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勇者祭4 米衆連合国編  作者: 牧野三河


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第113話


 正眼に構えたジロウを見て、マスダがくつくつと笑う。


「甘い甘い」


 びゅ! とマスダの蹴り。


「う!?」


 間合いの外、と腕を横に逸らせただけであったが、マスダの足は宙で止まった。

 違和感を感じて腕を見て、はっとした。

 なんと、左の袖にマスダの足の指が掛かっているではないか。


(巧妙!)


 ぱ! と木刀を握る左手を離し、横に振る。

 一瞬遅れて、どすん! とマスダの足が落ちた。


 はっとして、ジロウが顎を上げる。

 横に腕を払った時に、足先が外に向いたのだが、そこにマスダの足が落ちている。

 足先が横を向いていなかったら、潰れていた。


(なんと巧妙な!?)


 全ての動きに、全くの無駄がない。押すも引くも全てが攻撃! これが柔鋼流か!

 半身になりながら後ろに飛ぶと、マスダの踏み込んだ足と逆足の、膝が上がっているのが見えた。


「かーっはっは! 今のを避けるか! やるじゃねえか!」


「く!」


 上手い。実に上手い。

 最初の暴力的な突きから始まっていたのだ。

 この男は暴の塊と見せて、その実は妙だ。暴はむしろおまけと見た。


「ふっふっふ・・・」


 マスダが、ごきき、ごきき、と拳を鳴らしながら、ジロウの方を向く。


「マサヒデさんにゃあ掠りもしなかったが・・・なっ!」


 ごん! と踏み込む音と同時に、低くマスダの身体が伸びてくる。

 足を入れ替えて下がった所で、上下の諸手突きが届かず止まった。


「う」


 避けた。

 顔に来た拳が開いた。

 ぱっと後ろに顔を逸らす。


 目突きだ。


(なんと!?)


 だが避けた。


 撫で斬りに下がろうとした瞬間、ぽん、とマスダの下の手が柄を叩き、ふわっと腕が上がり、ジロウの木刀は当たらなかった。


「おうおう!」


 すすう、とマスダが足を引き付け、立ち上がる。


「もっと出来るだろ? あんたの腕なら、俺を斬れるはずだ。当たれば! なっ!」


 とす、とす、とマスダが歩いて来る。


(む!)


 足音が軽い・・・


「おっとその顔! 気付かれちゃったかなあ! 流石だ」


 マスダが足を止め、ふわあ、と両手を低く広げる。


「くかかかか!」


 無構えだ。一見、隙だらけに誘って見えるが、これは違う。

 守りの型か攻めの型かも分からないが、とにかく危険。

 だが・・・


(これは攻めねば)


 この柔鋼流、マスダが使うから剛の拳と見えるが、その要は柔の拳と見える。

 それを剛の塊に見えるマスダが使うから、恐ろしいものに仕上がっているのだ。


 虎族という者は、文字通りの柔と剛。

 しなやかで身軽な身体と、恐ろしい程の剛力と重さ。


 同じ剛の剣では、例え自分が同じ虎族でも、決して勝てぬと見える。

 ならば。


 す、とジロウが振り被る。


「そいつはさっき見た」


「いや」


 マスダが1歩踏み出した瞬間、すう! とジロウの剣が伸びてきた。

 は! とマスダが危険を感じ、跳び下がる。

 跳び下がりながら、伸びてきた木刀を横から叩こうとしたが、空振った。

 空振った時、木刀は手の下だった。

 下がっていなければ、頭を割られていたのだ。

 今度はマスダが驚いた。


「何」


 ナガタニに振り下ろした時は、既に間合いの内。

 同じ構え、同じ振り方に見えて、剣の到達点が全然違う。

 遥か遠くから物凄く伸びてきた。


「見ていない」


 ジロウの目がきりりと据わった。

 これは殺しにくる目。


「何だよお、その剣はよお・・・」


 へへ、と笑ったマスダの顔には、凶暴さの中に喜びが見える。


「来いよ!」


 ジロウが踏み込んだかに見えた。

 マスダも一瞬にして踏み込んだ。

 剣の内に入る!


(もらった!)


 マスダの拳が、低い所から思い切りねじられながら、ジロウの脇腹に。

 ジロウの稽古着に当たった所で、マスダの拳が止まった。


「くそ・・・やるじゃねえか」


 ジロウの木刀は伸びてこなかった。

 前に踏み込んだと見え、後ろ足も引かれていた。

 ジロウの木刀は真っ直ぐ下に落ち、脇腹を狙って傾いたマスダの首元で、ぴたりと止まっていた。


 カゲミツが腕組みで歩いて来る。


「そこまでだな。ジロウさん、負け」


「は・・・」


 ジロウの木刀は首元に当たってはいたが、ほぼ背中側。

 そして、鍔元近く。

 これでは背中の固い肩甲骨に当たる。

 虎族の身体など、とても斬り抜く事は出来まい。

 マスダの拳が当たっていれば、首の脈を斬る間もなく、腹を抉られて飛んでいる。


「ふう」


 息をついて木刀を引くと、マスダも立ち上がった。


「やるねえ! 楽しめたぜ」


 ふ、とカゲミツが笑い、


「マスダさんよ、あそこは貫手だったら完勝だったぜ」


「そうかい?」


「そうさ。剣が届く前に、ジロウさんはぶっ飛んでた。今のが真剣だったら、あんたは死なねえけど、大怪我だ。治癒師がいなかったら、死ぬかもな」


「ううーん! もうちょいだったか!」


 マスダは惜しかったなあ、などと言いながら、悔しそうに首を傾げているが、ジロウは冷や汗がだらだら出ている。


「でだ。マスダさん、ジロウさんは、マサヒデと比べてどう?」


 ううむ、とマスダが顎に手を当てる。


「同じくらいだったんだろ? もう随分と差が開いたぜ。マサヒデさん、俺の攻め全部避けて、掠りもしねえ。最後は両手と片足斬り落とされて、手も足も出なかった」


「ははは! 文字通りにな! ってか!」


 カゲミツが苦笑して、冷や汗を垂らすジロウを見る。


「だ、そうだ。マサヒデの野郎、ゾエと米衆で少しは腕上げたみたいだな。ジロウさん、コヒョウエ先生に願って、少し絞ってもらえ。マサヒデが帰ってきた時、がっかりされるぞ。まだ魔の国まで行ってねえのに、差がついちまったんだ」


「は」


 くす、とマスダが笑って、


「カゲミツ先生にゃあ遠く及ばねえがな」


「そりゃあ当たり前だろうが。じゃ、帰るか!」


「おう! 酒買ってくぞ!」


「ははは!」


 カゲミツとマスダは、笑いながら冒険者達に軽く手を挙げて帰って行った。

 ナガタニは深く頭を下げて、帰って行った。


 ジロウは額の冷や汗を拭った後、ぎゅっと目を閉じ、ふうっ! と息を吐いて、天井を仰いだ。マサヒデはあのマスダに掠りもさせずに完勝したのか!

 頬に手を当てると、マスダにやられた傷で、顔が血まみれだ。


 溜息をついて、袖で手についた血を拭いながら、魔術師の所に歩いて行く。


「顔、頼みます」


「はい!」


 魔術師が治癒魔術をかけてくれて、頬を拭いてくれた。

 頬を触ると、傷跡が残っている。思ったより浅い。

 ふ、と笑うと、頬が少し突っ張る。


「この傷跡は、戒めになります。私は甘かった」


 冒険者達の方を向いて、ジロウが声を上げた。


「稽古を続けます! 次の方!」



----------



 マスダは三浦酒天に酒を買いに。

 ナガタニとカゲミツと、冒険者ギルド前の繋ぎ場で、馬の手綱を持って待っている。


「どうだったよ」


「参りました。一目でうちの足運びを見破られてしまって」


「ああいうのは相手を見極めてから使うもんだぞ。決められると確信してからだ」


「はい」


「だが、途中で変えたな。止まって、運びの速さ変えて」


「咄嗟に閃いたのです」


 ふふ、とカゲミツが笑う。


「死地にあると、よくある事さ」


「はい」


「ジロウさんも、途中で変わってた。見てて気付いたか」


「えっ・・・いや」


「あれは変わったって言うより、本来の力が出たって感じだ。ちょっと分かりづらかったかな。お前もだぞ。本来の力は、まだ眠ってる」


「私にですか? まだ力が眠っていると」


「そうさ。叩き起こしてみろ。もっと良い勝負が出来る。それでも、今の所、ジロウさんと五分には届かねえ。さっきので、ジロウさんも、ぐっと伸びたから・・・」


 マスダが樽を抱えて歩いて来た。


「マスダさんは、ちいと変わんなかったなあ。まあ、元が元だから仕方ねえか」


「マスダ先生もですか」


「おお、そうよ。ま、あれで伸びちまったら、お前とは差が付き過ぎちまうかな」


 どっかり、どっかり、と樽を抱えて、マスダがカゲミツの前に立った。

 ひょいと樽の横から顔を出し、


「すまねえ、待たせちまった」


「いいよ。さ、帰ろうぜ!」


 カゲミツとナガタニが馬を引いて歩いて行く。

 後ろから、マスダも付いてくる。


「な、マスダさん、ちょっと酒くれよ」


「駄目だよ」


「良い人、紹介したんだからよ」


「じゃあ、1杯だけな」


「ははは! 図体に似合わずケチくせえなあ!」


「そんな事言っても駄目だぞ。1杯だけ」


「ははは!」


 笑いながら町の門をくぐり、街道に出て、馬に跨る。

 えっちらおっちらと、マスダが歩いて行く。


 隣で馬に跨ったカゲミツが、ナガタニに目を向け、微笑んだ。


「良い稽古になったろ」


「はい」


「これも指導の参考にってな」


「はい」


 ぽっくり、ぽっくり、と馬を進める。

 ナガタニが、先を進めて行くカゲミツの背を見て、ああ、とうなだれる。


(参った!)


 指導方法を学びにというのも、全てお見通し。

 今日のカゲミツの指導で、確かに自分もぐっと強くなった。


 これが剣聖の指導なのだ。

 腕は10年、20年経っても、決して敵わないだろう。


 だが、教える事でなら・・・

 10年したら、自分も道場主になる。

 恥ずかしくない教えが出来る者にならなければ。


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