第117話
その朝のうちに、アルマダとアーメイ二等陸尉が帰ってきた。
訓練区域Fにおける屋外実戦演習は、全滅で終わった。
最後まで残れた者は居なかったのだ。
イザベルはさぞ怒ろうと思っていたが、食堂では皆を一瞥したのみである。
呆れてしまったのか。流石にイザベルも疲れたのか。
黙って山盛りのマッシュポテトと平積みの肉をかき込んだだけ。
「集合は翌朝0800だ!」
それだけを食堂で言って、部屋に戻って行った。
これで終わったのか。
結局、メンタル部分を教えてもらっただけで、特に得られる戦闘技術はなかったか。
軍人達は、肩を落としてしまった。イザベルが出て行った後は、苦笑を浮かべ、首を振るのみであった。
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そして、翌朝。
イザベルの隣には、エイデン大佐と、クレンナ中尉が立っていた。
「全員休め!」
手を腰の後ろに回し、足を肩幅に開き、背筋を伸ばして胸を張る。
この姿勢にも慣れたものだ。
「これにてイザベル=エッセン=ファッテンベルクの特別訓練は終了とする!」
「「「はい! 教官!」」」
「全員、右手の腰の高さで前に出せ!」
「「「はい! 教官!」」」
イザベルが端から順に握手をし、肩に手を置き「よくやった」と一言のみ言って、順に握手をしていく。
そして、アーメイ二等陸尉の前で足を止めた。
「訓練は1ヶ月だ。これまで4週間。あと3日残っているな」
「は」
「お前は最後まで残ったな!」
「は!」
イザベルがにやりと笑った。
「3日間居残り訓練だ!」
「は!」
ばし、とアーメイ二等陸尉の手を取る。
手にチャレンジコインの感触。
「お前は、世界で2番目に強い軍人になる資格がある。我の知る限り、軍人で世界で1番強い軍人は我が兄であるから、2番目で我慢しろ」
「は!」
そして、小さな声で囁いた。
「そのコインは、米衆連合元首にも見せてはならぬ。何故ならば、それは貴様の魂の一部となったからだ。魂は己が1人の物。心の内の物。誰にも見えぬ物である。持っている事を知られてはならぬ。存在も知られてはならぬ。複製などは以ての外であるぞ。良いな」
「は」
イザベルが鋭い目で頷き、ぺしぺしとアーメイ二等陸尉の頬に手を当て、順に皆に握手をしていき、前に戻った。
「清聴! 最後に訓示をくれてやる!
我はもはや軍人ではない! 武人である! よって、トミヤス流の訓示とする!
トミヤス流は武道ではない! 武術! 術のみ! 技術のみ!
道は教えぬ! 偉そうな心の在り方云々など、教えはせぬ! 何故か!
何故ならば、道は己が拓くものであるからだ!
トミヤス流のただ勝てば正義とは、そういう意味だ!
教えられた道をぼけっと歩くのみで、本物になれるものか!
己が兵士の魂に問え! 兵士の道は何処か! 何の為に戦う!
国か! 元首か! 国民か! 仲間か! 愛する者か! 誇りか!
出世か! 金か! 復讐か! ただ殺したいだけか! どれでも良い!
正しき道を選んだ者だけが、ゴールに辿り着く!
当たり前だな! 道を外れてゴールに着くはずもないのだ!
どんな勝ち方をしようと、最後に勝者となる者は、正しき道を歩く者だけだ!
汚辱にまみれ、クソを投げられ、後ろ指をさされても構うな!
選んだ道が正しき道ならば、そんなものは構わず胸を張って進め!
惑え! 迷え! だが手は止めるな! 死ぬまで道を作り続けるのだ!
最後にゴールの旗を揚げた時! 貴様らの後ろには大行列が出来ていよう!
以上を訓示とする!
アーメイ二等陸尉は居残り訓練! 1000に訓練棟B入口に来い!
急ぎフル装備を用意! 銃はブルーガン(訓練用の銃)! ナイフのみ本物!
他は解散! これにて訓練を終了とする!
皆様! ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
ぱちぱち、とエイデン大佐とクレンナ中尉が拍手をすると、軍人達も拍手をし、マサヒデ達も拍手をした。
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全員と握手をし、ハグを交わした後、アーメイ二等陸尉は全速で走って部屋に戻り、イザベルに渡されたコインを見てぎょっとした。
『魔王軍第一特殊作戦隊』
第一特殊作戦隊・・・特戦隊!? 本当に存在したのか!?
アーメイの背中がぞくっと冷え、顔が蒼白になった。
軍の世界では、まことしやかに囁かれてはいるが、その存在は疑われている。
アーメイ自身も、軍の世界ではよくある噂話だと思っていたのだ。
ただ者ではないと思っていたが、特戦隊の出であったのか。
元首にも見せるなと、厳しく言われるわけだ。
魔王軍特戦隊。その存在さえ疑われる部隊。世界最強の超精鋭部隊。
トップシークレット中のトップシークレットの、知られてはならない部隊。
これは絶対に見られてはならない。
存在が知られたとなると、漏れた所は・・・そうしたら自分は・・・
知ってしまった者はどうなるのだ!? 絶対にまずい!
(何処に隠そう!?)
ばたばたしたが、荷物の中に入れておいて、誰かが覗いたら!?
あいつは何をもらったんだ、と覗きに来る者がいたら!?
これは重すぎるチャレンジコインだ!
結局、ポケットにねじ込んで、アーメイは部屋を出て武器庫に走った。
装備の貸出の手続きは既にイザベルがしており、一式が揃っていた。
急いで装備の確認を終え、着替えてバッグを背負い、ブルーガンを肩に掛ける。
その時には、もう落ち着いていた。
ポケットに手を突っ込み、チャレンジコインを触る。
これは自分の魂の一部となった。
自分は米衆連合国の者であるが、魔王軍特戦隊の魂を受け取ったのだ。
紛れもなく世界最強の特殊部隊の魂を!
絶対に知られてはならない部隊のチャレンジコイン。
イザベルはそれを自分に託したのだ。
(これに見合う兵士にならねば!)
アーメイは拳を握り、武器庫から出て行った。
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アーメイが訓練棟Bに着いた時、イザベルは既に立って待っていた。
イザベルもフル装備である。
前に立って、銃を立て、敬礼。
うむ、とイザベルが頷く。
「チャレンジコインは見たな」
「はい」
「宜しい。訓練開始まで時間があるので、先に話しておく事がある」
「はい」
「武術の世界には、守破離という言葉がある。
守れ。破れ。離れろ。まずこれを説明しておく」
「はい」
「この1ヶ月の訓練で教えたのは、一番最初の守れの所。
何を守るのか。それは大事な基礎、土台となる部分である。
どれほど研鑽を積もうと、この土台から外れたものは無距離戦闘術ではない。
というよりも、崩れて弱くなるばかりである。
どれだけ優れた技術を教えられようと、土台が出来ておらねば崩れる。
アーメイ陸尉は、今、土台を作り上げたばかりだ。
この土台とはどういったものか分かるか?」
「常在戦場、という事でしょうか」
「少し違う。常在戦場など、ただの心持ちの技術に過ぎぬ。このコインを持った時、アーメイ陸尉はサムライの魂を持った。死を恐れず戦う。死の時まで戦い、引かぬ。決して媚びぬ。ただの死兵ではない。その場では敵わぬと見たら、さっさと退くが良き軍である。だが、退いてはならじと見たら、命を賭しても戦う。兵士としては当然か? いや、サムライとしてだ。そのサムライが仕えるは、上官でも君主でもない。己が誇りだ。誇りを君主とせよ。仕える君主は、誇り高き君主であってほしい」
「はい」
「次。破。これは基礎が終わり、そこから離れる段階。
離れると言っても、基礎、土台がどうでも良いと言う事ではない。
それらを組み合わせ、自分の使い方を作っていく段階である。これが破である」
「はい」
「これより3日で、出来る限りの1を教える。これはまだ守の段階であるぞ。
アーメイ陸尉は、そこから2、3、4と続けて作るのだ。
自分だけで作るのだ。
作り、試し、駄目なら壊し、良いなら磨き上げる。
1、2でもよい。1で十分だと思うなら、それで良い。
他の武術や格闘技の技術を組み込んでみるのも良いであろう。
間違ってはならんのが、多く作れば良いというものではないという事だ。
それでは、いつまで経っても身につかぬ。
新兵の訓練期間でもそれなりに使えるというのが、軍隊格闘技の大前提である」
「はい」
「そうして自分で作り上げたもので、向かう者にどう対応するか。
自分の持つ技術を知り尽くすのだ。
さすれば、相手が見えてくる。
分かるな。己を知り敵を知れば百戦危うからずとなるのだ。
ここに来て破の段階である。今の我は、この段階の途中である」
「はい」
「さて。百戦危うからず。もはや負けなし。
しかし、これで終わりではない。
最後の離。離れる。これは無距離戦闘術から離れろという事ではない。
師の教えに縛られるな、という意味に近いかな。
自分の無距離戦闘術を見つけろ、という事だ。
我も、習った部分に改良した所もある。
当然、マサヒデ様に手直しして頂き、磨かれた部分もある。
そうして、今の我の無距離戦闘術があるのだが・・・」
イザベルが言葉を切って、アーメイをじっと見つめる。
「何が言いたいか、分かるか。アーメイ陸尉は、アーメイ陸尉の無距離戦闘術を作り上げるのだ。であるから、アーメイ陸尉に教えるのは、我が手を加えたものではない、教官から教えられた無距離戦闘術だ。我もまだ磨いている途中で、未熟なものであるから、それを教えては毒にしかならぬと思うのだ」
「分かりました」
「教官は仰っておられた。
無距離戦闘術とは、日々進化するものであり、進化の方向は個人で変わる。
であるからして、個の武術である。
しかし、その違う個の全てが、同じ無距離戦闘術である。
これ即ち、個であって全。全であって個。
軍にうってつけだとは思わぬか?」
「まさしく」
「破の段階で止まっても良い。既に百戦危うからずであるのだから。だが、それは進化を否定する事になる。いつか敗れる。将来、アーメイ陸尉が教導員や技術提供者となり、兵に教えんと欲するのであれば、離の段階まで届く事を願う」
「必ずや」
ん、とイザベルが頷いて、懐中時計を出し、時間を見る。
「少し早いが、始めようか。まずは装備を全部下ろせ。基本の身体の使い方から教える。ただこの使い方を覚え、今までの技術をそのまま乗せるだけでも、大きく変わるはずだ・・・」
残りの3日間、イザベルは基地に残って、選ばれた1人のサムライに、時間の許す限りの技術を叩き込むのだ。
たった3日、教えられる技術は少ないが、それは別に構わない。
この米衆連合国にも、本物のサムライが生まれたのだから。
この男から、その心を引き継ぐ者が生まれるのだから。




