも、その拵えを見て言葉を失う。
「金梨子地蒔絵鞘。金具は全部金無垢」
「き、金無垢でございますか・・・」
豪華な事は豪華だが・・・これは如何なものか。
「いや! 確かに刀身は良い物。キホの古刀。初代ミツトシ」
「ううん・・・」「う、ううむ・・・」
どうだ、凄いだろう! と、鼻高々な拵えは、むしろ下品にも見える。
確かに、素晴らしいと言えば素晴らしいのだが、どう言ったものか。
拵えの職人達も、このような注文を受けた時どう思ったのだろう。
ジンゴロウが首を振り、
「その拵えはどうかと存ずる」
「でえすよねえ~・・・これはないですよねえ~・・・」
ふ、とジンゴロウが鼻で笑い、
「ただの飾りですか」
「ええ。どことは言えませんが、とある美術館のご自慢の一品だそうで」
「ほおう」
イマイも呆れ笑いを浮かべ、
「わざわざ拵えを作り直したのだ、と自慢気に。重さも2斤半(約1.5kg)」
「ミツトシがあの世で泣いてござろうな」
「ええ。この拵えはないですよねえ・・・」
イマイが苦笑して拵えをしまい、別の引き出しを開けて、ぴたりと手を止めた。
「あ、ああ! そうだそうだ。古刀でなければ、中々の物が」
「ほう」
さら、と引き出しを開け、白鞘を取り出す。
両手で捧げ持つようにして、ジンゴロウに差し出し、
「こちらなど」
「拝見致します」
ジンゴロウが受け取り、す、と抜く。
「ほおう!」
マツが嬉しそうに手を叩き、
「あ! これは知っております! 濤瀾刃! マサヒデ様の脇差の!」
イマイもにっこり笑い、
「そう!」
「でも、マサヒデ様の脇差程に波が大きくはありませんね。波も四角い感じで尖っております」
「流石マツ様! お見事! これは違う人です」
イマイがマツを見てにっこり笑うと、ジンゴロウが笑い出した。
「ははは! マツ殿。イマイ殿は、私を試しておられるようだ」
「え?」
ぴく、とイマイの笑いが引きつった。
「ヒロスケ・・・と! 言わせたい。違うかな」
「・・・」
「ふふふ。私の名を聞いてあれほど驚いておられたのに、肝の据わったお方だ・・・ここで間違うと、もう良い物は見せてもらえぬ・・・といった所かな・・・」
ジンゴロウが楽しげにくるりと刀の裏表を回し、
「元はフギ」
「・・・」
「サキョウに上り、初代サダカネに学ぶ」
「・・・」
「大業物に、この名が並ぶ」
「・・・」
ジンゴロウがにやりと笑い、
「2代サダカネ。改名してカネテル」
「お見事です」
「はっはっは! この出来は、重要かな? 銘によっては特別重要かな?」
「ううむ・・・参りました」
イマイもバレてしまったか、と苦笑して頭をかく。
ジンゴロウがにっこり笑って、カネテルを下から上までゆっくりと眺め、
「うむ・・・しかし、見事な研ぎだ。刀の良き所が分かって研いである。ただの美術研ぎではない。カゲミツがあなたの腕を褒めちぎるのが良く分かる。して、それは」
ジンゴロウが研ぎ途中の刀を見ると、イマイがにやりと笑う。
はて? ジンゴロウの顔が曇る。
顔の前に立てていたカネテルを避けて、目を細める。
「ん? それは・・・もしや・・・ん? むむ・・・んん!? もしやして!」
イマイが楽しそうに口に手を当て、下から覗き込むようにジンゴロウの顔を見る。
「もしやして・・・何とご覧に?」
は! とジンゴロウが目を見開き、
「いや、まさか・・・まさか・・・ヒデマサ・・・水心之ヒデマサでは!?」
イマイが口に出さずに、うん、と頷くと、ジンゴロウが手にしたサダカネを落としそうになり、慌てて、両手で柄を掴んだ。
「まっ・・・参った! よもやヒデマサを預けられるお方であったとは! ここに入って、一目で気付かなんだ、私の負けでございます」
お互いに参った、参った。
くす、とマツが笑った。




