第120話
そして3日が経った。
イザベルがホテルに帰ってきたのは、もう日も沈まんとしている頃で、改めて見ると、やはりげっそりと痩せていた。
「マサヒデ様。イザベル、只今戻りました」
そう言ってマサヒデに頭を下げたイザベルは、疲れてはいたが、満足気な顔をしていた。
頭を下げる前のその顔を見て、マサヒデも笑顔で頷く。
「お疲れ様でした。二度とイザベルさんの訓練は受けませんよ。ふふふ。もう酒はうんざりですから」
「は・・・」
はは、とマサヒデが笑って、イザベルの肩に手を置く。
「明日から3日間、食べまくって、寝まくって、ぐうたらして、痩せた身体を少しでも戻して下さい。そうしたら、オウ=コナーへ向かいますよ。既に基地には報せてあります。クレンナ中尉から、もう船はオウ=コナーの港に向かっていると連絡がありました。何事もなければ、我々が到着する頃には、船が港に待っているそうです」
「は」
「船に乗ったら、米衆連合とはお別れですから・・・また船旅です。そうしたら魔の国。あなたの故郷です。軍艦の護衛もついて、安心して渡れる。船の上でも、のんびりしましょう。私達も、まだ体重が戻ってないですから、のんびりします」
マサヒデがイザベルの肩から手を引き、
「ところで、ひとつお聞きしたいんですが」
「何なりと」
「あなたの教官・・・そうそう、イナダ教官でしたか。お父上と酒を呑んでた」
「はい」
「民間の方ですよね?」
「はい」
「あの方を、訓練に呼ぶ事は出来なかったんでしょうかね?」
「は・・・あっ!」
イザベルが声を上げて、がばっと顔を上げた。
ぷーっ! とマサヒデが吹き出し、ぱちぱち手を叩いて笑う。
「ははははは! やっぱり! 面白いですねえ! この国も、イザベルさんも!」
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イザベルは部屋に戻った後、荷物を置いて、ぐったりとベッドに座り込んだ。
スイートのふかふかなベッドに、痩せた身体がずっしりと沈む。
息をついて、顔を両手で包んだ。
(何故、最初に教官を呼べと進言出来なかったのだ!)
訓練を頼むと言われた時、その一言で1ヶ月も足止めをする事はなかった。
だが、過ぎた事は仕方がない。
皆も訓練を受けられたし、なにがしか得るものもあったはず・・・そう願いたい。
「イザベル様」
同じ部屋のラディがイザベルに声を掛ける。
「ラディ」
「お疲れ様でした」
「うむ。本当に疲れた」
「レストランに行きますか」
「ああ・・・着替えよう。食べたらスパにも行く」
着流しを引っ張り出し、さっと着替えてくるりと帯を巻く。
この帯の感触は久しぶり。
「行ってくる」
「私も行きます」
「付き合わずとも良いぞ」
「いえ。これを見てて、まだ食べてないんです」
ラディがベッドの刀を取り上げる。
これはラディが詐欺師から徴収した、タケヨシの作。
「そうか。では行くか」
着流しの2人が、部屋を出て行く・・・
ぱたん。
「ああっ!?」
イザベルが声を上げ、ラディがぎくっと肩を竦めた。
「どう、どうしました!?」
「しまった! 鍵!」
「鍵?」
「部屋の中・・・」
ラディの眉が少し寄る。
「オートロックです」
「ああ・・・」
「先に出る人が持たないと」
「うむ・・・」
「フロントに行きましょう。掃除の人とか居れば」
「・・・」
「イザベル様も疲れたんです」
「す、済まぬ」
「フロントにはイザベル様が行って下さい」
「ああ・・・」
およそイザベルらしからぬ失敗。
今回は余程に疲れたようだ。
ラディも怒った顔を作っていたが、別に怒ってはいない。
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そしてレストランにて。
イザベルの目の前には山盛りのラムチョップに、その脇には大量のワイン。
「いよしっ! 食うぞ!」
ぱあん! と手を合わせ、ぐ! と頭を下げる。
「いただきますっ!」
がつがつがつ・・・
ぐびぐびぐび・・・
ラディもひとつラムチョップをもらって、もむもむ食べる。
「ぐはあっ! 嗚呼! 堪らぬ!」
がつがつがつ・・・からっ。
残るは骨だけ。
(もう無い!?)
ぱん! ぱん!
「注文だ!」
給仕が歩いてくると、イザベルはメニューを見もせず、
「子豚の丸焼きを頼む」
「は?」
女2人・・・が、イザベルは骨だけになった皿を突き出し、
「ほら! 早く作って持って来い!」
先程まで、山盛りのラムチョップが乗っていたはず。
「ははっ」
「おう、そうだ。出来るまで時間が掛かろう。何かつまみも適当に持って来い。そうだな、牛ロースのステーキをレアで頼む」
ステーキをつまみにしようと言うのか。
「はっ」
これは凄いが・・・
ラディは少し眉をひそめて、
「イザベル様、肉ばかりはあまり」
「いいや! これで良い!」
イザベルが袖をまくって、ぽん、と腕を叩く。
「我の身体から草は生えぬぞ。見ての通り、肉で出来ておる」
「はあ」
「血は赤ワインで出来るのだ」
「はあ」
ラディは苦笑している給仕を見て、
「私は何か柑橘類の果物を下さい」
「かしこまりました」
下がりそうになった給仕をイザベルが止め、
「おっと済まぬ! ポテトサラダもついでに頼む」
「はい」
給仕が下がって行く。
「ポテトサラダは何処になるんですか?」
「肌の白さだ。ところで、お前は少しは射撃が上達したのか?」
「少しは。動く的にも当たるようになりました」
「少しか・・・まあ、1ヶ月ではな。ところで、あの刀はどうするのだ」
「あの刀?」
「さっき見ておった刀。お前は使わんし、マサヒデ様もカオル殿も使わん」
「んん」
「冒険者ギルドに預けるか?」
ラディは少し考えたが、首を振る。
「持っていきます。暇つぶしに見るに良いので」
「ふうん」
「何か気になる事でも」
「いや。全く無い。ただ話のタネにしただけだ。あ、そうそう。お前、射撃訓練に白露の鉄砲は使わなかったであろうな」
白露帝国軍特殊部隊から奪った特製品。
米衆軍に見せたら厄介の元でしかない。
「使っていません」
「なら良し。ああ、早く体重を戻さねば」
そう言えば、飯を食べて生き生きして見えるが、かなり頬が・・・
余程の訓練だったのであろうか。
「どれだけ減ったんですか?」
イザベルが渋い顔で首を振る。
「3貫届かぬ(10kg)くらい」
ラディが驚いて痩せたイザベルを見る。
「そんなに!?」
「ああ。驚く程に減った。教官とは大変な仕事であるな。しかし、これでも少ない方だ。私に教えてくれた教官は、1ヶ月で4貫は減ると言っておった」
「もう、教官はしない方が・・・」
「そうだな。マサヒデ様に言われねば、もうやらぬ。道場で馬術を教える方が、全然楽であるな」
「そうしましょう。寿命を縮めます」
心配そうなイザベルを見て、ラディがにやっと笑った。
「マサヒデ様達はもっと減ったはずだぞ。山の中に火打ち石だけ持って入って行ったのだ。2週間。日輪国とは生えている植物も違うし、全然食えなんだろう」
「そんな訓練を!?」
「うむ。流石にマサヒデ様もこのような訓練はしておるまいよ。良き糧となったのなら嬉しいのだが」
ステーキの皿が置かれ、ほとんど噛まずに飲むように食べていくイザベル。
それを見て、うんざりするラディ。
「お前も参加しておけば良かったな。少し太って見える」
「そうですか?」
「胸が太っておるなあ」
もう胸の大きさをからかわれるのには慣れた。
「それは侮辱ですか?」
「褒めておるのよ! ははは! おーい、ワインをくれ!」
「イザベル様、急に痩せた所にがっつくと反動で太ります」
「太って良いのだ」
「元以上に太る事は良くあります」
「ああ気を付けよう。うん気を付ける。おお美味い」
もぐもぐ・・・
ステーキがどんどん消えていく。
次に来る子豚の丸焼きは何処に消えるのか。




