第114話
話は米衆連合に戻って、セント=エントーニョイ陸軍基地、訓練区域F山中。
生き残りを賭けたサバイバル訓練が行われている。
チェイサー(追い手役)として、カオルとイザベルが皆を襲う。
訓練者同士も戦わねばならない。
合格者は最後の1人なのだ。
残り7名。
残りは3日。
追い手役のイザベルとカオルは、単独で別行動。
入って1日目で、まず最初に接敵した者だけを降し、そこでやめておいた。
海軍兵は手を組んで1ケ所に固まっていたので、全滅してしまった。
残り、マサヒデ達一般人が4人。陸軍兵が3人。
「はー・・・」
カオルが小さな欠伸をして、木の枝の上で目を覚ます。
流石に熟睡は出来なかったが、見つかる事はなかった。
目を配り、周囲を確認。
あの陸軍兵の隠形の術は中々であった。
ナイフの腕は一級と見る。油断するとカオルでも取られそうだ。
マサヒデ達は当然だが、兵がここまでとは思っていなかった。
今日は誰と当たるか・・・
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(ふうむ)
カオルが茂みから飛び出した枝をじっと観察している。
葉が1枚、落とされている。
これは自然に落ちた葉ではない。
枝の高さから、鹿や熊はあり得る。
葉の付け根は、何かに引っ掛かったのか、ぷつりと落ちたもの。
鼻を近付けると、まだ薄く臭いがする。葉が落ちたのは最近と分かる。
しゃがんで地面を確認。形跡は分からない。
意図的に形跡が消されているのだ。
動物であれば、形跡は残る。
これは人だ。
さて、誰か。
マサヒデとアルマダは、ここまでの技術はあるまい。
ただ生存するという事は出来るであろうが、隠れながらという所までは無理だ。
となると、陸軍兵の誰かか、騎士2人。
騎士2人は長く冒険者や傭兵仕事をしていたのだから、あり得る。経験が違う。
(さあて)
取り敢えず落とされた葉という形跡をひとつ見つけたが、ここからどの方向に向かったかが分からない。次の形跡を見つけねば。ゆっくり、慎重に輪を広げながら歩いて行く。
(おっとこちらだ)
少し歩いて気付いた。
地面の湿り気が違う。水を探しに来たのだ。という事は・・・
(陸軍兵)
騎士は間違いなく2人で組んでいる。水は魔術で出せる。
この上手さはマサヒデ、アルマダではない。
ならば陸軍兵だ。
数歩歩いて、地面に手を当てる。先程より湿り気が強い。
やはり、この近辺には、湧き水があるのだ。
地面に手を当てたまま、ゆっくりと周りに気を巡らせる。
待ち伏せの可能性がある。
陸軍兵はこの山を知り尽くしているだろうから、飲んで既に移動、という事も考えられるが、油断は出来ない。地面には形跡が見当たらないのだ。
イザベルなら、鼻をひと鳴らしで見つけてしまうだろうが・・・
(くそ。どうしても惑わされてしまうな)
上手い。忍とはまた違う隠形の技術。これが軍人か。
「ううん」
感心して、小さく声が出てしまった。
イザベルが自分を追い手役に選んだのは、ここにも理由があるのだろう。
情報省の忍は軍諜報部の忍より上と言われるが、こういう所で区別化されるのか。
だが、自分だって山では散々に叩き込まれたのだ。
(行くか)
顔の高さに手を挙げて、すうー、と撫でるように左右に動かす。
空気の湿り気の強い方向は・・・
カオルが立ち上がって歩き出した。
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ちろちろちろ・・・
岩の隙間から落ちる、小さな水の流れの音。
湧き水まで来てしまったが、誰も見当たらない。
が。
(いるぞ)
周りは結構濡れている。地面もぬかるんでいる。岩の周りの、ほぼ垂直な傾斜になっている所も、べったりと濡れている。そして、時折、ちらりと視線を感じる。
誰かが、自分を見ている。何処から見ているのだ・・・
気を張りながらも、水に何気なく近付いて行く。必ずここに手を伸ばした時に来る。相手はすぐ近くだ。
上か。いや、居ない。もっと近い。
地面か。不自然な所は全く見えない。
だが、本当にすぐ近くに潜んで見られている。
「ん」
さり気なく湧き水に手を伸ばす。
ちょろちょろ・・・
水を手に溜めて、口に持っていった時、湧き水のすぐ横の泥がほんの少し動いた。半寸にも満たない動きである。
泥の中から、目玉が見えた。白目が見え、黒目がすぐ横のカオルを見ている。べったりと泥を被り、濡れた泥と一体化していたのだ。
(まだ来ないか)
カオルはまだ気付いていない。
そして、今度は湧き水に両手を差し出した。思い切って顔も近付けた。
これだけ隙を見せて、まだ動かない。
(くそ、慎重だ)
思いながら、水を飲む。
「はあー」
と息をつき、肩を落とした瞬間、ぴち、と微かに泥が動く音。
さ! と下がると、自分が居た所に、尖った石が突き出されていた。
「ぬ!」
「く!」
べちゃりと音を立て、泥の塊が出てくる。
(なんと!?)
これは分からなかった。
「お見事。全く見分けが付きませんでした」
びち、と泥が落ち、肌が見えた。
騎士ではない。予想通り、やはり陸軍兵だ。
び! と陸軍兵が腕を横に振ると、泥が飛んで来た。
すいとかがんで避ける。
続いて足も振り上げられた。
泥が飛んできたが、これも避ける。
ナイフを突き出してきた。
カオルはかがんだまま、ナイフの下から体当たりするように、腰から入った。
くっと陸軍兵の上体が少し前に。
瞬間、ぐいっと陸軍兵の内腿がつまむように握られる。
「ぐうっぎ!?」
突然の激痛に思わず声を上げる陸軍兵。身がぐらっと崩れた。
カオルが腰を上げると、陸軍兵が背の上をするっと前に回って落ちる。
受け身を取る余裕もなく、どすん、と、もろに背中から落ち、声を上げた。
「うふっ!」
しぱ! とカオルが膝を付き、右肘の上に膝を乗せる。
左手でカランビットナイフを抜き、陸軍兵の首に。
本来ならこんな面倒な事はせず、一緒に倒れて、首に肘を入れて潰している。
「続けますか」
「いや」
空いた右手を陸軍兵の腰のポーチに伸ばし、白旗を出して、胸の上に落とす。
そこでやっと、はあ、と息をつき、首を振る。
「今のは・・・今のは、お世辞抜きに、危なかったです」
立ち上がって、カランビットナイフをしまう。
陸軍兵はあぐらになり、べち、と顔の泥を落として、カオルを見上げる。
そして、つままれた内腿をさすりながら、苦笑した。
「それでも負けた。ふふふ。イザベル様でなくて良かった。どちらが来るか、賭けであった。サダマキさんであれば、もしやと考えていたが、やあ、これは敵わん!」
「見事な隠形です。私、感服致しました」
ふは、と陸軍兵は笑い、内腿をぺたぺた叩く。
「何を言うやら。それにしてもこれは痛い。しばらく歩けそうもない。リンパを狙ったのか」
「まあ、大体そうです。細かい狙い所はありますが、そこは秘密で」
「大して力は入れていなかったな。だが、凄い痛みだ。これは誰でも崩れる」
「ふふふ。武術ならずとも、人の身体をよく知っておりますと、弱点、攻め方は分かって参ります。医者程に人の殺し方を知る者はおらぬ、と申しまして」
「全くだ! ううむ!」
「では、私、次の獲物を探しに参ります。ふふふ」
「ははは! 恐ろしいものだ! 頑張れよ!」
「では、終了日に」
さらりと髪を鳴らしてカオルが去っていく。
その背中には、自分が投げられた時に着いた泥が、べたりと張り付いている。
細い。体重は半分以下に見える。とても自分を投げ飛ばせる身体に見えない。
「くそ・・・」
陸軍兵は、腹に塗った泥を取って、べちゃっと投げ飛ばした。




