第112話
カゲミツは正座で並ぶ冒険者達の前に仁王立ち。
「これから、ジロウさんと。うちの師範代と、指導員が立ち会う。どっちも腕利きだ。ジロウさんにゃあ敵わねえかもしれねえが、絶対に良い立ち会いが見られると約束する。目ん玉かっぽじって見てろ!」
「「「はいっ!」」」
「じゃ! 俺が審判をするが・・・始める前に、そこの人」
カゲミツが手前の隅の冒険者を指差す。
「はい!」
「向こうの魔術師さん呼んで来てくれ。治癒魔術が使える人。こいつは剣術の稽古じゃあねえ。殺し合いの稽古だからだ」
「はい! すぐに!」
ばたばたと冒険者が駆けて行く。
「皆、良いか。ジロウさんが今まで教えてたのに慣れちまったかもしれねえから、注意しとくぞ。あんたらが習うべきは、相手を殺し、自分が生き抜く技だ。あんたらが剣を抜く時は、一本、はいそれまで、で止まる事はねえだろう。違うか」
「・・・」
「逃げるか、殺すか、殺されるか。そういう時にしか抜かねえだろうから、その心構えでこれから稽古するんだ。相手を仕留め、護衛対象や、大事なもんを持った仲間に逃げてもらう、とかな。抜くって時はそんな感じだろ? 違うか」
冒険者達の空気がぴりぴりと引き締まっていく。
ナガタニもジロウも引き締まっていく。
「それと。死んでも守るってのは、弱っちい奴の格好つけの言葉だって事は、良く覚えとけ。自分が死んで何とか相手を足止めしました。仲間達は逃げました。新手が来ました。人手が足らずに全滅しました。最悪だろ。自分らだけじゃねえ。冒険者って奴ら全員の信頼もガタ落ちだ。だから、相手を殺し、自分は生き抜くって技術が必要なんだ」
「「「はい!」」」
「お前さん達は冒険者。自覚してなくたって、最初はその心構えで稽古に来てたはずなんだ。冒険者の稽古は、そういう稽古じゃなきゃいけねえんだ。この立ち会いも、そういう立ち会いにする。マサヒデもそうしてたはずだ。見て。学べ。そういう殺し合いの法ってやつをな」
「「「はい!」」」
魔術師を連れて来た冒険者が座った。
ん、とカゲミツが頷いて、ナガタニとジロウに顎をしゃくる。
「来い。ここに立ったら開始だ」
「はい!」「は!」
ナガタニ、ジロウがカゲミツの前で間を空けて立ち、頭を下げた。
互いに構える。
カゲミツから開始の合図はなかったが、立ったら始まっているのだ。
ジロウは正眼のまま、ぴくりとも動かず。
しばし睨み合った後、ナガタニは、中段から上段に構えた。
アブソルート流の剣は、マサヒデに見せてもらっている・・・
(む!?)
ジロウが驚いた。
さ! さ! さ! とナガタニが素早く左右に動き、上段の剣が振り下ろされた。
危うく外す。鼻先をナガタニの剣が落ちていく。
と、さ! と右に回られた。
目の端にナガタニの剣が振られるのを捉えつつ、くるりと身を回しつつ、正眼で前に出ている小手を落とされないように脇構えに引き、斬り上げ、としようとした所で、ぱっとナガタニは間を空けてしまった。
(一剣流!?)
ジロウも一剣流は知っているが、こんなに身軽に動く剣、という印象はない。
相手の剣を待つか誘うかして、擦り落としで割入って一撃必殺。
それが一剣流の基本だが、このように素早く動いて攻めてくるとは。
(ゾエ派・・・ゾエか。そうか! 猫族の一剣流か!)
一剣流ゾエ派の足運びの妙技、左右転之秘太刀。
ナガタニも間を空けて、八相に構え直し、じりりと足を進めつつ、ジロウを観察。
(驚いてはいるが)
おそらく、他の一剣流に見ない剣で驚いているというだけだ。
別にナガタニの剣に驚いた、という感じではない。
すい、と脇構えになったジロウが、正眼に戻る。
(もはや通じまいが!)
一撃で仕留められなかった、自分の負けだ。
だが、やるのだ! これは殺し合いの稽古なのだ!
なんとすればこの男を殺せるか!
ささ! ささ! ささ! と動く。
もうジロウは動かず、しかと見定められている。
ぴたり。
間の外でナガタニが足を止めた。
「はっ」
ジロウが小さく声を上げ、驚きで眉が上がった。
さらに今度はゆるりと動いて前に。
拍子を外した。取った!
ぐ! と八相の剣が握られる。
次の一踏みで取る!
「うっ」
今度はナガタニが声を上げた。
す、とジロウが前に出たのだ。
動こうと足が出掛かった所に詰められたので、もろに隙を作った。
ぱん! と地を蹴って飛び下がる。
(まだ、まだ機はある!)
もう左右転之秘太刀は見切られた。
ならば逆手に取る。
(出させて擦り落とすのだ)
誘いに使う。振らせろ。
一剣流の基本、そして奥義、擦り落とし。これで決める。
決めにくると察したか、ジロウの空気が変わったのが感じられた。
そして、ジロウが上段に構えた。
ナガタニの腹も据わった。これで決める!
「参る!」
「応!」
ナガタニが声を上げ、ジロウも応え、ささ! さ! さ! ささ! と拍子を変えつつ、左右から詰めていく。
そして、ジロウが踏み込んだ。
(来る)
大きく振り被ったジロウの柄頭が動いた。来る! 擦り落とす!
しゅ!
ナガタニの木剣は、宙を斬った。
「あ・・・」
誘われたのは、ナガタニの方であった。
ジロウの柄頭は一瞬だけ動いて止まった。
アブソルート流奥義、弓引き斬り。じわじわと溜めて溜めて、必殺の一撃。
そのじわじわと『溜め』を作る動きを、一瞬でしたのである。
ぶん!
ナガタニの頭の上で、ジロウの木刀が止まり、ふわりと髪が浮いた。
「そこまでだな。ナタノスケ、お前の剣は掠りもせず、ここで死んだ。下がれ」
カゲミツの声が聞こえる。自分はここで死んだ。
「は」
互いに木剣、木刀を納め、礼。
ふ、とカゲミツが笑った。
「ジロウさん、あんな稽古してるから、もしかしたらと心配しちまったぜ」
「は。申し訳もございませぬ」
そう言ってカゲミツに頭を下げたジロウは、息の乱れもない。
ナガタニがすごすごと下がって行くと、マスダがにやりと笑った。
「あいつ、やるな」
「はい」
「楽しみだ。仇は取ってやるぜ」
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ゆっくりと肩を回しながら、マスダが歩いて来る。
「楽しませてくれよな」
そう言って、ジロウの前に立ったマスダがにやりと笑う。
暴力。破壊。凶悪。凶暴。
そういったものを絵に描いたような笑み。
流石にジロウも気付く。
これは何人も殺してきた者ではないのか。
忍のような者ではなく、雄叫びを上げて殺してきたような。
「柔鋼流ですか」
「ああ。そうそう見られるもんじゃあねえぞ。ふっふっふ」
くくく、とカゲミツが笑って、
「マスダさんよ、なるべく殺さねえでくれよ。一応、稽古だからな。なるべくでいいけど」
「かははは! なるべくで良いか!」
「それとな。ここは地面だから、思いっ切り踏み込んで良いぞ。床が抜ける事はねえから」
「耳が痛え話だぜ!」
は! とジロウが顔を傾ける。
ぶん! とマスダの拳が頭の後ろまで伸びている。
同時に、どすん! と凄い踏み込みの音が、足を伝わってきた。
(いかん!)
ぱっと横に跳んだ時、頬を何かが掠め、顔が横に振られた。
「ははあ! マサヒデさんはあー、今のおー、避けたぜッ!」
マスダから目を離さずに、頬に手をやると、指先にべったりと血が着いている。
ぴくりと頬を動かすと、顔に明らかな違和感。
引っ掻かれた程度ではない。肉を持っていかれたか。
横に跳んでいなかったら、顔半分を持っていかれたのでは・・・
「おいおい、マスダさんよ」
カゲミツの呆れ声。
「分かってるってえ! 殺しゃしねえよ!」
どすん、どすん、とマスダが歩いて来る。
「ふっふっふ」
マスダは自分の間合いの外、ジロウの間合いの内という、嫌な所で足を止めた。
わざと自分の間合いの外に身を置いたのだ。マスダが分からないわけがない。
だが、マスダは背も高く、素手でもかなりの間がある。
見下すように顎先を上げ、ジロウを指差した。
「俺は嘘が下手だから、はっきり言うぜ。あんた、俺と立ち会った時のマサヒデさん程じゃあねえ・・・が! 楽しめる腕はあるな! 少しは噛みついてみな」
「・・・」
ジロウは無言で正眼に構えた。




