第111話
ナガタニはたっぷり半刻も待たされた。
「満足!」
と剣を返され、鞘に納めた頃は、もう昼前である。
「じゃ、ホルニさん、またな!」
「またお邪魔致します」
カゲミツが、がらりと戸を開け、ナガタニもカゲミツについて出て行く。
「おいおい、中々の物、持ってんじゃねえか」
「は。いや、お眼鏡に叶いまして・・・」
「高かったろう? 鍛冶族のってだけでも値は跳ね上がる。その上、この出来だ」
「父に借金を致しまして。冒険者仕事で何とか返しました」
「ははあ。それで冒険者にねえ」
喋りながら、橋を渡る。
橋を渡ってすぐ『イマイ研店』という小さな店。
「ここが研師の店。超一流の研師がここにいる」
「このような小さな店に」
「さっきの鍛冶屋、ホルニさんも超一流だぞ」
「え」
道場で使う稽古道具で世話になっている、とかではないのか。
カゲミツがふふん、と鼻で笑って、
「あの人の作は、俺のお宝のひとつに入ってるんだぜ」
「それほどですか!」
「そうさ。で、ここの研師。シロウ=サガワ。剣使ってるなら、名前は知ってるな」
「勿論です。次期人間国宝と名高い研師の、サガワ先生です」
「その弟子だ」
「なんと!?」
「マサヒデの刀は見たか。あいつの刀も、ここの研師、イマイさんが研いだ。しかも三傅流使いだ。マサヒデとカオルさんの抜刀術も、イマイさんの教えがかなり入ってる」
「ううむ!」
「じゃあ」
がたり。
「ん?」
がたがた。
「あれ? 留守か・・・あっ! しまった!」
「何か?」
カゲミツが、ううん、と渋い顔で腕を組む。
「いや、忘れてた。ここの研師さん、夜中まで仕事して、朝は寝てんだ。昼過ぎてからじゃねえと、寝てるんだった・・・」
「あいや、場所は分かりました。カゲミツ先生、後日、自分が改めて」
「ううむ、済まねえ! じゃ、マスダさん起こしに行くか。奢るから、飯、食おうぜ。すげえ美味い店があるんだ。ただの食堂って感じだけど、貴族様も隠れて食いにくるってくらいの店だ」
「そのような店が」
向きを変え、橋を渡って行く。
「この町にゃ、ブリ=サンクってでけえホテルがあって、レストランがあってな。まあ、国でも名前が売れてるレストランだから、町で1番っちゃそこだけどさ。まずそこの店」
橋を渡ってすぐ、カゲミツが店の看板を指差す。船宿虎徹。
「ここと、今から行くもうひとつの店。どっちもレイシクランのお墨付きの店だ。平民の安食堂が、レイシクランのお墨付きだ」
「おお! レイシクランのお墨付きを頂いているのですか!」
「そうさ。ここらはちょいと向こうに酒蔵が点々とあるし、土地は肥えてるし、オリネオ豚って名物があるからな。飯も酒も美味い。特に今の虎徹と、これから行く三浦酒天は飛び抜けてるんだ・・・」
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三浦酒天。
「次持って来い!」
がつがつがつ。
「酒!」
ごくごくごく。
「ぶへぁっ! 日輪国の酒は美味いなあ!」
うひい! と言いながら、マスダが口を拭う。
「酒は程々にな。あんた、酒臭え息吐いて、おう、一手頼む! なんて言うなよ。恥ずかしいから」
「俺は気にしねえぞ」
ふふん、とカゲミツが笑って、マスダの徳利を箸でつつく。
「そうかい? とんとんかもって腕の相手とやり合おうってのに、酔っ払ってて良いのかい? 恥ずかしい姿にならなきゃ良いな。天井睨むような真似するなよ」
「んっ・・・むむ」
「言っとくが、五分五分ってのも、俺の予想でしかねえぞ。予想だからな。しばらく見てねえんだから。思ったより腕が上がってるかもしれねえし」
どん、と大杯が置かれた。
カゲミツがにやりと笑って頷く。
「そうしといた方が良いぜ。お前さん、金はあるんだから、いつでも呑みに来れるだろ。何なら、帰りに樽でも買ってけよ。軽いもんだろ」
「あ、そうするか! じゃ、おすすめの一品ってどれ?」
「酒」
「今呑むなって言ったばっかじゃねえか」
「マツさんは照り焼き。ああそうだ! お前さん魔族だからな、マッリーとか」
うん? とマスダが怪訝な顔で首を傾げる。
「マッリー・・・マッリー・・・ううん・・・何だっけ? 聞いた事はある、ような、ないような・・・聞いた事はあるが」
はて? とカゲミツも眉を寄せる。
「あれ? 魔の国の出なら、まずこれって感じだろ?」
「いやあ、ほっとんど山暮らしだったからなあ。魔の国じゃ、まともな料理ってのはあんま食った覚えはねえなあ。むしろ米衆連合の料理の方がって感じだ」
「そうか。じゃあ、試してみるか? 魔の国の郷土料理って感じのやつらしい」
「そうだな」
ばん! ばん!
マスダがでかい手を叩くと、店員がすっ飛んでくる。
「はははーい!」
「マッリーってやつをくれ!」
ちみちみ・・・
豪快な2人の横で、ナガタニがちまちま箸を進めていると、ばん! とマスダが机を叩いた。
「ナガタニさんよ!」
「は!?」
「葬式みてえな食い方してんなよ! もっと食えって! 指導やってると、すげえ腹が減るぞ!」
「あ、はい」
マスダを見ているだけで、腹いっぱいだ。
もう何皿食ったのだ?
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そして―――
ぎぎい・・・と、オリネオ冒険者ギルド訓練場の重い扉が開いた。
「おおっ」「おおっ!」
ナガタニとマスダが同時に声を上げた。
ここで、マサヒデは300人抜きの試合を行ったのだ!
300人相手に無敗!
ジンゴロウの息子、ジンノジョウと勝負したのもここ!
マスダもあの立ち会いには驚愕した。
虎族の目をもってしても見えぬ抜き打ちを、柄で受け止め、低く踏み込み刺す!
あの放映は、見ているだけでも息が詰まった。
マスダは地下闘技場の自室で観戦していたが、マフィアに聞いた話では、通りが静まり返り、勝負がついた瞬間に大歓声が上がったそうな。
「ここでマサヒデ殿が!」「ここでマサヒデさんが!」
「そうだよ。ここで指導してたの」
「ん・・・」
「はい・・・」
2人の感動はそこではないのだが、次の言葉でぴりっと緊張した。
「あれがジロウさん」
カゲミツが指差した大柄な男。
ぱしん! と竹刀で向き合った冒険者の槍を払い除け、軽く踏み込み喉に切先。
見事だ。
一分の隙も見えない。
「あれが」
次! とジロウの声が聞こえ、はい! と木剣を持った冒険者が立ち上がる。
冒険者が、ぐわっと上段に構えた瞬間、すっと正眼に構えたまま、ジロウが出る。
喉元にぴたり。
竹刀を動かしてさえいない・・・
「おお、少しは腕上げたな。うんうん。でもありゃあ駄目だな」
「何故でしょう? あれはもう勝負ありでは」
「いや、稽古なら、な。真剣勝負だと、相打ちだぞ」
「どこがでしょう。完封していますが」
む、とカゲミツが眉を寄せ、
「ナタノスケ。あのな、相手も刃物だろ? あの状況、こっちが先に喉をぶっ刺したって、遅れてても振り下ろされてたら、こっちの頭もかち割れるだろ」
「あっ・・・確かに、確かにそうです」
「違うんだよ。冒険者が求める剣術はそうじゃあない。実戦の剣なんだ。生きる剣なの。ここ、分かるだろ。斬り合いってのは、一本、そこまで! で終わらないんだ。相手のが遅くても、振られてたらこっちも死ぬってのが本番なんだ」
甘かった! ナガタニは拳を握りしめ、頭を下げた。
「はい!」
「冒険者が抜く時ってのは、試合じゃない。殺し合いの時ってのが殆どなんだぜ。あんたも冒険者仕事してたなら、分かってるはずだろ?」
「はい!」
「よし。お前、指導員なんだ。トミヤス流の道場で、道場剣法の指導すんじゃねえぞ。そこん所、考えた剣を教えるんだ。マスダさんは、ちゃあんとそこ分かってる。ジンゴロウ先生も分かってる。だから師範代なんだ。分かってなきゃ、ただ技術を教えるだけの指導員止まりだ」
「はい!」
「ちょっとジロウさんにも注意しねえとなあ・・・行くぞ」
ざす、ざす、ざす・・・
3人が歩いて行くと、あ! とジロウが顔を向けた。
「いよう! 久しぶり!」
「カゲミツ様!」
がば! とジロウが頭を下げ、ずらりと座った冒険者達も頭を下げる。
「皆も聞いてくれよ! 新しくトミヤス道場に来た師範代と指導員を紹介するぜ! ほら、マスダさん」
ぱあん! とマスダが手に拳を叩きつけ、うわあ! と凶悪な笑みを浮かべる。
「ショウジ=マスダ! 柔鋼流! 見ての通りの虎族様よ! かははは!」
何! とジロウが目を見開き、冒険者達に圧をかけているマスダを見つめる。
門外不出の柔鋼流か!
「これが師範代! 次、指導員! ナタノスケ!」
続いて、ナガタニが頭を下げ、
「昨日、トミヤス道場に入門致しました! ナタノスケ=ナガタニです! 一剣流ゾエ派を学んでおりました! 冒険者として働く事もございますので、皆様、宜しくお願い致します!」
「「「宜しくお願いします」」」
うん! とカゲミツが頷き、
「よし! じゃあ挨拶が終わったからー・・・ジロウさん!」
「は!」
「あんたの指導に指導!」
カゲミツが真剣な顔で、先程ナガタニに言った注意をジロウに話す。
は! とジロウが頭を下げ、申し訳ありません、と冒険者達にも頭を下げた。
「ジロウさん、道場じゃマサヒデと競ってたかもしれんが、あんな教え方じゃ、指導で完全に負けてるだろ。あんた道場主だろうが。指導で負けててどうする」
「は! 情けない限り!」
「よし。次の指導から改めろ。その為に、こいつらと手合わせしてくれ」
「は?」
にやりとカゲミツが笑った。
「殺し合いの指導、やってみな。先手はナタノスケだ」
「俺じゃねえのかよ!?」
マスダが不満の声を上げたが、カゲミツは呆れ顔を向け、
「何言ってやがる。こういうのは強い方が後に出るもんだろうが」
「あ、ああ! そういう事!」
「当然だろ」
「そうだよな。すまねえ、待ってたもんだから、つい! つい、な? ははは! やー、うっかりうっかり!」
くす、とカゲミツが笑う。
マサヒデもこういう苦労をしているだろう。
こういった所は、シズクもマスダもそっくりだ。




