第115話
訓練区域F、山中。
残り6名。
残りは3日。
カオルが息詰まる戦いを済ませた頃、山の反対側。
イザベルが相変わらず歌を歌いながら歩いて行く。
「ふんふーん♪ ふんふ」
ぴたりと歌が止まった。
すん! すんすん!
鼻を鳴らし、ぴん! と尾を立てる。
(マサヒデ様!)
これはマサヒデ様の匂い!
確信した瞬間、ぶんぶんぶん! とイザベルの尾が振られる。
匂いは新しいものではないが、確実に残っている。
す! す! す! す! と鼻を鳴らしながら歩いて行く。
既に10日以上経つ。マサヒデも生存術を教え込まれているが、隠れつつ、追われつつ、相手を倒さねば、というのには慣れてはいないだろう。心身共に、かなり消耗しているはず。いくらマサヒデと言えど、1里は離れていまい。
(すぐにイザベルが参ります! お待ち下さい!)
さささー・・・
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ぐったり。
マサヒデは表面を木の棒に尖った石をくくりつけた短槍兼杖を抱え、木の根元で座り込んでいた。
背中を木にもたれかかせ、げんなりと棒に顔をもたれている。
(あと3日)
ローレンス一等陸尉の待ち伏せに遭い、危うく返り討ちには出来たが、それで体力をごっそり使ってしまった。湧き水は注意して歩けば結構見つかり、日干しにはならずに済んでいるが、まともな物を食べられていない。
危険を承知で、魚や川蟹を求めて川を探したのだが、全然見つからない。
一番の問題は、植物類。
自分の知っている山と違う物が多いのに気付いたのだ。
そう、ここは米衆連合国であって、日輪国ではないのだ。
食べても良い物かどうかが全く分からない。
見た目がそっくりでも中身は違った、などと考えると、恐ろしくて口に出来ない。
食べたのは、腐った木の中に居る白い芋虫と、運良く捕まえられたネズミの肉。
即席の弓矢は作ってはあるが、出番なし。
いつ何処で襲われるか分からないので、おちおち狩りも出来ない。
(つらい)
完全に心は折れている。もはや最終日まで見つからぬ事を祈るのみ。
何か腹に入れなければ・・・
(つらいなあ)
空を見上げるのもつらい。
光が目に入るだけでも、体力が減るのを感じる。
(食い物)
のっそりと立ち上がり、短槍を杖にして歩き出す。
体重がかかった棒が突き刺さる。地面に痕跡? 構うものか。
何か食わねば、戦う、戦わない以前に、最終日まで生きられない。
「よいっせ・・・よいっせ・・・」
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そんなマサヒデの様子を、気配を消したイザベルが見ていた。
(おいたわしや!)
しかし、きつく言われた。きっちり稽古をしてくれと!
もはやこちらにも気付かない程に、憔悴している・・・
イザベルは視線で気付かれないように、そっと目を閉じ、地に伏せた。
目尻から涙が・・・
枝をつまみ、軽く引いて放す。
がさり。
「は」
マサヒデが声を上げ、棒を構える。
探っている。いくら疲れているとはいえ、さすがに気付くか?
「・・・」
5分程して、マサヒデがまた歩き始めた。
もはや気付かぬ程に!
(嗚呼! マサヒデ様! なんと健気な! イザベルも頑張ります!)
ぴん、と小石を指で弾く。
こつーん。
「は!」
またマサヒデが声を上げ、棒を構える。
「・・・」
マサヒデの緊張が伝わってくる。
あまりやりすぎるとバレる。
あくまで自然の音と見せ、緊張を誘うのだ。
次は半刻後が頃合いか・・・
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イザベルは気付いてはいなかったが、実はマサヒデは気付いていた。
それがイザベルとは気付いてはいなかったが・・・
(くそう、近くに誰か居るな)
雑な音が2回。絶対に誰かが居る。自分の反応を見ていたのだろう。
だが、感覚が鈍っている。全然分からなかった。
まだ居るのか。
それとも、機ではないと引いたか。
それとも・・・
(つけられているかな)
これが一番厄介。
相手が掴めているなら五分と言えば五分だが、掴めていない。相手が有利。
なら、つけられているだろう。
「よいっしょ・・・よいっしょ・・・」
わざと声に出しながら、ぐったりと歩いて行く。
ぐったりする演技も必要ないとは・・・
ふらふら歩きながら予想。
陸軍の人。
アルマダはおそらく自分と同じような感じ。
騎士は元気だろうから、今の自分の様子を見たら、即かかってくる。
カオルは何の前触れもなく襲いかかってくるだろうから、違う。
イザベルはあんな雑な音は立てまい。
どちらもうっかりはあるかもしれないが、2度も音を立てる事はない。
(今、待ち伏せされると厄介だぞ)
ローレンス一等陸尉の待ち伏せに遭った時は、いきなり上からぐるんと落ちてきた。落ちてきた、と言うのは正確ではなく、枝に足を引っ掛けて、時計の振り子のように逆さになって回ってきたのだ。
あっ! と飛び退いたが、ローレンスは回ってきた勢いで飛び、マサヒデを飛び越えて後ろに飛び降りた。
咄嗟に後ろに短槍を投げながら、今度は前に跳んだが、槍は外れてしまい、飛び掛かってきたローレンスと、もろに組討になってしまったのだ。これが大きかった。
ローレンスを引けはしたが、体力はごっそり使ってしまった。
そして、今。
また誰かに飛び掛かってこられたら終わりだ。
(こっちから仕掛けるしかないが)
どう仕掛けたら良いものか。
「よいっしょ・・・よいっしょ・・・」
もう考えまい。単純にいこう。考えるにも体力を使うから。
真っ直ぐ、一番近くの水場に戻る。
襲ってきたら戦う。
襲ってこなかったら休む・・・
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服を濡らさないように気を付けて。
手に水を溜めて、ゆっくり、ゆっくり、少しづつ。
一気にたくさん飲むと、体力を使うから、少しづつ。
「はあ」
息をつき、座る場所にも気を付けて。座り方にも気を付けて・・・
小動物は居ないか。
鼠や蛇は居ないか。
(くそ)
何も居ない。
目を閉じ、疲れ切って休むようにして。
眠らないように・・・
ごそ。
(畜生。居るな)
後ろだ。動かない。様子を伺っている。
はたはたと小さく音がする。何か道具を持っているのか。
少しづつ近付いてくる。
何の音だ・・・何の道具だ・・・何かを一定の拍子で振っている。
石投げの紐の音とは違う。
居住まいを正すように、少し身体を動かす。
止まった。止まったが、音は止まらない。
まだ居る。
「ふう」
息をつき、身体の力を抜いた瞬間。
「うぶっ!」
ばてん!
何者かに飛び掛かられ、顔から濡れた地面に落ちた。
「ぶっ」
口に入った泥を吐き出すと、首にナイフが当てられた。
(あー、終わった!)
ここまでだ。
べったりと手を伸ばし、短槍を捨てる。
「はい。降参です」
「・・・」
ぱたぱたぱた・・・
音がする。
首を回して、目を向けると、腕が見えた。細い腕。
「くそう、イザベルさんだったか」
「マサヒデ様!」
「最終日まで持たなかったなあ」
「よくぞここまで!」
背に乗ったイザベルが立ち上がり、マサヒデは仰向けになった。
「ははは」
音の正体が分かって、笑いが込み上げてきた。
「そうか。この音だったのか」
「なんと!? その状態で、気取られておりましたか!」
「音。あなたのしっぽの音ですよ」
はっ、とイザベルが固まって、かあっと頬を染める。
「ふふふ。最後は面白く終われて良かった。鬼教官が、尾を振って気取られた、なんて」
「おやめ下さい!」
「ははは」
力なく笑いながら、腰のポーチから白旗を出し、あぐらをかいて、ひらひら振る。
「いやあ、参った。しっぽの音に気を取られてやられたなんて。恥ずかしいなあ。ふふふ」
「内密に!」
「疲れて口が滑りそうです。教官殿」
「マサヒデ様!?」
「はっはっは」
笑って、べたんと大の字に寝転んだ。
「はあー、参った。本当に参った。きつかったあ」
目を閉じて動かないマサヒデの隣に、イザベルが膝を付く。
「お疲れでしょうが、ここは濡れておりますから。少し動いて頂いて」
イザベルが腕を回し、マサヒデを起こそうとしたが、マサヒデはその腕に手を置き、目を開けて首を振った。
「大丈夫。さあ、仕事に戻るんです。あなたは教官なんですよ」
ぐ! とイザベルが目を閉じて、マサヒデの手を払った。
きつい顔になり、回した腕を引っ込め、立ち上がる。
腰の後ろから鞭を取り、マサヒデに向けた。
「立て! このクソ虫が! さっさと下りろ! しっぽを巻いて・・・」
ん! とイザベルが口を閉じる。
「しっぽ」
「ち、違う!」
「ははは」
「ええい! さっさと帰れ!」
「はい。教官」
イザベルは真っ赤な顔で振り返り、ざざざー! と駆けて行ってしまった。
少しして、マサヒデは身を起こし、投げ出した短槍を拾った。
杖にして、のったり、のったり、と歩きだす。
残り3日。
残り5人。
一般人3名。陸軍兵2名。
マサヒデ、脱落。




